人間の中に鬼はいる
暗い暗い場所。私は逃げてきたの。赤と黒と白の絵、見ちゃったから私、殺されちゃうの。
私、かよっていうの。神社の子でね、お父さんと毎日一緒にすごしてるんだ。でも嫌なの。
お父さんは私が嫌いでいつもいつも、いじめてくるの。おかっぱなお人形を私の枕の横に置いて、こういうの。
「この子はお前が嫌いだから、殺しちゃうかもね」
そんな時は、目を強くつむって、お母さんとお父さんの事を思いだすの。そうすると安心できるの。
お母さんとお父さんは優しかったから。私のことを一番大事に思ってくれたわ。嬉しかった。
そんな日々はぶち壊されたの。お父さんが変わっちゃってから。
私はぶったりけったりされて、茶色いあとが出来たりするの。お父さん、本当のお父さんじゃないから。
お母さんは、このお父さんに殺されちゃったんだよ。木を切る大鉈を持ってきて、頭を割っちゃったの。
本当のお父さんは、今のお父さんに殺されたよ。お母さんを気に入ったから、邪魔になった本当のお父さんを包丁で切り刻んでた。
お母さんはそのあと、今のお父さんに束縛されてたの。縄で縛られて、裸にされて、血塗れで、虫の息だったよ。
私が見ていたことがばれちゃったら、私も殺される。あの人は、きっときっと、あの大鉈で、あの包丁で私を切っちゃうでしょう。
あの人は、きっときっと、私が憎らしくなって月夜の晩、私を殺すのよ。あの人は人間じゃないわ。人間の形をした鬼よ。
ああ怖い。ああ、怖い。
きっときっと、私も殺して狂うように笑うんだわ。お母さんを殺すとき、お父さんは狂うように笑っていたわ。
お母さんは裸の姿で体中ただれて、皮膚が破れて真っ赤になってた。私は声を押し殺して泣いたわ。
お父さんはお母さんの顔が大好きだったから、顔は傷をつけていなかったわ。でも、苦しそうな顔も出来ないぐらい、
やせ細っていたの。お父さんはすごく嬉しそうな顔をして、お母さんを傷つけたわ。何回も、何回も、何回も。
最後には、体の形が分からなくなっちゃって、肌色は見えなかったわ。ぐちゃぐちゃした物がお腹から飛び出して、
赤く赤く赤く、黒く、染まっていたわ。手を縛られて、上から吊り上げられていたのに、今度は首吊りにしちゃったの。
口からいっぱいいっぱい、血が吹き出して、お父さんの着物を赤色にしていくの。そんなの気にしないぐらい、
お父さんは笑ってたわ。狂った笑い方になると、それは殺したいって証拠。お父さんのときもそうだった。
ついに、お母さんは殺されるわ。さようなら、お母さん。そう思って、目を強く強くつむったわ。でも、我慢できなくて、
開いちゃった。刹那、お父さんが振り下ろした大鉈がお母さんの顔を真っ二つに割っちゃった。
お父さんの狂った笑い声と、血の吹き出す音が混じっちゃって何が何だか分からなくなったわ。
多分、このまま襖から覗いてると殺されるって思ったから声と息を押し殺して、ゆっくり、ゆっくり、自分の部屋へ戻っていったわ。
次の日、お父さんは買い物をしに、町へ降りていったの。私は一人で留守番してなさいって。
お父さんはきっと夜まで帰ってこないと思う。包丁を選びにいくから。私はそう考えて、
昨日お母さんが殺された部屋までいって、息を呑んだわ。血も肉も体も綺麗さっぱり、片づけられてた。
私は怪しいと思って、お父さんの部屋にいったの。そしたらね、絵がいっぱいいっぱいあったの。
赤と白と黒で描かれてて、綺麗な女の人が縄で体を結ばれてた。よく見たら、お母さんだ。
あれ?これも、これも、あ、こっちのもお母さんだ。お母さんの血塗れの絵がいっぱいある。
これはきっと見てはいけないものだわ。きっとお父さんは見られたことを知ったら、怒るわ。
でもこれを見たことがばれたら、私は今度こそ殺されちゃう。覗いたことはばれなくて済んだけど、
今回は物を動かしちゃったから見つかっちゃう。見つかっちゃう。見つかっちゃう。何だか、寒気がする。
早くここから退いたほうがいい気がする。怖い。何だか、とってもとっても怖い。早く逃げないといけない。
とっさに私は部屋を出て、襖を開けて逃げ出したわ。何だかとっても怖かったの。
神社を出ようとしたら、とっても怖い、笑い顔したお父さんがきちゃった。
とっても怖い、嬉しそうな顔で私に向かってこんな言葉を出したのよ。
「かよ、お前、何か見たか」
熊におびえる鹿のように。虎におびえる馬のように。狼におびえる兎のように。
私は言葉が出てこなくて震えて。とっても怖かったから、こういったわ。
「お人形さんと遊んでたわ。お月見団子を2つ食べちゃったけど、許してください」
お父さんはそうか、と鼻を鳴らして部屋の中に入っていったわ。
その時、怖い絵を見ちゃって、置いてあった場所に戻してないのを思い出しちゃった。
絵を動かしたのは、あのお父さんなら絶対に見分けるはずよ。あの人は人じゃない。
人間の形をした鬼だからすぐ分かっちゃう。ばれちゃう。とても怖いわ。逃げなきゃ。
その時後ろから声がしたわ。低い、低い、低い声。
「おい、かよ、お前、見ただろ」
私はその時悟ったわ。ここで死ぬって。奇跡なんてないって知ってるもの。
もう私は諦めたけど、言葉は諦めを知らずに悪い方向へ、口を動かしちゃうの。
「何の話?私、お人形さんと遊んでたのよ。お父さんがくれたあの子と。私、ちょっと下の子と遊んでくるわね」
お父さんお母さん、さようなら。
人間の中に鬼はいる