最初の文字と最後の文字と
家に帰ってみたら、窓から常夜蛍光の光が漏れ出していた
家に帰ってみたら、窓から常夜蛍光の光が漏れ出していた。またアルファが常夜蛍光をつけっぱなしにしたまま寝入ってしまったらしい。こういう光景を見ると、やはり値がはるにしても家の灯りを火を使うランプなどではなく、常夜蛍光にしておいてよかったとつくづく思う。常夜蛍光がいくら値がはるといったって、火事になって家が丸焼けになるよりは絶対に安上がりだろう。
家に入ってすぐ、机に突っ伏して眠ってしまっているアルファを見つけ、私は苦笑する。私が帰るのを待たずに寝ていていいといつも言っているのに、いつだってアルファは出来るだけ起きていて私の帰りを出迎えようとする。その一途な思慕がうれしくもあり、かつまたどこか空恐ろしくもある。
私はアルファに――いや、どんな存在にだって、そんなふうに一途に思慕の情を向けられ、情愛をそそがれるような存在ではないのだ。
――もっとも、人によってはホムンクルス(人造生命)のアルファには、思慕の情も情愛も何もない、単なる紛い物の反射行動にすぎないというものもいるわけなのだが。
アルファが突っ伏しているテーブルの上を見て、私は小さく笑う。少なくともアルファは、自分が使っていたインク壺にきちんとふたをして、インクがあたりにぶちまけられないようにする配慮はしてから眠りについたようだ。昔はそういう配慮もできず、よくインクまみれになって泣きべそをかいていたのだから、そこらへんはやはりそれなりに成長しているのだ、と、思おう。思いたい。
ああ、でも、本は開きっぱなしだな、とちょっと思う。勉強になるだろうから自由に読んでいいとアルファに渡した本を、どうやらアルファは最初から最後まで、綺麗に書き写すつもりらしい。アルファはきっと、いい写本師になれることだろう。アルファにその気があれば、だが。だがおそらく、アルファになりたいものがあるとしたら、それはきっと画家だろう。アルファは絵を描くことにつきぬ情熱を捧げている。
そう、そのせいで、アルファをつくった創り主に、失望され絶望され、ついには見捨てられる羽目におちいったほどの情熱を。
取りとめもないことを考えながら、アルファの小さな軽い、幼い体を抱きあげる。考えてみれば、ホムンクルスに幼いというのはもしかしたらおかしなことなのかもしれない。ホムンクルスに幼いも年老いているもない。彼ら、もしくは彼女ら、もしくはそれらは、創られたら創られた通りにこの世に生まれでる――。
いや――それは嘘だ。
ホムンクルスが創られたら創られた通りにこの世に生まれ出てくるような存在だったのなら、そもそもアルファはここにはいない。そして――。
「…………あ」
私のわずかな動揺が伝わったわけでもないだろうが、私の腕の中でアルファが眠たげにまぶたを震わせ、灰色の瞳をぼんやりと開けた。
「お帰りなさいませ、御主人様」
「『御主人様』はやめなさいといつも言っているでしょう。それは、味気ないですからね。私には名前があるんですから、あなたにはきちんと名前を呼んでほしいんですよ、私は」
「ご、ごめんなさい、ユリウス様」
「ああ、別に怒ったわけではありませんよ」
私は小さく苦笑した。
「私の帰りを待たずに眠ってしまっていていいといつも言っているでしょう、アルファ」
「ご――ごめんなさい。でも僕――ごしゅ、あの、えと、ユ、ユリウス様が、お帰りになられるの、待っていたかったんです。ごめんなさい――」
「だから、怒ってはいないんですってば」
私はやはり苦笑しながら、アルファの背中をポンポンと叩いた。
「あんなところであんなふうに寝ていると、風邪をひきますよ、アルファ」
と、言いつつ、はたしてホムンクルスが『風邪』をひくものなのかどうか私はよく知らない。ホムンクルスを傷つけることも殺す(人によってはそれを『壊す』と表現するが)ことも可能だし、ホムンクルスが疲労することもあるし眠ることもあるというのを私はよく知っているが、はたして彼らが人間と同じ病気に罹患するものなのかどうか、私はどうもはっきりとは断言しがたい。
ただまあ、用心するに越したことはないだろうから、私は今日も今日とてアルファにこんな苦言を呈してみたりするわけだ。
「あ、はい……?」
と、私の言葉に一応うなずきながらも、どうも今一つピンとはきていない様子のアルファを見て、私はまたまた苦笑する。
「さあ、アルファ、きちんとベッドで寝ましょうね」
「はい。……あの、ユリウス様」
「なんですか?」
「あの……あ、明日、お仕事は……?」
「そうですね――明日はお仕事ありませんよ」
「あ――明日はお仕事ないんですか――」
「――アルファ」
アルファの薔薇色の耳に、つと唇を寄せる。
「私に可愛がって欲しくて、ずっと待っていたんですか、アルファは?」
「……あ……」
薔薇色の耳が紅色に、そして真っ赤になっていくのを見るのがひどく楽しい。
「後でゆっくり可愛がってあげますから、今はとりあえずきちんとベッドで眠りましょうね。そんなふうに寝ぼけていては、きちんと楽しめないでしょう、アルファ?」
「んん……」
アルファは照れたように、私の肩にゴシゴシと顔をこすりつけた。
「……アルファ」
「はい、ユリウス様」
「本当に――先にベッドに入ってくれていて、よかったんですよ」
「……でも……僕……僕、でも……」
「でも?」
「ユリウス様を、お待ちしていたかったんです、僕」
「……そうですか。……まあ、それはそれでいいということにしましょう。さあ、きちんとベッドで寝ましょうね、アルファ」
「ん……」
眠たげにクラクラと頭を、さらに言うなら全身を揺らしているアルファの服を脱がし、下着姿にしてベッドの中に押し込む。
「……ユリウス様」
アルファが私の服の袖をギュッと握りしめる。
「――アルファ」
私はアルファに袖をつかまれていないほうの手で、アルファの柔らかい栗色の髪をなでた。
「いっしょに寝てほしいんですか?」
「……はい」
「いいですよ。だから、ちょっとこの手を離して下さいね」
「はい」
私も下着姿になり、アルファと同じベッドに潜り込む。こんな時、私はひどく不思議な思いにかられる。私はアルファと性的な関係を結んでいる。より具体的に言うのなら、私はアルファの肛門に自分の陰茎を挿入し、他にもいろいろと性的なことをしたりされたりしている。だが、こういう時――眠たげにうとうとするアルファの隣に潜り込み、そしてアルファのあたたかく柔らかく小さく華奢で幼い体をこの腕で抱いている、こんな瞬間はいつも、私はアルファに対して微塵の性欲も抱いてはいない。こんな瞬間に私の胸を、もしくは心を満たすのは、腕の中の小さな存在、アルファに対する暖かな庇護欲と穏やかな満足感と、そして一抹の不安と悲哀だけだ。
今この瞬間、私はアルファを抱くつもりなどまったくない。だが。
だが、明日目覚めたら、私は間違いなくアルファのことを抱くだろう。
そんなことを考えるでもなく考えながら、私はゆっくりと眠りに落ちていった。
次の朝、私を睡眠から覚醒へと導いたのは、私の陰茎を一心不乱になめしゃぶる、アルファの懸命にして巧みな口淫からくる非常に性的な強烈な刺激だった。
泣きたくなるほどあたたかいから。
「……こーら」
笑いを含んだ声でそう言ってやると、アルファの小さな幼い体がピクンと跳ねる。
「アルファ、私が起きるまで待ち切れなかったんですか?」
「あっ、あああ、あの、す、す、すごくおっきくなってて、それで――そ、それで、あのっ!」
「朝は自然に大きくなるんですよ。知っているでしょう、アルファ?」
「あ、あの……は、はい……ご、ごめんなさい……」
「謝らないで、アルファ」
しょんぼりとうなだれるアルファの頭をなでる。やわらかな栗色の髪をかきまわすのが好きだ。その温度の高い幼い体の体温を感じるのが好きだ。
「そんなに私に可愛がって欲しかったんですか?」
揶揄の色を乗せてそうたずねると、アルファが素直にコクリとうなずく。
「そうですか。フフ――だったらそう言ってくれさえすれば、私はすぐに目を覚ましたのに」
「……あの、でも」
「でも?」
「あ、あの、ええと、な、なんか、お、おっきくなってるの見てたら、ド、ドキドキしてきちゃって、なんか、あの、なんか、あの――ご、ごめんなさい!」
「だから、謝らないで、アルファ」
アルファに謝られると、なんだか胸が痛くなる。
だから謝るな、というのも、結局のところは私の都合を押しつけているだけなのかもしれないけど。
「さあ――アルファは私に、どうして欲しいのかな?」
「あっ、あのっ、えっと」
アルファが頬をほてらせながら、というか頬をほてらせたまま、私の胸にペトリと身を寄せてくる。
「えっと、あの、ユ、ユリウス様にいっぱい気持ちよくなっていただきたいです!」
「……ああ、アルファ」
私は泣きたいような気持ちにかられながらアルファのことを抱きしめた。
「そんなに私のことばかり考えてくれなくてもいいんですよ?」
「……え?」
アルファはひどく困ったような、泣きだしそうな顔で私のことを見つめた。
「も、もしかして、御迷惑でしたか、ユリウス様?」
「そんなわけないでしょう。ああ――アルファ、あなたという子はまったく――可愛すぎて、私はなんだか泣きたくなってしまいますよ――」
「泣かないで、ユリウス様」
アルファは真摯な顔で私の顔をのぞきこんだ。
「あなたがいっしょにいてくれるのに、泣いたりなんかしませんよ」
私はそう言って笑いながらアルファの唇を奪った。
「…………」
口づけと共に、アルファの体がトロ、と溶けて、私の体の上に流れかかってくるように感じる。
「……それじゃアルファ、私がしたいことを言いましょうか」
「あ、はい」
アルファが懸命に姿勢を立て直す。
「教えて下さい、ユリウス様」
「アルファ、私はね」
私は、できるだけ優しく見えるように笑いながら、アルファの顔をそっと見つめた。
「アルファに、いっぱい気持ちよくなってもらいたいんですよ」
「……え?」
アルファはきょとんとした顔をした。そんな顔を見ていると、また泣きたくなる。ほんの少しだけ、いじめてやりたくなったりもする。
「だから、アルファ」
ああ、なんて頼りない体だ。
「あなたがどうやったら気持ちよくなることができるのか、どうか私に教えて下さい」
「…………」
アルファは真っ赤な顔で、私の胸にスリスリと顔をこすりつけた。
甘いにおいがする。よく『乳臭いガキ』という表現を聞くが、アルファのこの香りは、乳臭い――というのとは少し違うような気がする。アルファの香りはもっと、こう――ああ、そうだ、果実のにおいによく似ているな、アルファの体臭は。
「……えっと、あの」
アルファは照れたように、意味もなくもじもじと身をよじった。
「ユ、ユリウス様のおちんちん、ぼ、僕のお尻にいれてほしい、です」
「そうすればアルファは気持ちよくなれるんですか?」
「……はい」
アルファはコクリとうなずいた。
「……でも、ほんとは」
「本当は?」
「僕の割れ目の中に、ユリウス様のおちんちん、入れてほしい、です」
「それはまだ無理ですよ、アルファ。あなたのここは、まだまだずいぶんと未成熟ですからね」
「…………はい」
「アルファ」
少し不満げな顔をしているアルファをそっと胸から離す。
「全部脱いで、私のところへおいで」
「はい!」
アルファはホムンクルスだ。人間ではない。だから、アルファの体も人間の身体とは違う。
アルファには性器がない。いや、より正確にいうのなら、まともな形をした性器がない、というべきなのだろう、きっと。
アルファの股間には、小指の先ほどの突起がある。これはおそらく陰茎、もしくは陰核の出来そこない、なのだろう。まあ、どちらにしても本質的にはまったく同じことだ。その小さな突起の下には、割れ目というか肉のへこみというか、とにかく幼女の女性器によく似た割れ目がある。これは本当に、単なる割れ目、もしくは肉のへこみかひだとでもいったほうがいいようなもので、その深さは親指がちょうどすっぽり入るくらいで、その先は完全に行きどまりになっている。いったいなんのために存在しているのかまったくわからない部分だ。
あ、いや、なんのために存在しているのかわからない、というのは言いすぎだろう。なぜなら。
なぜならこの小さな突起と浅い割れ目、特に浅い割れ目の中は、アルファにとっては最大最高の性感帯だからだ。最初の頃はまさしく割れ目の中にわずかに指を入れるだけで、あまりの刺激にアルファはポロポロと涙を流していたほどだ。
だから、当然のことながら、その割れ目の中に私の陰茎を挿入するなどということは実質不可能に等しいのだが、なぜだかアルファはその割れ目の中に私の陰茎を挿入して欲しくてしかたがないらしい。それは、そうすることが自分に凄まじい快感を与えるから、という理由からではなく、どうもアルファはアルファなりに、自分のその部分のことを『性器』であると認識しているらしい。私の性器が自分の性器に挿入されることが、アルファにとっての性交渉の完成系――なのだろう、おそらくは。はっきりそう言葉にされたことはないが、アルファの言動の諸々を総合して推測するに、どうもそういうことのようだ。
アルファは人間の子供のようには成長しないが、まったく変化しないというわけでもない。最初の頃は割れ目の中を少し触られただけでも涙を流していたのに、今ではもう、アルファはその割れ目の中に私の指や淫具を受けいれて性的な絶頂を極めることができる。だから、いつかは本当に、アルファの割れ目の中に私の陰茎を挿入することができる日が来るのかもしれない。もちろん、そんなことが可能になったからといって、おそらくはなんの意味もないのだろう。そんなことが可能になったからといって、別にアルファが人間になるというわけでもなければ、アルファが私の子供を産めるようになるというわけでもない。だが。
だが、それが可能になったらたぶん、アルファはとても喜ぶだろう。
そんなことを取りとめもなく考えつつ、裸になったアルファを抱きしめて、唇を吸い、舌を絡める。
「――アルファ」
「はい」
「愛していますよ、アルファ」
「はい! 僕もユリウス様を愛しています!」
これは単なる空しいこだまにすぎないのだろうか。アルファの唇からこぼれる愛の言葉は、単なる人間の反応を真似た、空しいこだまにすぎないのだろうか。
私はそうは思わない。だって。
だって、私の胸の内は今こんなにもあたたかいから。胸を引き絞られるような苦しみも、同時に感じてはいるのだけど、でも。
でも――泣きたくなるほどあたたかいから。だから。
だから私はアルファの言葉を、胸の真ん中で受けとめる。
最初の文字と最後の文字と