籠に金糸雀
前
「お客さんまた来たっすか?!毎日毎日こんなとこぶらついてたらろくな大人になんないっす!!」
「僕は今年で二十四です」
「うっひょーマジっすか!!唯吹はてっきりお得意先のボンボンだと思ってたっす!!立派な殿方だったんすね!!」
「……えぇ、貴女の客にもなり得る身分です」
「およ?ひょっとして今日こそ買う気になったんすか?」
「貴女を一晩買ったところで人生がツマラナイのに変わりはありません」
「お客さんが言うなら多分そうなんすねぇ、唯吹の薄っぺらい胸じゃ満足してもらえない、寧ろガッカリ級…?!ぬわぁぁ余計なお世話っす!」
花街の気色は相も変わらぬ曇天。
真っ赤な格子を挟んだ先、今日もこの遊女はやたらとかしましくまくし立てる。
どぎつい色合いの着物も、これでもかというほど雑に塗りたくられた化粧も、まったく似合っていない。他の遊女と比べても明らかに色気を欠いている上に、その扱いづらい性格が余計に客を遠ざけているようだった。
「お客さんは知らないだろーっすけど、こう見えて弦楽器は花街随一の腕だって褒められるんすよ」
不満げに唇をとがらせながら彼女は三味線を弾く仕草をする。見る限りだと僕が知っている演奏法ではなかった。
返事をするのもツマラナイ。次に彼女が発するであろう言葉が頭の中に浮かんで来て、退屈な生を静かに呪った。
「ほら、芸するためだけに生まれてきたようなお手手」
格子の向こう側からふいに伸びてきた、遊女の白い手。痩せていたが、確かに形は綺麗だった。
白い手の指先から、それを差し出す遊女へと視線を移すと、彼女はまた、「あの眼」で僕を見つめていた。
「ツマラナイ……」
呟いて、視線をそらす。
「つれなすぎっすよお客さん!!もう五日も通ってるのに女買わないとかそれでも男っすか男じゃないっすもはや不健全全開っす!!」
「僕はもう帰ります」
「……お客さん」
立ち去ろうと体を傾けたところで、遊女が妙にしおらしい声で僕を呼んだ。
「名前、教えてほしいっす。挨拶するとき、呼びたいなって」
力の抜けきったような顔で笑う彼女に、目を細める。
「……神座」
自らを表す代名詞を名乗った後に、格子越しでは聞こえないくらいの声で、「……出流」と、屋号ではないほうの名を囁いた。
「イズルちゃん、また会いに来てね、約束っす!」
背中に投げかけられた大声に、ほんの一瞬だけ目を見開く。
確かに、彼女には音曲の才能があったのかもしれない。しかしそれが華々しく彼女の存在意義として認められることは、この時代ではありえ無い。
あの天真爛漫の瞳の奥に時々ちらつく「絶望」に引き寄せられて僕は彼女と言葉を交わすようになった。権力争いの駒として屋号を継ぐためだけに有り余る才能を持って生まれた僕にとって、現世はまるで退屈な、色のない世界だった。
五日前、彼女の瞳に淀む、絶望を見つけるまでは。
右手を差し出した遊女の姿を思い返す。恐らく彼女はここ四日、何も食べていない。
籠に金糸雀