the Horror Show
この物語はフィクションです。
1:座っている人
ある日。
買い物帰りに人通りの少ない道を歩いていると、赤いポロシャツを着た人が、こちらに背を向けて喫茶店のテラス席に座っているのが見えた。靴でも見ているのか、その人は首を下にさげていた。なので男性か女性かはわからない。
服が赤いためなのか、どうもその人のことが気になった。それで、何となくぼーっと見ながら、その人の横を通り過ぎてゆく。
どんな人だろう。ぱっと後ろを振り返る。
……見なければ良かった。
数秒その人に目が釘付けになったが、無理矢理足を動かしてその場から離れた。
振り向き様に見たその人には、頭が無かった。
2:足
電車で席に座って本を読んでいる。昨日買ったばかりの小説だ。
へぇ、やっぱり面白いなぁ。本に熱中する。
電車に乗ってから大体2、3駅過ぎたあたりだろうか。
乗客の1人が前に立った。本を持つ手の隙間から、色白の足首とピンク色のハイヒールが見える。多分女性だ。
相手は目の前にたったまま、そこから動こうとしない。はっきり言って邪魔だ。他にも席があるだろうに。
無視して本を読み続ける。すると上から、
「うぅ」
という女性のうめき声が聞こえた。
病人か。心が痛む。だが、何故だかそこをどく気にはならない。くだらないプライドがそうさせているのだ。
結局、目的地に着くまで、女性は前から去ろうとしなかった。
本をしまい、女性に声をかける。
「どうぞ」
見上げたが、女性の顔は無い。
だが確実に、足だけはまだ目の前に立っていた。
3:夏休み
暑い。
何もやる気が起こらない。
朝からずーっと、家でゴロゴロしている。
夏休みになると、隣の学校でプールが始まる。笛の音、水を掻く音、子供のはしゃぐ声。そういったものが、今日はより一層耳障りに感じた。
『ぴっ』
また笛だ。しかも高音で良く通る。
せっかくウトウトしていたのに眠気が晴れてしまった。
窓を閉めているにも関わらず、音は耳元で聞こえるような感じがする。
駄目だ、もう我慢出来ない。普段なら絶対にこんなことはしないのだが、許して欲しい、熱は人の思考を狂わせるのだ。
頭をポリポリ掻きながら起き上がると、窓をガラッと開け、こう叫んだ。
「うるさい!」
返事は返って来ない。
隣は廃校だった。
4:温泉
友人数名と温泉にやって来た。
午前中、そして昼は人が多いだろうから、夜になってから浴場へ向かった。狙い通り人は少ない。自分達だけなのではないか?
身体を洗ってから、早速露天風呂へ。洗ったばかりだから風が冷たく感じる。
温泉につかると、身体は段々暖まっていった。
効能というのは本当にあるのだろう、ここに来るまでに溜まった疲労がすっと取れてしまった。
気持ちがいい。しばらくここから離れたくない。
「気持ちいいねぇ」
と、先に来ていた客が声をかけてきた。はげ頭の、優しそうな顔のおじ様だ。
「気持ちいいねぇ」
「そうですねぇ」
人見知りで、普段はあまり他人と話せないのだが、風呂場では緊張もほぐれ、初対面の人とも気軽に話すことが出来る。これも効能に加えても良かろう。
ちなみにここは女湯である。
5:テレビ
友人が来たので、酒を飲みながらテレビを観ることに。
番組改編期ということもあり、バラエティ番組のスペシャルをやっていた。
「はははは、面白いね」
友人に聞くと、
「え? 何が」
と聞いてきた。何が面白いって、目の前のテレビで放送されている番組以外無いだろうに。
友人に言うと、彼は
「ああ」
と言うだけ。
更に30分程過ぎた後、
「はははは、超ウケる! ね」
「うん? あ、ああ、そうだね」
あまりにおどおどしているので、何か隠し事があるのではないかと思い、問いつめてみることにした。隠し事が無いにしても、せっかく来てくれてもこの反応では……。
「何かあんの? ずーっと変な態度で」
「ご、ごめん。だって」
「だって、何?」
「気になっちゃってさ、テレビの上の頭」
急に酔いが醒めた。
この後、場所を変えて飲み直すことにした。
6:電話
珍しく、実家の母から電話がかかってきた。
「何?」
『ちゃんとやってるかなぁ、と思って』
「やってるよ」
『そう、なら良いけど』
昨日は友達とケンカしたばかりでイライラしていた。そのため、母の今のひと言が癪に障った。
「何? その言い方」
『何怒ってるの? こっちは心配して電話してるのに。それにねぇ、友達を連れて来るのも良いけど、そのマンション防音じゃないんでしょう? お隣さんの迷惑にならないようにね。良い?』
「わかったよ、今度連れて来る時は気をつけるから」
『今度じゃ遅いの! 今すぐ気をつけなさい! 夜なのにそんなにワーワーはしゃいで、今何やってるの? もう大人なんだから……まぁ良いわ。本当に、気をつけてね』
電話は切れた。
ムカムカしていたが、後になって漸く気づいた。
今、この部屋には自分しか居ない。
7:エレベーター
仕事が長引いて、マンションに帰ってきたのは深夜の1時だった。
うちのエレベーターは、1階にモニターが取り付けられていて、それで中の様子を確認することが出来る。
ボタンを押して待っていると、モニターに、1人の客が乗ってくる様子が映し出された。20代の女性で、髪が長く、薄い色のワンピースを着ている。
その後再び動き出したのだが、すぐにまた扉が開き、別の人物が乗り込んできた。今度はジャンパーを着た40代の男性だ。
少ししてまた止まり、今度は一気に3人も乗ってきた。全員20歳前後で、髪も派手に染めている。
そのすぐ下の階でまた扉が開いた。思わず目の前の扉を蹴りたくなってくる。
次もまた複数の客が乗り込んだ。カップルとおじいさんだ。これで中の客は全部で8人。エレベーターはそんなに大きくないし、自分が乗れるかどうかわからない。
そんなこんなで約5分程待ち、やっと機体が到着した。
ため息をつき、中に乗り込もうとして絶句した。
中に、誰も居ない。
いや、そんな筈は無い。確かにモニターで確認していたのに……。
エレベーターには、誰も乗っていない。
だが間違いなく、モニターには「おいで、おいで」と手招きしている8人の男女が映し出されているのだ。
8:公園
ある日、公園に来た時のこと。
少しの間目を離している隙に、娘が何処かへ行ってしまった。
公園は広い。探すのも一苦労だ。
2、3分程園内を走り回っていると、ブランコの側でうずくまっている娘を発見した。名前を呼びながら駆け寄った。
怪我はなさそうだ。誰かに虐められていたわけでもないらしい。満面の笑みを浮かべている。
「何やってるの、こんな所で?」
「遊んでるの」
「遊んでる?」
「うん、ここにいるでしょう?」
何を言っているのだろう? 周りには誰も居ない。
「みんなと鬼ごっこやったり、かけっこしたりしたの!」
「みんなって、何処に居るの?」
「え? 見えないの?」
それでようやく、娘が何を言っているのかわかった。
そう言えば数ヶ月前、ここで幼稚園のバスが事故を起こして、数人の子供が亡くなったというニュースをやっていたっけ。
手を合わせなくちゃ。
「今は、みんなと何やってたの? かくれんぼ?」
「ううん、かもめかもめ〜!」
背筋に悪寒が走って、辺りを見回した。
青白い肌の子供達に、周りを囲まれていた。
9:鏡
洗面所の鏡は棚に取り付けられている。棚を開けている時は鏡は見えない。
夜、顔を洗いながらぼーっと考える。
こういうとき、棚の戸を閉じたら、鏡に知らない人の姿が映し出されていたりするんだよね。
そう考えると何だか怖くなってきた。自分の後ろに、貞子みたいな人が立っていたら、と。
いやいや、考え過ぎだ。今のことは忘れて、棚の戸を閉めた。
鏡には私の姿が映し出されていなかった。
10:夜
付き合って、今日で2年が経つ。
彼女は自分の横でスヤスヤ眠っている。電気を消しているから顔は見えない。
自分はなかなか寝付けなかった。天井の方を見てぼーっとしている。
「起きて……ないよな」
日中仕事をしているのだ。睡眠時間を奪ってはならない。
と、急に彼女が抱きついてきた。
「なんだよ、起きてたのかよ」
返事はない。ずっと抱きついている。向かい合うようにして抱き合っていると温もりが伝わってくる。
初めは嬉しかったのだが、ずっとその状態が続いたので暑くなってしまった。
「おい、何だよ。暑いだろ?」
彼女はなかなか離してくれない。頭を埋めているのが感触でわかる。
「おい、聞いてるんだろ? 暑いって!」
「うるさいなぁ、何?」
漸く彼女が声を発した。
俺の、後ろから。
11:開いたドア
ふと洗面所を見たら、風呂場のドアが少しだけ開いていた。
閉め忘れだろうか。きちんと閉めて居間に戻ろうとすると、
「バン」
という、何かを叩く音が後ろで聞こえた。
恐る恐る振り返ると、また風呂場の扉が開いている。
嫌な予感がする。
恐る恐る風呂場に近づき、勢い良く扉を開ける。
が、そこには誰も居ない。
気のせい気のせい。心を落ち着かせて、もう1度扉を閉める。
さて、もう大丈夫だろう、と思ったその時、
「バン、バンバンバン! バンバンバンバン!」
先程よりも音が激しくなった。音はまだ続いている。
まさか、本当に、中に誰かいるのか? 息を潜め、ゆっくりと振り返ると……
風呂場の外から、目を見開いてドアを叩いているおばあさんがそこにいた。
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