逃げ爺

逃げ爺

死んだっていい奴くらい居る。
そう思ったことが、幾度となくある。
人として、その思考があるのは、良いことでないとされるのかもしれないが、恨み辛みがあるのが人間であるのも現状。

死んでしまえ。

そう思うのは、究極の思考かもしれないが、後先考えない簡単な思考であるともいえる。

馬鹿、アホ、死ね。

どれも誉められる言葉では無いと思う。
しかし、大人ほど知識と教養がない子供でも知っている言葉である。

その馬鹿、アホ、死ね。という一般常識のなかでは、あまり好ましくない言葉をこれでもかと使った。

こういう言葉に嫌悪感を抱く方は読まないで頂きたい。
いやいや、その言葉があるから面白いだろ!という方は、どうぞご覧ください。

第1話 狙う者、狙われる者

第1話 狙う者、狙われる者

風俗店が軒を連ねる繁華街。
表通りの怪しげなネオンが性欲をくすぐり、本能の赴くままに人間を動かす。

世界でも、名の通る繁華街の素顔は、欲望と喧噪に明け暮れる街であり、観光地とはほど遠い。
その街の光の裏にある闇とでもいえる細い路地裏で、ハゲ散らかした背の低い初老の男が、若い男に声を掛けられた。



「あんた、シゲミ・田中だろ?」



ベースボールキャップにグレイのパーカー、ジーパンにランニングシューズといったラフな姿。
深く帽子をかぶっているので顔までは分からない。
薄明かりしかない路地裏だから、そこまでしなくても顔は分かりにくいが、この男の職業が、そうさせていた。



「誰じゃ?」



「殺し屋だ」



一見すると、何処にでもいそうな若者の発した言葉が信じられない。
嘘だと思い、シゲミはもう一度聞いた。



「殺し屋?・・・・・・そう言ったのか?」



「あぁ。依頼があってな。」



身に覚えがあり過ぎるため、こういった出来事は警戒していたが、まさか一人で堂々と現れるとは思ってもいなかった。



「ワシの前に姿を見せる・・・・・・誰の仕業じゃ?」



「契約上、それは言えん」



静かに歩み寄る若い男に、ただならぬ恐怖を覚えたシゲミは、震えた声で叫んだ。



「む、村田!ででででっ出番だ!」



こういった場面に出くわすであろうと、その男は体躯の良い村田という男を用心棒として引き連れていた。
後ろに居た村田が、シゲミの前に出て、盾になる。
しかし、男の視線の先は村田の姿ではなく、シゲミに変わりない。



「ふん!貴様を殺すことなど容易いことだぞシゲミ!」



「ワシを殺す?殺せばお前は殺人犯!死刑じゃい!」



そう言っておけば、自分の命は助かると信じて疑わない。
シゲミは、少し優位になった気がした。



「知らなければ良かった事かもしれんが、俺は、殺しのライセンスを持っている」



「殺しの?馬鹿が!そんなもんがあってたまるか!」



「どう思おうと貴様の勝手だ。どうする?殺されてからじゃ考えることもできんぞ」



淡々と話す若い男。恐怖が優先され、まともに、その男を見れなくなっているシゲミ。



「そうじゃ!ワシの研究の結果を教えちゃる!」



すでに思考回路は、まともではない。
それでも、閃いたとばかりに携帯電話を取り出すシゲミ。
スマホではなく、ガラケーであるのは年のせいもあった。



「研究?」



「ワシの方式を使って・・・・・・三連単の本命ガジガジじゃいや!」



一日に何度も見る競艇のホームページを見せつけるシゲミ。



「言ってることがさっぱりだ」



「ほーほほほ。まだまだじゃのぅ。そうじゃ!発祥の地、大村に行くか?」



「競艇に興味はない。そろそろいいか?」



目つきが一層鋭くなる男。
さすがに危機を感じ、話を反らそうとするが、当然のように上手くいかない。



「殺せば、お前も死刑じゃい。馬鹿が!そんなんも知らんのか!」



やれやれと首を振る若い殺し屋。



「何度も言わせるなドアホウ。国が許可したんだ。俺が捕まることはない。それに、もしそうでなくても、捕まるようなヘマはしない。貴様の命は、俺次第と言うことを忘れるな」



若い男が冗談で言っているのではないと、目を見れば分かる。
物わかりの悪いシゲミでもそれが分かった。



「さて、そろそろ殺してやろうか?」



懐から、M92Fベレッタを取りだし、シゲミに銃口を向ける。
銃口を向け、観念した表情のシゲミを見ると、若い男は、ふと閃いた。



「待てよ・・・・・・死より恐ろしい恐怖の中で生きていく。というのもありだな。選ぶ権利は与えてやる」



「馬鹿!こんなっ!死より恐ろしい恐怖ってなんじゃい?」



その質問には、答えることはない。



「返事は?三十秒待ってやる」



「ままっままま待て!待ってくれ!」



「だから、こうして待ってるだろ。あと二十五秒だ」



「金か?金が欲しいのか?」



「愚かだな。命乞いするために金を貯め込んでいたのか」



「う、うるさい!ワシの金じゃ。どう使おうとワシの勝手じゃろうが!」



腕時計から視線を外し、シゲミを見る若い殺し屋。



「時間だ。どっちだ?」



「おおおおおおお前みたいなもんに、決められてたまるか!」



「分かってない爺だ。貴様の命は俺次第と言っただろ」



「ワシののののの、権力と金があればばば、お前ぐらい消せるいや!」



それを聞いてピストルを懐にしまう若い男。
シゲミの権力と金に興味を持ったわけではない。

この場で簡単に殺してしまっては、物足りないと感じたからだ。
シゲミを殺すことはしない。それがシゲミにも村田にも分かった。
二人は、ほっと胸をなで下ろしたが、若い男の威圧感の前に安心はまだ出来ない。



「・・・・・・そうか。たった今から恐怖の中で生きろ。生きることが絶望でしかない人生を送れ」



そう言い残し立ち去る若い殺し屋。
底知れぬ恐怖を植え付けられたシゲミ。隣で立っていた用心棒の村田に指図する。



「む、む、む、村田!あいつを殺れ!今すぐ追いかけて殺してこい!」



「いや・・・・・・自分には無理です」



「無理なもんかいや!やらずして分かるんかっ?」



「いや、シゲミさんなら、あの男・・・・・・いかほどか分かっていると思ったんですが」



「どういうことじゃ?」



「自分が殺せる相手じゃないです。次元が違いすぎる」



「そそそそそそこまで?お前にそこまで言わせる男か・・・・・・」



「奴の名は、マサシム。裏社会では知らぬ者はいない。すでに伝説とまで言われる、殺し屋です」



「ほほほほほほほほほ本当か?」



「すみません。自分は生きたいです。今日限りこの世界から足を洗います」



「待て待て待て。三倍じゃ!今までの三倍出す」



「無理です」



「じゃぁ、五倍じゃ」



「いくら積まれても・・・・・・」



「そう言うな!二億出す!」



「すみません。用心棒でいれば確実に死ぬのが分かっているのに出来ません」



「お前以上の用心棒はおらん!」



「どうしてもと言うのなら、知り合いがいます」



「お、お、おう。そいつは?」



「昔、同じ道場で修行したアゴシャクレと言う男がいます。そいつならひょっとして」



「そ、そうか。そいつは何処に?」



「山国県にいるはずです」



「山国県に?」


「はい。自分の故郷です。奴なら、自分と違って金で動きます」



それを聞いてニヤリと笑みを浮かべるシゲミ。



「お前のことなど聞いておらんわい。貴様はもう用済みなんじゃ!散れ!」



「はぁ、そ、それじゃ」



「山国県か・・・行くしかないのぅ」



そして、その日の最終便で羽根田空港をたった。
すでに、マサシムを殺す構想を描きつつ山国県へ向かった。
                                   

第2話 ペイシン

第2話 ペイシン

マサシムの前から逃げるように去ってから3時間後。
シゲミはアゴシャクレに会うため、一人で山国県に来ていた。


「ここか?」



シゲミは、山国空港からタクシーに乗り、村田に聞いた町はずれの小汚い雑居ビルの前にいた。
看板には、アゴチョンペ道場と書いてある。



「ここに、アゴシャクレという男がいるのか・・・」



時間は21時半を過ぎていたが、道場の灯りはついていた。
中からは、練習生らしき者のかけ声が聞こえている。

練習中だろうが何だろうが、命が掛かっているので、形振り構っていられない。
突然の訪問に、アゴシャクレが、どう対応するかなど考えてはいない。
そのビルに入ろうと一歩前に足を出したとき呼び止められた。



「あの・・・・・・・道場に用事ですか?」



黒縁メガネに作業着の男が、エコ袋いっぱいの缶コーヒーを持って、シゲミに声を掛けてきた。
この男を、仕事帰りに稽古に来た男だと判断したシゲミ。
わざわざ会いに行く手間が省けたと、少し嬉しそうに男に答えるシゲミ。



「お!ここの道場の人かね?アゴシャクレさんに会いたいのじゃが、呼んできてくれんかのぅ」



ニコニコとするシゲミに、愛想良く答えた男だったが、言う内容は厳しいものだ。



「見当違いだし、命令するなアホ♪俺は殺し屋で~す♪」



愛用のエコ袋いっぱいの缶コーヒーは、カモフラージュ。
男は、ピストルをシゲミに突きつけた。
まだ、突きつけるだけの威嚇で撃つ気はサラサラない。それでも恐怖は十分に与えている。



「あんたシゲミだろ?」



男は、顔をのぞき込むようにシゲミに近づく。
ワシの顔を見るなと言わんばかりに、じりじりと後退するシゲミ。



「くっ!ち、違うわい!」



後退するシゲミに詰め寄ることはぜず、少し距離をとる男。



「しらばっくれるなよ。貴様の顔は、裏社会じゃ有名なんだよ♪」



逃げられない。そう判断したシゲミは、観念した。
しかし、死を覚悟したわけではない。



「まままままままま待て!はははは話せば分かる。ピピピピピピストルルルルンルンルをを銃をおろせ」



ピストルを突き付けられて尚も自分が劣勢であると分かっていないかのような、上からの言葉は男を怒らせるには十分だ。



「命令するなって言ったろ!クソ爺」



「く・・・・・・お、お前も頼まれたのか?ワ、ワシを殺しに来たんじゃろ?」



返事はしない。
聞こえているのに聞いていない振りをする男。
シゲミの言葉など聞きたくないという思いがそうさせている。



「それにしても、命を狙われてるのにSPも付けず♪・・・・・・馬鹿なのか?アホなのか?ま、賢くないのは間違いない♪」



「・・・・・・くそっ。ガキが調子にのりおって・・・・・・」



「ま、ここまで生きて来られたことは誉めてやるよ♪」



「・・・・・・や、やかましぃ」



「が、ここで死ぬ♪」



「や、やかましいというとるんじゃっ!ワシは死なん!」



シゲミの小さい声には反応しなかった男が、今のシゲミの怒声には、食い気味で反応した。



「はっ!余命幾ばくもない爺が!死ぬのが少し早くなっただけだよ♪」



「やかましい!やかましいんじゃクソガキがぁぁぁ!」



シゲミの必死の形相が面白くて堪らなくなったペイシン。
ついつい吹き出してしまう。



「ぷぷぷぷぷっ♪お前の声の方が、よっぽど喧しい♪」



「何ぃぃぃぃっ!誰にものを言うとるんかぁぁぁぁぁ!」



大声で威嚇するも、通用しない。
男は、その大声を防ぐように耳を押さえていたが、それ以上、シゲミが言わないのが分かったので、耳の穴をほじくりながら迷惑そうに言った。



「・・・・・・うるせ。死ねよ爺。お前には3000万の懸賞がかかってんだ」



「け、懸賞金?」



「あぁ。お前を殺れば、俺に3000万♪ひゃははははは♪」



まさか自分が懸賞首になろうとは思ってもみなかったが、金が絡んだ話なら、自分は絶対に勝てるとシゲミは目を光らせた。



「そ、そんなモンはワシの権力と金を積めばどうにでもなるんじゃ!」



「そうかい。ま、その権力と金を使う前に、ここで死ぬんだけど♪」



「まっままっままま待て!2倍だ!6000万出す!それでいいだろ!」



首を取るより、シゲミを助ければ倍の金が手に入る。
男は、しばらく悩む。
悩む男を見て、やはり金で動かぬ者はいないと、ほくそ笑むシゲミ。
だが、男の答えはシゲミの期待している返事ではなかった。



「う~ん・・・・・・悩んだ結果、あんたは信用出来ねぇ♪ってことで殺しま~す♪」



そう言うとシゲミの脳天に狙いを定める男。
今、まさに引き金を引くタイミングで、男は止められた。



「銃をおろせ!ペイシン」



背後から自分の名前を呼ばれ振り返る男。



「お♪なんで俺の名を?」



ペイシンは、一旦振り返ったが銃口はシゲミの脳天に向いたまま。



「そいつは俺の獲物だ」



そう言う男を見て、シゲミは肝を潰した。
そして、恐怖のあまり腰を抜かし、小便まで漏らす始末。



「ななななん何なんでお前が?」



そこに立っていたのはマサシムだ。



「貴様の行動など筒抜けだ。俺の捜査力は国家レベル以上だと覚えておけ。なめるな」



蛇に睨まれた蛙のように動けないシゲミ。
逃げようにも足に力が入らず、ギリギリと歯ぎしりをするだけである。



「ぐぬぬぬぬぬ」



目の前に現れたマサシムに驚いたのは、シゲミだけではない。
ペイシンも、来るはずない男の登場に首を傾げた。



「何で此処にいるんだよ!お前が絡んでんのかぁ」



少し迷惑そうにマサシムを見るペイシン。
マサシムは小さく頷き、言った。



「いいかペイシン。今は生かしておくんだ」



「ヤダよ♪3000万の懸賞首だぜ?」



「その3000万を獲るために、お前の命は捨てられるか?」



「おいおいおい。俺を殺す気か?」



「場合によっては・・・・・・」



今この場で殺すことも出来る。
そんなオーラをペイシンに向け、マサシムは発している。



「何だってんだよ?」



銃すら構えないマサシムのオーラ。それだけでペイシンはピストルを下ろした。
無抵抗であるペイシンに危害を加えることはしない。
マサシムは、自分の考えを話し出した。



「死んだ方が楽・・・・・・この爺には、そう思わせるほどの苦痛を与える」



「ひょ~♪ドSだな♪」



「ふっ。だから殺さないんだ。死んでしまえば、死より苦しい事を思い知らせられんからな」



ニヤリと口角を上げるマサシム。



「ま、お前が絡むなら、俺は手を引く♪」



全てをマサシムに任せようと思い、ピストルを懐にしまうペイシン。
その隙をみて、シゲミは咄嗟にビルの中に逃げた。



「あ、コラ逃げんな!」



初老の人間の動きではない速さで、ビルの階段を駆け上っていくシゲミ。
運動神経抜群のペイシンでも、捕まえられなかった。



「ほっとけ!追うな!」



階段を2、3歩駆け上がってすぐにマサシムに止められたペイシン。



「何で?」



「ここに来たってことは、アゴシャクレに助けを求めたんだろ?やり方はいくらでもある」



想定内の出来事だと落ち着くマサシムとは対照的に、居ても立っても居られないペイシン。



「でも、他のアサシンに殺されたら懸賞金はパーなんだぞ!もし、アゴシャクレが殺っちまったら・・・・・・」



それを聞き、自分にも知らされていないことがあると、少し不機嫌になるマサシム。



「あのクソ依頼者、どれだけの奴に依頼したんだ?」



「え?全国で懸賞掛けたって代表が言ってたぜ♪知らんのか?」



「そうなのか・・・・・・じゃ、こうする」



スマホを取りだし連絡するマサシム。



「もしもし・・・・・・俺だ。シゲミ・田中の件についてだが、急いで代表に繋げ」



マサシムが電話したのは、裏社会を牛耳るサイキのスマホだ。
しかし、対応したのは、いつもと同じく秘書ナンヴーだ。
普段から、滅多に人と接することのないサイキ。
何故なら、このナンヴーが、全てを任されているからだ。
しかし、マサシムからの電話だと分かると慌ててサイキに繋いだ。



「どうしたマサシム?お前から連絡など無いことだが?」



低く威圧感のある声。
裏社会を牛耳る人物である男の声は、それだけで人を緊張させる。
しかし、マサシムは落ち着いたものだった。
長年の付き合いで、お互いの人間性を理解しあっているからだ。



「まぁ、あってもおかしくないだろ。突然だが頼みがある。・・・・・・え?あぁ、それは問題ない」



自分の言い分とサイキの言い分が合致し電話を切るマサシム。
内容が気になるペイシンは、すかさず聞いた。



「どうなった?懸賞首の話だろ♪」



「シゲミには手を出さないで欲しいと説得した」



「ひょ~♪相変わらず、手際が良いねぇ♪」



「茶化すな!代表を説得するのは大変だったんだぞ」



「おう、それだよ♪よく代表が許したな。お前の身勝手な意見を♪」



代表というのは、サイキ以外の誰でもないのだが、その名を人前で呼ぶことは、自殺行為であり、裏社会では、通称である『代表』という名で呼ばれていた。



「因縁だってさ」



ポツリと呟くマサシム。



「は?」



「代表もシゲミには、特別な感情を抱いていると聞いたことがある。感情なんて無さそうなのにな」



少し笑みを浮かべたように見えたマサシムの表情を、ペイシンは見逃さなかった。



「お♪面白そうな話だな♪」



そう言われたが、キリッと表情を変え、不愛想に答えるマサシム。



「話さないぞ。俺が消される」



「・・・なんだよ、つまんね~な」



本当に素直に感情を顔に出すペイシン。
つまらなさ満載の表情をするペイシンに、マサシムが珍しく、柔らかい口調で言う。



「なんて顔してんだペイシン。ま、今回の件は、手を組もうじゃないか」



普段から単独行動をし、誰とも連まない事で有名なマサシム。
この意外な言葉に、ペイシンはパッと表情を明るくした。



「ほう。お前がそんなこと言うなんて初めてだな♪手を組もう♪」



「じゃ、今から1ヶ月、シゲミを奴と共に監視して欲しい」



「え?監視?拷問じゃないのか?で、奴って?お前と組むんじゃないのか?」



手を組むと言われ、ともに行動すると思っていただけに、ペイシンは軽く混乱した。
しかし、ペイシンが混乱することも分かっていたかのように平然と話すマサシム。



「俺とは別行動だ。カシワ・ギンと行動してくれ」



「え?あの伝説の?引退したって聞いたぞ」



「あの人を引退なんてさせない。あの人のリハビリを兼ねて、シゲミを監視してくれ」



「て、俺・・・・・・リハビリ係~?」

第3話 なのねん

第3話 なのねん

ペイシンは、スマホの画面を見ながら、楽しそうに口笛を吹いている。

「半端ねぇなぁ♪医者まで協力者かよ♪どんだけだよマサシム♪」

シゲミは、半年前に心臓のバイパス手術を受けていた。
その時の執刀医が、マサシムと親密な関係であり、バイパス手術の際、体内に発信器を埋め込んでいたのだ。
それをマサシムから聞いたときは、半信半疑だったが、実際にスマホの画面を見ると疑いは一気に晴れた。

「残念だねシゲミちゃん♪何処にいても、見つけちゃうよ~♪ね、ギンさん」

ペイシンは、田圃の真ん中にあるカシワ・ギン宅に来ていたが、玄関から中には入れてもらえず、玄関での立ち話であった。
今、自分がしている仕事を理解させるため、あえてスマホをカシワ・ギンに見せるようにしている。

「あ、あの・・・・・・ペイシン君。僕は、もう足を洗ったのねん」

元殺し屋であるカシワ・ギン。
その姿は、背が高く痩せ形、端整な顔をしている。
本当に、殺しを職業にしていたとは思えない風貌である。

「お、おぉぉぉ・・・・・・すっげ!昼間っからソープランドって、あの爺元気だねぇ♪ね、見てよギンさん。ってか、勃起すんのか♪」

カシワ・ギンが協力的ではないのが分かっていながら、あえて説得はしないペイシン。
ただ、先ほどの画面を見せる。

「そんなことやられても無理なのねん。僕はもう、スーパーのレジ打ちをやっている普通の社会人なのねん。どこにでもいる普通のおじさんなのねん」

「う~ん・・・てか、その、なんだ、口癖か?えっと、なのねん?」

「あ、気になるのねん?」

「そんなにイケメンなのに・・・・・止めてくれるといいんだけど♪」

ペイシンの言葉にブンブンと首を振るカシワ・ギン。

「無理なのねん。口癖だからでるのねん」

理由にもならない説明に肩を落とすペイシン。

「そ、そう・・・・・・ほんとに、この人が天才って言われてたのか?」

何か、いつもと勝手が違いやりにくいペイシン。
困惑の表情のペイシンに、ニッコリと言うカシワ・ギン。

「初めだけなのねん。慣れるのねん」

「慣れる・・・・・・かなぁ」

「ていうか、僕の話聞いてたのねん?」

「は?」

「僕は、もう引退したのねん。帰って欲しいのねん」

その要望に今度はペイシンがニッコリと答える。

「あ~~~~~無理無理無理無理無理無理無理♪マサシムからは逃げれねぇよ~♪」

「マサシム君のお願いでも無理なのねん」

「いや、だからぁ簡単な仕事だよ?殺しとか拷問とか、しねぇんだから♪しょっぼい爺を監視するだけだよ♪」

「だから、もう関わりたくないのねん。今日は、帰って欲しいのね~~~~~ん!」

これ以上の会話は無意味。
そう判断したカシワ・ギンはペイシンの肩を掴んだ。
次の瞬間、玄関から投げ出されるペイシン。
いきなり投げられたのだが、宙返りし受け身を取った。

「く、スゲー馬鹿力。ま、とりあえず報告しとくか♪」

受け身はとったが、ズボンは泥に汚れた。
パンパンと服を払い、泥汚れを飛ばした後、スマホを取り出す。

「あ、もしもしマサシム♪」

「おう、どうだった?」

「聞く耳持たず♪追い出されたよ♪」

「その割には嬉しそうに話すなぁ」

「ふん♪なのねん、なのねんって♪口癖が移るっちゅうねん♪」

「ちょっと移っているぞ」

「あれ?そうか♪ま、簡単にはいきそうにない。天才の考えは分からん♪共に行動は無理かも・・・どうしよ♪」

「どうしよ♪じゃねぇよ。説得して連れてこい!いつもの店だ。共に行動しろよ。出来るまで電話してくんな!俺は忙しいんだ」

一方的に電話を切るマサシム。

「か~、厳しいね♪ま、言うこと聞かなきゃ殺されるかもしれねーからな♪」

もう一度、カシワ・ギン宅のインターホーンを押すペイシン。

「ちわ~♪また来たよ♪」

そのまま無視することも出来たのだが、律儀に玄関先まで出てくるカシワ・ギン。

「もうダメなのねん。何回来ても同じことなのねん」

これ以上の関わり合いは迷惑であると顔に出すカシワ・ギン。

「そんな顔しないでさ♪俺の命を助けると思って♪・・・・・・ね、お願い♪」

職業殺し屋を経験してきただけに、命の尊さを知っているカシワ・ギンにとって、軽々しいペイシンの願いは、何とも理解しがたい。

「命が掛かっているくせに、お願いの仕方が軽いのねん。本当に命がかかってるのねん?」

先ほどの迷惑そうな顔から一転。カシワ・ギンの表情は怒りで険しくなっていた。

「そりゃぁ、あんたを説得しねーと、マサシムの馬鹿に殺されっかもしれねぇし♪あいつが平然と人を殺せるの知ってるよな♪」

「そ、それでも仲間は殺さない男なのねん。マサシムは仲間を最優先する男なのねん。分かってるのねん?答えるねん!」

「それは分かってるよ・・・・・ってか、なのねん。なのねん。なのねん。なのねん。なのねんなのねんなのねんなのねんなのね~~~~ん!口癖止めろつったろ!」

「そ、そんなに、なのねんって言ってないのねん」

ペイシンにそんなつもりはなかったのに、カシワ・ギンには辛い言葉。
予想以上に傷ついたことを知り、素直に謝るペイシン。

「あ、ゴメン・・・・・・なのねん♪」

その謝り方に、明るくなるカシワ・ギン。
笑いには疎いペイシンの渾身の一言がカシワ・ギンの笑いのツボをとらえた。

「あ、移ったのねん!」

「あぁ。移ったよ♪あんなに言われたら♪」

「ひゃっははは。なのねん!なのねんが移ってるのねん。ははっははっ。可笑しいのねん」

「わざとだよ!わ・ざ・と。てか、笑いすぎだろコラ!なのねん男!人が真面目に話してるのに!」

ペイシンの言い訳じみた言葉に、ギラッとカシワ・ギンの目が鋭く光った。

「真面目だったのねん?」

「あ、いや・・・・・・ちょっとだけな♪」

真面目に話そうとしても、すぐに、はぐらかすペイシン。
そういうところがカシワ・ギンは我慢できなかった。

「ふん!本当に僕に協力して欲しいなら、誠意を見せるのねん。生半可なことじゃ、僕は動かないのねん。おととい、きやがれなのね~~~~~~ん」

またもカシワ・ギンに投げ飛ばされそうになるペイシン。
しかし、今度は投げ飛ばされず踏みとどまるペイシン。
二度同じ技をくらわないのは流石である。

「あんた普通じゃねぇ。目が違うんだ。普通の人間は殺し屋なんてやらねぇ。・・・忘れたくても無理な事って結構あるよな。じゃ、明日な・・・伝説の天才参謀さん」

普段とは違い、低く静かに語る口調は別人のようだ。
こういう風に話せば、初めからカシワ・ギンは聞いたであろう。
ペイシンが別人のように話したのにはカシワ・ギンも驚き、口癖も出さなかった。

「僕は行かないよ!誰のためにもならないから」

「そうか?それが嘘だと分かってるぜ♪・・・・・・待ってるから」

無理に説得はしなかったペイシン。
共に行動しなければ、マサシムへの言い訳もたたない。
それでも、ペイシンはカシワ・ギンを信じてみようという考えが揺るがなかった。
まだ、カシワ・ギンの目に、職業殺し屋の濁った色が褪せていなかったからである。

第4話 再会

第4話 再会

ペイシンが、カシワ・ギンと会った翌日。
この時点で、シゲミは逃亡中である。
勿論、発信器で居所は分かっているし、シゲミの命の保証はマサシムとサイキの話によって殺されないと分かっているため、焦ることはない。
ペイシンは山国県から野之崎市へ移動していた。

野之崎市の繁華街になるショットバー『フェザー』に顔を出すペイシン。

このショットバーは、マサシムの行きつけであった店で、いつのまにかペイシンも暇があれば顔を出すようになった店だ。

「え?ハウちゃん!?」

フェザーに着くと、一番奥にあるソファーに柔道6段、空手4段のハウが座っていた。
ハウは、そこのソファーに深く座り、好物のブランデーを飲みながら携帯ゲームで遊んでいる。
苦手な上司のハウを目にして、一瞬動きが止まったペイシン。

殺し屋とは裏家業であり、ペイシンは表向きの仕事はしていた。
その仕事というのが電気量販店の販売員であり、直属の上司がハウである。
ハウは、ペイシンが殺し屋をしていると知らないので、関係は、職場の上司と部下。それ以外の関係性は全くない。

「え、と・・・・・・お疲れ様っす。仕事帰りっすか?」

「おう。新作のPCゲームをマスターに頼まれてたから、そのついでに飲んでんだ」

この店のマスターが、ゲーム好きということでハウと意気投合し、新作ゲームが出る度にハウはフェザーに来ていた。

「あ、はぁ・・・そうですか。じゃ♪」

そそくさと去ろうとするペイシンを呼び止めるハウ。

「おいペイシン。用事は済んだんか?二日も連続で休むとは?」

昨日、今日と有給休暇を出していたペイシンが何をしていたのか気になり声を掛けた。

「あ、はい。もう大丈夫でーす♪お疲れ様で~す♪」

ハウの質問に答えているようで全く答えていないが、それを気にするペイシンではない。
逃げるようにカウンター席へ座った。

「マスター。いつものやつ♪」

そこへ、待ち合わせていたマサシムが遅れて来た。
この時は、素顔を晒し、帽子とパーカーで顔を隠すわけでも、トレードマークの金のネックレスをするでもない。
本当に、ごくありふれた青年といった感じである。
マサシムは店にはいると一目散にペイシンの隣に座った。

「で、カシワ・ギンは?」

余計な話を嫌う性格であり前振りなどない。
マスターに注文も何もなく、すぐに本題に入った。

「もうすぐ来るよ♪」

ゴクゴクと水でも飲むような感じでモヒートを飲みながら、いつものようにヘラヘラして答えるペイシン。
それにイラッとしたマサシムはキツイ口調で詰め寄る。

「共に行動しろって言ったよな?」

「堅物君、うるさいよ♪」

「な!誰が!」

カウンターでの二人のやりとりは、マスター以外には聞こえていなかったが、マサシムの声だけはハウにも聞こえていた。
ハウとマサシムの関係は、飲み仲間と言った感じで、顔をあわせるのはフェザーのみであり、この場以外では全く関わりはない。
しかし、顔見知りのやることに黙ってみていられなかったハウは、すくっと席を立ち、マサシムとペイシンの席に行く。

「ま、まぁまぁまぁ。熱くなるなよ二人とも」

後ろからポンと二人の肩をたたき、落ち着くよう促すハウ。
マサシムは振り向きハウを見た。

「いや、でもペイシンが、この俺に堅物君って!」

吹っかけてきたのはペイシンだ。俺の方を責めるのは筋違いだぞと険しい表情でハウを見るマサシム。
ハウは、うんうんと頷き、厳しい口調でペイシンに言う。

「おいおいペイシン、人をからかうんじゃないっ!」

しかし、既に酔いの回っているペイシンに、その言葉は深く響かない。
後ろから、声を掛けているハウを見るわけでもなく、ただマサシムの横顔をニヤニヤと見ているだけ。
苦手な上司であるハウを相手にしても、いつものチャラいキャラを貫いている。

「からかってませ~ん♪おちょくっただけで~す♪」

「てめっ!殺す!」

ペイシンの胸ぐらを掴むマサシム。

「んだコラ!やんのか!」

マサシムの手を振り払い、睨みつけるペイシン。
このままでは、乱闘騒ぎになると焦ったハウが、慌てて二人の間に入った。

「まぁまぁまぁまぁまぁ!店ん中で暴れるんじゃねぇ!やるなら外っ!」

武道に長けたハウが入ることで、二人は落ち着いた。
無論、殺し屋である二人が本気で争えば、素人であるハウに止められはしなかったのだが、それを隠しているマサシムとペイシンは素直にハウに従った。

「ハウさんに感謝しろペイシン。今度は許さんからな」

「うるせ♪お前こそ、死なずにすんで良かったな♪」

乱闘にはならなかったが興奮さめやらぬ二人。
ハウが仲裁に入り、一緒に飲もうと、二人を自分の座っていたソファー席に座らせた。

そこへカシワ・ギンが現れた。
マサシムとペイシンは気付いたが、それを無視し静かにカウンターに座る。

「久しぶりだなカシワ。1年半ぶりか?で、あれでいいかい?」

顔なじみのマスターがカシワ・ギンに話しかける。
一年半ぶりでも、カシワ・ギンが好んで飲んでいたものを覚えているマスター。
それには仏頂面のカシワ・ギンも笑顔で答え頷いた。

「ふふ、覚えてくれていたのか。ありがたいものだな」

口癖が出ないカシワ・ギン。
ペイシンと話していたときとは別人のように話す。
先日、ペイシンと話したときは、殺し屋から足を洗ったと言うことで、無理矢理なキャラを作ったがうえの口癖だった。
普段は言葉数の少ないカシワ・ギン。
マスターは、ドイツビールをカシワ・ギンの前に静かに置き、聞く。

「・・・また始めるのか?引退したって聞いたんだが」

その質問には、すぐに答えずに、まずはドイツビールで喉を潤し、独特の香りと味を楽しんだ後で、答えた。

「どうやら、引退させてもらえないようだ」

チラッとマサシムに目をやるカシワ・ギン。
その視線を追うようにマスターもマサシムをチラッと見た。

「マサシムか・・・あいつも、もう十年だ。組織の中でもトップクラスの人材になったよ」

「あぁ。あいつに全て任せて辞めようと思っていたが、どうやらあいつが辞めない限り、俺も抜けられないようだ」

「ふふ、成長ぶりを見たくなったのか?」

「そうじゃない。あいつがどれだけの奴かは知っている。代表に頼まれたんでな」

「代表の頼みじゃ、断れない・・・か」

「ま、そういうことだ。誰も彼も好き放題言いやがるよ。まったく」

そうは言ったが、どこか嬉しそうに笑みを浮かべるカシワ・ギン。
グイッとドイツビールを飲み干すと、催促するようにグラスをマスターに渡した。

「相変わらず良い飲みっぷりだな。次ぎもビールでいいか?」

「あぁ」

2杯目のビールが注がれると、カシワ・ギンは目を閉じ、会話を止めた。
これは、カシワ・ギンとマスターの暗黙の了解であり、マスターも話しかけるのを止めた。
2杯目を口にするときは、いつもそうであるカシワ・ギン。
何かを考えているようで、声を掛けにくい空気をまとわりつかせる。
マサシムもペイシンも、カシワ・ギンが居ることに気付いていても、近づいてこないのは、ハウと飲んでいるからだけではなく、そのただならぬカシワ・ギンの雰囲気のせいでもあった。

「おい。そろそろ・・・」

マサシムの言葉に、小さく頷くペイシン。
それが合図だった。
ハウのブランデーの中に、睡眠薬を投入する。
この先の話を聞かれては困る。
素人であるハウを裏社会に巻き込んではいけないと思っての行動だ。
強力な睡眠薬のせいで、ものの5分経たないうちに眠りについたハウ。

「ちょっと送ってくるから」

ペイシンがハウを連れて店を出ると、それと同時に店の看板をしまうマスター。
扉にも、『CLOSE』のプレートをぶら下げた。

マサシムはカシワ・ギンの隣にゆっくりと座り、すぐに本題を話した。

「さ、話を進めましょう。久しぶりですね。カシワ・ギンさん」

「あぁ。もう二度と会うことはないと思っていたんだがな」

「引退なんて許しませんよ。まだまだ、死んだっていい奴が沢山いるんですから」

「ふふ。平然と酷いことを言うのは相変わらずだな」

「ま、僕のことはどうでもいいんです。・・・今回のターゲットです」

マサシムは、胸ポケットからシゲミの写真を取りだし、机の上に置いた。
チラリと見るだけで、写真には触れもしないカシワ・ギン。

「シゲミ・田中・・・・・・か」

「さすがにご存じでしたか」

「あぁ。裏社会では有名人だからな。でも、殺るとなったら・・・」

「殺らないでいいですよ。ペイシンから聞いてないですか?」

「あ?・・・あぁ、確か、監視しろって言ってたな」

「そうなんです」

「監視だけでいいのか?」

「えぇ。逃げられないと存分に思い知らせていただければ」

「ま、やってみよう」

「お願いします。あ、あとペイシンも同行しますので鍛えてやって下さい」

「その願いは、叶わんかもな。俺は人を育てるのが苦手だからな」

「またまた。僕が、この地位に居られるのもカシワ・ギンさんの教えがあったからなんですよ。不甲斐ないペイシンをどうかお願いします」

「ふん。シゲミの監視は任せろ。だが、ペイシンの件は期待するなよ」

そういい、スッと席を立つカシワ・ギン。

「あ、例のアプリはここからダウンロードして下さい。シゲミの居場所がわかります」

スマホを見せ、ペイシンが使っていたアプリをダウンロードするように勧めるマサシム。
しかし、マサシムの好意はカシワ・ギンには届かない。
それどころか、断られてしまう。

「いや、居場所はペイシン君が知っている。その役目はペイシン君だけでいい」

「え?」

「ペイシン君の訓練も始まっているということだ。結果は日付が変わる5分前に毎日連絡する。じゃ、」

自分の言いたいことだけを言い、人の意見は最低限しか聞かずに静かに去るカシワ・ギン。
それでも、マサシムはカシワ・ギンを自己中野郎と思うことはない。
店の外を出ても、カシワ・ギンの姿が見えなくなるまで頭を下げて見送った。

第5話 酒と女とアゴと爺

第5話 酒と女とアゴと爺


「ふぉふぉふぉふぉ。楽しいのぅ!」

アゴシャクレ行きつけのキャバクラから出てきたシゲミとアゴシャクレ。

「いやぁ最高ですねぇ」

いつもツケで飲んでいたアゴシャクレ。
そのツケの精算と、この日の代金をシゲミが払うことで、上機嫌である。

命を守ってもらうのに、酒代など安いモノである。
札束を懐から出し、パタパタと下品に扇いで見せた。

「ほっほっほ。金はいくらでもある。ワシと一緒におれば思いのままじゃ」

「本当にその通りですね。楽しくて仕方ありませんよ」

 シゲミが、ペイシンに襲われ逃げたアゴチョンペ道場。
そこに逃げ込み、すぐに金でアゴシャクレを買収したシゲミ。

 こいつは俺の財布だと思うアゴシャクレと、村田以上の用心棒を手に入れたと思っているシゲミ。
思いは違ったが、お互いが必要としている思いは通じあい、意気投合している。

 のむ・うつ・かう。言わば、酒とギャンブルと女が大好物の二人。
お互いの第一印象は、初めてあった気がしない。であり、かなり昔からの親友というような雰囲気に見えた。

「次、行きましょう」

キャバクラでたらふく飲み、酔いたくれのアゴシャクレがシゲミの肩に手をまわし、なれなれしく体を寄せた。

 長身のアゴシャクレに肩を組まれると、背の低いシゲミは脅されているようにも見えるのだが、それは気にもしないシゲミ。
自分に甘えてくれていると考え、アゴシャクレの行為を好んでいた。

「今度は何処じゃ?」

「風呂でもどうですか?」

「風呂?酔い覚ましか?」

「違いますよ。泡の風呂ですよ。ソープランド!」

「お、おう。ソープのことか!」

「お嫌いですか?」

「大好きじゃ!」

「じゃ、行きましょう。泡hime伝説って店が良いんですよ。若い娘から熟女まで、お好みのままに!」

「おっ!おうおう!考えただけで、もうビンビンに勃起しとるわぃ!」

ズボンの上からでも分かる股間の張り具合に、目が釘付けになるアゴシャクレ。

「シゲミさん凄いですね。若い奴でも、そうはいかないですよ」

「ふぉふぉふぉふぉ。ワシのは、ビール瓶じゃい!」

そういい、膨らんだ股間を突き出すシゲミ。

「僕も負けませんよ!ほ~らほらほらフル勃起!」

 普通に考えれば下品極まりないのだが、品性下劣な二人。そういう下ネタもアゴシャクレは大好きであり、競うようにして自分の股間の張り具合を晒した。
 
 酔いたくれ気分の二人には恥も外聞もなく、ただ本能でのみ動いているようにしか見えない。
体内に埋め込まれた発信器によって、行き場所を握られていることを知ることなく、アゴシャクレと共に、ソープランド街に入っていく。

「ほら、此処ですよ!」

 ピンク色のネオンが怪しく光る『泡hime伝説』とかかれた看板。
それを見ただけで、年甲斐もなく胸の高鳴りが最高潮になるシゲミ。

「おっふぉふぉふぉふぉ!早く、早く入るぞ」

 待合室に通されたシゲミとアゴシャクレ。
壁に掲げられた写真を食い入るように見て、どの嬢のしようか品定めする二人。

「俺はノリリちゃんにし~よぉ♪。シゲミさんは?」

「う~ん・・・どの娘も同じに見えるのぅ」

「すみません。僕はもう我慢できないんで、先に行ってきます」

「お、おう。楽しんでこい。ドドーンと5発ぐらい出してこい!」

「へへへへ」

 スケベ面でノリリの部屋に向かったアゴシャクレ。
まだ、シゲミは悩み、決めきれずにいる。
それから5分ほど経ち、決めきれずにいるシゲミに店員が話しかけた。

「お客様、若い娘はお嫌いですか?」

「いや、若すぎるのはのぉ・・・ワシは30歳位のがいいんじゃ」

「でしたら、蘭子などいかがでしょう。先ほど出勤してきたのですが」

「お!オススメなのか?」

「はい。当店のイチオシです。この風俗街で№1。手も口も天下一品の技でして、さらにアソコときたらもう・・・・・・いかがです?」

「そそそそそそういうのを早く言え。いいいいい行くぞ」

「では、最上階のお部屋になります。エレベータへどうぞ」

はやる気持ちを抑えきれず、興奮のあまり鼻息を荒く、蘭子の部屋に向かうシゲミ。

「蘭子!蘭子!蘭子!蘭子!待っちょけ!ワシが何回も逝かせちゃぞぉ」

何度も名前を呼び、自分で興奮を高めていくシゲミ。

 出迎えた蘭子を見て、シゲミは嬉しくて堪らなくなった。
未だかつて出会ったことのない美人。腰まである綺麗な黒髪が印象的だ。

 コスプレイベントの日であり、この日の蘭子はシゲミの好きなナース姿。
自分好みの美人が、相手をしてくれると思うだけで、ビンビンだった股間は、ギンギンに堅くなった。

「こんばんは。ご指名ありがとうございます。蘭子です♪」

 30歳位とは聞いていたが、シゲミの頭の中で描いていた女性と異なった蘭子。
落ち着いているようで、ギャルっぽさもある不思議な感じの女性であった。

「お、おう。で、ななな何歳なんか?」

「女性に年齢聞いちゃう?」

「あ、これはワシとしたことが」

「うふ♪気にしないで冗談だから。ちなみに28歳だよ。ってか緊張しちゃってる?」

「ふぉふぉふぉ。冗談きついのう。まだまだ若いモンには負けんぞ。見てみぃ!」

 シゲミは服を脱ぎ捨て、ギンギンの股間を見せつける。
年齢のわりには立派なのかも知れないが、元々が普通。

 大きくも小さくもなく普通。
百戦錬磨の蘭子が驚くはずがない。

「まぁ♪」

 驚く振りをするが、サービス以外のなにものでもない。
蘭子は、シゲミにペースを合わせることはしなかった。

「じゃ、その立派なモノから洗いましょうか♪」

客はシゲミだけではない。客のペースに合わせれば体が持たないと知っている蘭子は、マイペースで事を運んでいくが、それを悟らせはしない。

「私も脱いじゃお~♪早速お風呂入ろうよ」

ナース服を脱ぎ、シゲミの手を引く蘭子。

「ふぉふぉふぉふぉふぉっおっおおおふぉーーーーー」

 一緒に風呂に入り、丹念に洗われていると、思いもよらぬ誤爆。
五分経たないうちに、一回目の発射となった。

「あら♪早いのねぇ」

「ば、馬鹿!男は回数で勝負なんじゃい!早撃ちは男の勲章じゃ!」

誤爆してしまったうえに、訳の分からぬ負け惜しみ。なんともしがたい爺である。

「今度、逝くときは言ってね」

「ば、今、出したのに、そんなにシゴくな!や、やばいっで、出る・・・おっおぅ♪」

 続けざまに二回目の発射。
シゲミの言うとおりであれば、男は回数であり、早撃ちは勲章であるので、賞賛に値するのだが、普通に考えれば、ソープ嬢に遊ばれている情けない爺でしかない。

「あらららら♪2回目なのに、結構出したね~」

 歳を感じさせない絶倫ぶりに、ニヤリと笑う蘭子。
その笑みもシゲミのツボをとらえて離さない。

「ふぉふぉふぉ。なんとも言い難い笑顔じゃわぃ。今からワシの女になれ!」

 2発抜かれても、まだまだギンギンのシゲミのモノ。
獲物を前にした野獣の目をしている。

 すでに蘭子を射止めたと勘違いしているようにも見える。
続けざまに抜かれただけで、性格も分からぬ女性に惚れてしまうシゲミ。

 容姿が、自分の好みと言うだけで心が揺れていたのに、金を払ってるとはいえ性的な関わりを持ってしまうと、シゲミは耐えられなかった。
しかし、シゲミを相手にしない蘭子。



 その断り方が、想像を絶する言葉だった。

「ごめんね~シゲミ・田中♪有名人って、苦手なの」

「!」


 シゲミは度肝を抜かれた。
まったく素性を明かしていないのに名前を知られている。

 真っ先に頭に浮かんだのは、殺されるかもしれないということ。
文字通り風呂を飛び出て、蘭子から距離を取る。

 初対面のソープ嬢が、自分の素性を知っていることに驚いたが、こんな小娘に脅されては、恥でしかないと思い、言い返した。

「マサシムか?」

「マサシム?誰それ?」

「とぼけるな!ワシの事を聞いたんじゃろ?」

「オーナーから聞いたのよ。職業柄、その辺も詳しくないと危ないからね~」

蘭子の落ち着いた口調と態度から、この場で殺されることはないと落ち着きを取り戻した。

「オ、オーナー?誰じゃそれは?」

「名前は言えないわ」

「は?」

「名前を言えば、消されちゃうからね・・・・・・代表よ」

「代表?」

「そ、裏社会で代表っていったら分かるでしょ?」

「ま、まさか」

ある男の顔が脳裏に浮かび、一瞬にして青ざめるシゲミ。

「そういうこと♪チンチン大っきくして遊んでる場合じゃないよ~」

先ほどと同じように笑みを浮かべた蘭子。

 しかし、今度はその笑みが死を運んでくる様な気がしたシゲミは気が気ではない。
慌てて服を取り、下着も付けずに一目散に部屋を飛び出た。

「こ、殺される!奴が本気でワシを捜しちょるのか!」

 エレベータのような密室では逃げ道はないと、非常階段を下り、フロントまで走るシゲミ。
全裸のまま、先ほど会った店員を捕まえた。

「おい!貴様もグルか!」

 必死に迫るシゲミに対して、店員の男は落ち着いたものである。
慣れた様子で言い返した。

「お客様。そのような格好は困ります。他のお客様の目もありますので、個室以外の全裸は慎んでいただいていますので」

 逃げることに必死になっていたため、自分が全裸であることを忘れていたシゲミ。
待合室の客や、待機中のソープ嬢が、頭のおかしな爺が騒いでいると野次馬に来ていた。
顔を真っ赤にして、大急ぎで服を着るシゲミ。

「見世物じゃないぞ!ちれっ!」

 怒声を上げるが、クスクスと笑われるだけ。
先ほどの店員は、やれやれと溜息をつく始末。
迷惑そうな表情でシゲミに聞いた。

「お客様。ご用件を伺いましょう」

「お、おう。貴様も殺し屋だろ?」

「はぃ?何の話ですか?」

 とぼけているわけではない。本当にシゲミの言っていることが分からない。
それは、表情を見ればシゲミにも分かった。

「ま、まぁいい。忘れろ。それより、ワシと一緒に来たアゴ男は?」

息を切らし、殴りかかりそうな勢いで店員によるシゲミ。

「確認いたしますが、え~と、失礼ですが、アゴに特徴のある眉毛の繋がった大男ですよね?」

「その通りじゃが、よく見ちょったな」

「一度見たら、嫌でも覚えてしまうほどの特徴でしたから・・・あ、ノリリちゃんの部屋です」

「呼んでこい」

「え?」

「ワシが帰ると伝えろ!それだけで分かる」

「は、はぁ」

店員は内線でノリリの部屋に連絡を入れた。


「はい?どうしたの?」

「そちらのお客様に伝えて欲しいんですけど」

「うん。なに?」

「伝言なんですが、『帰るから出てこい』ということです」

「なにそれ?」

「いや、そう言えば分かるということなんで、詳しくは・・・」

「ま、いいや。言っとく」

受話器を置き、アゴシャクレの方を見るノリリ。
なにか話しにくそうにしていると勝手な解釈のアゴシャクレが
格好つけてノリリに聞く。

「なにか困ってんだろ?俺に任せておけよ」

 勘違い甚だしいアゴシャクレに笑顔で返すノリリ。
笑顔だが言っていることは冷たい。

「なんか、帰るから出て来いだって。そういえば分かるからって」

「ちょっと待て。俺はまだまだノリリちゃんと遊びたいのに!」

性的な興奮とは別の興奮をして、内線を繋ぐアゴシャクレ。

「はい。フロントです」

「おう!フロントか!どういうことじゃ!出てこいだと?」

あまりの大声に受話器を遠ざけるフロントの店員。

「か、変われ!」

その受話器を乱暴に取るシゲミが、店員に変わり話した。

「今日は、止めじゃい!帰るぞ」

「そ、そんな!まだ3回しか出してないのに」

「馬鹿こんな!ワシが言ったら、はいって答えるんじゃ!」

 ここで性欲に負けると、シゲミという名の財布を失ってしまう。
そう考え、判断したのは一瞬だった。

「・・・はい」

それだけ言い、丁寧に受話器を置くアゴシャクレ。

「ノリリちゃん。俺は行かねばならなくなった。また指名するからね」

「お仕事?頑張ってね~」

 しぶしぶと服を着て、名残惜しそうに部屋を出るアゴシャクレ。
フロントで待っていたシゲミに駆け寄った。

「どうされたんですか?」

「この店は危険すぎる。ここが奴の店とは知らなんだ」


 マサシムに追われていることを聞いていたアゴシャクレは、奴と聞いてピンときた。
ここにいては殺される。

 シゲミが死ねば、金のなる木を枯らすも同然。
さらには、自分も死ぬ目に合う。

 守銭奴と逃げ腰なら誰も太刀打ちできないアゴシャクレの頭脳が発揮される。

「では、私の道場に戻りましょう」

「は?道場も危険じゃい!考えんでも分かるじゃろ!あんなに分かりやすい所はないぞ!」

「だからですよ。わざわざ分かりやすい場所に隠れる奴はいない。そう考えれば道場は安全です」

「ほう。そう言う考えか」

「急ぎましょう」

「分かった。先に道場に戻っちょく」

「え?」

「え?じゃ、ないじゃろ。お前が誘ったんじゃ!お前が払っちょけ」

 
 ここの店の代金も払ってもらえると思っていただけに、調子に乗ってのソープランド。
しかし、シゲミの言う通り誘ったのは、アゴシャクレの方だ。

 しぶしぶ代金を払い、シゲミの後を追った。

第6話 侮辱

第6話 侮辱

シゲミがアゴシャクレとソープランドに行った翌日に、ペイシンとカシワ・ギンは山国県へ到着していた。



「どうだ動きはあったか?」



シゲミの動きをノートパソコンでモニタリングしているペイシンにカシワ・ギンが話しかけた。
山国県真綿市の第4埠頭にある倉庫の一つが、マサシムが仕切る組織の山国県拠点アジトとなっている。
ペイシンとカシワ・ギンは、そこでシゲミの動きをパソコンを通じて監視していた。

画面には、アゴシャクレ道場にシゲミの現在地を表す光が点滅している。



「さっぱり動きません♪」



「そうか。ほら」



持っていた缶コーヒーをペイシンに投げ渡し、ペイシンの座る席の真後ろにある席へ座るカシワ・ギン。



「お♪サンキューっす♪」



投げ渡された缶コーヒを受け取るペイシン。



「しかしギンさん、もう3日っすよ。ちょっとくらい動きがあってもいいのに。あの道場を拠点にするんすかねぇ?」



ペイシンは缶コーヒーを一口飲み、愚痴った。



「まぁ、そうだろうな。刺客が来ないなら、安全な場所として過ごすだろうから・・・・・・」



ペイシンにつられるように、缶コーヒーを一口飲み、何かを思いついたように言うカシワ・ギン。
その僅かな表情の変化でペイシンはカシワ・ギンに考えがあると分かった。



「どんな策で♪」



「あぁ。そろそろこっちから動いてみよう」



「そうこなくっちゃね♪」



そのセリフを待っていたんだと言わんばかりに、体の向きを変えモニターから視線をカシワ・ギンに移すペイシン。
既に頭の中は、シゲミと会っている場面を想像していた。



「あ、そうだペイシン君。言い忘れてた」



心ここに非ず。といった具合のペイシンを現実に引き戻すカシワ・ギン。



「はい?」



「俺達も監視されているのを忘れないように」



「監視ですか?」



分かっているのに今更言うのかと首を傾げるペイシン。
首を傾げている意味が分かっていてもカシワ・ギンは続けた。



「あぁ。誰かの命を奪うのが仕事の俺らだ。逆に命を狙われていても不思議はない。ま、この世界の基本の話だが、忘れてはいけないんで念のためだ」



そう言われ、ペイシンはゆっくりと体の向きを変え、もう一度ノートパソコンを見始めた。



「ま、基本っすよね。でも、なんか嫌ですね♪」



「・・・言葉のわりには嬉しそうだな」



「命を狙われるのは嫌ですけど、この感じは嫌いじゃないんで♪」



「どんな感じだよ?」



「生きるか死ぬかの緊張感?とでもいうのかな♪下手こきゃ死ぬってのが堪らないじゃないっすか♪」



「ふん。そんなもんか。・・・・・・俺は、のんびりと暮らしたいがな」



「叶わぬ願いっすね。この世界で生きるのに、のんびりなんて無理っすよ」



「ふっ。だから引退したいんだがな」



ペイシンが見ていたパソコンの画面を背後から覗き込むカシワ・ギン。
シゲミを指す光が微動だにしないのを見て、小さく頷き、シゲミが動かないのを確認した。



「本当に動きがないんだなぁ」



「えぇ。道場から一歩も出てません♪」



そう答えたが、ペイシンは微動だにしないシゲミを見て憶測を話し出した。



「ふと思ったんすけど、こっちの動きが洩れてるんじゃ?」



顔だけをカシワ・ギンに向けるペイシン。



「まぁ、あり得る話だな」



ペイシンの憶測をあり得る話と答えた後、座ったまま、直ぐにぐるりとアジトを見回すカシワ・ギン。



「監視カメラ、盗聴器、あっても可笑しくはない」



そう言われるとペイシンは席を立ち、監視カメラや盗聴器が仕掛けてありそうな場所を見て回った。
あちこちと見て回るペイシンに、席から立たずにカシワ・ギンが言う。


「もし盗聴器があれば情報は筒抜け。すでに、手遅れ。このアジトはダメだ」



「ご心配なくギンさん。それらしいモノはありません」



「ま、そういったものは、普通分かりにくいからな」



「ひょっとして、既に?」



「あぁ。考えたくないが」



「じゃ、俺達が動かないのを知っていて、シゲミも動かないのは憶測ではなく真実っすか?」



「それもあり得る」



「ど、どうするっすか?」



手の内を全て見破られている気がして、気が気でないペイシン。
対して百戦錬磨のカシワ・ギンは、未だ微動だにせず席を立たない。



「予定に変更はない。こっちから仕掛ける」



「具体的には?」



「マサシムから監視だけしてろと言われたんだが、それだけじゃなぁ」



「その点は大丈夫っす♪殺さなければOKって・・・・・・あれ?聞いてないんすか?」



そういった話であれば伝えてあるのは当然であると思ったペイシンは不思議そうにカシワ・ギンに尋ねた。



「そうか。それは初耳だ」



その言葉を聞き、ペイシンは自分を馬鹿にされているような気がして、腹立たしくなった。



「マサシムの奴何考えて・・・ってか、ギンさんを過小評価してるっすよ」



怒り心頭といった具合に、顔を真っ赤にしているペイシンを宥めるようにカシワ・ギンが言う。



「仕方ないさ。一旦は身を引いた人間だ。そう思われて当然だろ」



表情一つ変えないカシワ・ギン。
それを見て、自分が落ち着かなくてどうするんだと、ペイシンは大きく深呼吸し、カシワ・ギンを見た。



「・・・リハビリも必要ねぇっすよね?俺、リハビリ係って言われたんっすよ♪」



「はぁ?リハビリ?」



「マサシムが言ったんすよ。ギンさんにはリハビリが必要だって。シゲミの監視は、ギンさんのリハビリを兼ねてのことだって。で、それも俺の仕事みたいなかんじで♪」



「ペイシン君が俺のリハビリ?・・・そうか、マサシムは、そんなことを言ったのか・・・・・・」



一瞬にしてカシワ・ギンの表情が険しいものに変わる。



「ギンさん?俺何か地雷を踏んだ気が・・・」



「侮辱だ。これ以上の侮辱はない。シゲミは後だ。野之崎へ飛ぶ」



何が侮辱なのかはペイシンには直ぐに分かった。
しかし、その侮辱されたことへの報復はないであろうと思っていただけに、野之崎へ行くと言ったのには驚き、聞き返した。



「野之崎って・・・え?」



「聞こえただろ。二度言わすな」



「マサシムっすよね?」



ペイシンのこの質問には答えないカシワ・ギン。



「貴様は好きにしてろ。三日経っても帰らなければ死んでいると思え」



出会ってから今まで名前で呼ばれていただけに、初めて貴様と呼ばれてペイシンは、カシワ・ギンの本性を見た気がした。



「ちょ、ちょ、ギンさん!」



呼び止めるのが無理なら、体を張ってでも止めなければならない状況であったが、この時のペイシンは、カシワ・ギンに圧倒され、名前を呼ぶことしかできなかった。

第7話 絶対的な命令

第7話 絶対的な命令

「ナンヴー。マサシムを呼べ」



黒塗りの本革ソファに深く腰掛け、ブランデーの入ったグラスを揺らしながらモニターを眺めているサイキ。
そのやや後方にナンヴーが行儀良く立っている。



「はい」



扉を入って正面に100インチのモニターが掲げられているサイキのアジト。
他にも17インチサイズのモニターも数台置いてあるる
およそ40畳の部屋で、モニターの灯りが照明代わりとなっているので、十分な明るさはない。

薄暗い部屋は、空気まで暗く冷たく感じさせている。
緊張感しか感じられない部屋であったが、主であるサイキは、この感じを好んでいた。
そんな張りつめた空気の中、電話を掛けるナンヴー。



「俺だ。代表がお呼びだ15分以内に来い」



ナンヴーからの一方的な話だったが、冷静に言い返すマサシム。



「15分以内に来いだと?相変わらず一方的だな」



「口答えをするな。これは代表からの命令だ」



「無理だとは言ってないだろ。いつもの場所でいいんだよな?」



「あぁ。用件はそれだけだ」



マサシムの返事を遮るように切れる電話。
一方的に掛け、用件だけ言うと、相手の返答さえ聞かず一方的に切る。

嫌な感じがするのだが、それも盗聴されるのを恐れてのこと。
マサシムとナンヴーの電話は、誰かの名前を言うことはしない。
電話の切れたスマホをしまいながら、首を傾げるマサシム。



「何の話だ?新たな依頼か?」



誰に言うでもない言葉を呟きながら、サイキのアジトとは違う、指定された野之崎市のスナック『ホライズン』へ向かった。
この店も、オーナーはサイキであり裏社会の情報が飛び交う店だ。
電話を受けてから15分以内に、その店に着いて、カウンター席に座るマサシム。



「いらっしゃい。何にする?」



カウンター越しに、この店のマスターが静かに注文を聞いた。



「ギブソンを」



マサシムは、決まってギブソンを頼む。
たしなむ程度で、決して酒に飲まれることはない。
この日も、少しずつ飲んでいく。

一口、二口と飲み、腕時計に目をやったときにナンヴーが現れた。



「いらっしゃい。何にする?」



マサシムの隣に座ったナンヴーに同じ事を聞くマスター。



「スプモーニを」



マサシムは、ナンヴーをチラッと見ただけで、すぐに目をグラスに戻す。
ナンヴーが、一口飲んだ後、小声で聞いた。



「で、代表は?何でお前が来る?」



「これを」



マサシムの質問には答えず、封筒を渡すナンヴー。
それだけで、何も説明はない。



「何とか言えよ」



ナンヴーが持ってきた封筒を受けとりはしたが、納得行かない様子でナンヴーを見るマサシム。
突き刺すような視線にも微動だにせず、飄々と答えるナンヴー。



「余計な詮索はしないことだ」



「しねぇよ。てか、用件を聞いてんだ」



「封筒の中にメモがある。そのメモの通り」



「メモねぇ・・・」



手渡された封筒を開けようとするマサシムの手をナンヴーが掴んだ。



「ここで開けるな。人目に付かないところで」



それだけ言って、スプモーニを一気に飲み干し席を立ったナンヴー。



「マスター。お代は、ここに請求してくれ。こいつのも含めてな」



ナンヴーは、偽名を使った名刺をマスターに渡した。



『吉留興業 代表取締役 吉平 慎 』



無論、マスターも裏社会に精通しているので、この名刺がナンヴーのものではなく、全くの偽物であることは分かっている。
ただ、この名刺がサイキに関係する者が使うものであるから、黙って頷いた。



「おいおい。酒代くらい自分で払う。余計な事をすんなよ」



カウンターに置かれた名刺を取り上げナンヴーに突き返すマサシム。



「これも命令なんだ。恥をかかさないでくれ」



少し腹立たしそうに、その名刺を受け取り、今度はマスターに直接渡すナンヴー。
それを見ると、静かに引き下がるマサシム。



「そ、そうか。分かったよ」



マサシムの返事を聞き、静かに去っていくナンヴー。
ナンヴーが去った後、グラスを傾け、氷をカラカラならすマサシム。



「なぁマスター。あんたの好きなカクテル作ってくれよ」



「かしこまりました」



マスターは、自分の好きなマティーニを作り、マサシムの前へ置く。



「マティーニです」



「ふふ。定番だな」



「えぇ。私の一番好きなカクテルです」



とても裏社会を知っているとは思えない屈託のない笑顔。
人が集う場になるのが頷ける瞬間だ。

ニッコリと笑うその表情に、マサシムは少し癒された。
その笑顔を崩したくなく、普段、無表情なマサシムも珍しく笑って見せた。



「ふふふ、そうか。・・・これはマスターが飲んでくれ」



「え?」



「一番好きなカクテルなんだろ?人に奢られて、金も払わず店を出るってのは嫌なんだよ」



マサシムの意図を汲み、静かに頷くマスター。



「そういうことですか。では、いただきます」



マサシムは、マスターが飲んだのを確認すると、席を立った。

ホライズンを出て、人気のない路地裏へ入っていくマサシム。
そこでナンヴーのから手渡された封筒を開けた。

メモには、『25時に、あの場所』とだけ書かれていたが、筆跡がサイキのモノであったので、マサシムには、その場所がすぐに分かった。

指定された場所は、ホライズンから遠くなく、徒歩で5分もかからなかった。



「まわりくどいんだよ!ホライズンでいいじゃねぇか!」



サイキ指定の場所に着くなり、扉を乱暴に開け、食ってかかるマサシム。
雑居ビルの地下2階部分がサイキの指定した場所だった。



「そう言うなマサシム。人前に出るのは、ちょっとアレなんだ」



ソファをくるりと回転させ向きを変えマサシムを見るサイキ。



「相変わらずの身勝手ブリだな」



ソファに深く腰掛け、悪びれる様子もないサイキを見て、首を横に振るマサシム。
マサシムがあきれ顔になるのも無理はない。
この地下2階こそが、裏社会の代表と言われるサイキの本拠地なのだ。



「まぁ、それを見ろ」



指さした先には、100インチの巨大モニターがあった。
画面は細分化され、野之崎市繁華街の各所がモニタリングされている。
それを見て、マサシムは思ったままを口にした。



「命を狙う奴らの監視か?」



その言葉通り。
サイキの言いたいことそのままだった。



「裏社会の代表ってのも大変なんだぞ」



「だからって、ホライズンくらい行けるだろ?」



「バカ!バカバカ!本当に貴様はバカだ。その軽い気持ちが命取りになる」



「バカバカうるせぇよ!・・・で、用件は?ここに呼び出すって事は、余程の事だろ?」



これ以上、バカと言われるのが嫌で話を本題へ持っていこうとするマサシム。
本来、その理由で呼んだのだからサイキの返事も早かった。



「あぁ。誰にも聞かれたくない事だ」



「もったいぶるなよ」



「ふん。そんなに急かすなよ。久しぶりに来たんだ。軽く、飲まないか?」



「いらん。来る前に、飲んでる。ホライズンも監視してたから知ってるだろ?」



「ふふ、そう言うな」



「いや、いらん」



「そうか・・・素面の時に聞いた方が良い。酔っていたから覚えていないと言われては面倒だからな」



「ほぅ。そういう話なのか?」



「あぁ。カシワ・ギンとペイシンを消せ」



突然の衝撃的な言葉に、我が耳を疑うマサシム。



「ん?」



「聞こえただろ?」



本来、同じ事を聞き返さないマサシムであったが、そうしてしまうことに言葉の衝撃さが半端でないことが分かる。



「ちょ、え?」



「殺り方は任せる」



自分のグラスにブランデーを注ぎ、クルクルとグラスを回すサイキ。
マサシムの困惑する顔を嬉しそうに見ている。



「まて、一方的だぞ!」



「俺が今まで一方的にやってきたのは知っているだろ。今更、曲げる気はない」



一度決めたら引かないサイキ。
マサシムが反抗するならば話の進展はない。
それもそのはず。絶対服従がサイキとマサシムのルールだからである。
反抗=死と考えても間違いではない。
カシワ・ギンとペイシンの抹殺というのは、すぐに返事が出来る命令ではなく、しばらく考え込むマサシム。
一向に口を開かずマサシムの返事を待つだけで、話を進めないサイキ。
それに対して、下を向いていたマサシムは口を開いた。



「理由は?」



「は?」



「それなりの理由があるだろ?俺が納得できる理由が」



「お前が納得しようがしまいが関係ない。理屈じゃない。消せと言われたら消す・・・それが、お前の仕事だ。いいか、これは命令だ」



「・・・くっ」



理屈じゃないと言ったが、抹殺の対象がカシワ・ギンとペイシンというだけあり、サイキはソファから立ち上がりゆっくりとマサシムに近づいた。



「まぁ、全く知らない奴を殺すんじゃないから、理由くらいは教えてやる。お前が理由を聞くのは初めてだからなぁ」



そう言うサイキも理由を話すのは初めてだったこともありマサシムは驚いた。



「!」



「お前のせいだ」



「な!」



話の内容に更に驚くマサシム。
およそ考えもつかなかった自分が原因だという説明。
そんなマサシムが言葉を思いつくことはない。
サイキの次の言葉を待つしかなかった。



「シゲミ・田中を殺さずにいたことは目をつぶる」



「あ、あぁ。それが原因じゃないよな?」



確かめるように聞くマサシムの言葉にコクリと頷くだけで、すぐさま続きを話し出すサイキ。
マサシムの周りをゆっくりと歩きながら話を続ける。



「だが、何故カシワ・ギンを呼び寄せた?」



「シゲミに最悪の人生を味あわせるには必要だと判断したからだ」



「ほう、ではペイシンもその理由で、お前に協力を?」



「ペイシンは、裏社会で必要になる人材だ。それを育てるために」



「お前の手でそれは出来なかったのか?」



「は?」



「そうする力がお前には無いのか?」



「そ、それは」



「そういうことだろ。カシワ・ギンの力を借りるということは」



「違う!」



「違わない。カシワ・ギンは去るべき時に去っていたのだ。それをお前が勝手に・・・」



「だからって違うだろ?カシワ・ギンさんもペイシンも殺す必要はない!」



その質問に対して返事をしなかったのは、答えを変える気がなかったからだ。
いかに感情を捨てた職業殺し屋の代表であっても義理はある。
義理が決断を鈍らせると判断したからだ。
マサシムの質問に答えてしまえば、その心情を理解してしまい、義理人情で動きそうで怖かったのも事実。
そうならないために、サイキはマサシムを遠ざけた。



「お前の意見は一切聞かない。命令を聞け」



感情の一切こもっていない冷酷で非情な言葉だった。



「くっ!」



その言い方に、マサシムは反論しても無駄だと悟った。
ペイシンの抹殺理由は、聞くに聞けず終わった。

「1週間以内だ」



「い、1週間」



「良い報告を待ってるぞ。お前を殺すのはゴメンだからな」


一週間後、カシワ・ギンとペイシンが生きていれば、自分が死ぬ。
どうあっても、一週間以内に三人のうち、誰かが死ぬことが決まってしまった。

第8話 ウソと死

第8話 ウソと死

マサシムがサイキの命令を受けた翌日。
野之崎市のショットバー『フェザー』にマサシムとカシワ・ギンの姿があった。
開店時間まで数時間あり、店内には、この二人と開店準備をしているマスターがいるだけで、静かなものだった。
小さな声で話してもお互いの声は、しっかりと聞き取れた。



「店開ける前から来るなんて、揃って暇なのか?」



カウンター席のテーブルを拭きながらマスターがポツリとこぼす。
そう言われても、笑って返すマサシム。



「いやぁ、ま、そんなこと言わないで。せっかく来たんだから、いつもの」



「ま、お前らだからいいけど・・・」



そう言い、マサシムとカシワ・ギンに酒を出すマスター。



「ほらギブソンと、ドイツビール。ゆっくりしていけ」



目の前に出された酒を前に、二人とも微笑んだ。
酒を飲めることが嬉しかったのではない。
二人で、同じ場所で同じことをしていることが嬉しかった。
カシワ・ギンが、マサシムの方をチラリと見る。



「相変わらずギブソンしか飲まないんだな」



「えぇ。これが一番美味いですから」



「そうか」



カシワ・ギンが頷くと、二人は同時にグラスに口を付けた。
しばらくは、静かに飲んだが思い出したかのようにカシワ・ギンが口を開いた。



「聞きたいことがあってな」



「分かってますよ。それで呼び出したんですよね?」



コクリと小さく頷くカシワ・ギン。
すぐには言わずに、一口飲んでから言った。



「一度は、引退した身だ。俺は、そんなに落ちたか?」



他の客がいない開店前の店内。
小さい声でも会話は成り立つ。
それが分かっているカシワ・ギンは、マサシムにだけ聞こえるように呟いたが、
マスターにも聞こえていた。



「俺、奥に行ってるから、何かあったら言ってくれ」



これ以上は聞かない方が良いと判断したマスター。
その場を離れマサシムとカシワ・ギンの会話を聞かないように気を遣った。
マスターが、その場から姿を消しても、なかなか返事をしないマサシム。



「・・・」



「聞こえているだろ。答えろ」



答えを早く聞きたくて、カシワ・ギンはマサシムを急かす。
しかしマサシムは、グラスを回し、氷をカランと鳴らしただけですぐには答えない。
一度、ゆっくりと天井を見つめ、大きく息を吐いた。
それが合図のように意を決した覚悟でカシワ・ギンを見た。



「失礼ながら全盛期とは比べものになりません。残念です・・・」



そう言うと、視線をグラスに戻し、氷をカランカランと鳴らすマサシム。
はっきりと現状を伝えたマサシムは、カシワ・ギンの顔を見ているのが辛かった。



「そうか。分かっていたつもりだったが、それほどか・・・だがスジは通してくれないか?」



「スジ?」



「ペイシンに、俺のリハビリを頼んだようだが?」



「・・・」



「俺には、ペイシンを鍛えろと言ったよな」



「・・・」



「返事もせんのか?」



言われても返事が出来なかった。
出来れば、このまま良い酒を飲んで、この日を終えたかった。
しかし、サイキの命令を執行しなければならない。
期限は一週間と言われたが、同じ時間を過ごす時間が長引けば、長引くほど辛くなる。
これ以上は無理だった。



「すみませんカシワ・ギンさん」



スジを通さなかったことを謝ったのではない。
これ以上は、同じ時間を過ごせないと覚悟し、全ての関係を切ることに謝ったのだ。
しかし、カシワ・ギンはそれに気付いていない。



「謝らなくていい。今後はどうする気なんだ?」



それに対して、答えを出さず突き放したのがマサシムが変わった瞬間だった。



「今後のことなど知りませんよ・・・まだ何か?」



首を傾げ、見下すようにカシワ・ギンを見るマサシム。
突如、人が変わったように態度を変えた。
横柄な態度をとるマサシムだったが、カシワ・ギンは構うことなく聞いた。



「俺にもプライドはある。この世界に入って間もないペイシンに介護のようなリハビリをされるほど堕ちてはない!」



「ふっ。クソみたいなプライドっすね。一度引退したんですから、ペイシン以下・・・いやいや素人に毛の生えた程度・・・そんなもんですよ」



吐き捨てるように言うマサシム。
完全にカシワ・ギンをカス扱いしだした。



「き、貴様!俺を侮辱するのか?」



懐に手を入れ、銃を取り出す仕草を見せるカシワ・ギン
銃は懐から出していないが、一連の動作でマサシムは悟った。



「俺を撃つ?この程度の会話で頭に血が上る。明らかに落ちぶれましたねぇ・・・」



尚も挑発的な態度をとるマサシム。
喧嘩を売っていると取られても可笑しくないほどである。



「表に出ろ!」



「はい?」



「お前の血で俺の大好きな店を汚したくないからな」



「ふふ、俺を撃ち殺す・・・そういうことですか?」



「なんでもいい。早くしろ」



「分かってますよ。そんなに急かさないでください」



二人の間に、緊張の糸が張り巡らされていく。



「マスター!金、二人分置いとくからな!」



珍しく大きなカシワ・ギンのその声で店の奥から出てくるマスター。



「どうした。もう帰るのか?」



「えぇ。急ぎの用が出来ましたんで」



「ちょ、カシワ・ギンさん。俺は自分で払うから!奢られんのは嫌なの知ってますよね?」



「うるせぇ!早く出ろ」



背中を強く押しマサシムを店の外に出すカシワ・ギン。
そのままカシワ・ギンも店を出た。



「ちょ、カシワ・ギンさん」



「ついてこい!」



後ろから声を掛け、前を歩くカシワ・ギンを止めるマサシム。



「やるなら今ですよ。そこの路地にしませんか?」



その声に振り向き、すぐに答えるカシワ・ギン



「いや、どうせなら、あの場所がいい」



「あの場所?」



「俺がお前を拾った、あの場所だ」



「ま、いいですよ。どうせ死ぬんだ。願いくらい聞くよ」



フェザーから歩いて10分。
工事用の廃材が積み上げられている高架橋の下だった。



「ここから始まった。終わるなら此処がいい」



「・・・逃げてもいいんですよ」



「やかましい!死ぬのはお前かもしれんぞ」



「ふん!あのアジトで死んでもらうつもりだったが、想定外ですよ」



「な、何ぃ?」



「邪魔者を一気に二人消せるチャンスだったのになぁ」



「二人?邪魔者は俺だけじゃないのか?」



「・・・知りすぎたんだよ。貴方もペイシンも」



「知りすぎた?」



「あぁ。知らなくていいことにまで首を突っ込んだ。これ以上、話は洩らしたくない。まぁ、苦しまずに殺してやるよ。あの世でペイシンと仲良くな」



漏らしたくない話を知られるほどマサシムはバカではない。
咄嗟に出た嘘だ。

自分が原因とは聞いたが、サイキからは詳しい説明を聞かされなかった為にそう言うしかなかった。
サイキからマサシムの行く末を見届けるよう言われていたカシワ・ギン。
この理由が嘘であることは分かっていた。
だが、マサシムの言うことを嘘には思いたくなかったカシワ・ギン。
殺される理由に、苦笑し頷いた。



「くくく。そういうことか。殺し屋としては殺されるには十分な理由だ」



とは言ったが観念したわけではない。
カシワ・ギンが素直に殺されるわけがない。抵抗は早かった。



「が、そんなに易々とは殺されない」



カシワ・ギンが懐から銃を抜き取る。
しかし、それより早く銃をカシワ・ギンの眉間に突きつけているマサシム。
圧倒的にマサシムが優位な状況。



「ふっ、さよならだカシワ・ギンさん。残念だが、銃を抜く速さが素人以下だ」



感情さえ持ち合わせていないかと思っていたマサシムから、ひとすじの涙が流れた。
不可抗力であったかもしれないが、紛れもない事実。
その涙にカシワ・ギンは驚いた。



「お前ほどになっても、流す涙は枯れてなかったか?」



「泣いてなんかない。俺は、泣かない」



そうは言ったが引き金を引けないマサシム。
考えるより先に体が動くよう訓練されたマサシムが、引き金を弾くという簡単なことが出来ずにいた。



「そうか。その方が良い。お前に泣かれて死んでいくんじゃ、楽な死に方じゃない」



「くっ・・・何で?何で、こんな時まで笑える?」



「どうした?」



「アンタ死ぬんだぞ!手塩に掛けて育てた俺に殺されるんだぞ!なんでそうやっていられる?」



「いつだって死を覚悟していろと教えただろ。俺が、教えたことを出来ないんじゃ話にならんだろ。この世界に戻ったときから命は捨ててある」



「なんだよそれ・・・答えになってないぞ」



「泣かないと言っただろ?さぁ、撃て。誰でもないお前に撃たれるなら本望だ」



「く!」



無抵抗になったカシワ・ギン。
撃てば死んでしまう。
殺し屋としては失格であるのに、マサシムはそう思ってしまった。



「サイキには気を付けろ」



銃を構えてはいるが、撃とうとしないマサシムにカシワ・ギンがそう言いながら近づく。



「え!その名を出したら・・・」



「いいんだ。お前が生きられればな。さ、撃て。さよならだ」



自分からマサシムの銃に頭を付けるカシワ・ギン。
そのまま、マサシムの指が掛かる銃口を自ら弾いた。



3時間後



カシワ・ギンと決着を付けたマサシムは山国県にある自分のアジトに着いた。
アジトの中では、変わらずペイシンがシゲミをモニタリングしている。



「お!なんだ?シゲミが動いたぞ!」



アジトから出ようと扉を開けた瞬間、そこには職業殺し屋の服装をしたマサシムが立っていた。



「ペイシン。さよならだ」



「お♪会って2秒後にさよならって?」



「代表からの命令だ。消えろ」



「消えろ?って、あ」



相手がマサシムということで油断したペイシン。
身構えるだけの時間もなかった。
あまりにあっけないペイシンの結末。

パンッという乾いた銃声と共にペイシンの眉間に穴が空いた。

殺し屋としては将来有望だったペイシンを容赦なく殺す。
裏社会の均衡を保つためのマサシムなりの保守だった。

普通では事件になる人の死でも、裏社会では当たり前である事実。
銃で撃たれて死んでも、それが表沙汰になることはない。

人気のない埠頭の倉庫での殺害であり、ペイシンは、そのまま海へと遺棄された。
この後ペイシンが発見されることがないというのは言うまでもない。

第9話 怨み・・・辛み・・・シゲミ

第9話 怨み・・・辛み・・・シゲミ

マサシムに追われ始めてから一週間。
ほぼ変化のない日常にシゲミは、不気味さを感じていた。


 
「ふぬぅ。ここまで何もないと焦るわい」



ブラインドの隙間から、外の様子を見るシゲミにアゴシャクレが話しかけた。



「まぁまぁシゲミさん。焦らなくても大丈夫ですよ」



落ち着かせるように、シゲミの肩を優しく撫でるアゴシャクレ。
さらに優しく話しかけた。



「外に出ますよ」



「どどどどどういうことじゃ?まさかワシををを、すすす捨てるんか?」



「そう言うことではないですよ。気分転換です」



「ば、ばっ!こんな!あいつらが来るかもしれんじゃっじゃわい!」



外に出るなど言語道断。
そう考えているシゲミは、焦ってしまいシドロモドロで呂律が回らない。



「大丈夫です。この俺と一緒にいることは奴らも知っている。それなのに、ここに誰一人として刺客が来ない」



「ふぬ?」



「それに奴が来たとしても、俺が守りますから安心ですよ」



「そそそそそ、そうじゃのぅ。高い金出しちょるんじゃ。しっかり頼むぞ」



「お任せ下さい」



自信満々の表情のアゴシャクレを見ると、シゲミの不安は吹き飛び、気持ちにゆとりが生まれた。



「じゃ、じゃじゃじゃじゃあぁぁ、まずは女じゃ!」



ほんの数秒前までは、外に出ることを頑なに拒んでいたが、アゴシャクレの一言で気が大きくなったシゲミ。
形勢は逆転し、アゴシャクレを連れ出すように急かすシゲミ。



「どちらへ?」



「野之崎へ帰るんじゃい」



「えっ!」



「そんなに驚くことか?」



「まさか、この地を離れるとは思いもしなかったもので」



「じゃろうがいや!ワシは、人の裏をかいて生きてきたんじゃ。ワシが野之崎へ戻るなぞ、あいつらでも分かるまい!」



「さっすが!何処まででもお供します!」



未だ、自分の体内に発信器が取り付けてあるとは考えもしないシゲミ。
監視されているとは知らず、揚々と空港へ向かうシゲミ。
野之崎に着くと、すぐさま野之崎の繁華街までタクシーで直行。
お気に入りの風俗店を目指した。

一番のお気に入りの風俗店は、初めてマサシムと対峙した細い路地裏にある。
どんな因縁かは分からないが、またも此処でマサシムとシゲミが対峙した。
この場にいるとは思わなかったマサシムが、目の前にいる。
それでもシゲミは、慌てることはなく、鋭い眼光でマサシムを見た。



「ふ、もう貴様に怯えることはない。ワシにはアゴシャクレがおるからのぅ!」



ちらりとアゴシャクレの方に目をやるシゲミ。
アゴシャクレが一歩前に出て、シゲミを守るべく盾となった。



「これはこれはマサシムさん。話には聞いていたが、実物は、こんなにも脆弱な奴だったのか」



見た目だけでマサシムの力量を判断するアゴシャクレ。
見下すようなアゴシャクレが癇に障ったマサシム。



「貴様、名前は?」



「俺の名はアゴシャクレ。後にこの世界を牛耳る男だ。覚えておけ!」



「あぁ。覚えておくよ。人を見かけでしか判断できない大馬鹿の代名詞としてね」



「き、貴様!」



マサシムの一言に憤慨し殴りかかるアゴシャクレ。
その拳が、マサシムの左頬にめり込む。
が、マサシムは微動だにしない。



「効かないねぇ。それじゃ喧嘩にもならねぇ」



苦痛の表情どころか呆れ顔のマサシム。
信じられないものを見てしまったというような恐怖に満ちた表情のアゴシャクレ。



「んな!ば、ばかな!お、俺の会心の一撃だぞ!」



「ふんっ!パンチってのは、こうやって撃つんだ・・・よっ!」



同じようにアゴシャクレの左頬を捕らえるマサシムの拳。
どういう風に殴れば、そんな激しい音が出るのかと思うほどの衝撃音と共に、アゴシャクレの首は捻れ、体が真横へ吹っ飛んだ。
雑居ビルの壁に打ち付けられ、意識のないアゴシャクレを見るシゲミ。



「ア、アゴォォォォ!」



そう叫んでみるが、もうシゲミの前に盾はない。
マサシムは静かに、その間を詰めていく。



「やはり殺すことにしたよ。シゲミ・田中」



ジリジリと寄って来るマサシムから離れるように少しづつ後ずさりするシゲミ。



「死より辛いことを味あわせると言っちょったじゃろうがいや!」



「そう言ったのは撤回しよう」



「ぬ!う、嘘をつくんか?あ?あ?」



「俺は、殺しに来たんだ。嘘もへったくれもない」



静かに銃を構え、銃口をシゲミに向けるマサシム。



「ここここここ、殺すんか?で、ででできできでき出来もせんことをををを、すすすすするんじゃじゃ、じゃじゃじゃっじゃわい」



「出来るよ。この引き金を引くだけだ」



「まっままっままて!待つんじゃぃ。か、金じゃろが!全財産の半分をををやるわぃや!」



「そうか。その金で命を?」



「そそそそそ、そうじゃぃ!分かっちょるなら話が早いわい。ははは早く銃をををおろさんかいや」



「結局、金がモノを言うのか?」



「その通りじゃっじゃわい。分かっちょるならいいんじゃ」



自分の意思が伝わったと思い込んでいるシゲミは、殺されることはないと安堵の表情をうかべた。



「今の俺の気持ちが、お前に伝わればどんなに嬉しいか・・・生きていることが、こんなに残酷だとは思わなかった」



俯き、シゲミから視線をそらすマサシム。
悔しさを滲ませるマサシムを見て、シゲミは高らかに笑いだす。



「ふぉふぉふぉっ!因果応報じゃ!全て自分の招いた結果じゃっじゃわいや」



マサシムは、自分の意見を言っただけで、答えや助言を求めたわけではない。
シゲミの言葉は、耳障りでしかなかった。



「ふん。喧しい爺だ」



パンという銃声と同時に弾丸がシゲミの右肩に突き刺さる。
銃弾一発で殺すことはできたが、あえて殺さずいる。



「次は、左肩」



言うと同時にシゲミの左肩から鮮血が飛び散る。



「ぎゃぁぁぁぁ!」



肩を撃たれた衝撃で、倒れそうになったシゲミを、無理やり立たせるマサシム。



「まだ倒れるな!次は、右足だ」



両肩からの出血が酷い。
止めどなく流れ出る血と、無表情のマサシムがシゲミに未体験の恐怖を与える。
苦悶の表情のシゲミに対しても、表情を変えることなくマサシムは続けた。

マサシムの撃った弾丸は、シゲミの右腿に突き刺さる。
マサシムの体にもたれながらも、シゲミは膝をついた。



「こ、こここ殺してくれぃ」



苦痛に歪むシゲミの表情。
それを見下すマサシム。
およそ怪我人を見るような眼差しではない。
冷酷残忍な殺し屋の目だ。



「まだ殺さん。死と隣り合わせの恐怖を存分に味わっていないだろ?」



銃を構えることなく、ダラリと腕を下ろしているだけのマサシム。
シゲミにマサシムの考えが分かるわけはなく、気が狂った。



「ききゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃぁぁぁぁぁ!」



奇声を発するシゲミ。
その瞬間、マサシムの握る銃に、自ら頭をつけるシゲミ。
そのまま引き金を弾こうとマサシムの腕を取った。



「ここここ、これで、これで、これでぇえええ、ししし死ねるわいや」



「ふざけんな!自殺なんかさせるかよ!」



マサシムは咄嗟にシゲミの腕を払いのけ、怒りを込め、横腹を蹴り上げる。
老木が折れるような音と共に、シゲミの体が宙を舞う。



「あが、ががががが」



蹴り飛ばされ、アゴシャクレと同じように雑居ビルの壁に激しく打ち付けられる。
既に、シゲミは虫の息と化している。



「存分に苦しみ、痛みを知れ。その出血じゃ、どの道死ぬ。まさに今、死と隣り合わせにいるんだ」



「ひひひ、ひと思いに、ここここここ殺してく、れ」



シゲミの絞り出す声も無視するマサシム。



「こここここここ殺せ・・・殺してくれぇぇええぇぇぇ。もう、もう無理じゃ」



ズリズリと這いつくばり、マサシムに近づこうとするシゲミ。
しかし、そのまま顔面を地面に打ち付けるように倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
マサシムに蹴り飛ばされ全身の骨が砕け、臓器に突き刺さっている。体外に飛び出ている骨もあった。
痛さと大量の出血で気を失ったのだ。
気力も体力も尽きた初老の男の命が絶たれた瞬間だ。



「起きろ!クソ野郎!」



マサシムのその言葉は、既にシゲミには届いていない。
大量の出血が、地面に広がっていき、動かなくなったシゲミを見ることで、マサシムはシゲミの結末を知ったのだが、あまりにもあっけない最期に、マサシムは納得できなかった。



「バカが!バカが!バカが!バカが!お前は!お前は!お前ぇぇぇぇぇぇぇ!簡単に死にやがって!」



シゲミが死んだことで、溜まっていたものが噴き出てしまった。
自分の手で殺めたカシワ・ギンとペイシン。
この二人を失ったのは、シゲミのせいだと怨み辛み満載の勘定で撃った。
シゲミの死を確認していたが、銃弾が尽きるまでシゲミを撃つマサシム。
既に肉の塊でしかないシゲミの心臓部分を文字通り穴が空くまで撃った。
銃弾が尽きても、引き金を引くのは止まず、ただカチカチと引き金を引く音だけが響いていた。
もはや肉の塊でしかないシゲミを撃っても、マサシムの気は晴れない。

ただ、シゲミ・田中を殺して欲しいという依頼を遂行したのみだ。



「依頼完了だろ・・お前にしては時間がかかったな」



すでに銃弾の尽きた銃の引き金を引き続けているマサシム。
その後ろからナンヴーが声を掛けた。



「・・・おいマサシム?」



返事をしないマサシムに再度、声をかけるナンヴ―。
その言葉でナンヴーの方へ振り向き、銃を下ろすマサシム。



「さ、この場を去ろうマサシム」



「何時から見てた?」



「ま、ついて来いよ」



マサシムの質問を無視し、ついて来いと手招きするナンヴー。
怪しいと思いつつも、マサシムはナンヴ―について行った

最終話 終わりはない

シゲミを殺してから数分。
『ホライズン』にマサシムとナンヴーの姿があった。

カウンターに並んで座りグラスを傾ける二人。
店内には、他の客もいたがカウンターに座っているのは、この二人だけだ。
誰も自分たちの会話を聞かれないと辺りを見回し、ナンヴーは口を開いた。



「さすがだ。逃がさず殺すとはな!」



珍しくテンションの高いナンヴーはマサシムの方に体を向ける。
それでもマサシムはナンヴーの方を見ることはなく、ただ天井を見上げ愛想無く返事をするだけ。
構うことなくナンヴーは続けた。



「逃げに逃げ抜いて、戦うことなく裏社会のトップクラスまで成り上がった、あのシゲミ・田中を・・・通称『逃げ爺』を、あえて逃がしといての抹殺!」



「もういい。終わったことだ」



「いやいやいや!大手柄だよ!これで代表を狙う奴らも減るからな。」



「・・・ふん!」



「逃がしたのには、考えがあってのことだったんだろ?」



「話す気にはなれない」



「そうか」



「遅かれ早かれ殺すことは決まっていたことだ」



マサシムは、話を切るようにギブソンをグイッと飲み干した。
言わんとすることが分かったナンヴ―は話を変えた。



「まぁいい。依頼者へ報告しておこう」



そう言って、ナンヴーは携帯電話を取りだし、依頼者へ、依頼は完了と告げた。
携帯電話を切ると、直ぐにマサシムがナンヴーに聞いた。



「で?」



その一言では返事のしようもないナンヴー。
質問に質問で返した。



「で?ってなんだよマサシム」



「話があるんだろ」



「いきなりか。少し時間が欲しかったが」



「時間?」



「あぁ。次の依頼をだな」



「ふん。急かすなぁ」



「そう言われるのが嫌だったから時間が欲しいと言ったんだ」



「気にするな。で、次の仕事は?」



「気にするよ!まったく」



少々ふてくされながらも、標的の顔写真を懐から出すナンヴー。
周りに見えないように気を配りマサシムに渡した。



「え?」



その写真を見てマサシムは我が目を疑った。
見間違いではないかと、その写真を手に取り、まじまじと見ている。



「本当に、この男なのか?」



もしかしたらナンヴーが、間違えて違う写真を出したのだと思い、聞き返しても、ナンヴーはコクリと頷くだけ。



「あぁ」



写真の男に間違いないことが分かると、覚悟を決めマサシムは聞いた。



「どうしろと?」



鋭い目つきのマサシムにナンヴーは静かに答えた。



「殺して欲しい」



裏社会で生きている者にとっては、日常会話に出てくる言葉であるから、殺害と聞かされても動揺するわけはない。
やはりそうかとマサシムは、落ち着いて言い返した。



「断る」



そう言うと同時に、持っていた写真をカウンターに裏返して置き、スッとナンヴーの前へと戻した。
写真を手にしたナンヴーは、写真とマサシムの顔を交互に見ながら言った。



「断る?代表との契約で、その選択しは無いはずだが?」



もう一度、その写真をマサシムの前に突き返すナンヴー。



「殺すことは出来ない。それ以外の依頼なら聞こう」



マサシムの返事にもナンヴーは依頼を変えることはない。



「お前の腕があれば充分に出来ることだと思うんだが・・・殺すくらい容易いだろ?」



「そういう問題じゃない」



「どういうことだ?」



「この男は殺せない・・・いや、殺せないと言っているんだ」



理由は答えない。ただ自分が出来ないことが何であるかを答えるマサシム。



「おいおいおい!何言ってやがる。今まで何人殺してきた?たった今だって、シゲミを撃ち殺しただろ。自分がしたことを分かってるだろ?無理ってなんだ?依頼を受けろよ!」



いつもなら二つ返事のマサシムが、拒むとは思ってなかったナンヴーは、苛立つ感情を隠すことなくマサシムにぶつける。
表情を引きつらせるナンヴー。
それでもマサシムはナンヴーの思い通りの返事はしない。



「シゲミは違う。シゲミは勝手に死んだんだ。アレくらいで死にやがって!」



一気にギブソンを飲み干し、叩き付けるようにカウンターにグラスを置くマサシム。
その後は、こんなハズじゃなかったと両手で頭を掻きむしった。
そんなマサシムを気遣うことなくナンヴーは、依頼を遂行しようとマサシムの肩を叩く。



「終わったことだろ。感情的になるなんて、お前らしくないぞ。切り替えろ。次だ次!」



先ほどとは人が変わったように捲し立てるナンヴー。
その変わり様にマサシムは違和感を感じた。



「何でだナンヴー?」



「うん?」



「何故、この男の殺害にこだわる?」



「この男が裏社会で邪魔だからだ」



マサシムにとって予想しない答え。
この答えが、ナンヴーの答えではないことを確かめるように聞く。



「それはお前の意見ではなく、依頼主の意見だよな?」



その質問には直ぐには答えない。
答えにくい理由がナンヴーにはあったからなのだが、曖昧に言い、言葉を濁した。



「・・・聞かずとも分かることを聞いてくるなよ」



「依頼主は?」



「聞けば依頼を受けることになるが、いいのか?」



「ちっ!面倒くさい契約をしちまったよ。クソ!」



「そう言うな。一通り教えてやる」



一旦は答えに困っていたが、意を決したナンヴーにもう迷いはなかった。
ナンヴーは、辺りを見回し、聞き耳を立てている者がいないのを確認してから話し出した。



「裏社会の代表であるこの男を消せば、側近である者・・・つまり、この俺が裏社会の新たな代表になるんだ」



「く、くそったれだ・・・」



そうであって欲しくくない返答がナンヴーから告げられると、マサシムは、ドンとカウンターを叩いた。
その反動で、はらりと写真が床に落ちる。
床に落ちた写真には、裏社会の代表であるサイキが写っている。



「さすがに分かったよな?・・・そうだよ。依頼主は俺だ。さぁ、こいつを殺せ」



その写真を拾い上げ、片手でクシャリと握りつぶすナンヴー。



「なんで、裏社会の代表なんかに成りたがる?」



「愚問だ!お前も裏社会で生きてきたなら、代表であることがどれだけのことか知っているだろ!」



「それは分かる。だが、お前の気持ちが理解できん。何故そこを目指す?」



「馬鹿か!いいかよく聞けよ。この国を動かしてるのは政治家でも官僚でもない。それを操る裏社会の人間なんだ。その頂点に立つってことなんだ
ぞ!」



「それは分かっているんだが・・・お前が代表になるために、俺が手を汚すのか?」



「ふふふ。分かっているなぁ。だが、手を汚す・・・そうは思っていないだろ。散々人殺しをやっているお前が」



ニヤリと笑みを浮かべながら、マサシムを見るナンヴー。



「ふん!回りくどいことを!自分で殺ればいいだろ?」



口調を強めていったが、ナンヴーが態度を改めることはない。
自分を正当化するようにマサシムに話す。



「そうはいかん。俺は職業殺し屋ではない。自分の手で人を殺めるのは違うだろ?」



「待て!お前が殺し屋ではないだと?」



「俺は、人を殺したことなど無い。何故、俺を人殺し扱いする?」



「言い切れるのか?直接手を汚さなくても、何人を死に追いやった?」



「何の話だ?」



「俺だけじゃない。下っ端の連中を使って政府の要人を殺させたこともあるだろ!」



「だから?」



「げ、外道が!」



「はははっはははっ!外道?聖者と話しているつもりか?裏社会で生きている俺を相手にきれい事など戯れ事にしかすぎん!何とでも言え。俺が裏社会の代表になれば、どうにでも出来る話だ。それに、お前は依頼を断ることは出来ない契約だと言っただろ」



ナンヴーの言う契約とは、マサシムとサイキの結んだ契約のことだ。
サイキからの依頼は絶対に断らないという内容だ。
当時、裏社会の代表となったばかりのサイキと出会い、ひょんなことから裏社会を知ってしまったマサシム。
生きるために結んだ契約が、今は足かせとなりマサシムを苦しめている。



「俺からの依頼は、代表からの依頼でもある。初めにそう言ったよな?」



「あ、あぁ」



「そして、それをお前は承諾した」



「くっ」



「この依頼を断ると言うことは、死ぬと言っているのと同じ・・・さぁ、決断しろ」



「く、くそが・・・」



自分の手で殺めたカシワ・ギン、ペイシンの想いが分かるだけに、マサシムは死ぬわけにはいかない。
答えは一つしかないのだが、すんなりと返事は出来ない。
ギリギリと歯ぎしりをし、返答に困るマサシム。

すでに優位に立っているのは自分の方だと疑わないナンヴーは、それを横目にニヤニヤと笑っている。
そんな二人の後ろから声がした。



「その話、詳しく聞かせてもらおう」



威圧感のある低い声に、二人は振り返った。



「な、なんで此処に?」



アジトから出ることを嫌う男が、そこに立っている。



「俺の店だ。たまには顔を出す」



サイキの来店に驚いたマスターが慌てて寄ってきた。


「ととととと特別室が、ああああ空いてますんで、そちらへ」



緊張のあまり呂律が回らないマスター。
その対応に、ゆっくり頷くサイキは、マサシムとナンヴーの肩を掴んだ。



「おう。そうしよう。さ、話の続きをしようじゃないか」



マサシムもナンヴーも断れなかった。
断れない空気を作ったのもサイキの凄さだ。
特別室に入ると、サイキは指定席へ座り、机を挟んだ正面にナンヴーが座った。



「お前も座れ」



そう言われたが、小さく首を振り断るマサシム。



「いや、俺は此処でいい」



扉の横の壁にもたれる様にして、腕組みをして、対峙するサイキとナンヴーを客観的に見ている。



「ふっ、好きにしろ・・・さてとナンヴー」



下を向いたまま顔を上げずにブツブツ言うナンヴー。



「・・・」



「何だ?聞こえんぞ」



「お前が!てめえが!貴様が!じゃじゃじゃジャマぁぁぁぁぁ!」



その大声と共にソファから立ち上がりサイキを睨みつけるナンヴー。
その勢いで続けて話す。



「殺れマサシム!さっきの依頼を完了させろっ!」



マサシムは、ナンヴーの後ろにいたが、サイキとは向かい合っているため、お互いの目があったが、マサシムは腕組みのまま微動だにしない。



「何してるマサシム?撃てよ!撃てって!これは命令だぞ!」



マサシムは微動だにしない。



「使えないクズが!こうなれば俺が!」



銃を取りだし、構えるナンヴー。



「お前が俺を?出来るのか?」



そう言われ、鋭い眼光で突き刺すように睨まれた途端、足がすくんだ。
裏社会で、しかもサイキの側近で生きてきたナンヴーでさえ身震いし動けなくなった。



「そそそ、そうだ!」



やっとの思いで言い返し、震える手で銃を握りしめるナンヴー。
銃口はサイキの方を向いてはいるが、狙いは定まっていない。



「銃口を人に向ける意味は分かっているよな?」



その質問に答える余裕など無いナンヴー。
頭の中は、この異様な追いつめられた雰囲気から脱したい思いでいっぱいだった。



「う、う、う、う、撃つ!ししし、死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁ」



奇声と共に至近距離からの発砲も、震える手では狙いが定まらず、サイキの右頬をかすっただけ。
ナンヴーが銃を撃つのは初めてではない。
しかし、人を殺す目的で撃ったのは初めてのことだ。
至近距離で外したことより、人を殺すための発砲に衝撃を受け震えが止まらない。



「銃をおろせナンヴー。お前じゃ俺は殺れない」



その言葉もナンヴーには届かなかった。
震えた手で、尚も銃口をサイキに向けている。



「俺が、俺が代表になるんだ・・・こここ、これくらいのことで!」



パンッと乾いた銃声が響いた。
次の瞬間、倒れた男の頭から鮮血が溢れ、絨毯を染めていく。



「ごめん。殺っちまった・・・気が済むようにしてくれ」



頭を打ち抜かれ死んだのはナンヴーだった。
血まみれのナンヴーを見ながら、撃ったことをサイキに詫びるマサシム。



「お前が撃たなきゃ、俺が撃っていた。それに銃を人に向けた時点で自分の死も覚悟していたハズだ」



「え?」



「ナンヴーも俺達と同じ。裏社会の人間だった。それなりの覚悟があっての行動だ」



「側近を殺されて、そう言っていられるのか・・・」



「ん?」



「言われたんだよ。カシワ・ギンさんに」



「カシワ・ギンに?」



「サイキには気をつけろってな」



「ほう」



「それだけか?カシワ・ギンさんの言っていたことが何なのか気にならないのか?」



「気にならないと言えば嘘になる。だが、知りたくないんだ。もう存在しない人間の言葉には左右されたくないんでな」



「・・・そうか」



「で、どうする?」



「は?」



「依頼を受けただろ?俺を殺せと言う依頼」



「その依頼者は死んでいるのに、依頼は無効だろ?」



「・・・」



考えるようにして、何も言わないサイキ。
ただマサシムを見ているだけだ。



「何とか言えよ」



沈黙を嫌って、マサシムがサイキに言うが、なかなか答えない。
二人の間に、思い空気が漂う。



「依頼は依頼だ。例外はない」



サイキが出した結論に、マサシムは小さく頷き、静かに銃を取り出した。



「そんなに殺されたいのか?」



銃口をサイキに向けるマサシム。



「・・・お前になら」



そういいニヤリと意味深長な笑みを浮かべるサイキ。



「ふん。やっぱりアンタが一番怖いよ」



「ふふふ。銃を下ろしたか。契約違反だぞ」



何を言われても、サイキを撃つことは出来なかった。
サイキを撃たないことが、どういうことか分かっていても撃てはしなかった。
マサシムは、覚悟を決め銃を床に置き呟いた。



「好きにしろ・・・俺は逃げ爺にはならないからな」



                                     完

逃げ爺

登場人物、建築物、地区名は架空のものです。

逃げ爺

金があれば、だいたい何とかなるよ。 でも、そればっかりじゃ、やってらんねー! 金で何とかならんもんがあるから面白い。

  • 小説
  • 中編
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2013-10-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第1話 狙う者、狙われる者
  2. 第2話 ペイシン
  3. 第3話 なのねん
  4. 第4話 再会
  5. 第5話 酒と女とアゴと爺
  6. 第6話 侮辱
  7. 第7話 絶対的な命令
  8. 第8話 ウソと死
  9. 第9話 怨み・・・辛み・・・シゲミ
  10. 最終話 終わりはない