どうやら僕は異世界に来てしまったようです。【第一章 第三話】
「ん……んん。う……んあ?」
「あ……。スピカさん! アイシャ! 彼が起きましたよ!」
目を開けると、そこには心配した面持ちでこちらを覗き込む3人の女の子達。
「天国かここは」
目が覚めると3人の美少女が出迎えてくれるなんて、これ、なんてギャルゲだよ。
「あの、大丈夫ですか?」
初めに声を掛けてきたのは、どこかで見たことが……ああ、覚えている。忘れるはずがない。彼女は化け物に襲われていた女の子だ。
「えと、ちょっと右の頬がヒリヒリと痛むけど」
頬を擦りながらそう答えて、彼女を観察。
よかった。見た感じ、大事な怪我はしていないようだし、元気な様子だ。
「わ、悪かったわね」
そう言って、腕を組み、そっぽを向くのは褐色の肌に花の髪留めをした金髪の、これまた美少女。うん、この子も覚えている。僕達を襲った化け物を退治してくれた女の子だ。それと、いい右ストレートを持っている子であることも忘れはしない。
「あんたがアイシャに手を出していたからつい……」
「撫でてくれた」
銀髪の子、アイシャは、僕の袖を掴むと、なにか期待した眼差しをこちらに向ける。僕はそんなアイシャに笑みを浮かべながら、彼女の頭をなでなで。
あー。なぜか彼女を撫でると癒されるんだよなぁ。マイナスイオンでも放出しているんじゃないだろうか。
「まぁ勘違いはあることだし、気にしなさんな」
「そう言ってくれると助かるわ」
「あのっ、あの時は助けて頂き有難うございましたっ!」
しばらく手のひらに伝わる柔らかくサラサラとした感触を楽しんでいると、突然、お礼を述べて、ぺこりとお辞儀をするエリスという名の彼女。そんな彼女に対 して、僕はひらひらと手をふった。あの時、というのはあの化け物の件だろうけど、今思い出すだけでも恥ずかしい。僕にとってあれは、黒歴史にのこるエピ ソードなのだ。
「お礼なんてやめてくれ。というか、やめて下さいお願いします。結局助けられなかった上に、逆に助けられるなんて、凄く情けないというか、恥ずかしいというか……」
「いえ。あなたに助けていただけなかったら、たぶん、私はこうしていられなかったと思います」
「そうね。あんたが時間を稼いでくれなかったら、あたしも間に合わなかったわ」
「エリス……助けた」
「は、はは。そ、そう言ってくれると凄く救われるよ、ほんと。それとこっちも助けられたしね。ありがとう。マジであの時は死ぬかと思ったよ」
「誰かが危険な目にあっていたら助けるのが当たりまえでしょ……って、な、なに目を潤ませてるのよ」
「いや、別に今の言葉に「やばい。惚れそうになった」とか、「あらやだ、凄くかっこいいんですけどっ」とか思ってないから」
てっきりバイオレンスな彼女だと思っていたけど、この子、すごくいい子だよ!
「な、なによっ。勇者を目指すものなら当然の事よ……って、今度はなに、その生暖かい視線は」
「いや、うん。僕もその、小さい頃に戦隊ヒーローとかに憧れていたし、わかるよ、そういうの。うん! 君なら勇者になれる! ガンバ!」
この子、すごくいい子だけど、かわいそうな子だよ!
「素直にありがとうと言えないのはなぜかしらね。むしろ、無性に暴力を振るいたくなってきたわ」
「逃げろ! アイシャ!」
「あんたにだけよ! それと、あ、アイシャ、私からそれとなーく離れないでちょうだい」
そう言って、がくりと肩を落とす彼女の様子にクスリと笑うエリス。それにつられて、僕も思わず噴出してしまった。アイシャもよく見ると、ぴくぴくと肩を震わせている。
「なによー、そんなに笑うことないじゃない。そもそもあんたが!……って、まだあんたの名前聞いてなかったわね?」
「あ、そういえばそうだね。僕は橘 悠(たちばな ゆう)」
「タチバナユウ?」
「ああ、いや、なんかそれ違和感あるな。橘が苗字で名前が悠だよ」
「ミョウジ……ですか?」
あれー? なんかうまく伝わっていないぞ。
「面倒くさい! もうユウでいいでしょ?」
「ええ!? あ、いや、いいんだけどさ、別に、うん……」
「わかったわ。それじゃこれからあんたのことをユウって呼ぶから。それと、私の名前はスピカ・ユリアンスよ。スピカでかまわないわ」
腰に手をあてて二カッと笑う彼女に、僕は活発そうで男勝りな印象を持った。あの化け物を射止める彼女は一体何者なのかは、凄く謎である。
「私はエリス・リーネストと言います。あの、よろしくお願いします……ゆ、ユウさん」
なにこのかわいい子。スピカとは真逆で、おとなしく、おっとりとした雰囲気を持った子のようだ。そして、背中に感じたあの感触……。着やせするタイプだということはすでに脳内メモリーへと永久保存済みである。
「ユウ」
そう言って、背の関係か、見上げる形で僕を呼ぶアイシャに、思わずお持ち帰りー!といってしまいそうになるのを生唾と一緒にごくりと飲み込んだ僕は、ぽんとアイシャの頭に手を載せてなでなで。もう、アイシャに対してはこのスタイルでいこう。うん。
「よろしく。とまぁ、自己紹介も終わったことだし、ここで一つ質問があるんだけど。ここって、どこなのかな?」
「ええ、ここは――「学園、アルビレオンよ」――っ!」
エリスの言葉を遮るおっとりとした女性の声。全員がその声に驚き、部屋のドアへと視線を向けると、いつの間にいたのか、そこには一人の美女が立っていた。
これまた珍しい青色の髪を腰まで伸ばし、少々たれ眼がちな眼に、チャームポイントとして泣きほくろがある。一見、20代後半に見えるその容姿は大人の雰囲気を漂わせていた。そして……なぜかメイド服を着ている。
そんな、まさしくドストライクなその容姿に、僕は素早く彼女に近づいて、ガシッと手を握り――。
「ずっと前から好きでした。僕と付き合ってください!」
言ってのけた。
「まぁ」
「っ!」
「なっ!」
「……?」
正直に言おう、僕は、大の年上好きなのだっ(女性限定)
「ゆ、ユウさん!?」
「許してくれエリス。僕は年上の美女を見かけたら声を掛けられずにはいられない体質なんだ!」
「あらあら、嬉しいことを言ってくれるわ。でも、ごめんなさいね。この学園を治める長としては、申し入れを受けることはできないの」
やんわりと、申し訳なさそうに言う彼女。
そんな彼女に僕は首を振り、笑みを浮かべた。
「なるほど、凄く残念ですが、忙しい身というならば仕方がありません。ならば、手助けが必要になった時はこの、橘 悠をお呼び下さい」
「ふふ、なかなか面白い子ね。それなら遠慮なく、困ったときは助けてもらおうかしら?」
「ええ、おまかせ「アリス様になにしてんのよこのバカ!」――へぶ!?」
突然後頭部に衝撃を受けて前のめりになると、顔面いっぱいに、やわらかーい、幸せ感触。ああ、なんか凄く気持ちがいいのだが……。
「ゆ、ゆゆゆ、ユウさん!?」
「ん?」
顔を上げると、目の前には、あわあわと顔を真っ赤にして、目をぐるぐるとしている美女。
あれ、ということは……。
「……おっ○い」
決して大きくはないアイシャの声だが、ひどくこの場に響いた。
「はぅ」
「「アリス様!!」」
ぱたりと倒れたメイド服を着た美女に駆け寄るエリスとスピカは恐る恐るといった感じで彼女の肩を揺さぶっている。
「よし、少し待ってろ。今医者を呼んでくるから」
「ちょっと待ちなさいよ……」
――ガシッ
「ひょ?」
ドアに手を掛けた瞬間、何かが僕のズボンの裾を掴んだ。いくら力を入れるも、その拘束から抜けられそうもなく、油が抜けた機械の如く、ギギギと足元を見ると、そこには満面の笑みを浮かべたスピカがいた。
僕もお返しにと、頬を染め、笑みを浮かべて言う。
「やさしく、してね?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こほん。それで、ここはアルビレオ大陸の中央に位置する学園、アルビレオンというところよ」
未だ赤みが抜けきってない頬で言うのは先ほどの美女、アリスさん。驚くことに彼女はこのアルビレオンという学園の学園長らしく、というか学園長にしては若 すぎると思うけど、まぁ、あれからエリスとスピカ、そしてぱたぱたと手をうちわにして風を送るアイシャの介抱のおかげで意識を取り戻したのだった。その 後、気まずい雰囲気の中での自己紹介を終え、今にいたる。
「アルビレオン、ですか……」
額にできたたんこぶの痛みに耐えながら、僕は必死に記憶を探るけど、アルビレオンという言葉は初めて聞くものだった。それに、アルビレオ大陸って……。
「一応確認させて下さい。ここって日本ですよね?」
僕の問いに、しばらくアリスさんは人差し指を口元に当ててなにやら思い巡らしている。
そんな姿にまたしても彼女の元へと無意識に体が向かおうとするけど、厳重に縛られた縄はそれを許さなかった。
うん、僕としても助かるけど……なんで亀甲しばりなのさ。
アリスさんは、やがて厳しい顔つきで、 思ってもみない事を述べたのだった。
「そのニホン、というのは初めて聞く言葉だわ」
「え?」
「私も立場上、世界中の様々な情報を耳にしたり、調べていたりするけども、その中にニホンというワードはなかったわ。どこかの地方の言葉なのかしら?」
「そ、それじゃ、ユーラシア大陸とかアフリカ大陸、それに南極大陸は!?」
「……ごめんなさい。そのような大陸も聞いたことないわ。大陸といったら、このアルビレオ大陸と、バルメシア大陸、ローランド大陸、シア大陸の4つの大陸だけれど」
なんだ、これ。僕とアリスさんの常識というか、なにか根本的な認識が違う気がする。
アリスさんの言っていることは嘘、という事はエリル達の反応を見る限りはなさそうだし。だとすれば……。
「は、はは……マジかよ」
「……ユウ」
今まではジッと静かに様子を伺っていたアイシャが、トテトテと僕に近づき、手を取った。
いきなり手を握られてびっくりしたけど、正直ありがたい。
僕は、ジワリと嫌な汗をかき、震えだす体を抑えながら、皆にある結論を言うことにした。
「あの。なに言ってるんだこいつって思うかもしれないけど。どうやら僕は、異世界に来てしまったようです」
どうやら僕は異世界に来てしまったようです。【第一章 第三話】
ゆっくり更新ですが、完結目指して頑張りますっ。