あん時から今

あん時から今

ネット上でなく、正式に書ける場が、欲しい。空いた時間でタブレットで入力はキツい。手書きの原稿用紙なら1日、50枚か100枚くらい進めるのに……などと弱音を吐いてます。誤字はネットの方が少ないかな。それはメリットかも。

半月後

半月後

 田舎の街は、落ちついている。
ここ二週間の出来事は、はたして現実だったのかどうなのかは今もなんだかおぼろげで、平和に暮らしてきたこの国の当事者たる自分自身も、朝目覚める度に確かな痕跡をいちいちテレビや新聞で確認する事が習慣化してしまった。
 今、午前十時。いつものように寝坊して、階下の両親の様子を伺いに階段を下りる。
「おはよー……」
誰もいない。火曜と金曜はデイサービスだったっけ。共に80を越えた両親の身の回りの世話をするという理由と、半年前に離婚し、さらには定職にもついていない男やもめの私の寂しさと使命感から、四国の北西部の田舎町にひと月前に戻ってきた。
 将来というか、この先どうなるかなんて分かりはしない。とにかく疲れていた。50前で仕事が思うように見つからないのも現実。親の心配も現実。気力が萎えてしまっているのも現実。全ての現実から逃避するのが難しいと感じた瞬間にとった行動が、親の面倒をみるという選択肢だった。
 テレビをつけて新聞を読む。二週間前から変わらないトップニュースとトップ記事。
災害や事故に関しては、なんとなく心構えができていたが、事件というには大きすぎる事件。個人で抱えきれない大事件。でもなんとなく日常が戻り始めてしまった日々。そんなものなんだろうか。


 とりあえず、日本は戦争に突入してしまった。それも日本近海のほんの小さな島から。
 戦火は今のところ、小さな無人島のみ。しかし、悩ましい事に参戦した国家が、国境を接する国同士や同盟国という形でなく、Gナントカっていう国際会議の面々だとかアフリカや中東、アジアに中南米の国、という50カ国以上の国々がある日突然、日本の小さな小さな無人島に集結し、それぞれが宣戦布告して睨み合っている。
 それが二週間前。

あん時がこん時

 田舎暮らし二週間目。
とりあえず、毎日ハローワークに通い続けてみるが、50前の男やもめの職はなかなか見つからないもの。技能といえば、調理師免許くらい。ちょっとしたハウスクリーニングが出来る。でも、ビルの竣工現場で外壁の仕上げで登って、安全帯無視でヒョイヒョイ動き回る仲間と自分のギャップと、何よりかなりの高所恐怖症である事に気づいたことで、高い場所を避け続けている。
 「あなたくらいの年齢になると、少々の我慢というか忍耐は覚悟されないと、なかなか……」
と言われても、高所恐怖症は半分病気みたいなもんでなかなか。
「調理の仕事、何件かありますがどうでしょう」
と個別相談で紹介される仕事は、給与面は時給いくらでも我慢出来るものの時間が短い。ガソリン代使って遊びに行けというのか。
 そんなやり取りを二週間繰り返し、ため息。

 『粘っても、いきなり職が増えるわけでもなし。帰って家の前の海で、釣りでもすっか。』などと、逃げ口上を探しつつ、見逃しがあるやも知れぬと、求人パソコンで検索。
『おや。地域活性化ナントカ求人、か。ちょいと見るだけ。』と、どうやら見落としてしまっていたか、タイトルに興味なく飛ばしてしまった求人のページを開く。
内容は、不景気で求人が少ないため、県だか国だかしらないがナントカ公益法人が、期限付きで仕事を確保してくれるらしい。年齢制限なし。仕事の内容は、ちょっとした移動を伴う。三カ月で更新なし。場合により本人の承諾により更新あり。月給は15万。諸手当あり。と好条件ぽくて、逆に胡散臭い。
 登録制らしく、とりあえずハローワークの待ちの番号札をもらい、偶然ながら先程と同じちょっと慇懃な感じの担当職員に登録してもらって、後日に直接連絡という事で、早々とハローワークを後にした。

 家に帰ったのは昼過ぎ。
両親共にテレビをつけたまま、うたた寝中。
「ただいま。」
小声で、二人を起こさないように注意しながら二階の自室に上がる。少し疲れた。家の前の海で釣りをしようとは、ただの口実で、自分自身も春の午睡が本音。ダルい。海の音を聞きながら、目を閉じる。
夢の中で何か、独り言を呟いている。感情の感覚だけは分かる。呟きの言葉が分からないけど、何か焦燥感を感じる。最後の呟きだけが聞き取れた。というより、気持ちの中に流れ込んできた。
 『これでもいい。』か『これでいい。』と呟いているような。
知らない間に、目は開いていた。つかの間のうたた寝の夢。悪夢ではない。夢全般にある説明不可能なストーリー。悪くない。と思う。午睡の余韻をかき集めるなら、要するに、『これでもいい。』『これでいい。』って事。何に対してだかはわからないけど、悪くない。二つの言葉のニュアンスは、微妙なズレがあるけど、私自身は、『いいんじゃない。』と解釈した。ところで、今、何時。
 最近つけるようになった腕時計は、午後三時を少し過ぎたところで、二時間弱のまどろみか。
二階の部屋の窓を開ける。
乾いた空気は、微かに涼しげで気持ちいい。
『まるで秋だな。』と思いつつ、田舎の三方を山で囲まれた小さな湾を見下ろす。
小さい頃から慣れ親しんだ小さな湾は、湾の北に位置する我が家から見ると、小さな湖にしか見えない。お気に入りの風景。湾というより湖。湾というより入り江、の北からは当然、南の風景を望む。
入り江の向こうは、海から切り立った山。午後三時過ぎの太陽は、山に隠れそう。
「静かだな。」
ぼんやりと、独り言。
「静かすぎないか。」
いつの間にか火を点けたタバコの煙を吐き出しながら、誰に問うわけでもなく問う。
漁師町でかつては賑わった集落は、後継者不足と天候不順でほとんど廃棄。産業と言えるものもなく、若者は都会に流出。といった、どこにでもある地方の集落だが、入り江に動く船はなく、窓から見える道路は近くも向こう岸も車は走っていない。
 不安を感じた。音がない。

一日目

 何か、停止してしまった。
あるわけないけど、確実に何かが止まった。これと似た感覚は、大地震の時。でも、違う。あの時は、大変な事態は少なくとも自分に直結する感覚はなかった。申し訳ない事だが、正直なところ。
今のイライラする空気はなんだろう。

 

階下の老父母の事が、いきなり気になりだした。いきなりというより、遅ればせながら。
人差し指と中指に挟んだタバコを、グズグズになるまで揉み消し、階下の居間に平静そうに下りる。

 居間のドア越しには、いつものように少しイラッとくる音量のテレビの音が聞こえる。ドアを開ける。
息子が入ってきたのを気付かずに老夫婦はテレビを眺めている。
「寝過ごしちゃったよ。」
やっと気づいたようで、二人は面倒そうに顔を私に向けて、またテレビに目を戻した。テレビでは、何やら記者会見の様子。
「あ、そうそうヒロ。戦争が始まったみたいなんやけんど。昼からずっと、どこの局もニュース番組ばっかりなんよ。」
のんびりした調子で、いつものように話しかけてくる母。父はまた、居眠りでコックリコックリ……。
「どこもここも、ニュースばっかりでつまらんけん、眠うて眠うて、テレビ消そう思っとったんよ。」
母も眠そう。
「戦争ゆうて、どこで起こったの。」
テレビが全てニュースになるくらいだから、かなりの近しい国同士である事と推測される。少し緊張の面持ちで母に聞く。戦場が遠ければ、そこそこ安心していられる。隣国ならば、小さなとばっちりというか、流れ玉が飛んでくる可能性もなきにしもあらず。遠隔でミサイルを飛ばす時代、というのも皮肉なものだ。
「それがね、日本のナントカって無人島を、なんやら五カ国くらいの国が囲んで、宣戦布告したらしいんよ。」
「ふーん……。」
テレビで、見覚えのある顔の官房長官が緊急会見をききながら、なんとなく母の説明を聞いていた私は、あまり聞いていなかった。
「エッ、? 今、なんてった? 戦争……? 日本が? どして? 」
「だから、日本がナントカいう国と戦争になったんよ。ナントカいう島がどうなっとるかは分からんけど、よう分からんけど宣戦布告されたら戦争なるんよ。テレビで言っとったけん。ずっと同じ事、テレビで言っとるけん、ヒロも見とったら分かる。あたしは、テレビつまらんけん寝る。」
母の言葉を最後まで聞いてられなかった。途中からは、官房長官の繰り返しの会見録画と、画面のテロップを追いかけて、事の経緯についてを考え続けていた。

 ずっと、テレビの報道の繰り返しを見ていた。気づいたら三時間もテレビの同じ事の繰り返しを見続けた。安易に説明できない内容なのだろう。かいつまんでみると、
『日本は五カ国からほぼ同時に、宣戦布告された。午後一時。』
『日本の領海内の無人島を領海侵犯の船が数十隻包囲。午後一時五分。』
宣戦布告の後につき、領海侵犯でなく、戦闘行為のような気もするが、さておき、
『近場の海上自衛隊艦船が出動。午後一時八分。』
『官房長官の会見。午後一時二十分。同時に、偵察機からの島周辺の映像公開。』
それ以降、全く新しい情報はなく、偵察機の映像と、官房長官の会見をずっと録画でテレビ各局は流し続けた。

 「本日午後一時、我が国はA~Eの各国から宣戦布告の知らせを受け、戦争状態にあります。宣戦布告より約五分後の午後一時五分、我が国領国領海内侵犯の以上五カ国艦船を確認しました。偵察機からの映像を公開いたします。重ねて申し上げます。我が国は現在、戦争状態にあります。…………。」
と、想定内の会見が行われ、最後に、
「国民の皆様、今後、戦局に何らかの変化進展があり次第、政府は速やかに情報をお伝えいたします。どうか落ち着いて行動して下さい。……。……。本日午後九時より、首相の会見がございます。どうか落ち着いてパニックにならないようお願い申し上げます。」
戦局の変化はないのか、ずっと同じ調子で、気づくと午後七時。お腹も空いた。

 「ねえ。インスタントラーメンでも食べる? 」
今度は寝疲れたのか、老夫婦に声を掛けたが返事は曖昧で不満そうだった。
国家の一大事なのだろうが、実感が湧かない。年寄りは、国家よりも夕食のほうが一大事らしく、ため息混じりに私の夕飯作りを恨めしそうに眺める。自分だって、多分、国家の一大事なのだろう開戦当日に、何をすればいいのか、全く分からない。
首相の九時の会見で、何か新しい情報があればと思いつつ、沸騰した鍋に麺を投入していた。

 
午後八時を回った。
両親は、国家の行く末を嘆いて落胆したのか、テレビの番組がつまらないためか、夕飯に落胆したためか、とにかく布団に入ってしまった。
ひとり思う。戦争が始まってしまったのになぜ、両親とも平気なのか。戦局? は膠着状態らしいが、なぜ敵国は攻めてこないのか。やはり、長距離ミサイルとかで攻撃されてしまうんじゃないか。宣戦布告されて日本の領土に侵攻されているとはいえ、戦争には何らかのルールがあって、どちらかの攻撃がないと本格的な戦闘ができないのかもとか。
戦争でミサイル攻撃するのは、大都市は道義上、世界の猛反発がありはしないか。ならば、うちのような田舎の集落とかに飛んでくるほうが、見せしめ的にアリなんじゃないとか。
 情報が極端に少ないこの状況で、妄想は弾けそうになる。『そうだ、恵実に連絡しよう。』
「もしもし、俺だけど、元気にしてる? 大丈夫? 戦争が……。」
「ごめん。今、忙しいの。洗濯物たたんで風呂に入らないと……。また後ね。」
えっ……戦争突入初日のきょう、さぞかし心細いと思い電話した元妻は、洗濯物が忙しいってか。どうも思わないのか。混乱しないのか。老夫婦といい元妻といい、どうなってんだ。持ってきようもない苛立ちをどうしてくれる。
いつの間にか、午後九時寸前になっている。首相の会見の時間だ。

 首相の会見は、想定内の事。想像出来なかった事。ないまぜだった。

 「日本国民の皆様……。」
型通りの挨拶から始まって、まずは今までの経緯が新情報と補足説明から語られた。
宣戦布告は疑うべくもなく、事実である事。敵国五カ国は、同盟軍でなく個別で日本に侵攻した。驚くべき事に、午後八時、新たに二十七カ国の国と地域が日本に宣戦布告した。新参加国には、なんと、最も親密な関係のはずの大国が含まれている事。
会見の途中で、きょう最も馴染みの小柄で痩せた黒縁メガネの官房長官が、首相に新たな原稿を渡し、何か耳元で囁いた。
  「えぇ……新たな情報ですが……。」
午後九時。首相会見の始まった時刻だ。さらに二十二カ国の国々が日本に宣戦布告。
もうダメだ。とかのレベルでなく多分、夢だ。あるわけない。きょうの昼寝が続いていて、非現実的な夢の中から脱出しようと、もがき続けているに決まってる。
なんて、必死に逃げ場を探すのだが、会見の内容はますます熱気を帯びた内容になる。
首相の言葉は、戦争から世界大戦に変わり、大戦の有事の日本は、国家総決起法を既に臨時召集の国会で決議した事を語った。首相が、会見に姿を現すのが遅すぎたのは、このためか。
国家総決起法の内容。自衛の総司令は内閣総理大臣とし、あらゆる手続きを抜きにして、各部隊は行動すべしとある。戦火の拡大時までは、国民各々は平時と変わらず行動すべし。報道管制は、首相の会見以降は解かれるが、日本国民として恥ずべき編成は慎む事。有事の報道を予告なく国家が優先する事を可とする。
といった、戦時下ならアリだろうなという内容を、首相は長々と語った。
ただ、経済活動は自由だし、教育のカリキュラムについても別段平時のままらしい。輸出も輸入も制限は設けない。ただ、一国家対ほぼ世界中という、情けない状況で他国は経済封鎖するのは子供だって分かりそうなもんだろうから、覚悟が必要なのは間違いない。
国家総決起法には、そんな事を踏まえて食料自給についても触れていて、現在休耕休眠中の農地、森林は全て国が借り上げ明日から、可能な希望者を募り食料生産を実施する。
 まだまだあるが、とにかく国民一丸となって戦ってくれという事で。

 私は、不覚にも途中で激しい頭痛に襲われてしまった。
当日の記憶は、途切れた。

二日目、三日目

 居間で起きた。頭痛がして、そのまま眠ったようだ。時間は、午前四時。頭が、ぼんやりする。また、目を、閉じる……。
 郵便受けの重い音で目が覚めた。
テレビは天気予報中。テロップが流れてるけど、目が霞むし背中は痛むし、で背伸びをしながら玄関を開けて郵便受けの分厚い新聞を取り出す。下のほうには、ひしゃげた新聞。
『あぁ……、号外だ。昼からきのうは、一歩も外にでてないもんね。』なるべく、紙面に目を落とさないように、慎重に居間に戻る。

 「あぁ……。やっぱりきのうの記憶はホントか。」
号外の見出しは、『戦争』。きょうの見出しはでかでかと『世界大戦勃発』。
どちらにせよ、なんで日本が仕掛けられるのか。なんで同盟国まで宣戦布告する。一国相手になぜ全員が敵国なのか。人生とは理不尽なものらしい。国家も理不尽だし、戦争も理不尽。何が何でも理不尽。なんやかや理不尽。全然わからん。
 テレビは、通常の番組編成に戻っているようだ。不気味なテロップが画面の下をコミカルに小走りする意外は。
 新聞によると、首都圏では、買い占めパニックでスーパーやコンビニで将棋倒しの怪我人が出たとか、早々と疎開が始まってるだとか、水と保存食品はどこにもないだとかある。
銀行の預金も早々と下ろしに殺到らしい。まあ、食料と金さえあればって事か。疎開の人々は、国内ならどこが安全と思って移動するのだろう。ひとまず、東の人は西、南の人は北という具合いに動いているのだろうか。
ゴールデンウィークや盆暮れ正月の、レジャーや帰省ラッシュみたいな印象。

 経済活動は、特に変わらず動き続けているようだ。仕事を続けなきゃ食ってけないし、他にする事もなし、怯えて暮らすより気も晴れる。
さあ、私は何をすればいいのだろう。
 新聞の記事を隈無く読んだ。政府からは、数ページに及ぶ緊急可決した法案の説明が長々と載せられている。よくもここまで! と驚くばかりの法案が、ほぼ全会一致で決定され、今までにないくらいのスピードで施行される。政治とは、過酷な状況下では目覚めるものなのか。
 敵国は、今のところ無人島に集結しているだけで、日本の艦船の包囲は完了している。それぞれの兵器は、信じられないくらいの射程距離があるわけで、今更なにかするなんてしようがない。北海道から沖縄まで、どこに暮らそうと関係なし。それに、対日本の世界大戦。腹をくくるしかないだろう。
私も全国民も、日常生活を送る事が、当面の使命なんだろう。
 新聞を読みながら物思いにふけっていたら、もう時間は午前七時を過ぎて、老夫婦はいつの間にかテレビをつまらなそうに眺めていた。
「パンとサラダに、コーヒーでいいかな。」
腹が減っては戦も出来ぬ。戦争中だけど。

 「どうだろ? 戦争中だけど、デイサービスやってるのかな。」食器を片付けながら、親父に尋ねる。
「……。」
いつも無口な親父は、特に返事はない。耳も遠いし、テレビの音量も相変わらずイラつくくらい大きい。
持病をいくつも抱える両親の通院は、出来るのだろうか。電話は、異常なく通話出来る。インターネットも、試してみたけどいつもと同じに使える。
重大な事が起きているけど、何も始まっていない。
政府も、通常通りの生活を心がけるようにと指示するし、役所とかは今こそ! という自体だろうから忙しくなるのかな。などと思いを巡らす。
 テレビは、戦地の最新中継中。
無人島(牛耳島)の周囲は、びっしりと敵国艦船が取り囲んでいる。それを同心円で五キロを取り囲むのは、日本の艦隊らしい。
「ギュウジジマでは、睨み合いが続いています。日本艦隊も敵国の出方を窺っているのか 、規則的に艦隊運動するものの、特段変化は見られません……。」
無人島は、牛耳島というらしい。昨日、何度も聞いていたはずなのに全然、覚えていなかった。生中継の各局は、どこも変わらない内容。安全を保証できない中継だが、ジャーナリスト魂が駆り立てるのだろう。腹をくくってるのか、自分だけは大丈夫と勘違いしているのか。
 「そうだ、ハローワークに行ってみよう。」
とにかく、仕事があるならやろう。それが何か、誰かの役に立つならもっといい。実感ないけど、国のためってのも、こそばゆいけど、悪くない。
上着を掴んで車のキーを手に、家を出た。

 途中のコンビニに立ち寄る。
缶詰めにレトルト、ミネラルウォーターだけでなく、飲み物は全て消滅していた。保存の効く物は買い占められてしまった。それが悪いという訳ではない。なるほど。と、頬の無精髭をなでながら、こんな田舎でもちゃっかりしてる人は行動が早い。なぜか、きのうのうちに何らかの買い占めをしなかった自分も、大したもんだ。
多分そんな大した人たちが、店内にはチラホラいるだけだった。きょうのところは、片田舎のコンビニではパニックは起きていない。
店の外の日差しは穏やかな陽気で、絵に描いたような春そのもの。道路は、そういえばスムーズに流れていたし、戦時下日本。が嘘のよう。そこに、コンビニのトラックがバックで入ってきた。
降ろす荷なんてあんのか、と思いながら、ノンビリ眺めてみる。結構コンテナは台車に高く積まれる。元気にいつものように、若者はコンテナを店内に運び入れる。店員もいつものように伝票にサイン。
検品しながら、冷蔵の棚に並べ始めた店員を、遠巻きに観察。弁当、サンドイッチ、牛乳、豆腐……。アレレ、いつもと同じ。
 喜ぶべき事なのだが、いつもと変わらないって事に、かなり拍子抜けしてしまった。
想像していたのは、搬入のトラックを取り囲むように、目を充血させた輩が取り囲んで、俺が先私が先ともみくちゃな地獄絵図。しかし店にいるのは、まばら。なにはともあれ、家の冷蔵庫に牛乳がないのを思い出し、1リットルの牛乳を二つ取り、レジに立つ。
「あ、それとラークを二つ。」
「ありがとうございました。」
いつものように、背中に店員の声を受けながら、店を出る。

 「ようヒロ。ヒロじゃない? 」
今、入ってきた白のセダンから出てきた男女二人の男が、声を掛けてきた。なるべく、田舎の同年代と顔を合わさないように過ごしてきた私は、少し間が空いたけど思い出した。
「あぁ、浅野。」
必死に、続ける話題をさがすが相手の名前以外、言葉にならなかった。二十年以上田舎を避けてきた自分が困る前に、変わらず口の多い高校の同クラスの浅野は、
「何してた。こんな時間。」
人が何しようと勝手だろうと思いながら、
「牛乳とタバコ買ったとこ。」
と素っ気なく答える。ついでに、店の中がスカスカな事を当たり障りなく教えてやる。
「きのうは、がいな事になっとったで。」久しぶりに聞く方言のガイナ。凄いとかいっぱいとか、忘れてしまってた言葉の意味。ともかく、浅野は昨日の夜八時頃に同じコンビニに渋滞の中辿り着き、店内に入ったものの既に何もなく、悔しいのと馬鹿らしいのとで、目の前にあった缶切りと爪切りを買って帰ったらしい。なぜ、缶切り爪切りとなのか聞くと、
「集団心理ってヤツなろうな。一応、目的の物を買いに行ったら、人ごみでパニックやろ。目的の物がなければ帰ればいいのに、なんか引き返せん。その代替品を買うまではな。俺の場合が、たまたま缶切りと爪切りだったっちゅう事。ホントにアホやろ。」
「でもな、帰る前にコンビニの配送のトラックが、入って来るのを見た瞬間、分かった。物は、まだまだ物流してる。書い飽きたら、早いうちにパニックは収まる。今、わんさかやってる連中はアホやなってな。」
「今、そんなお前もアホの一員だろって顔しとったやろ。そう。俺も立派はアホ会員でーす。」
一気にまくし立てる浅野に疲れて、とりあえず電話番号とメールアドレスを交換して別れた。

 『集団心理かぁ……。』そんなもんだろうな。本当に、非常時に何が必要かなんて、わからないな。結局、自分だって一つでいい牛乳を二つ買ってるわけだし。
助手席の買い物袋を見ながら、
『まあ、タバコは正解かな』と思いながら、思いのほかスムーズな道路をハローワークに向かった。それより、浅野の隣の女性、確か同級生でいた誰かのような、思い出せない。

 その頃、浅野も車を走らせながら女と話している。
「ヒロ、俺の事は思い出せたみたいだけど、おまえの事は、思い出せなかったみたいだな。ざんねぇん。」「浅野くんが、凄い勢いでまくし立てるから、思い出せなかったのよ。紹介くらいすればいいじゃない。」
「悪い悪い。計画通りに話すので精一杯の俺が悪うございました。それなら計画に支障はないんだから、お前が自己紹介すればよかったんじゃない? な、ヒットン。」

 『ヒットン。ひっとんだ。松本瞳。同級生同クラスの松本瞳だ。』こっちは思い出せてないけど、浅野が声を掛けてるんだから、自己紹介してくれたらよかったのに。それとも、二人は何かワケありの関係で、知られたくなかったのか。五十を前にした同級生に何があろうと知ったこっちゃない。それも、私に声を掛けてきたのは向こうじゃないか。それより、二人が何か訳ありな雰囲気には見えなかったし、訳ありな二人が出歩く時間でも場所でもない。という事は、ただ単に仲の良い同級生が、何らかの用事で車に同乗して出掛けただけ。という事。気がかりなのは、まくし立てる浅野を心配そうにチラ見する、瞳の仕草を私はざわざわと気に掛けた。
 瞳に気づかなかった訳を探した。
生活に疲れている雰囲気がない。二十年も三十年も会ってないので、メークで綺麗になった。メークは薄めなので、厚化粧で誤魔化すとかでなく、うまく魅力を引き出せているのだろう。同い年だから、シワもある。お互い様だ。私なんて、三十年の間に本当に一キロずつ太り続けた。瞳は、高校生の頃はポッチャリ目で胸の大きい子だった。悲しい性で、人柄や成績や顔よりも、本人の最大の魅力(失礼極まりない)の胸ばかりチラチラ盗み見る私だった。
とにかく、同年代の女性の中ではかなりセンスのいい、綺麗な大人の女の瞳に気づかなかったのは、少し損した気分だった。

 結局、その日もその次の日も、求人に目ぼしいものはなく、私にとっての日常は(いつも通り)過ぎ去っている。
 帰ってテレビをつけたが、戦局に変化はなし。敵国について気付いた事。敵国は不思議な事に、戦闘機なり爆撃機をとばしていない。いざ事が起これば日本に勝ち目がないからなのか……分からない。

四日目、五日目、六日目

 ヒロくんは今頃、わたしの事、気付いてるかな。同じクラスだったし、浅野くんも一緒だったわけだし。
わたしから近づいたのは、不自然じゃなかったかな。一晩たてば、わたしには気付いているだろうけど、計画の不備や不自然さに気付かれなかったかは心配。報告書を作成して、送信したのはほぼ明け方。なんだか眠るタイミングを逃してしまった。
計画は始まったばかりなのに、相手が古い同級生というだけで気乗りしない。気乗りしないとかで断れる立場でもないし、任務は任務だから遂行する以外ない。ノーはない。仕事とはいえ、なぜこんなオバサンが任務に選ばれなければならないのか。体力は、日々の鍛錬でなんとかなる。でも立場上は実働部隊から引退しているわたしが、なぜ。
ずっと、任務に選抜された時からの疑問が繰り返される。終わりを見届けるまでやるしかない。
 瞳はシャワーに立った。

 目の下、ひどい隈。
一人、呟きながらまた、思いを巡らす。
身体だって、いくら鍛えてみても年相応に胸は垂れお尻の肉も落ちた。仕事柄、ごく普通である事を求められるので実際の筋力はあるものの、鍛え過ぎて身体のラインに出てはいけない。
でも瞳は思う。
オバサンなのは間違いない。身体を作り上げる事は難しくはないが、胸を流れ落ちる水滴はまさに流れ落ちて行く。少なくとも十年前の身体だったら、身体に触れた水滴は自ら空中に身を投げて落ちた。さらに十年前なら、身体に触れるか触れないかくらいで水滴は、自ら弾けた。
そんな年相応の身体が嫌いな訳ではなく、年月とは誰にでも平等なことを再確認してしまう。だから……。


 三日続けて、浅野たちに会ったコンビニに寄ってハローワークに通っている。無意識にと言いたいところだが、瞳を探している。浅野の番号は知っているのだから、うまい事理由をつけて瞳に会う、事も考えた。うまい理由が見つからない。なぜ会いたいのか分からない。こんな年で好きだとか、愛してるとか、一度寝てみたいとかでなく、瞳の何か思い詰めた眼差しが気になる。
それはただの妄想だろう。と思う事にしようとすればするほど、やっぱり何かある眼差しに思えてくる。
 『きょうも、会えずか……。』
都合よく会える可能性なんて、ほとんどゼロな事は分かっているけど、気になりだしたら止まらない。

 ハローワークの自動ドアをうつ向きかげんに入る。ため息をつきながら、検索パソコンを目指す。が誰かに肩を叩かれたような……。振り向く。
そこには、瞳がいた。何か話そうと口をパクパクするのだが、何も出ない。
「やだもう。人違いでしたって言えばいいの。それとも、わたしの事、全然覚えてないわけ。」
私はまだパクパク中。
「この前、浅野くんばっか話して挨拶もなしで別れたから話せる機会をずっと待ってたけど、コンビニにヒロくん現れないし、浅野のヤツに番号聞いて電話するのも何か変で困ってたら、きのう偶然ココでヒロくん見つけて。で、朝いちから刑事みたいに張ってたわけよ。」
やっと、呼吸困難から脱出して、
「なんでココにいるの。」
「決まってるわよ。職探し。だってココ、ハローワークでしょ。」
事の経緯は、浅野たちと再会した私は、その場では瞳に気づかなかった。瞳と浅野は当然私に気付いていたのだが、瞳の失業中という事情を知る浅野は、隣の瞳に気をつかって自己紹介を忘れてそのままコンビニで分かれたという事。
根っからのひょうきんな優しい浅野のヤツの気遣いが、困った私の妄想を駆り立ててしまった。
「そっか……。なんか思い詰めてるような顔してたから、心配してた。お互い大変やね。」
また少し、瞳に陰がさす。けど、職探しの辛さを思う故と勝手に解釈した。言葉使いも高校生の頃、互いに意識した者でないけど、若やぐ。

 場所を近くの喫茶店に移して、お互いの近況を話し込む。いい感じの喫茶店。もう何年も、個人の喫茶店が壊滅してしまっていたが、最近になって個人の寛げるサテンが復活しているようだ。
窓辺にカウンター席。ゆったり長居が出来そうな四人テーブル席二つ。マスターと向かい合わせのカウンター席。申し分ない。
 瞳はずっと、東京で暮らしていたそうだ。結婚もなし。それに対して不平も不満も不安も感じずにやってきたし、これからも、一人でやって行く決意らしい。私も、二十年近く東京で家庭を持って暮らしていた話をすると、
「俺たち、どこかでニアミスしてたかもな。」
なんて、もしかの話題でケラケラ笑った。
「ねえ、知ってるかな。浅野くんバツ2で子供五人。で、結婚は三回目で、五人目の子供は生まれて三ヶ月だって。凄いよね。でも、浅野ならありかな、なんて祝福できちゃう。そう思わない。」
相づちを打ちながら、浅野の飄々として変わらない姿を思い浮かべる。
「結婚は無理だけど、子供が欲しい時は奉仕します。だって。」
涙が止まらない。大した話じゃないと思うんだけど、テンションが高校の頃に戻ったみたいで、おかしくなってる。

 「ところでヒロくん。仕事探し、これっての見つかったの。」
曖昧にはぐらかす。
「ハローワークの求人で、国が出してた国家総決起法求人とかいうの、首相がここ何日か、会見で説明してるのなんて男の人なら、森林開墾事業とかあったよね。」
確かに、キツいかも知れないが、悪くない内容。何度か窓口に問い合わせてみようと思ったのだが、なんとなく気乗りがしない。テレビコマーシャルでも、
『国のためより、未来の子供のために……』
なんてキャッチコピーで、有名な俳優が山を拓いて耕している。未来の子供って、結局、国のためなんだから、国のためそのままでいいと思う。でもまあ、アタリが柔らかいから、子供のために、でもいいとは思うのだが。
「考えてるよ。アレ悪くないと思う。戦場に行くわけでもないしね。」
「わたしが男だったら、行くかも。」
「アレ、男女問わないみたいだよ。ちゃんと説明読むべし! 」
「えっ、そうなの。テレビが、男々してたから男の仕事って勝手に思い込んでたみたい。よし、わたしも未来の子供のために、やってやるぞーっ。」
ホントに元気な、同年代のオバサンを全く感じさせない女(ヒト)だなと感心する。
 「わたし、戦場だっていくわよ。おばちゃんになると、なんだか怖いものなしになるみたい。人は死ぬ時は、交通事故だって自然災害だって病気だって、死ぬ時は死ぬよ。豆腐のカドで頭ぶつけても、死ぬ時は死ぬよ。」
そんなわけないだろうと、ツッコミを入れたくなったが、豆腐以外なら確かに言える。
「ヒロくん、最近書いてるの。ヒロくんがノートに書いてくる小説、回し読みするの皆、楽しみにしてたのよ。クラス全員の名前入れたりして、みんな、ゲラゲラ笑ってたよね。」
「あの頃から、受験でピリピリしてたわたしたちのクラスって、妙に団結できたの覚えてる? 」
アホ小説ばっか書いて、高三の時期を過ごした私は、それのせいではないけれど、受けた大学すべて落ちた。
親が浪人を許してくれたので、広島の予備校に通ってなんとか大学に受かったものの、高校時代の仲間とは連絡を取り合う事もしなくなった。暗い記憶というよりも、灰色の靄のかかった時代。恥ずかしい気持ちがあったわけでなく、誰とも関係を持ちたくなかった。忘れていた。確かに俺は、小説の真似事をして過ごした時期があった。
それ以来、全く書くのを辞めたわけでなく、大学時代も公募小説にしばらく投稿した時期もあった。でも結果は、佳作止まりで、何かが足りない。多分、重ねてきた人生の厚みみたいなものが足りないと、うすうす気付いてからは、物書きの希望はいつしか萎んでしまった。瞳は、何を言いたいのだろう。
 「だからね、ヒロくんはもうそろそろ書いていい時期だと思うのよね。……。」
熱く語り続ける瞳の言葉を、うっすらと聞き流しながら、いたずら書きみたいなものの中に今と似た時代があったような、と思い出そうとしていた。

 瞳とは、あれやこれや二時間弱話し込んで、番号とアドレスを交換し、それぞれの車で分かれた。
車のエンジンをかけてしばらく、高校時代の書き物で何か忘れている物語を、思い出せずにいた。
「あの頃のアホ小説にこだわっても、しょうもないな。必要なら思い出すだろ。発進。」苦笑しながら、
黄色く霞んだ夕焼けの中を車を走らせた。

あん時から今

『完』です。あんときから今。の続きを、お読み下さい。あと、どこか、新規投稿先様、募集中。

あん時から今

日常の狭間にゼロ%でもなく起こり得る事。浅い内容なのでネタばらしはこれ以上できない。

  • 小説
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-10-02

Copyrighted
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  1. 半月後
  2. あん時がこん時
  3. 一日目
  4. 二日目、三日目
  5. 四日目、五日目、六日目