整った風紀の乱し方
『蘇芳を呼んで来い』と担任に言われて教室を出てから、20分が経過した。
「いいの?こんなところで僕と一緒にサボってて」
「・・・あんたがサボろうって誘ったんだろ」
「んー、まぁね。確かに」
今まで欠課も欠席もしていないのだから、別にいいだろう。
たまにはこうして、大切な人と授業を忘れてゆっくりしたい。
「でも最近の君は、少したるんでいるんじゃないの?聞いたよ、今度の学年代表スピーチ、断ったってね」
「去年もやったんだ、今年くらいはいいだろ?」
「そうされると自然と話が僕のところに来るから断らないで欲しかったんだけど??」
「・・・これ以上あんたの言う事聞いてたら、俺はダメ人間になりかねないから嫌だ」
「あっはは、犬に成り下がりたくはないって事だね?面白い」
がちゃがちゃとルービックキューブを弄るその手は、男の手とは思えないほどに美しい。思わず見つめてしまう。
蘇芳と俺は風紀委員の委員長と副委員長だ。
蘇芳はひどく変わった奴で、なかなか周りに人が寄り付かない。おまけにギャンブル好き。そして強引。
風紀委員長にふさわしくない人材だというのに何故、この地位に抜擢されたのだろうか?きっと委員会の担当教師が血迷っていたに違いない。
だが俺も人の事を言える立場ではない。俺も風紀委員にはふさわしくない「短気な性格」だからだ。
面倒事が多いこの委員会は、短気な俺にとっては悪の組織のようなもの。
最初は所属する気なんてなかったのだけれど、蘇芳に引きずられて入ってしまった。
本当に強引でどうしようもないのだ。
「成り下がる気なんて毛頭ない」
「あっそう?ふぅーん・・・」
「関心なしかよ」
「あるよ、あるけどこのルービックキューブには負けるよ」
「あっそ」
「んー、分かんないや。解けない」
蘇芳が得意なのは、ポーカーとか花札とか、カード系のゲーム。
最初は飴とかガムとか賭けていたけれど、最近は100円・500円を賭けるまでになった。
頭がいいわけじゃない。形の認識が早いとかでもない。
蘇芳には基本的に表情がないのだ。
だから誰も蘇芳の事を理解できないし、読むこともできない。
まさに『天性のギャンブラー』
「ちょっと、これ解いて」
「・・・何分で?」
「3分で、解けなかったら僕のファーストキッスを進呈するよ」
「要らん」
「じゃ、頑張ってー、はいスタート」
「いきなりかよっ」
腕時計を見ながら、軽くスタートを告げる。ムカつく野郎だ。
『野郎のキスなんて誰が貰うか』
そう思った俺は懸命にルービックキューブを弄った。
「最悪だ・・・なんてこった」
「無様だねー、笑っちゃう」
4分経っても解けなかったルービックキューブを床に投げつけ、俺は床に伏せた。
「くそっ・・・異様に悔しい・・・」
「まぁでも・・・仕方ないよ、あのキューブ。1カ所だけ色変えてあったから」
「はぁ!?」
「合わないはずだよねー、笑っちゃうよ、あっはははー」
ムカつく。何コイツ殴りたい。
渾身の力を込めて床を殴る。
「じゃあほら、顔あげなよ。進呈してあげるから、ね?」
「要らねェよ!つかなんだよ!イカサマすんのはルール違反じゃねェのか!?」
「バレる細工をイカサマ、バレない細工はイカサマとは言わないよ」
「くっそがあぁぁあ!」
「僕だってね、本気出したらルービックキューブなんて30秒で解けるんだよ?昨日は本気出して解いて、色を変えたんだ。ファーストキッスを親愛なる君に進呈するためにね」
「何その才能・・・いらねっ」
「そう言わないで、ほら、僕の苦労を無駄にしたくないなら進呈させてよ」
「ね?」と猫なで声で言われたら、顔を上げるしかない。
仕方なく顔を上げると、静かに唇が重なった。僅かに甘い味がした。
「次は勝ってね?」
「うっせぇ!上等だ!」
威勢よく啖呵を切ったのはいいけれど、どうせ俺はコイツに勝てはしないのだ。しかも一生。
深いため息をつくと同時に、廊下で高らかとチャイムが鳴った。
整った風紀の乱し方