アップルパイから始まった。(2)

アップルパイから始まった。(2)

運命の出会いだと、私は信じていた...

「おいしそうなパン食べてるね」

突然、声をかけられた
口についたパイ生地を、鏡をみながら必死に
取っていた私は、人の近付く気配に気づかなかった。

「え?」

思わず見上げた先にいたのは、スーツを着た
サラリーマン風の男の人だった。
20代後半か、30代近くに見える彼は、グレーのストライプの
スーツで、ノーネクタイスタイル。

薄い唇に通った鼻、目は細い、でも切れ長で
私の好きな韓国人の俳優に少し似ていた。
少し長めの黒髪の髪は、ワックスで遊ばせていて
ノリの軽い口調は遊び人風だった。

私が怪訝な顔をして彼の顔を見ていると
「ね、美味しそう。ちょっとちょうだい(笑)」
と、私と同じように花壇によりかかるようにして隣にきた。
私は、間抜けで、そっけない返事をしてしまう。

「これ、アップルパイです」
(あ、言い方きつかったかな...)

その当時の私は、キャッチと呼ばれる人を知らなかったし
ナンパの上手なかわし方も知らなかった。
そういう私を知ってか、知らずか、男の人に
私はよく話しかけられ、また、私も声をかけられる事に
嫌な気持ちはしていなかった。

でも、いちいち返事をしていると
しつこい人もいたし、何度か怖い思いもした。
...それに、啓次に万が一見られたら、それこそ
大変だ。また何時間も説教される事になる。

私は、彼の方を向く事なくそういうと、アップルパイを袋の中に入れ
携帯を取り出そうとバッグの中に手を突っ込む。

「アップルパイなんだー俺、パンとかいって
なんかバカっぽかったかな(笑)」

つれない態度をとったのに、その人の声は
軽いと言うより明るくて、とても優しい。思わず会話が
続いてしまう

「いきなり話しかけてごめんね。誰かと待ち合わせしてるの?」

「はい、友達と待ち合わせしてて・・」

思わず答えてしまった、啓次と待ち合わせしてるのに・・でも
この人に彼氏持ちだとは思われたくなかった。

「そっかーあ、パン食べてて、可愛い子だなって思って。
ごめんね、ただの話しかけるきっかけがほしかったんだ」

―可愛い―
彼の言った言葉は、私に甘く響いた
きっと、沢山の子に言ってるんだとも思ったけど、でも
嬉しくて、つい話を続けてしまう

「冗談やめて下さい。ここで何してたんですか?」

「俺、会社が渋谷の近くで。これから飲み会なんだ」

彼は、そう言ってくしゃっと笑ってみせた。

「都内なんですねーかっこいいなぁ。」

「いやいや、俺なんて毎日働きまくって、酒なんて
ほとんど飲めないのに夜も付き合わされるんだよね~
しんじゃうよー(笑)」

軽快で、人を引き寄せるよな喋り方をする彼は
とても魅力的に思えた。

楽しかった。
それから啓次が来るギリギリまで
二人で話をしていた。



ブブブッ

携帯が鳴り、いそいで時間を確認する

(やばっ・・結構話してたんだ)

彼と話し始めてから、30分程経っていた
でも、彼と話した時間は10分のようにも5分のようにも
思えた。
驚くくらい話が合った。初めて会ったと
思えないくらいだった

メールを確認する。

『今ついた。どこにいんの?』

啓次からだった
急いで立ち上がり、身だしなみを軽く整える

「友達ついたって?」

私は、啓次に見られるのが怖いという
思いで、かなり焦っていた

「はい、待たせると悪いから行かなきゃ」

「待って、俺の名刺もらって」

彼は、私の腕を引き
スーツの裏ポケットから黒いケースを取り出すと
そこから、一枚の名刺を取り出した
それを、私の手に掴ませると

「メールアドレス書いてあるから、怖かったら
メールからしようよ。待ってるから」

私がしゃべりだす前に、彼は先に行くよ、といって
革靴の底を鳴らしながら、駅の方へと行ってしまった。
名前も聞かれなかった。

手に握らされた名刺を見る。

「なかせ・・かずゆき」

それが彼の名前だった。
中瀬さん。なかせさん。
彼がくれた名刺をにぎり、啓次と会うため
ピンヒールを高く鳴らしながら歩きだした。


つづく

アップルパイから始まった。(2)

アップルパイから始まった。(2)

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更新日
登録日
2013-10-02

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