右松さん
こんな社会人がいたら?
笑ってしまうか、腹が立ってしまうのか?
ひょっとしたら、かなり身近にいるのかも
第1話 アルバイト
とある零細企業の野之崎営業所での出来事。
仕事を終えた右松は、後輩の吉平を呼び止め、休憩所で説教をしている。
「バイトするのはいい。副業はやってもいいって社長の許可があるけぇの。けど、仕事しとんじゃけ、バイト、バイト言わずに、ここの仕事を一番に考えろや!」
今年で勤続10年になる右松は、入社2年目の吉平を正面の椅子に座らせ、煙草をスパスパやりながら、見下すように言っている。
蔑むような目で吉平を見ているのだが、吉平は俯いているので、その目を見ずにすんだ。
「は…すみません」
俯いていたが、返事はする。
返事をしないと、それだけで右松は激怒する。面倒くさいと思いながらも、吉平は聞くように努めた。
「仕事で、遅刻や休みを繰り返してる奴がバイトしたいとか可笑しいけぇの!分かっちょるんか?」
吉平が真面目に聞いていると判断した右松は、先輩風をさらに吹かし、分かりきったことを、俺が教えてやるとばかりに熱く語る。
「すみません。気をつけます」
その熱意とは対照的に冷静に返事をする吉平。
謝ってはいるが、心は込めていない。
「それから、病み上がりにカフェ・オ・レ?ありえんだろっ!体調悪かった奴が、カフェ・オ・レみたいなモン飲めんじゃろ!」
そんなの人の勝手だろと思うのだが、右松は、病み上がりの吉平がカフェ・オ・レを飲んでいたことも許せなかった。
ここぞとばかりに怒鳴りつけている。
「体調悪かったとか、嘘言うなやっ!怠けちょっただけじゃろ!」
吉平の体調を勝手に決めつける右松。
得意そうに、俺は全部知っているのだぞと言わんばかりである。
「ま、いろいろと、ちゃんと出来とけば、何も言わんのじゃけどな」
後輩である吉平には自分の印象を悪くしたくないと思う右松は、これ以上は責めないでおこうと、少し口調を和らげた。
口調が和らぐと右松の説教は終わる。
それを身を持って覚えた吉平は、『やっと帰れる!帰ってネットゲームだ!』そう思い、安堵のため息にも似た返事をしてしまう。
「ふいぃ…」
そういう返事を右松は逃さない。
武闘派の右松は、一気に頭に血が上った。
「何かいや!その返事は!お前、聞いちょんか?」
拳を握る右松。一転して、口調は荒々しいモノに戻った。
「聞いてます。聞いてます」
今まで俯いて聞いていた吉平は、慌てて顔を上げ右松を見た。
やってしまった。と顔に書いてある吉平。
そのあまりにも情けない表情に右松は怒りを覚えるわけではなく、あきれてしまった。
「ま、えぇわ。そういう事じゃけの」
そう言うと、目の前の灰皿に煙草を投げ入れた。
「明日から気ぃつけぇよ!」
右松は、それだけ言うと吉平より先に席を立った。
それから半年。
月日は流れ、12月になっていた。
水曜日の出来事。
「あ~今日もバイト。メンドくせーなぁ。は~マジ嫌だ」
半年前、本業を一番に考えろと偉そうに説教した本人が、アルバイトのことを優先している。
喫煙室で、煙草を吹かしながら、朝のミーティングを待つ右松。
右松の他に、喫煙室には誰もいなかったので、大きな独り言でしかない。
昨日はアルバイト初日で、仕事の手順を一通り習い、教育係に付いての研修であったから、比較的楽な作業であった。
乙種第4類危険物取扱者。通称 乙4
これを取得していれば、時給は良かったのだが、右松は持っていない。
基本的に、何かに向けて努力をすることが嫌いな性格だったため、挑戦に繋がる何かが嫌でしょうがなかった。
以前、GSでアルバイトをしようかなと人に相談したことがあり、その時に
「GSなら、乙4あったら有利ですよ」
と職場の部下に言われても、頷くだけであり、乙4試験も、そんな性格のため受験しない。
右松は、野之崎市から車で一時間の距離にある上梅市に一戸建てを購入した。
悲しい現実だが、本業の収入だけでは、家のローンが生活を圧迫する。
加えて、不景気の続く業界で、昇給も望めない。事実、入社以来昇給は一度だけでボーナスもない。
そのため、本業の仕事以外にも収入の道を作ろうと職場の近隣にあるGSでアルバイトを始めた。
右松の部署は、仕事が午後5時には終わるため、GSでのアルバイトは午後6時から始められた。
終わるのは午後10時。
24時間営業のGSだったため、夜勤帯も考えたが、仕事しながらだと、その時間が精一杯という自分なりの結論だ。
時給は千円。感情が顔に出やすい右松が、苦虫を噛み潰したような顔をしているとき後輩の本井名が喫煙室に入ってきた。
「おはよっす!なんかあったんすか?」
誰とでも分け隔てなく話す人懐っこい性格の本井名が、喫煙室に入るなり右松に聞いた。
「は?」
「いや、なんか暗い顔に見えたんで」
そこへ、本井名と出勤が一緒だった高森が入ってくる。
「おざーす」
入るなり、煙草に火を付け、備え付けの椅子にドカッと腰を下ろす。
スマホを手に取り、毎朝の習慣となっている時事関連ニュースのチェックを始めた。
その間も、右松と本井名は、話を続けている。
「今年もボーナス無いってマジっすか?」
「うん。毎年毎年、期待する方が馬鹿みるけぇ。考えんようにしちょる」
「そうっすか。てっきりボーナス無いんで暗い顔しとると思ったんすけど」
「いや、違うんよ。今日ちょっと体調が悪いけぇ。なんか喉も痛いし」
「大丈夫なんすか?」
その言葉を待っていましたとばかりに即答する右松。
「う~ん・・・・・・ちょっと休んどく」
「じゃ、午前中は任せて下さい。やっときますんで」
「いやぁ、助かる」
そう言って、2本目の煙草に火を付けた。
体調が悪く、喉も痛いなんて、とんだ嘘っぱちなのだ。
だいたい、喉の調子が悪いのに、平然と煙草を吸えるというのは可笑しい。
二人の会話が途切れた所に、高森が話に割り込んできた。
「そういえば、右松さん。昨日、野之崎のガイオスにいませんでした?」
野之崎のガイオスというのが、右松がアルバイトしているGSの名前だ。
スマホのチェックを終え、煙草をもみ消しながら高森が聞いた。
「うん。何で?」
「いや、信号待ちで車止めたとき、チラッと見えたんで」
野之崎3丁目交差点の真横にあるガイオス。
そのため、信号待ちしていれば、車からでも働いている人の顔が確認出来る距離だ。
「そうなんよ。昨日からガイオスでバイトしとるんよ。初日から10時までじゃけぇ、帰ったら11時。寝たのは1時半じゃけぇ、体調崩したんよ」
なるほどと頷き、本井名が口を挟む。
「マジでバイト始めたんすか。で、週にどれくらいっすか?」
「火、水、あと土曜と日曜じゃけぇ、週4」
『どうだ?俺凄い頑張ってるだろ!誉めてくれて構わないんだぜ!』とオーラを全開にする右松。
そのオーラが、とってもウザかったのだが、本井名は、機嫌を取った。
「それって大変っすね。毎日5時半に起きるんすよね」
本井名が、そう言うと嬉しそうな感情を表情に出す右松。
さらに、誉めてくれアピールを続行。
「そうなんよ。じゃけえ、ほとんど寝れんくなるけぇ。ま、バイトでも仕事は仕事じゃけぇ、真面目にやるけどね」
「マジ凄っすね。俺には無理っすわ~。しかも、せっかくのノー残業日なのに、今日もバイトってマジ感心っすわ。」
本井名の言葉に、とても嬉しくなる右松。もう有頂天だ。
『どうだい?俺って頑張っているだろ。凄いだろ!もっと俺を誉めろよ。讃えろよ!』
そう言いたくなったが、言っては自分の凄さが薄れると感じた右松。
黙ったまま煙草をぷかり。
ただ、殴りたくなるほど、ご満悦の表情で本井名と高森にアピールは続けている。
その様子を見ていた本井名と高森。
『でも、それって自分が決めたことだろがっ!』
二人同時にそう思ったが、こちらもそれを口には出さなかった。
右松の機嫌を損ねると後々面倒くさいことを知っている本井名と高森は、何も言わず煙草を吹かしながら、愛想笑いで右松に合わせた。
この日も、いつものように平穏無事に仕事が終わった。
ノー残業日と言うこともあり、皆が足早に家路につく。
いつもと違ったのは、右松がこの後ガイオスへバイトに行くということだけだ。
第2話 一斉メール
水曜日は、ノー残業日という決まりがあり、この日野々村は、5時過ぎには自宅アパートに着いていた。
自宅アパートでは、妻の咲が夕食の用意をしている。
「将志。お皿持ってきて」
風呂から出て直ぐの、下着姿でドライヤーをあてる野々村に、咲が言う。
すぐさま野々村は、髪が半乾きなのも気にせず、食器棚から皿をとった。
「この皿でいい?って咲ちゃん見てる?」
咲に皿を見せるが、茹でているパスタが野々村の持つ皿より気になり、鍋を見ている咲。
それでも、そう言われ野々村の持つ皿をチラッと見て、コクリと頷く咲。
結婚して3ヶ月経つが、お互いにつきあっている頃と同じく名前で呼び合っていた。
「今日は将志の好きなカルボナーラよ」
咲は洋食が得意であり、野々村はその料理が大好きだ。
今日の夕食の献立はカルボナーラと、帆立と大根の和風サラダ。それにコーンスープ。
ワインを飲みながら、楽しい一時を愛妻と過ごしていた。
その一時を邪魔するように、野々村のスマホがメール着信音を発した。
「メールか・・・・・・」
野々村は気にしなかったが、咲が気にした。
「メール見ないの?」
「うん。あとでいいや」
「でも、大事な話かもしれんよ?」
「ん~」
面倒くさそうにスマホを手に取る野々村。
野々村は、右松より6歳下の28歳だ。
野々村は本井名と同期入社で同い年。
右松の後輩であるが上司でもある。
そんな野々村に、右松からメールが届いた。
「ガイオス辞めた!クソじゃ。窓吹く鳥のウンコとかついたタオルを頭に擦り付けやがった。俺がやること全否定しゃがる」
そのメールの内容を見て、鼻で笑う野々村。
「俺にどうしろと?」
独り言を小さく呟く。
知ったことかとスマホを置き、コーンスープを飲んだ。
その三分後またスマホが鳴る。
「またか?」
直感的に右松からだと野々村はスマホを取らなかったが、咲は気になってしょうがない。
「将志、メール。大事な話じゃないの?」
「いや、そんなんじゃない」
「見ないで分かる?」
「ん~」
咲には逆らえない野々村。
またも、面倒くさそうにスマホを見た。
「係長が、それらやりやがる。頭くる!先輩から教えてもらってる事も全否定。馬鹿しすぎ」
今度の文章には、鼻で笑いはしなかったが、つい本音が出た。
「だから?」
そうは言ったが、右松が怒り心頭というのは分かった。
「嫌なメールなの?顔が引きつってるよ」
野々村の心境を見透かすかのような咲の一言。
その通り、野々村の脳裏に嫌な事がよぎった。
右松なら、その係長を殴るかもしれない。
暴力沙汰になれば、上司である俺にも、何かしら責任が!
そうおもうと、大好きな咲の手料理も味気なくなってしまった。
夕飯を食べて、コタツで温々としながらテレビを見ている野々村と咲。
初めの右松メールから二時間半。時刻は夜9時半になっていた。
「係長謝ってきたからバイト続けます」
またも右松からのメール。
「なんやねんっ!」
関西出身ではないが、思わず関西弁で突っ込みを入れる野々村。
お笑いのボケに対する突っ込みではなく、怒りしかない突っ込み。
苛立ち、コタツのテーブルにガンガンと拳をぶつけ八つ当たりする野々村。
「何!やめんさいやっ!テーブル壊れるじゃんっ!」
八つ当たりする将志を怒る咲。
咲の怒声に小さくなる将志。まさにカカア天下の野々村家。
怒りをぶつける当てが無くなる将志。
そこに、今度はメールではなく、電話が掛かってきた。
「誰やねん!」
怒りの矛先は、電話の鳴るスマホに移り、荒々しくスマホを手に取る野々村。
電話の相手は本井名だった。
予想外の相手に、少し落ち着けた野々村は、普通に電話に出れた。
「どうしたん本ちゃん?」
同期の本井名とは、本ちゃん、将志で呼び合う仲。
入社式で意気投合してからは、プライベートでも深い関わりを持つ親友となっていた。
「いや、風俗に行こうかと思ったんだけど、今日どんな?」
「ちょ、その話は今度また、今はちょっと」
「あ、隣に咲ちゃんがいるのか?」
「ま、まぁそんな感じで」
「てか、風俗の話は嘘で、さっきから右松メールがウザいんだけど、返事しろってことかね?
一斉メールで送っとるけぇ、見たじゃろ?」
「うん。見たけど、放っとけば?俺、返事してないし」
「じゃ、そうしよう」
同じ部署の人間全員ではないが、右松が関わる全員への、俺に関わってくれよ的なメール。
正直、他人が自分に関心を持つなんて、余程のことがない限り、無いことだ。
実際、誰が何処で何時、どんな風に働いていようと、その人に感心が無ければどうでも良いのである。
「明日、さりげなく聞いとくわ。聞いてあげんと機嫌悪くなるだろうし」
「そうか。本ちゃん、一緒にルート回ってるからね・・・・・・ご愁傷様」
「ちょ、ご愁傷様って・・・・・・ま、いいわ、ほんじゃ。おやすみ」
「お。おやすみ」
明日、メールについて右松と話さなければと思っていたが、本井名がそれをしてくれることに幾らかホッとした野々村。
「本井名君でしょ?」
電話を切った野々村に咲が話しかけてきた。
「ん。分かったん?」
「将志の話し方で、そうかなって。良い話だったの?」
「なんで?」
「質問に質問で返す?・・・・・・ま、いいや。顔がニヤけてるよ。下ネタ?」
「ま、下ネタじゃないけど、ホッと出来る話だったよ」
「そ、じゃ大丈夫だね」
「大丈夫って?」
「怒りは治まったでしょ」
「あ・・・・・・うん」
咲の言う通り、野々村の怒りは治まっていた。
だが、先ほどのメールに対して、明日、右松に何か言われると思うと、少し面倒くさかった。
第3話 予想的中
午前八時。ジリリリリリーと大きな音で鳴るベル。それが鳴り終えると、ラジオ体操が始まる。
それが終わり、直ぐに割り当てられた仕事を始める訳ではなく、昨日の日報を聞き、その日の仕事を始めるのが決まりになっていた。
この日も、いつもと変わりなく始まった朝。
当然のように、喫煙室に一番乗りの右松。
決まったように煙草をくわえ、深いため息をついた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
聞く者を不快にさせるほどの深いため息なのだが、わざとだと分かっていると、笑いを堪えるのに必死なほどの滑稽さもある。
そのわざとらしい深いため息のあとは、決まってうなだれるのである。
「大変そうですね」
「大丈夫ですか?」
喫煙室にやってくる人にそう言ってもらいたいのが、見え見えである。
しかし、仕事を休むわけでもなく出社はキチンとしているので、そこは気を遣って声を掛ける人達。
勿論、その中には本井名も高森もいるわけである。
野々村は、煙草を吸わないので喫煙室に入ることが無く、そう言った出来事は、本井名や高森から伝え聞くだけなので、実際見たことはない。
しかし、右松本人から聞くのである。
煙草を吸い終えた右松は、自分の席に座らず、朝っぱらから睡魔と戦い、敗北した野々村の席の隣に座る。
右松の席は、野々村の右斜め前であるのにだ。
野々村の斜め前が本井名の席で、その左隣が右松の席。今右松が座っているのは石中の席である。
ちなみに、石中はラジオ体操後の筋トレが日課になっているので、ミーティングが始まるギリギリまで席に着かない。
「おい。起きろや!俺だってバイトしとって眠たいんでぇ!」
しかし、朝のミーティングまでの時間を貴重な睡眠時間だと考えている野々村にとっては、どうでも迷惑な言葉でしかない。
「あ、そうですね。はぁ、バイトですか。すごいっすね」
棒読みの台詞。勿論、気持ちなんてこもっていない。
これが吉平なら、朝から一悶着あっただろうが、右松は野々村を気に入っているので、それはない。
「お前、聞いちょるんか?」
そういうだけで、軽く頭を小突く程度。
右松の性格が喧嘩っ早く、短気であることは、社内でも有名な話。
これ以上は刺激しないでおこうと、真面目に頭を下げた野々村。
「すみません」
何かが起こる気配は無くなったが、右松が不機嫌なことに変わりはない。
そうこうしていると、朝のミーティングの時間になり、資料を抱えた体躯の良い男が現れた。
「はい。時間ですんでっ!ミーティング始めますっ」
ちょっと喋り方に癖のあるこの男が、右松や本井名達をまとめる係長の紗西である。
40歳で18歳の娘と結婚し、さらには、天気予報が好きすぎて気象予報士の資格まで取得した、なかなかの曲者である。
右松の部署の朝のミーティングは、紗西が仕切り、必ず天気予報から始まった。
「え~つと、今日は昼から雨が振る予報なんでっ、足下には注意して下さいっ。それと、昨日の日報からですが・・・・・・え~つつつと」
そんな感じの流れで、ミーティングは5分程度で終わり、それぞれが担当する仕事に向かう。
右松の今日の主な仕事は、得意先からの訪問以来だった。
相方の本井名と共に、社有車の3号車に乗り、隣町の茂美機械という個人経営の小さな町工場へと向かう。
茂美機械は、主に、競艇で使うボートのプロペラを止めるビスを作っている会社だ。
そこの社長である小田茂美から呼ばれての訪問だった。
「ふぅぅぅぅぅ。茂美機械かぁ。俺、あそこの社長嫌いなんよねぇ。今日の仕事最悪じゃ」
また深いため息。さらには愚痴まで。
こんなクソみたいな言葉に対しても返事がないと、機嫌が悪くなる右松。
しかし、それに慣れている本井名は、表情を変えることなく、右松が頷くような言葉を選んで答える。
「まぁ、嫌いな人や苦手なものくらいあって当然っすよ。僕も訪問は嫌いっすからねぇ」
その受け答えは、本井名本人にしてみれば上出来であったが、その答えに火が付いてしまい、すっとこどっこいな答えを返す右松。
「おい!仕事なんじゃけの!訪問が嫌いとか言っとる場合じゃないんで!そこは割り切って仕事せんといけんで!分かっちょる?」
お得意の上から目線の説教。
自分の言った社長嫌いの発言はどこへ行ったんだと思わせるには十分すぎる狂言だ。
「え?」
思わず疑問符が口に出た本井名。当たり前だ。狂言を聞かされたのだから。
しかし、幸いなことに右松の耳には入っておらず、前を見たまま運転している。
「あ、はい。すみません。気を付けます」
一応は頭を下げた本井名だったが、右松の説教じみた狂言に不満しか残らない。
しかし、自分の説教で低姿勢になり反省していると勘違いしている右松は満面の笑みで本井名を見た。
「いや、分かればいいんよ。着くまでに書類に目を通しとけぇの」
どれだけ勘違いしてんだろう。と思いながらも、本気で相手にしていたら身が持たないと知っている本井名は、茂実機械に着くまでの車中、話は聞き流してやろうと決めた。
「すみません右松さん。資料に目を通しときますんで」
これで、無駄話から逃げられると、ビジネスバッグから書類を取り出す本井名。
それを見て、また右松が、すっ転びそうな発言をする。
「本井名・・・・・・なんで今、資料を見とるん?」
「いや、右松さんが、目を通しとけって」
「着くまでに見とけばいいんよ。5分で見れるじゃろ!」
「ま、まぁ見れますけど」
「あと30分はかかるんじゃけぇの。まぁ、俺、バイトで疲れとるけぇ寝そうなんよ」
「え?マジっすか!じゃ、運転変わりますよ」
「そういうことじゃないんよ」
普通なら、こんなに頓珍漢な右松の発言で何が言いたいのか分からないのが普通。
だが、相方歴の長い本井名には、不思議と分かってしまうのである。
面倒くさくなるのは自分。しかし、右松は上機嫌になる。
これから、客先訪問というのに、右松に不機嫌になられたら、最悪の場合、客先との関係を切られる恐れもある。
今は、右松を上機嫌にしておかなくては、もっと面倒くさいことになる。
それが一瞬にして、本井名の頭に過った。
「そういえば、バイトどうですか?」
本井名にしてみれば、一番触れたくない話題だった。
しかし、右松が、これを待ち望んでいた。
目をキラキラさせ本井名を見る。
「聞いてくれるぅ?」
「はい。聞きます。それより、前!信号赤っすよ」
「お、アブね!」
赤信号になり、信号待ちをする間に煙草を取り出す右松。
ポケットに手を入れライターを取り出す前に、すっと本井名が火を付けた。
「お、サンキュー。気が利くねぇ」
「いえいえ。俺も吸おうと思ったんで」
そう謙虚に答える本井名。
本井名が話を聞くと言っただけで、すでに上機嫌。なんとも単純で分かりやすい男だ。
ニヤニヤしながら煙草を吸っているだけで、話そうとしない右松。
青信号に変わったとき、本井名の方から聞いた。
「で、どうなんすか?」
「あ?バイト?」
他に何の話をする気なのだろうか。自分で話を振っておいて、この始末。理解しがたい。
それでも本井名は、聞く。そう言ってしまったのだからという責任はあった。
「大変そうっすね?なんか、バイト先の・・・・・・あれって、マジなんすか?」
昨日の右松メールに触れた本井名。
『そうだよ。その話をまっていたんだよ。ようやく分かったのか?』なんて思ったのだろうか。右松は嬉しげに答えた。
「まぁ、全部本当の話じゃけぇ。でも、向こうに聞いたら、スキンシップが取りたかったって言うとったし、電話してきて謝ってきたけぇね」
そう得意げに話す右松。
でも、鳥の糞拭いたタオルを頭に擦り付けられているのに変わりはない。
普通なら、謝ってきたとしても許すだろうか?
ありえない行動に対して、謝ったから許す。そしてそいつの下で働く。
常識として考えられないと思うが、右松という男は器がでかいのか、ただのバカなのか。
そう思いながらも、本井名は突っ込んだことを聞けば、より面倒だと思い、調子よく喋る右松に合わせる振りをして、ほとんど話は聞き流した。
この日も、右松の知らないところで、本井名が頑張り、茂実機械との話もトラブルなく終わる。
そして、この後も何事もなく終業定時である午後4時半を迎えた。
「日報も書いたし・・・・・・さて、そろそろ帰るかな」
本井名は、簡単に机の上を整理し帰り支度を始める。
右松が半人分以下の仕事しかできないので、本井名は、人の倍以上疲れる。
そこへ野々村が現れ、本井名の席に来た。
「ちょっと残れる?」
マイペースである野々村は、ノルマをこなせていないことが度々あったので、今日もその手伝いかと本井名は、察した。
「あの人と仕事して、こんなに疲れている俺に、残業して手伝えって?」
誰にでも言える言葉ではない。相手が野々村だったから言った本井名の本心。
「ん。ま、まぁ」
そう言われても、本井名の顔がニヤついていたので、そこまで気にしていない野々村。
「しょうがねぇなぁ」
野々村の曖昧な答えにも、本井名は素直に従った。
本井名の隣の席で、野々村の話は聞こえていた右松だったが、
「俺、家遠いんよね!帰るのに1時間もかかるのに残業は出来んよ!」
と、どう考えても一般社会人には通用しないセリフを吐いて定時で帰って行った。
右松が帰り、残業仕事が始まる前に一服した本井名は、野々村の席へ行った。
「で、将志。どの仕事が残っとるん?」
この日は、石中も帰っていたので、野々村の席の隣に座った。
「いや、仕事の話じゃなくて、右松速報を聞きたいんよ」
「ちょ、それって、右松さん残ったらどうするつもりじゃったん?」
「ま、残らないと思っての見切り発車。結果オーライじゃん」
いないと分かっているのだが、念のためにとキョロキョロと確認をする本井名。
「お前、バレたらヤバいで」
そのセリフとは裏腹に、楽しくなってきてしまいニヤけてしまう本井名。
「大丈夫。誰も言わんよ。面倒くさくなるの知っちょるけぇ。で、速報」
「いやぁ、マジで思った」
「ん?」
「将志が、ご愁傷様って言ったじゃん」
「あ、昨日の電話のやつ」
「おう。その通りだった。マジで面倒くさいわぁ~」
「やはり」
読み通りだと頷きニヤリと笑う野々村。
「詳しく聞かんで、ええんか?」
「うん。だいたい分かるし、聞きたくない」
「ま、それもそうだ」
体験していなくても、簡単に想像できるほど右松の行動は単純であり、面白いほどワンパターンである。
欲を出して言えば、右松の行動は予想を裏切らないから、とてもつまらないのである。
第4話 押しちょってくれるぅ~
右松がアルバイトを始め2カ月。
入社して間もない頃から遅刻、欠勤はあり、真面目な社員ではなかったが、疲労のせいなのか、最近は遅刻、欠勤が許されないくらい目立ち始めた。
一斉メールで、寝坊した遅れるからタイムカードを押しといてという文章が送られてくることが当たり前のようになる始末。
メールが配信されてくる時間は7時から7時15分の間に集中している。
家から1時間かかるので、このメールを打った時間に家を出たのなら到底間に合わない。
1度や2度の遅刻なら、この手のメールが来たら、タイムカードを押しといてやるのが人情というものだ。
週で換算すれば2日に1度の遅刻。休みについては3日に1度。
もし社長が知れば、首を切られても仕方ないほどの無様さである。
しかしそうならないのは、暴力で支配している吉平がいるからである。
吉平は、自分が出勤した時間に、そのメールが届いていれば自分のカードと共に右松のカードにも出勤の刻印を押していたのである。
しかし、そんなことが通用するほど世間は甘くないのである。
度々、このような事をされて許すほど、バカな人間はいない。
この手の右松メールには誰もが、見て見ぬふりをしだした。
無論、吉平もそうするよう本井名と野々村が説得した。
この日は、その中でも酷かった。
本井名は、朝のミーティングを終え、昨日から予定していたルートを回る為、いつも使う社用車へと向かった。
そして、乗ろうとドアを開けようとしたとき、思わずドアを開く手が止まった。
運転席で既に右松が煙草を吸って待っているのである。
「おう。おはよ~。タイムカード押しちょってくれた~?」
おどけた口調だったが、声は震え、顔は引きつっている右松。
遅れてゴメンの言葉もない。遅れるのは当たり前といった感じでいる右松。
遅刻した右松が、真面目に出社している本井名より威張っている可笑しな現実。
そんな現実は、くそくらえだ。俺は、絶対タイムカードを押してやるもんかと心に決めた本井名。
しかし、この時は、
「あぁ、吉平とかが押したんじゃないですかね?」
と、曖昧な答えで切り抜けた。
本井名が助手席に座る。
この瞬間、右松ワールドに入ってしまった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
お決まりの深いため息。誉めて欲しい。かまって欲しい。それを病気的に発する右松。
それを知っている本井名は、絶対に言うものかと口に出すことはない。
深いため息をつきアピールしたが、失敗に終わると不機嫌そうに本井名に聞いた。
「で、どうするん?」
10年以上同じ仕事をしている男の言葉とは思えない。
「はぁっ?」
本井名は、イラッとし、ついつい口にしてしまった。
そして、その感情も顔に出ていたため、空気の読めない右松でもヤバいかなと思い、言い訳を始めた。
「いや、昨日休んだけぇ、流れが分からんことなっちょるんよ。今日は、何処行けばいいん?」
お前マジか!何年仕事しとんじゃボケ!1日休んで流れ分からんだと!ふざけんな!
と、本気で言ってやろうと思ったが、そこはグッと堪えた本井名。
「月例の得意先訪問っすよ。毎月10日と25日はそうっすよ!」
本井名は、苛立っていたため、自然と口調は荒くなっていたが、右松は、それを気にしない。
「マジか!今日25日だったかぁ~・・・・・・得意先訪問か~!最悪じゃ、来るんじゃなかった。怠いでよ~」
前日仮病で休んでいた人間が言う言葉なのかと耳を疑う本井名。
あれだけ吉平に仕事について熱く説教していた男が、これだ。
本井名は、一気にやる気を失い、もう何も喋りたくなくなった。
得意先訪問は社長も同行する決まりであり、右松と野々村は社長が来るまで車内で待機していろとの指示どおりに待っている。
右松と本井名の間には、先ほどの会話が原因で、気まずい空気が流れている。
この気まずい空気ぐらいなら、空気の読めない右松でも察することが出来た。
「すまん。遅くなった。行こうか」
5分経たずして社長が、車にやって来た。社長はほとんど野之崎営業所には来ない。
来るのは、得意先訪問の日だけであり、一緒に行動するこの日は、社長直々に仕事ぶりを見てもらえるチャンスの日なのだが、右松のせいで本井名はやる気が出ない。
「どうした?二人とも元気ないな。大丈夫か?」
右松と本井名の顔を交互に見る社長。
「あ、大丈夫っす」
答えたのは、本井名。右松は、ふくれっ面のまま頷くだけだ。
「じゃ、行こう」
そんなこんなで出発。
移動中の車内は、おしゃべりの大好きな社長が終始話しているおかげで、右松も本井名も、うんうんと頷くだけだ。
得意先に訪問した際も、社長のワンマントークであったが、高レベルな話術のお陰で、トラブル無く進んだ。
そして、最後の訪問を終えた時のことだ。
「今日は、此処でいい」
いつもなら営業所まで一緒に帰る社長だったが、この日は近くで会合があるのでと車に乗らなかった。
右松と本井名は、車の前に立ち社長を見送る。
「お迎えは何時に伺いましょうか?」
気の利いた本井名の一言。
何年も社長と得意先訪問をしているのに、右松から、こういった気の利いた言葉が出ることはない。
「あぁ。タクシー拾うからいいよ」
「分かりました。では、お疲れさまでした」
「おう。御苦労さん」
本井名に甘えはしない社長。
しかし、さりげない気遣いが出来る本井名を、社長は大変気に入っていた。
それに対して、能なしというかポンコツというか、文句だけ言って生きているような右松は、社長への気遣いなど屁のカッパなのである。
「本井名!はよ乗れや。急いで帰るけぇ」
右松が急かすのは、定時で仕事をあがりたいからである。
今の時間なら、野之崎営業所へ帰っても、定時でタイムカードを押せる。
そういう計算は、やたらめったら早い右松。
営業所の駐車場に着いたのは、4時半ちょうどだった。
何を血迷ったか、右松は営業所には入らず、自分の車が止めてある駐車場へと歩こうとしている。
本井名は、それに気付いて慌てて止めた。
「ちょ、営業所行かんでいいんすか?」
それだけ言った本井名だったが、タイムカードくらい自分で押して帰れよ!の意味である。
能なしの右松でも、それを理解するくらいの頭はあった。
「押しちょってくれるぅ~」
これまた朝と同じ。
おどけた口調だったが、声は震え、顔は引きつっている。
『何なんだよ、こいつ。マジ最低だな』と本気で本井名が思った瞬間だった。
第5話 隠ぺい工作できないよ
右松が、遅刻、欠勤を繰り返しても退職に追い込まれないのは、吉平がタイムカードを押していたからだけでなく、右松と同期入社の桑畑のお陰もあった。
吉平が、右松メールに反応しなくなってから、遅刻の時には、右松メールの確認と共に、桑畑がタイムカードを変わりに押している。
欠勤の時は、上司に掛け合い、連絡も出来ないほど調子が悪いそうだと報告していたからである。
しかし、それもいつまでも続かない。
桑畑が、車の事故で入院となったのである。
これで、右松メールに反応して、遅刻隠ぺいをしてくれる人間はいなくなったのである。
そして、この日も日課の如く寝坊した右松。
「やべっ!寝過ごした。メールを・・・・・・いや、桑畑が休んじょったら、タイムカード押してくれる奴がおらん・・・・・・よし、休もう」
思考回路が低レベル過ぎる右松。それが、起き抜けからだとこうなってしまう。
なんとも残念なのだが、基本的に仕事に対しては、やる気が無いので仕方ない。
今までは、遅刻しても、桑畑がタイムカードを押してくれていたから、平然と遅れて出社できていたのだが、タイムカードを押してくれる人がいなくなってしまえば、当然、遅刻となる。
この当然のことが、右松は許せない。
馬鹿だから?それとも頓珍漢だから?いや、どちらでもない。
それが右松という男だから、どうしようもない。
「よし!休むぞ!えーーーーと、理由は・・・・・・あ!昨日、歯医者行ったんだった」
休む理由を考え、右松メールを打つ。
この日も、計ったように朝七時に一斉配信した。
「昨日、歯医者で親不知抜いた。血が止まらんけぇ休む」
この日の右松メールの内容だ。
やはりというかなんというか、右松が休むと、話題は右松メールで始まる。
言いだしは、本井名か、吉平だ。
この日は、吉平がニヤニヤし本井名に話しかけた。
「俺も、血が止まらんす。休んでも良かった?てきな・・・・・・」
「なんかいやそれ?」
「あれ?本井名さん。右松メール見てないですか?」
ニヤニヤしながら、本井名に聞く吉平。
普段から、先輩風を吹かして、偉そうにしている右松が、こんな馬鹿以外の何でもないようなメールを平然と送ってくるのが、可笑しかった。
「ちょ、待って」
慌ててスマホを取りだし、右松メールを確認する本井名。
「何?歯を抜いて血が止まらん・・・マジか?どんだけ血が出るん?」
「5リットルからのトリンドル・・・・・・てきな」
「おい、吉平。面白くないで」
冷たい視線を吉平に送る本井名。
その視線を笑いに変えようと、なおも頑張る吉平。
「いや、だから5リットルからのトリンドル・・・トリンドルてきな5リットル」
「もういい。だから、つまらんの!」
笑って貰うまで言うのかと思わせる吉平のしつこさに本井名は、イラっとした。
「いや、別に笑いを取るとかは違うてきな・・・・・・いや、あの、すんません」
謝る吉平に構うことなく話題を戻す本井名。
「そういえば、昨日、歯が痛いって言っとったわ」
本井名の言った通り、昨日の右松は、歯が痛いと言い、1日中、水で歯を冷やしていた。
勿論、仕事どころではないのだが、体調万全でも、右松は本井名に仕事を任せっきりなのは言うまでもない。
「それが、今日休むための伏線ですか?」
「たぶんね。今日のストレートを打ち込むためのジャブって感じか?」
「おお!本井名さん。例えが巧いっすね」
「当たり前よ!5リットルからのトリンドルとは違うんよ!」
「いや、もうそれいいっす」
ボケたつもりが、どスベりして、あげくネタにされてしまうという惨めさを味わった吉平。
それでも、ちょっと照れくさそうで嬉しそうな吉平。
こういう会話が、スキンシップとして大事なのだ。
こういった交流があるから、相方ではない人々とも上手くやっていけるのである。
右松も、それなりにスキンシップを取ろう頑張っているが、空回りなのである。
「ま、吉平。心配するほうが馬鹿。こんなメールが打てるんじゃけ心配いらんわ」
こんな風に、本井名に言われてしまう始末。
右松メールによるスキンシップは失敗しかないといっても過言ではない。
それはそうだ。
休まなければならない体調で、あんなに馬鹿げた文章を打つはずがない。
きっと、煙草を吸いながらカフェ・オ・レを飲み、さらにスマホでゲームをしているんだろうと本井名は予想した。
そして、だいたいその予想通りに右松は過ごしているのは間違いない。
第6話 下痢と吐き気と蕁麻疹
朝七時ちょうど。
またしても、時間を計って配信したんじゃないかと思われても仕方ないタイミングでの右松メール。
「昨日、病院行ったら食中毒って言われて、今日は休む」
この日の右松メールだ。
普通なら心配するのだろうが、二日に一度は似たような内容のメールがくるので、心配どころか、朝からの不必要なメールと嫌がられる右松メール。
すでに迷惑メールの域に達しており、自動で迷惑フォルダーに転送されるように設定している者もいるくらいだ。
まずは昨日のメールの内容から。
「体調不良で休みます」
その二日前。
「下痢と吐き気がひどい。寝れてない。休む」
まだ、メールで報告するなら良い方だ。
というか、そのような連絡をメールで済ませるのも如何なモノかと疑問ではある。
連絡すらなく欠勤することも当たり前になってきた。
「蕁麻疹が出てヤバイ。休む」
そう言った日から、三日連続無断で休んだこともあった。
「紗西さん。マジ、勘弁っすわぁ」
そう言って本井名が紗西の元へ来たのは、朝のミーティング後であった。
右松の度重なる痴態に、本井名はほとほと困り、何度目か分からない交渉に望んでいた。
「うんっ。分かっとるっ!。また言っとくんでっ!」
この言葉通り、紗西は何度も右松に注意してきた。
それでも全く良くならない。それどころか悪化の一方。
「俺も、下痢と吐き気と蕁麻疹が酷くなって、休んでも良いっすか?」
「いやいやいやっ!それをやるのは、右松だけで十分なんでっ!」
「冗談っすよ。まぁ、これだけ続くと嫌になりますよ。組替えとかしないんすか?」
「組替えかぁ。ま、分からんでもないけど、上がねぇ・・・・・・」
紗西も、右松の扱いには困っていたが、自分の独断では、どうしようもないと本井名に説明した。
この職場では、人員の配置換えが簡単にはいかないことは、本井名もよく分かっていた。
「まぁ、ホンマにどっちかにして欲しいっすわ!仕事かバイトか・・・・・・なんでクビにされんのかが不思議っすわ」
本井名がそういうのも無理はない。
既に、右松は三日間連続で出勤すれば良い方という、とんでもない低レベルな社員と化していた。
さらに、出勤しても遅刻していない方が珍しいという、これまた、どうしようもないダメダメ社員に成り下がっているのである。
「明日は、来るんかっ?」
紗西にそう聞かれても、右松とは仕事上のつき合いがあるというだけで、プライベートのつき合いはほとんどない。
だから、右松が明日来るのか来ないのか本井名が知るわけは無いのである。
「いや~、聞かれても、分からんっすわぁ~」
俺に聞いても知らねぇよと紗西に答える本井名。
「そ、そっか。相方だから知ってるかと思ったんでっ!」
「いやぁ、あんまり知りたくもないんすよねぇ」
「どうしたっ?」
「大変なんすよっ。休んだ次の日は当然のように機嫌悪いんで、朝から機嫌をとらんといけんし、無視すれば、余計に機嫌悪くなるし・・・・・・」
「ほうほう」
「休んでもいいっすけど、それなら休み明けくらい普通にして欲しいっす」
「ほんま・・・・・・大変じゃね」
ここぞとばかりに、本井名は紗西に文句をぶつける。
「で、自分のことは棚に上げて、ストレスとかって・・・・・・この前は、あいつ何回殺意を覚えさすんかいや!とか言って、もう笑いしかでんすよ」
「お、おおん・・・はっははは。マジか?」
作り話のような本当の話だったが、本井名の話の巧さに笑ってしまう紗西。
「でも、笑って済ませるのも、そろそろ限界っすわ」
もともと、厳しい表情はほとんど見せない本井名が、強張った顔をしているので、紗西は、改めて本井名に言った。
「マジで、言っておくんでっ!」
紗西に何度言われても治らないから、困っている。
相方ではない紗西だったが、右松とは入社以来の付き合いがあるので、本井名の気持ちも理解できた。
そして翌日、珍しく遅刻をせずに会社に来た右松。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
やはり、いつものため息から。
喫煙室に、いつものメンバーが集まってくる。
「おはよっす」
「おざ~す」
朝の挨拶はするが、誰一人として右松の容態に触れる者はいない。
右松から、俺を心配してくれオーラが全開に出ていても、相手にするのが、面倒くさくてたまらないからである。
逆に、朝から喫煙室に右松がいることに驚く者がいるくらいだ。
この日は、相手にしてもらえるまで、ため息と愚痴をこぼした。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。病み上がり、キツいんよねぇ~。下痢と吐き気と蕁麻疹が止まらんのんじゃけぇ」
誰に言うわけでもない。しかし、誰かには聞こえるよう、はっきりとした口調だ。
口には煙草、手元には500ミリペットボトルのカフェ・オ・レ。
おいおいおい吉平に病み上がりのカフェ・オ・レはありえんと言っておいての行動か?
てめえ!元気じゃねぇか!と突っ込みを入れたくなる始末。
それでも、だれも相手にしない。
喫煙室で相手にされないと、決まったコースへ向かう。
そう。野々村だ。
「おう。野々村。週刊誌持ってきたか?」
昨日まで、下痢と吐き気と蕁麻疹に悩まされ、休んでいた人物とは思えない軽快さで、野々村に向かう。
毎週火曜日は、野々村の読み終えた週刊誌を貰うのが、右松の身勝手な約束になっていた。
「あぁ。明日、明日持ってきます。はい、すんません」
誰だって忘れることはある。しかし、それを許さないのが右松だ。
『俺の週刊誌がない』
そう思った右松。スイッチオン!
貰う立場の者が、自分の立場をわきまえず、野々村に猛攻撃開始。
「ちょ、お前、ふざけんなや。ちゃんと持ってこいや!」
「マジ、明日持ってきますから」
それどころじゃなく、朝ミーティングの前は貴重な睡眠時間の野々村。
眠たくてしょうがない。
ぶっちゃけ右松の相手なんてどうでも良いのだ。
しかし、それを言ってしまうと、右松が手に負えなくなるほど面倒くさいので、話を合わせているだけだ。
「頼むで~!ほんま明日持って来いや~」
しつこい右松の頼みに、眠気に負けている野々村は適当に返事をした。
「あ、はいはい」
「おめぇっ!なめちょんか!」
野々村の返事が悪かった。
右松さらにヒートアップ。もう面倒くささ満載でしかない右松が、ガッと野々村の肩を掴む。
殴るわけではないが、野々村にしてみれば迷惑でしかない。
睡眠を邪魔され、さらに肩を掴まれる。
「絶対っす。明日、絶対に持ってきます」
野々村のキチンとした返事を聞いて、機嫌が直る単純な右松。
「おう。絶対で、絶対に持ってこいよ。ま、分かればええんよ」
そうは言ったが、翌日、右松が仕事に出て来るという保障は九割九分ない。
最終話 右松さん
そして、今日も右松メールが届く
「ストレスの溜まり方が半端ないけぇ休む」
はぁぁぁぁぁ懲りない、どうしようもない。
お前のようなどうしようもない生活をしといて、ストレスが溜まる?
ストレスとは無縁だろ!
誰もが一斉に右松メールに突っ込む。
しかし、好き放題しているから、規則に縛られた職場はストレス以外のなにものでもないのかもしれない。
自分が正解だと思っているから何も変わらない。変えようがない。
おしまい
右松さん
作品中の登場人物、建築物、会社等は、全て架空のモノです。
現在の同名のモノとは一切関係ないことをご了承ください。