博士の装置

今年で68歳になる。


妻も子供達も私に愛想を尽かして、この狭い研究室の中で1人きりだ。
と言っても、流石にこの歳になると一人では出来ない事が多くなり、助手を一人雇って面倒をみてもらっている。


私が子供の頃に読んだ漫画には、ありとあらるゆ夢が詰まっていた。
特に強く心を惹きつけられたのが予知装置だった。
明日の天気、台風の進路、地震の発生日、火山の噴火、そんな未来予知を可能にする装置。
これほどまでに人類に貢献する素晴らしい物はない、そう思った。


その当日、最難関と言われた大学に入学した私は、火山の噴火について研究しているという教授に出会った。
なんでもある実験によって火山の噴火をある程度まで予知出来ることを発見したとか。
その頃には予知装置なんて物の事などすっかり忘れていた私だったが、教授の話を聞くほどにあの頃の気持ちがふつふつと思い出してきたのだ。


それからは気が狂ったかのように、火山の噴火について勉強した。予知装置ならなんでも良かった私にとって、ある程度の予知に成功していた火山の噴火はカモがネギを背負って鍋に乗って来たようなものだった。
毎日毎日火山の噴火について勉強する中で何十何百と書いた論文の内、数件が学会がなどで評価されるようになった。
その内世間では私のことを火山の噴火予知の権威などともてはやされるようになる。


上がれば下がるのが評価というものだ。
論文は出すが、いっこうにこれといった成果の出ない私を、世間が疑いの目で見はじめたのだ。
あいつは注目されたいがために嘘の論文をでっち上げたのでは?
資金を得るために実験結果を偽ったのでは?
次第に私から人がはなれていき、そして私は研究の世界で孤独になった。


その頃に妻と出会った。お互い研究畑の人間で、年齢も40を超えていた。
彼女が研究していたのは鉱物だった。
詳しいことはわからないが新しい素材の開発を行っていたそうだ。
私達は同じ研究者として直ぐに良い仲になった。
私が研究している火山の噴火も彼女にとっては興味深い内容にだったらしい。
私が嘘つき呼ばわりされている事も知っていたが、あまり気にする様子はなかった。
研究者にはよくあることだ。なんて笑ったりしていたぐらいだった。


結婚して数年後には子宝にも恵まれた。
高齢出産だったため、出産時には大変な事になっていたらしい。
らしい。、というのも、恥ずかしながら私はそんな時にも噴火予知装置の研究を行っていた。
同じ研究者なら分かってもらえる。なんて甘えた事を考えていたのかもしれない。
もちろんそんなクズの考えなど理解されるはずもなく、出産後私達の関係はあまりいいものではなくなってしまった。
そして50歳を迎えた日に、離婚届と引換に妻と子供は私から去っていったのだった。

それから10数年の月日が経ってしまった。
懲りもせず私はまだ噴火予知装置の研究をおこなっているのだ。
そして今日、その成果が形となって私の前に来た。
完成したのだ。完璧な噴火予知装置が。


今まで存在していた噴火予知装置は、噴火前に発生する微弱な地震の揺れを感知して警報を鳴らす程度のものだった。
その原理では発生日時は愚か、噴火するかさえ50:50の大雑把なもので、お世辞にも予知装置なんて本来呼べるものではないのだ。
それに比べて、今回私の作り上げた予知装置は格別である。


話は逸れるが、光が物にあたり屈折し私たちの目に映った時、それを現在と呼び、その光はそこで終わるのではなく、文字通り高速で直進し続け、もしもそれを捉える事が出来れば、それが過去らしい。
では未来は?言うと、まだ光の届いていない暗黒の姿で存在していると言う。
つまり見えない、認識出来ない、捉えることが出来ないだけであって、あるのだ。


私の装置は、光よりも数倍速い光線を火山に当てることにより、正しく火山の未来を確認出来るのである。
さらにこの光線の速度から正確な日時を特定のすることができ、さらには反射して返ってきた光線を可視化することにより噴火状況なども正確に確認できるのだ。


来週の学会で発表するべく、今日の内にこの国の最大級であるかつ火山のデータを取得する。
火山までの間にさえぎるもののない場所で、装置側面にある照射部を火山へ向けて光線を照射、後は光線が返って来るのを待つ。
特性上ピンポイントの日時しか確認出来ないため、別に造った制御装置により今年から10年後までのデータを取得する。
結果は明日になるだろう。


翌日、私と助手は信じられない結果を目にすることになった。
来週の週末に過去最大級の噴火が起こるというものだ。
しかもその噴火はその後10年噴火し続けているのである。


私は震えながら学会委員会に電話をかけた。
直ぐに学会を開いてくれ。とかすれた声で言った。
最初は断られたがその危機迫る声が効いたのか、しぶしぶ学会を明日開いてもらえることになった。


学会での結果は、嘘つきがまた嘘をついた。と言うものだった。
私の師であった教授の後継者はそんなデータは我々の予知装置で出ていない。
その他の研究者も、そもそもその装置の原理事態が子供の空想で、実現不可能。
研究者生命が短くなり注目されたいのも分かるが、そろそろ引退しては?
と、まったく相手にされずじまいであった。


私も自分の装置を疑った。出来ればこんな悲劇は怒らないほうが良かった。
しかし、どう考えてもこれはこの先起こる事実であり、現像された写真には天まで突き刺さる黒煙と火柱がしっかりと映し出されていた。

それから3日が過ぎた。
私はもう助からないと、諦めの境地に達していた。
助手には私の少ない財産を全てわたし、せめて君だけは助かりなさいと、外国へ逃げるようにさとし、解雇した。


この国に残された日はあと4日となってしまった。
その日、助手から突然電話がかかって来た。
助手は少し焦る感じで早口に私に言った。
噴火する直前と直後の写真に、火口付近に人がいると言うのである。
さらに、あれだけの噴火が前触れもなく起こるのはおかしい。現在の予知装置でも流石に少しの兆候ぐらいは確認できるはずだ。と言った。
慌てて写真を見ると、確かに人がいる。
確かに言われてみれば、あれほどの大噴火にも関わらず、噴火前の地震がまったく発生しないとは考えにくい。
もしかすると、写真に売っているこの人間が何か噴火を誘発するような事をしたのでは?
例えば火口に重量のある物を落とした、とか…



そこで博士はハッとした。
つまりこの人間を止めれば、もしかしたら噴火をまぬがれることができるのでは?
しかし私一人では流石に無理がある。年齢的にも厳しい。
そこで博士は助手に電話をかけなおした。
そして今一度こっちへ帰ってきてくれないかともうしこんだ。


予知装置が噴火を捉えた日が来た。
助手は前の日に帰国してくれた。これで万が一の事態が発生しても大丈夫だろう。
博士たちは急いで火口部を目指した。


この山は標高は大したことないのだが、足場が悪く、登るのに大変な労力を必要とする。
博士も頂上についた頃にはヘトヘトになっていた。
火口部に人がいる様子はない。
もしかしたらあの人間より先についたのかもしれない。
時刻を確認する。予知装置の写真が撮られた時間の一時間前であった。


待っている間、博士は考えていた。
本当にあの人間が噴火の原因だとして、それを止めればこの国の人間は助かる。
しかし、学会を開いた以上、噴火が起きなかった時、私の研究者としての人生は終わりを迎えるであろう。
迷いはない。もちろんあの人間は止める。
しかしこの先どんな人生が待っているのだろうか…


そんな事を考えていたら予知写真の時刻になってしまった。
しかし博士と助手以外は、相変わらず誰もいないのである。
おかしい。装置は完璧だったはず。
時刻も多少の誤差はあるだろうが、それでも人影ひとつないのはありえない。
なぜだ?それともやはり装置自体が出来損ないだったのか...


博士はその疲れた体で立ち上がるとフラフラと火口の確認をしに行く。
噴火の兆候が現れているかもしれない。


と、信じられないほどの眩しい光線が博士の視界を奪った。


「―ッ!」




ズルッ



カシャッ
助手の耳元でシャッターがきられたような音が聞こえた。



その日、世界でも類を見ない超巨大噴火がある国で起こった。

博士の装置

博士の装置

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-13

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