その女は胸が異様に魅力的な女だった

抱きしめても濡れている君の体は、すり抜けていくばかりでいくら力を強めても君の感覚は掴めなくて心が擦り切れていく感覚が私を襲う。
砂を噛むようなこういう言葉がぴったりなんだろう。君の目は私の向こう側を見つめていて少し死んでいるようなすでに息をしていないような。私はこちらを見てほしくて瞼にキスをした。私は唾液が人より多いから糸を引く。
糸を引く光景だって君にはどうでもいいらしく、納豆の糸のようにくるくると丸められた。
空中で3、4回くるくる丸められて捨てられた。もう一度抱きしめてみた。君の手は止まったまま。納豆の糸を引いたまま。
君の頭はぐしゃぐしゃだ、私がいつもぐしゃぐしゃにするから乱れている。分け目も前髪もつむじも四方八方に毛が入り乱れている。私は全部の髪一本一本にキスしてしまいたいと思った。髪の毛一本一本にキスしようとすると唾液が多いから糸を引いて唾液が彼の頭皮に垂れる。君は「つめたっ。」と言う。冷たいのが好きな君は笑ってくれた。調子に乗った冷え性の私は足の指を君に引っ付けた。君は「ぞくぞくする」と言って目を閉じた。頬をなめた。下から上に、上から下に。私の舌はマイナス3000度。君は嬉しそうに頬を緩める。かわいい。もっと笑ってほしい。もう一度抱きしめてみるとやはり君の体は私をすり抜けていく。
笑ってくれても君はわたしを抱きしめてはくれない。そんな君を私は必要としている世界がここにあるのか。私は立ち上がった。濡れている君は横たわったまま。
おもむろにパイプ椅子を取り出した。持ち上げた、全然重くない。テレビを壊した。テレビにひびが入った。まだ   だ。
まだまだ壊せる。何度も何度も椅子でテレビを壊す。パイプ椅子がとうとうダメになってしまった。何か代わりのものを、椅子、机、棚、本…なんだっていい。打撃を与えられるものなら何でもいい。テレビを壊せ。わたしは部屋の目についたもの、全部をテレビに向けて投げつけた。テレビの画面が割れた。私は頭をぶつけた。血が出てしまわない程度に。早く壊れてしまえ。君がいる世界ではなくて、君を必要としている私の世界を消すのだ。
涙が出た。まだまだ必要としてしまいそうな自分を感じる。ふと横を見ると君は横たわったまま可笑しそうに笑って「まぁ、いいんじゃない」なんて。その笑顔だけが腹立つ。私は途方に暮れて君の体にまたがって「これで最後にしましょ」と言った。君は私の太ももを撫でて「また来るくせに」と言う。「もう、こない」「もう、いらない」「もう、君を愛してる自分が疲れた」最後に君の頬にキスをして抱きしめた。君が喜ぶ冷たい舌も唾液も、もう、したくない。私は君と抱き合ってキスしたかっただけなんだ。抱きしめる、ではなくて抱き合う。愛する、ではなくて愛し合う。合うがほしい。相対性理論。フィフティーフィフティーを私に下さい。
立ち上がった。君は体を持ち上げて手を振った。私はぺこりと頭を下げて部屋を出た。ポケットにはさっき壊したテレビ画面の破片が入っていて地面に捨てて踏みつけた。「さよなら」たぶん今日はさよならできそうな気がするのだ。新しく歩き出す私にBGMが欲しくてイヤフォンを耳にさしてまっすぐ歩いて帰った。まっすぐ歩けているからきっと私は大丈夫だ。

その女は胸が異様に魅力的な女だった

その女は胸が異様に魅力的な女だった

昔ある女の人の話を聞いて書いた散文。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-10-04

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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