おじさんと少年 Ⅳ
「おじさん、出かけるの?今日は仕事休みなんじゃなかった?なんでスーツ?」
「・・・すぐ戻ってくるよ。行ってきます」
あの後、兄さんからメールがきた。
『あいつの家の住所だ。あいつがこれから歌手になるためにはそこにいるやつらをどうにかしてやれ』
ということで、
「はぁ・・・気が乗らないけど・・・仕方ないか・・・行こう」
少年の家に今から行きます。
「・・・で、君は何者なんだね?」
・・・少年の父親・・・らしき人は僕のことを怪しそうにみている。
「僕は、あの子の・・・なんなんでしょうね・・・?」
「・・・ふざけてるのか?」
やばい、心の声が出ていたらしい。少年の父親は何も言わないものの顔がすでに怒っていた。
「い、いや、冗談ですよ、冗談」
すると、今までずっと黙り込んでいた少年の母親が口を開いた。
「あの・・・む、息子は今、どこにいるのでしょうか・・・?」
「僕の家で家事をやっています」
少年の母親は「か、家事・・・?」と不思議そうな顔をしていた。
「何故あいつはここに帰ってこないんだ・・・!ただでさえあいつは馬鹿なのに・・・君もあいつにゆってやってくれ、正直、君が何者かなんてどうでもいいんだ。あいつが私の顔に泥を塗らないか心配なんだ・・・!」
似ているな、と思った。
今はもう会うこともない、あの、憎い両親の顔が浮かんだ。
僕の両親はいつもそうだった。いつも、いつもいつも僕の成績しか見なかった最低な親だった。
でも、それでも。
親だったんだ。
僕にとって、たった二人の、親だったんだ。
少年にも、この最低な二人が、たった二人の親だ。
少年には、僕のような思いは、させない。
「少し、僕に話をする時間をください」
「・・・いいだろう、聞こうじゃないか」
「・・・ありがとうございます。
僕と少年は、僕が自殺しようとしていたところで出会いました。
僕は親が離婚したことと、ほかにもいろいろストレスが溜まっていて、死んだら楽になれるんじゃないかな、と思って歩道橋で叫んでました。そこから飛び降りる予定だったんです。
そしたら、一人の少年が、なんで歩道橋なんかで叫んでんだよ~って僕に言ってきたんです。
その人が、あの子だったんです。
僕は少年に命を救われました。あの時声をかけてもらわなければ、僕は自殺してたかもしれません。
でも、その少年は僕に言ってきました。消えたい、と。
小学生、ですよ?小学生が、消えたいと言ったんです。どうゆうことか、わかりますか?」
2人の顔をみると、母親は少し驚いた顔をしていた。
父親は何も言わず考え込んでいた。
そんな2人にかまわずに僕は話を続けた。
「少年には夢があります。お2人は、それをご存じですか?」
「お医者さんにあの子はなりたがっています・・・。それを目標にしておりますので・・・」
そう母親が答えた。
「違います。少年には、別の、夢があります。それは、貴方たちの決めたものではなく、少年自身がなりたい、と決めたものです。それが何かは、わからなくて結構です。いつか分かるときがくるでしょうから」
少年の夢を今、ここで、僕の口から言っていいか少し迷った。
まあ、言わない方が懸命だろう。
「僕は、命を助けてもらったお礼に少年の夢を叶えてやりたいんです」
2人の目を見て言った。
「だから、おねがいします。土下座でも何でもします。少年の成績だけじゃなく、少年の心を見てやってください、お願いです・・・」
「・・・貴方はあの子の何なの?命を助けられたといっても、それだけでしょう?その後の面倒まで、みなくても・・・」
母親が言う。父親はいまだ口を開こうとしない。
「違うんですよ。命を助けられただけじゃないんです。心も救われました。少年には、本当にたくさんのことを教えてもらいました。だから、今度は僕が返す番なんです」
僕は笑顔で答えた。
「・・・・・・」
母親も黙り込んでしまった。
「少年は、馬鹿ではありません。むしろ、あの子のいいところもわからない、貴方たちの頭の中が僕には理解できません」
僕はこれも笑顔で言った。
自分の親に言えなかったことをすべて言えた気がした。
少年の親にはもうしわけないが、なんだかとてもすがすがしい。
・・・こんなこと言ったら、少年に怒られそうな気がする。
理解できないとか言われそうな・・・
「そうだね、僕もお父さんとお母さんのことは理解できないけど、今はおじさんの行動の方がもっと理解できない」
言われた。
「な、なんで君がここにいるの!?え!?なんで!?誰から聞いたの・・・」
「おじさんのお兄さん」
兄さんめ・・・。許さん・・・。
「・・・なんでおじさんはそこまで優しいの・・・?ここ、僕の家だよ・・・?なんでそこまでしてくれんの・・・。自分でやろうと思ったのに・・・ほんっと馬鹿でしょおじさん」
うぐっ。何か心に大きな矢が刺さった気がする。
少年の母親が立ち上がった。
「しょーちゃん・・・!し、心配したんだからね!もう!どうして家を出て言っちゃったのよ!お母さん、本当に・・・」
「やめてよ、お母さん」
少年は真顔で言った。
「心配してくれるのはうれしいけど、どうして家を出てったか、なんて、どうせおじさんが長々と話してるんでしょ?じゃあ聞かないでよ」
「しょーちゃん・・・」
少年は『しょーちゃん』と呼ばれているらしかった。
今度からしょーちゃんと呼んでやろう。
「僕には夢があるんだ。お父さんとお母さんが何を言おうと医者にはならないよ」
「その・・・夢ってのは、なんなんだ」
父親がやっと口を開いた。
「歌手に、なりたいんだ」
少年は続けた。
「僕、中学校から、歌専門の学校に通うことにしたんだ。本気だよ」
「しょーちゃん・・・」
しばらく沈黙が続いた。
しかし、その沈黙を破ったのは、父親だった。
「勝手にしろ」
「「「え・・・」」」
少年と母親と声がハモった。
父親以外みんな呆気にとられていた。ぼくも含めて。
「その代り、たまには・・・この家にも帰ってこい」
「・・・う、うん!帰ってくる!あ、ありがとう!」
「君」
「は、はい!」
僕の方をむいて少年の父親は真剣な顔で言った。
「ありがとう」
「・・・はい」
少し、泣けた。
*
「あなた・・・どうしてあの子を・・・一体どうしちゃったんですか・・・?」
「・・・俺も、お前も、親として、失格だな」
「・・・・・・そうですね」
「俺たちはあいつのことを何もわかってやれなかった」
「あの人・・・真剣でしたね。社会人なんでしょうか?スーツは着ていたけど、小さい人でしたね」
「背だけ、な。気づいたか?あの人、話しながらすこし涙目になっていたぞ」
「え・・・!き、気づきませんでした・・・」
「それを見た時に。俺たちはいままで何をしていたんだろうって、思えたんだ。・・そういえば、あの人の名前を聞くのを忘れていたな」
「次にしょーちゃんが来たときに聞きましょうよ、あなた」
「そうだな・・・あいつが歌手か・・・。小学生のくせに、強くなったもんだ、あいつも」
「どうでしょう。あの子が強くいられるのは・・・あの人がいるからじゃないですか?」
「・・・かも、しれないな。次にあいつが来たときには、歌でも・・・歌ってもらおうかな」
*
「・・・おじさんの馬鹿」
家に帰り、僕は少年のお叱りを受けていた。
「・・・ごめんなさい」
「なんで1人でいっちゃうの・・・もうほんっと馬鹿・・・僕の家のことまで・・・」
「まあ、いつも家事をやってもらってるから、そのお礼だよ、お礼。あはは」
「ふざけんな」
「・・・すみません。っていうかなんで君もそこまで怒っているのさ」
「何を話したか知らないけど、もしも僕の両親がおじさんを傷つけたら・・・どうしようって・・・僕・・・不安だったんだよ・・・?」
心配をしてくれていたらしかった。
「ごめんごめん・・・僕は歌の知識もないから、他にできることと言えば、このくらいしかなかったし・・・というか、君こそ歌専門の中学校に行くのかい?」
「そうだよ。おじさんのお兄さんから紹介してもらった」
兄さんにはあとで不本意だが、お礼を言っておこう。
「僕、中学生になったら、寮に住もうと思うんだ」
「うん」
「おじさんとのかけに、勝つために・・・ね」
「そっか」
寂しい、と言っては嘘になる。
でも、少年の背中を押してあげたい、という気持ちの方が大きかった。
「おじさん、僕ね、おじさんのこと大好きだよ。いつもどっか抜けてるし、無駄に優しいし、ほんとに馬鹿だし。・・・そんなおじさんに、会えたことが、僕の人生を変えてくれた。ありがとう、おじさん」
「ありがとうって・・・小学生が何を言っているんだか(笑)」
「おじさん、僕のこと馬鹿にしてるだろ!この野郎・・・僕はまだ怒ってんだからね!?」
「わかってるよ、しょーちゃん」
ドヤ顔で言ってやった。
「・・・っ!!う、うるさい!しょーちゃんって呼んでいいのは母さんだけだ!!」
「はいはい、わかりましたよ、しょーちゃん」
「お、おじさん!?僕、本気で怒るよ!?今日の夕飯抜きだからね!!」
「え、そ、それは困る」
「おじさん本気にしてるし!んなわけないじゃん!」
少年は本当によく笑うようになった。
僕は、本当に死ななくてよかった。
誰かのために何かをしたいって思う気持ちだけで、生きていけるものだ。
腐りきった世界だと思っていたけれど。
世界は汚いと思っていたけれど。
「おじさん、今日は何が食べたい?」
世界はこんなにも
「そうだな・・・カレー、がいいな」
綺麗だったんだな。
おじさんと少年 Ⅳ
またまた長くなりました~。短編ぐらいの長さだよ。長いね。ごめんね。グダグダっすね。
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おじさんと少年Ⅲhttp://slib.net/21276 (おじさんサイド)
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次回で最終回にしようかな~みたいな?少年サイドは多分もう書かないかも~みたいな?