自殺偽装
「殺してくれ」
そう頼んだのはなんの気まぐれだったか。ふと、そういう気分になったとでも言っておこうか。こんな頼みを言われたというのに、友人は驚く素振りを見せない。
「後悔しないんだな?」
そう、僕に問いかけてくる友人。今、この場にいるのは三人だ。僕と友人、そして倒れている男。それ以外に人はいない。この学校に人気がないのは、放課後というのもあるけれど、空き教室だからだろう。死に損ないの男を踏みつけ、僕は答える。
「したところで、どうなるのさ」
それもそうだな、そう呟く友人は妙に渇いた笑いを見せた。今度は逆に質問してみようか。
「そっちこそ、後悔しないのか?お前までいらない罪を被ることになるのに」
友人は深いため息を吐いた後、近くの椅子に腰を下ろして、僕をまっすぐ見据えたままで言ってきた。
「お前とソイツがあんなことで言い争っているのを見てしまったんだ。その時点でどうでもよくなった」
それもそうか、友人の真似をするように呟いてみせた。続けて友人はぼやく。
「にしても、自分でやればいい話じゃないか?」
今になって怖気ついたのか。
「自分でやるのとお前にやらせるの、どっちにしたって一緒だろ。大丈夫、お前がやったことにはならないようにするよ」
不安がる友人に、紙切れを一枚ちらつかせる。その紙が何なのかを知った友人は、決心をしたかのように深呼吸した。準備をし終えた僕は、呼吸を整えながら話をする。
「指紋はつかないようにしろよ。この縄を天井に引っ掛けて吊るす形にしよう。引っ張った縄は、あの場所にくくりつけてくれればちょうどいい。そしてこの場から逃げれば、残るのは死体と遺書だけ。これなら自殺と思ってもらえるだろう?」
友人は呆れたように僕を見てきた。でも、こうするしかないんだ。
「すぐにでもするか。早いほうがいいんじゃないか?」
息巻く友人。モチロンと答えて急ぐ。
「じゃあ、やってくれ」
僕は最後の別れと言わんばかりに男を叩いた。打ち所が悪かったのか、意識は無さそうだ。まだ生きてるけど。コイツと話すこともないのか。さっきは止められたけど、今度はそうはいかないよ。友人に殺させるんだ。前から死にたがってたし、死ぬのは怖くないと思う。多分、友人のほうが怖がってる。今から人を殺さなきゃいけないんだし。
友人は、縄を手に取る。人の首に縄を巻きつけながら泣いている友人は、どこからどう見ても滑稽なんだろうけど、こんなことに巻き込んだ僕には笑う資格なんてないのだろう。
「よし、あとは引っ張るだけだ。人一人分の重さだから、キツいかもしれないけど、頑張ってくれよ」
友人は泣きながら頷く。非力ではないだろうから心配するまでもないか。僕だったらそこまでの力はないな。事が終わったらすぐに逃げろよ、そう言っても頷くだけだから、本当に理解しているのかわからなくて、逆に不安になる。
「引っ張るぞ!」
友人は、怯えを隠すように声を上げる。程なくして縄はピンと張る。人一人分の重さがあるのにも関わらずスムーズにできた。手順を間違うことなく終了したようだ。友人は逃げることも忘れて泣き崩れた。
「早く逃げろ」
聞いてもらえたのかわからないが、僕は確かに言ったぞ。ああ、それみろ、男が起きちゃったじゃないか。それはそれで目撃者として言い逃れできるけどさ。
友人がヘマさえしなければ、自殺として処理されるハズだ。友人に殺された僕は、この先のことは知らないんだけれども。
自殺偽装