夢の中で3

アベル具合悪いの?

そうみたい。おうちへ帰って、温かいスープを作ってあげましょうね

具合が悪い訳ではない。
そう伝えようとするが、声がでない。
金魚のようにパクパクとさせることしか出来ずに、2人に支えられて家まで帰った。
いつも見ていたキレイな森の風景も、鳥の声も、空のくじらも、
ただ気持ち悪い。
ここは夢の中だ。なぜ目が覚めない。
夢の中だと気付いたのに。!
ベッドに寝かせられて、フレアが額にキスをする。
いつもは心が落ち着くはずのフレアの微笑みも、今は恐怖しか感じない。
ペソラはキッチンでスープを混ぜているらしい。
なにか歌っているのが聞こえる。
どうにか起き上がろうとするが、体には力が入らずに荒い息をはく。
自分は一体どうなるのだろうか。
このまま夢の中で一生を過ごすのだろうか。
この平和で幸せな暮らしを、美しい2人と共に。
現実の世界では何度それを願っただろう。
美しい妻に可愛い子どもと幸せで温かい家庭をつくる。
だが、今は幸せなど微塵も感じない。

さあ、スープを飲んで

フレアが出来上がったスープを口に運んでくるが、上手く口があかずに
だらしなく垂れていく。
わずかに入ったスープも、吐き出そうと必死だった。
やがて吐き出そうとしていることに気づいたペソラが、無理やり口を閉じた。

アベルだめだよ!スープちゃんと飲んで?

子どもの力ではない。
大人の男でも出せないような強さに、顎が砕けそうなほどの痛みに襲われた。
涙をボロボロと落としながら、ペソラから逃れようともがくがフレアに手を握られた。

逃がさないよ。

目を見開いてフレアをみる。
あの美しい顔は歪んで、あっという間にシワだらけになっていく。
目は釣り上がり、尖った歯がのぞいている。
手に痛みを感じて慌てて視線を向けると、白くすべすべとしていた肌は荒れ、鋭い爪が手に食い込んでいた。

うわぁぁあああっ

赤いレンガの白を基調とした可愛らしい家は黒いもやに包まれ、不気味な雰囲気を放ち、
外に広がる森は葉が枯れて夜が空を支配し、生き物の気配は消えた。
身体中から汗が吹き出す。
自由になった体に力をいれて、夢中になって家を飛び出す。
柔らかい日差しは消えてカラスが短く鳴いた。
後ろを振り返ると、フレアがこちらを見て笑っている。

無駄だよ!お前は私たちのモノ。逃がしはしないよ

しわがれた声が頭に響いて鳥肌がたつ。

ここから逃げなければ

思考回路は逃げる事でいっぱいになった。
あてもなく走り続けていると、突然くじらが目の前に落ちて来た。
あと少しの所でなんとかよける。
落ちた衝撃で出来た風に飛ばされて木に体を強く打ち付ける。
背中が鈍い痛みに襲われた。
視界が定まらない。
必死になって目をこらすと、くじらには誰かが乗っているようだった。

逃がさないって言ったでしょ?

声がでない。
空を見上げると、暗い空にはくじらが無数に泳いでいた。
漆黒のくじらが空を多い尽くしていて、その光景は気持ちが悪い。
また一匹落ちてくる。
ペソラとフレアが手を繋いでこちらへ飛んできた。
全身からは汗が吹き出し、震えが止まらずに力がどんどん抜けて行く。
2人が目の前に立った時、ついに立っていられなくなって座り込んでしまった。

あなたはもう現実へはカエレナイ。
こちらの世界であたし達のために生きるのよ。
永遠に。
ずっと、ずっと。

涙が頬を伝う。
急に体が軽くなって、今までの恐怖が消えて行くようだった。
体が宙に浮いて、膝を抱えて丸くなる。
みるみるうちに幼児化し、生まれる前の赤ん坊の姿になった。
漆黒の世界に、目を開けることのない眠り続ける赤ん坊が産まれた。



ふあふあとして、暖かい。
春の柔らかい陽射しを浴びた時のような心地よさの中で、鳥の声を聞きながら眠る。
ここは、天国だろうか。
重い瞼をそっと開くと、そこは黒が広がる夢の中だった。

夢の中で3

夢の中で3

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-30

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