アップルパイからはじまった。

アップルパイからはじまった。

正しいなんて思っていない。でも、正しくないとも思っていない。

「美味しそうなパンだね」それが始まり

「美味しそうなパンだね」それが始まり

「美味しそうなパンだね」

―そんな風に声をかけられたのは初めてだった。
中瀬さんと出会ったのは、6年前、
私が17歳になりかける頃に、渋谷のハチ公前近くの喫煙所で。

私の名前は、麻子。
その日、私は高校の授業が終わってから、誰よりも早く帰って
別人みたいな化粧をして、腰まである髪の毛をくるくるに巻いて
啓次の好きだと言った、胸の大きく開いた丈の短いニットワンピースを着た。

啓次というのは当時の彼氏で、24才か、5才のフリーター。
年齢が正確じゃないのはナンパで知り合い、何回か寝た後に
啓次が適当な事しか言わないのに気づいたからだった。
信用はしていなかった。でも私も寂しかったし
なによりそっちの方が楽な気がした。


 何回も何回も鏡で自分の姿を見る。少し茶色にした髪の毛は
左右対称に巻かれているし、顔の化粧もバッチリ。
自信に溢れて嬉しくなった、でもピンヒールを履いた足は重く感じ
夕方の薄暗くなった空が、ワントーン暗く見えた。
・・・理由は分かってる。

―啓次が怒ると怖いからだ。
 お互い、適当な付き合いだから良いだろうと
何度か、デートの待ち合わせに遅刻した事があった。
先に待っていた啓次は
怒ってないように見えた、でも2人になった瞬間
物凄い剣幕で怒鳴られ、別れた後も電話での説教が何時間も続いた。

それからは、些細な事で怒られるようになり
きちんとオシャレをしなければ
「やる気がない」と怒られたし
時間にも遅れないように、30分以上早く着くようにもしていた。
それでも、何故か別れる事は出来なかった。
怖かったし啓次の依存や束縛に、私も依存してしまっていた。

でも、その日は啓次が遅刻をした。
「ごめん、1時間くらい遅刻するわ。」
―都合良いなぁ。
でも、少し安心したのは、気のせい。

「どうしようかな」
独り言のようにつぶやいてみた
でも、誰も聞いていないし、聞こえていない
都内なんて、そんなものだ。

適当に道なりに歩くと、パン屋を見つけた。フランスの街並みから
切り取られたような外装が可愛くて
お腹は空いていなかったけど、何か買う事にした。
色々迷った末に、アップルパイを1つだけ買ってみた
煙草を吸いたいと思い、ハチ公前近くに喫煙所があるのを
思い出す。

喫煙所に入ると、かなりの人数がいた。
居心地の良い場所を見つけ、煙草に火をつける
10代で煙草なんて格好良いと思ってはじめたのが
いつのまにか、癖になってしまった。
時計をみると、まだ時間が20分も経っていなかった。

私は喫煙所を出ると、すぐ横にある腰より少し低い花壇によっかかり
アップルパイを袋から出した。そして一口かじる
―失敗した。
そう思った。アップパイなんて、パイ生地だから噛めばぽろぽろ
こぼれ落ちる事くらい分かっていたのに。

(ふぅ.....)
なにがしたいんだろう、私
なんだか、無性に悲しくなった
アップルパイを上手く食べれない自分も
啓次とはっきり出来ない自分も
パイ生地を口のまわりにつける自分が格好悪くて
悲しくなった。



そして、出会いは突然だった
「美味しそうなパンだね」

つづく

アップルパイからはじまった。

アップルパイからはじまった。

一回り年上の普通のサラリーマンを好きになりました 嘘のつけない人だと思っていました 理由は無いけど、好きになりました

  • 小説
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  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-30

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