彼女

30歳を過ぎて、ようやく得た彼女だったが・・・

 
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 <おはよう。今日も元気で頑張っていますか?常に微笑を絶やさないあなたが好きです。今度、また、コーヒーを御一緒しましょう>

 携帯の着信に気付き、開いた先にはこうあった。彼女からのメールである。彼女は必ずと言っていいほど毎日メールをくれた。そしてそれは、どれもが僕を支えてくれる優しい言葉だった。

 返信 <おはよう!いつもメール有り難う!!僕はいつも元気です!君がいるから、辛い日なんてないよ>

 僕が彼女と出会ったのは、去年の秋。本当に些細な出来事がその発端だった。駅のホームで彼女が落し物を探しているところに偶然出くわした。それで帰宅中だった僕は一緒になって、その落し物を探してあげた。ただ、そんなことがきっかけだった。

 僕と言う男は恥ずかしながら、三十過ぎのこんな歳まで彼女と言える人を持ったことが無かった。また外見も全然冴えなくて、皆からイケてないと笑われている男だった。 だから、まさか、あれほどに美しく可憐な人にめぐり合うことが出来るなんて、まるで思いもしないことだったのだ。彼女はその日から僕にメールをくれるようになり、そして週末には待ち合わせをして二人で映画を見たり喫茶店でコーヒーを飲んだ。
 それは言うまでも無くとても幸せな時間だった。日々週末が楽しみになった。日々の彼女からのメールが僕の心を満たしていった。

 <今日は上司から心無い小言を言われ、本当に頭にきちゃった!でも、義之さんの顔を思い出して耐えました。ありがとう>
 <えっ!そんな上司、僕がぶん殴ってやるよ!君を侮辱するなんて、絶対許せない!>
 <義之さんは、そんなこと思わないで下さい。ごめんなさい。私は平気です。あなたが居てくれれば、それで大丈夫なんです>

 僕はその日もこんなメールのやり取りをして、そして彼女の僕への愛を噛み締めた。嬉しかった。素晴らしくハッピーだった。明日が待ちどうしかった。

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 週末、彼女と直接会った。町の喫茶店だった。僕はブレンドコーヒーを頼んだが彼女は何も頼もうとしなかった。

 「何か、頼みなよ。パフェでもどう?僕のおごりだから、遠慮なんかしないでよ」
 「うんうん。私はいらない。今、ダイエット中だから。だって、デブの私なんか嫌いになるでしょ?」
 「えっ?何言ってんの!?僕は、何があろうと君を嫌いになんかなるはずが!!」
 その時、彼女の細い指先が僕の唇を抑えた。
 「判ったよ」と僕は呟き、もう一杯、自分のコーヒーを追加した。

 考えてみればいつもそうだ。彼女は何処へ行っても決して自分の分を頼まない。けれどそれでは余りにバツが悪いので、結局僕が二人分を頼むのだ。しかし彼女が何故そんなことを好き好んでするのかは僕には判らない。ある意味彼女は僕にはミステリアスすぎるのだ。

 そもそも彼女と言う人は何処か変わっている。あれほどの美貌を持ちながらこんな男として魅力の欠片もない僕を相手にしているだけでも十分に不思議だが、それ以外にも色々ある。
 彼女は何故か?メルアドは教えてくれても音声電話の番号を知らせてはくれない。何度か頼んだのだが結局断られた。でも意地悪でそうしているようには思えない。何か僕には言えない事情が有るような気がした。だから僕もそれ以上追及することを止めていた。

 Frm 雪絵 Sub 夕焼け <今日、あんまり夕焼けが綺麗だったので、あなたにも見て欲しくてメールしました。添付の写真、拡大して見てください。遠くに居ても、同じ景色を一緒に眺められるなんて素敵だとは思わない?>
 返信 <ほんと、すてきだ!感激したよ。君はやっぱり、感性が素晴らしいね。今度は同じ場所で並んでそんな景色を眺めよう>

 その日、僕はその携帯の小さな画面に噛り付き何度と無くその夕日を眺めた。素敵な景色だった。そこに彼女の姿などないのに僕の心は彼女の微笑みに満ちていた。
 これからもこんな毎日が続くのかと思うと、己の心の中の興奮を抑えることなどとても無理だった。自分にこんな幸せがやってくるなんてそれまでの僕は考えもしなかった。

 知り合いの男達が皆彼女を持ち、デートを重ねいずれ結婚していく。そんな普通の出来事が僕には神々しかった。まるで遠いものだった。でも思えば、それがようやく自分のこととして舞い降りたのだ。 
 だがしかし、僕は何処か他の連中とは違っていた。僕は決してそれ以上を求めなかった。思えば彼女とのこうした交際が始まって、もうかれこれ一年がたつ。だが正直言うと、僕は未だに彼女に口付けのひとつもしていない。それどころか、まともに手すら握っていない。そう、まるでそれは中学生のカップルのような関係だった。

 ・・・でもいい。それでいい。いやむしろ、それこそが僕の真に望んだ関係だったのだから。

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 その日の週末は僕は独りだった。何気なく思いついてそこへと向った。そのショッピングセンターは僕の常連としている所だった。だが思えば不思議だ。そういえばここへ彼女を連れて来たことが今まで一度もなかった。なぜだろう?まあいい。今度誘ってみよう。

 ・・・だが、そんなことを考えている時だった。ふと、聞き覚えのある声だった。僕の名前を呼んでいた。

 「あれ、佐藤じゃん。こんなとこで何してる?いや、買いもんか?あれ、やっぱり独り?・・・まあ、だろうな」

 それは大学時代の友人の永沢だった。しかし僕としては余り良い友人とは思っていない。
 ・・・だが彼にしてみれば僕は自分のうっぷっんを晴らすのに丁度いい間抜けな存在だったのだろう。あの頃から何かと僕に絡んできた。
 そして僕のちょっとした仕草や言動に一々突っ込んできて、そしていつも、僕を皆の笑いものに仕立て上げていた。
 あの頃、思えば彼は不思議なほどいつも僕の側にいた。だからその他の皆からは何故だか親友のように思われていた。
 ・・・だが僕にしたらいい迷惑だった。

 「やっぱ、お前って、やっぱ、今も独りもん?いや、だろうな。と、思うよ。でも、その方が全然いいって!女なんか、結婚すると豹変するぜ!子供が出来た途端、亭主のことなんか、どうでも良くなるみてえ。ほんと、幻滅!あんな女と結婚なんかするんじゃなかったぜ。全く!糞みてえ」

 気が付くと僕は泥酔した永沢の相手をさせられていた。どうやら奴は夫婦仲が上手くいってないらしい。

 「・・・女って、いったい何なの?しつこく俺を拘束して、一々干渉してきて、他の女と話してるだけで、糞くだらないこと聞いてきて、・・・そのくせ、いざ子供が出来ると、今度は自分のことを何だと思っているんだ?とか、訳のわからないこと言い出して、あれしろ、これしろって、こっちが疲れてるのに言いたい事ぶちかまして、言うだけ言ったら、今度は無視しやがって、糞むかつく!・・・そう、思わねえ?」

 ・・・ふと思う。何でこの僕がこんなどうでもいい奴のために、この大事な休日の時間を使っているのか?・・・まあ今日は特に用事もなかったにだから別にいいのだけれど。
 だがそうしている内、ふと永沢の目の色が変わった。何かまたくだらないことを思いついた感じがした。

 「で、お前は、どうなんだよ?・・・さっきっから、ていのいい聞き役みたいな振りしてるけど、お前の本音も聞かせろよ!・・・おい、まさか、未だに童貞です!とか、言わないよな?ガハハハハハ!いや、お前なら、それも有りか?いや、マジ、有りかもな?だって、前に会った時、そう言ってたもんな。アハハハハ!」
 「・・・・・・・・・。」
 「おい、何、だんまりしてんだよ!少なくとも、彼女ぐらいは居るんだろ?・・・でなきゃ、お前って、もしかしてゲイとか?いや、別にそうでもいいけど!俺は、その気ないから、ハハハハハハ!」

 「いや、ちゃんと付き合っている人ぐらい居るよ」
 僕がようやく、そう告白すると、奴は僕の目を凝視した。

 「雨宮雪絵さんて言うんだ。もう、付き合って一年になるよ。無論、いつか結婚したいと思ってる」

 僕は奴に彼女の写真を見せた。とはいっても、それは彼女から貰った唯一の写真で彼女がまだ高校生の頃のものだった。だから僕はそのことも説明した上で今の彼女は自分と同じ三十台だと付け加えた。

 「マジ?へ~っ、結構美人じゃん!お前にはもったいなくない?いや、別にいいんだけど。・・・いや、意外だったもんで」

 僕はその言葉が悔しくて思わず彼女と交わしたメールの数々を奴に見せた。こういうものは余り人に見せるべきものでは無いと知りながらも奴の態度がどうしても我慢がならなかったのだ。

 「へ~っ、マジ、ラブラブじゃん!いや、見直したよ。お前も隅に置けないなあ。いや、今日は俺、ちょっと飲み過ぎ。・・・いや、変な話ばっかしたけど、佐藤、お前、マジ幸せになんな。お前って、どっか抜けてるけど、マジいいやつだから、俺、お前のこと、絶対応援してるぜ!」

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 何故だか奇妙な気分だった。あれほど嫌いだった筈の永沢が何故だかいい奴な気がした。自分は今まで彼を誤解していたのではと、ふと思った。

 僕は欲しかったCDを手にして自分の部屋へと帰った。そのアルバムの音響に包まれながら、自分を考えた。
 ・・・そうだ。思えば自分はこれまで孤独しか知らなかった。ずっとずっとそうだった。
 独りで居ることが普通で、孤独であることが当然で、誰かに愛されようとか、誰かを愛したいとか、そんなことは当然のように否定していた。それが当リ前の日常だった。
 ・・・永沢はあんな馬鹿げたグチを言っていたけど僕にはその意味がまるで判らない。所詮は単なる他人に過ぎない男の子供を産んで、そして自分の何もかもを犠牲にしてまでそんな夫の子を育ててくれている妻がいて、そんな人を何故憎むのか?
 ・・・僕には意味が判らない?自分が愛されることがそれ程に必要とは僕には意味が判らない。・・・判らない。判らない。判らない。
 ・・・夫婦が判らない?男女が判らない?結婚とは何なのかが判らない?

『ブブブブブ・ブブブブブ・ブブブブブ・ブブブブブ』
 その時、メールの着信を知らせるバイブレーションが僕の携帯を振動させた。

 <先ごろお伝えしていた、同窓会の日程が決まりましたので報告します。場所及び、日時は、・・・・・・>

 それは高校の同窓会の知らせだった。僕はその通知の手紙を貰ったその時からこの集まりを楽しみにしていた。ずっと待ちわびていた。そしてその日を知らせるメールがようやく来た瞬間だった。
 僕の心は不思議なほどときめいていた。まるで自分の想いが天に通じたかのようだった。
 いや、誰か会いたい人が居るわけでもない。そもそも僕はそこに誰が来るかも知らされていない。
 第一、同窓会なんて本当はどうでも良かった。僕というに人間はあの頃から、高校の頃からまるで存在感なんて希薄で、きっと僕を覚えている級友なんか居る訳も無くって、きっと僕なんか皆の記憶になんか全然無くって、・・・・・・。
 でも不思議だ。僕はどうしてもそこへ行きたかった。どうしても行きたかった。何故なのかは判らない。ただそうだった。どうしてか?そうだった。

 ・・・きっと、何かを確かめたかったのだと思う。

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 僕は逸る気持ちを抑えつつそこへと向った。同窓会の会場は何でもない居酒屋だった。一室を貸切にしているらしかった。
 そして僕が到着した時、既に多くの級友達がそこに集っていた。僕を見て皆が僕の名を懐かしそうに呼んでくれた。僕はとても照れくさく、また今の自分が恥ずかしかった。
 だが高校時代の仲間とは不思議だ。会った途端僕は自分があの頃に帰って行った気がした。それまでの心の震えが嘘のように収まり、僕はまるで普通に皆と話をしていた。

 「佐藤、お前、本当に変わらないなあ。まるで、高校の頃と、全然同じだよ!」
 かつて、よく会話をしていた鈴木がそう言って、僕を迎えた。
 「いや、ほんとだね。佐藤君、あんまり変わってないね」
 もはや名前も覚えていない女性の級友が呟いた。だが僕はその時、彼女がこんな僕を覚えていてくれたことに驚いた。

 ・・・ふと、皆に眼をやる。皆、そう言われればどこか変わってしまった。確かにそんな気がする。太ったりしわが増えたり白髪頭になってすっかり老け込んだいたり色々ある。だが一番変わった点は、そのおもむきだった。皆苦労を重ね自分を磨いてきた。そんな人生の年輪がそこにはあった。分厚い人間性が彼等の表層を厚くしていると感じた。
 それに反し自分はなんと薄っぺらかと思った。何もしてこなかった自分だった。


 「えっ!」

 だがその時、僕は思わず声を上げた。
 そこに、僕はここに居る筈の無い人の姿を見つけ驚いたのだ。そして思わず叫んでしまったのだ!

 「雪絵ちゃん。何で、君がここにいるの?」

 僕は彼女がこの同窓会の席の中に居ることに驚いた。
 そもそも僕は今日のこの同窓会のことを彼女には話さなかった。特に何の意味も無かったのだが、何故か内緒にしていたのだ。
 だから、ここに彼女が居ることはありえないことだった。意味不明だった。

 「おい、何言ってんだよ、佐藤!雨宮さんはうちのクラスだったろう。お前、もしかして、一年の時のクラスメンバーと混乱してない?」
 鈴木が僕の肩をポンッと叩いてそう言った。
 僕の心が突如激しく痙攣しだした。心臓が圧縮されるように痛み出した。会場内が次第に静かになって皆がこちらに注目した。

 「いや、・・・そう、そうじゃなくて・・・だから、その」

 僕は今、何を言っていいのか判らなくなった。
 記憶が頭が混乱していた。叫び出したいほどに息が苦しかった。

 「だって、彼女とは先週も会ったし、コーヒー飲んだし、それに、それに、毎日メール交換してるし」

 「はあ?・・・何のこと?わたし、佐藤君とは、卒業以来、今日会うのが初めてよ」
 雪絵がそう反論すると、会場内がざわめいた。
 そしてひそひそと何かを耳打ちする級友の姿もあった。

 「佐藤君、変なこと言わないでよ!冗談でも、全然面白くないわよ!」
 酷く嫌悪の混じった声を投げつけつつ、雪絵は僕を睨みつけた。

 僕はあせった。そして、急いで証拠を見せようと思った。だからポケットをまさぐった。そして震える手を必死で制御しながら、それを取り出した。

 「あっ、」

 手が滑った。携帯が床に転がった。だがその携帯を眼にして僕は凝固した。

 そのピンク色の携帯電話は床を滑り、雪絵の足元に落ちていた。彼女はそれをそっと拾った。そして怪訝な顔を隠さないまま、その携帯を持つ手を遠くから差し出すように僕へと向けた。

 「いや、それは僕のじゃないよ。(・・・でも、何で僕が?)」
 小声で、僕は呟いた。

 「何言ってんだよ!お前のじゃなかったら、誰んだよ?今、お前のポケットから落ちたんだろうが!」
 僕等の様子を少し離れた所で覗っていた、三上信吾が苛立ち混じりそう言った。

 「・・・それは、雨宮雪絵さんのだよ。前に、彼女が使っているとこ、見たことあるから、間違いないよ」
 僕のその言葉に雪絵は目を丸くした。

 そして叫んだ。
 「あんた、何言ってんの?ふざけないでよ!こんな携帯知らないわよ!」

 「いや、ほんとだよ!・・・だから、だったら、その携帯のメール履歴とか見てよ、そしたらきっと、判るよ!判るはずだよ!」

 僕がすがるようにそう言って彼女の目を見ると、雪絵は更に気味悪そうな表情を浮かべた後、静かにそのピンクの携帯電話を開き、ボタンをサラサラと操作した。
 僕はそれを見て少しホッとした。ああ、いつもの雪絵の手つきのまんまだ。

 ・・・・・・だが。

 「え?・・・これ、なあに?・・・この携帯の履歴、わたしと佐藤君とのメールしかないじゃない。・・・でも、わたし、こんなメール送ってないわよ!そもそも、こんなのわたしじゃない!気持ち悪い!なっ、なんなの?第一、これ、変でしょ?・・・こんな携帯ある訳ない。履歴は全部同じメルアド。電話の履歴なんて一つもない。アドレス帖にはあんたのメルアド以外なんにもない!・・・こんなの・・・絶対おかしいよ!」

 彼女の顔が、一気に血が引いたように青ざめていった。

 こんな雪絵の顔を僕は初めて見た。

 そしてその瞬間、僕はとんでもないことをしていた自分に気付いた。



 ・・・そうだ、彼女は高校時代のクラスメイトだ。ずっと、ずっと好きだったけれど、結局告白すら出来なかったんだ。

 そうだ。雪絵は、僕の初恋の単なる片思いの相手だった。

 そうだったんだ、そうだったんだ、そうなんだ!

 そう、当たり前のことだった。

 そう、何もかも、当たり前に考えたら、すぐに気が付いたことだった。

 そうだ、僕に彼女なんか、居るわけもない。

 ・・・居たこともない。

 ・・・あるわけもない。


 ・・・この僕が、誰かに愛されるなんて、絶対にない。

彼女

人間寂しすぎると、何処か壊れてしまうものなのかもしれません。・・・自分自身を真摯に見つめ、本当にそう思います。

彼女

30歳を過ぎ、ずっと非モテだった僕にもようやく彼女が出来た。・・・だが、その彼女には少し奇妙なところがあった。 寂しい男の切ない想い。そして、その結末は・・・

  • 小説
  • 短編
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  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-11

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