眠れぬ仔羊
「───山下さあんっ…!」
傘からこぼれ落ちる雨水に足を滑らせ、電車が通る線路の中へと落ちそうになった彼女の腕を引っ張った。
「うわあっ」
背後から山下さんの声が聞こえた。
いま、腕を、掴んで、泣きそうな顔をしている山下さんは、俺の目の前にいるのに。
思わず振り返ると、体育着姿の山下さんがいた。
「───はっ?」
山下さんが二人。
制服姿の山下さんは肩で息をして尻餅をついている。
もう一人の山下さんはリュックからパーカーを取り出して羽織ったと思ったらフードで顔を隠すように深くかぶった。
「やま、した…さん…?」
「───えっ、うわあっ…うひゃああっ!」
茫然としていた制服姿の山下さんが、何かを思い出したかのように突如叫んだ。
「ごめんね!ごめんね!ごめんね!」
「…早く助けないと轢かれちゃうよ。急いでっ!」
「でっ、でも…!」
「私はもう救ったんだから平気」
フード被りの山下さんがそう言うと、ほっと溜息をついて立ち上がった。
「じゃあ小町くんのことよろしくね。私っ、もう行くから!」
走り出した制服の山下さんは人がいない階段の方へ行ってしまった。
意外と足が速いな、なんて考えた。
「小町くん、ちょっとだけ、たくさん、話さなきゃダメなことがあるんだけど、今から何か予定ある?」
「…ないよ」
バイト先には後で連絡をいれよう。
「ありがとう。うーんと、話す場所は私の家でもいい?」
「いいけど」
「ありがとうっ。私の家へレッツゴー!」
山下さんの後をついて行くといつの間にか着いていた。
山下さんの家に。
「山下さん家って意外と近いんだね」
「そうかなあ?」
「うん。遠いところからの電車通学だと思ってたし」
「
眠れぬ仔羊