殺し屋
――私は殺し屋だ。今回の標的は、野上沙耶。私と同じ職場で働いている女性だが、私が殺し屋だとは思いもしないだろう。職場での私の名は、門野恭二。仕事を淡々とこなす、有能な社員。一方で裏の顔を持つ男。だが、私は早くも殺し屋としての禁忌を侵してしまっていたのだ。
そう、標的、野上沙耶に心を奪われてしまったのである。これは殺し屋として許されることではないが、この気持ちを抑えることも私には出来なかった。どんな冷徹な人間も、温もりを求めるものなのかもしれない。
私の仕事は、彼女の調査から始まった。相手の性格、仕事、人間関係、生活パターン、趣味なども調査するのだ。これを把握せねば、とてもではないが仕事をこなすことはできない。まずは尾行だ。仕事帰りの彼女に気づかれぬよう背後から尾行、彼女の自宅を突き止める。一日で職場から家まで尾行し続ければさすがに気づかれてしまうので、一定の距離を決めておき、数日掛けて家までたどり着くのだ。見事な計画の成果あって、私は彼女の住むマンションを突き止めたのだ。
家がわかれば、仕事も半分終えたようなものだ。彼女の生活を調査するため、朝一番にマンション周辺に張り込み、彼女の出したゴミを調べる。これによって彼女の習慣、癖、趣味、好みがわかる。野上沙耶には交際相手が居ることがわかった。見た目からは想像つかないものもあるのだと、改めて実感した。
彼女の性格も知らねばならなかった。ある程度仕事での付き合いはあるものの、心の深いところまでは私もまだ知らなかった。先日の調査で手に入れた情報をもとに、私は彼女に近づいた。彼女は明るい見た目どおり、誰にでも明るく接する女性だった。大雑把な性格で、あまり細かい事を気にせず、適当に済ませてしまおうとするのが欠点だ。彼女は私にすらも優しく声を掛けてくれた。そう、私が殺し屋であるとも知らずに。この時点で、彼女は私に惚れ込んだであろう。仕事も成功に近づいていると言えた。
そして、最終段階。私は彼女の家に電話を掛けた。最初は私が狙っていると言う警告。
「一日中あなたを見ていました。朝ゴミを出すところから、昼喫茶店で男と喧嘩をしているところまで全てです」
彼女は彼女なりに危機感を持ってくれたはずだ。こういった電話を、一週間ほど続けた後、任務開始の宣告をした。
「今からあなたの家へ伺います。私の正体が気になりますか。いずれ、それもわかることでしょう」
感情を殺して私は言い放った。だが、電話を切った直後、私の目には永見だがあふれ返っていた。彼女も私の正体に気づけば、涙なくしていられないだろう。私は駆け落ちも考えながら、彼女の家へ訪れた。
――などと、意味不明なことを供述しており、容疑者の動機は未だ不明。
殺し屋