「色音。」
第一章 出会い
「何で俺… 先輩を好きなんでしょう。」
「さぁ。何ででしょうね?」
そっと 先輩の顔を見ると、真剣に作業をしているように見えるが、口元だけが… 緩んでいた。
俺が先輩と出会ったのは、去年の文化祭、俺が中三、先輩が高一の時。志望校だった聖十字学園の見学と偽り、受験勉強を丸投げして遊びに来たのだった。皆と目的もなくブラブラ校内をただ歩いていると、
「写真&美術展をやっておりまーす! 暇な人はぜひ、見ていってくださーい!」
メイド服の小柄な可愛らしい先輩が必死に叫んでいた。
「暇だし行ってみるか」
誰が言ったか覚えていないが、その言葉に批判する者はなく、ゾロゾロと会場に向かった。写真&美術展と書かれた看板は、少し古びた美術室の前に立っていた。古びた埃臭いにおいから、本当にここで合っているのかと疑問に思うが、看板がここに立っているのだから間違いないだろう。皆で息をのみ、恐る恐る扉を開けてみると、
「…桜……?」
俺達の目の前に広がっていたのは、季節の大分過ぎた満開の桜がそこにはあった。大きく太い立派な幹、淡く儚い桜の花、ゆらゆらと舞っている桜の花びらに圧倒された。
「すっ…すっげぇ!一瞬、春なのかと思ったぜ!」
「こんなにリアルな絵…見たことねぇ…」
各々、感じたことを大声で叫ぶように告げていると、
「うるさい… 静かに出来ないの?」
凛とした声、整った顔、スラッと伸びた足、ほどよく体についた肉、そして、真っ黒なストレートの髪、どれもとても印象的で俺の…いや、全員の目が彼女に釘付けになった。
「ったく… 人をそんなにガン見しないでくれる?あんまりいい気分じゃないの。」
「すっ、すみません…」
皆で照れ笑いしながら、謝罪の言葉を口にした。彼女の顔をさりげなく盗み見ると、目がそらせなかった。とても…
第二章 発展
「…真?拓真?」
「うわっ!?」
あまりの顔の近さにびっくりして椅子から大きい音を立て、ひっくり返ってしまった。
「いっ、てぇ~…」
「呆けてるんじゃないわよ 馬鹿」
馬鹿と言いつつ手を差しのべてくれる先輩。
「ありがとうございます…」
先輩の手を借りて起き上がると、
「で? 何を考えてて私の呼び掛けを無視し、絵も中途半端に放り投げていたわけ?」
ご立腹のご様子です…。
「いやっ… あの… えへへへへ…」
笑って誤魔化そうとしても、
「誤魔化そうとしても、騙されないから」
誰も貴方に通用するとは、思いませんよ。
「引かないで下さいね?」
「初めから引いてるから、安心して?」
にこやかに何を言ってるんだ、彼女は。しかも、地味に傷付く…。
「嘘よ? 信頼してるのよ?拓真のこと。」
不意に言われると勘違いをしそうになる。
「あっ… りがとう…ございます…///」
「いえいえ。」
俺に見えないとでも思ってるんですか? バレバレですよ? 先輩が少し嬉しそうに口元、緩めていること。ホントに、勘違いをしたくなる。
「先輩との出会いを思い出してたんです。」
「私との?」
「はい。」
そうやって、無意識の内に頬を染めないでいただきたい。そういう顔もとてもいとおしい。
もしかしたら…
「先輩… 俺の言ったこと… 覚えてますか?」
「覚えてない。」
即答ですか。淡い期待を持つものではないな…。
「そう…ですよね。ハハッ!すみません。変なこと聞いたみたいで…」
先輩は目線は自分の絵に向けたまま、
「『貴方の絵に惚れました。絶対受験に合格して、貴方の一番側で貴方の絵を見ていたいんです。だから、絶対待ってて下さい。』でしょ? 忘れる訳ないでしょ? ちょっと嬉しかったんだから…///」
貴方は俺の気持ちを惑わすのがとても上手い。無意識だからこそ余計たちが悪いが俺は…
「今も変わってませんよ? 貴方の一番側で貴方の絵を見ていたいんです。」
「70点」
「えっ!?」
何でも俺の上手を行く先輩は正直…
「変わってるでしょ? 私の絵じゃなくて、私の一番側にいたいくせに…///」
厄介だ。
「…そうですね? 俺は貴方の一番側で貴方を見ていたいんです。だから、側にいていいですか?」
「好きにすれば…良いじゃない…///」
貴方の一番側にいられるのは、多分俺だけだ。こんな厄介な人面倒見切れる人はなかなかいないだろう。だから、
「貴方は必ず俺が守りますし、支えます。ずっと側に居ますから」
第三章 嫉妬
それは突然やってきた。
先輩の娯楽のための部活。先輩は普段嬉しそうに美術室に入ってくるのだが、その日は違った。…そう、何故か物凄くキレた状態で部活にやってきたのだ。
「せっ? 先輩?」
「何?」
喋りかけない方が身のためかも知れない…。いつにもなくご立腹のご様子だ。
沈黙が続き、それに耐え兼ね部活の準備をしていると、
「ねぇ… 拓真?」
「はっ、はい!!!」
不意に名前を呼ばれ、先輩の方を振り向くと、
「…ううん… 何でもない…」
先輩は俺に作り笑いを見せた。気付かれてないとでも思ってるんですか?
「何が… あったんですか?」
「え?」
「先輩、今日…変です。」
図星だったらしく、下に俯く先輩。
「俺じゃ解決出来ないかも知れませんが、話を聞くことくらいしますから、俺を頼って「拓真が」
「え?」
「拓真が… 栞と仲良さそうに…体育してた… 楽しそうに…教室とか…渡り廊下で話してた…」
栞は俺の同級生であり、先輩の…妹だ。
「それに!!!」
先輩はポロポロ涙を流しながら、
「名前で呼んでた…」
俺のシャツを掴んだまま、小刻みに震えて泣いていた。
「先輩?」
「何よ…」
「なんで、泣いてるんですか?」
「…拓真の…せい…///」
「理由は?」
「そんなの… 私が聞きたいわよ…」
先輩の腕を引き、抱き締めた。
「先輩?それは…嫉妬って言うんですよ?」
「嫉妬?」
「はい。嫉妬です。 それに栞と話してたのはあいつの幼馴染みの話ですから。」
「裕貴と紘の?」
「はい。だから、心配しないで下さい。 美琴先輩?」
「馬鹿拓真…」
「先輩… 可愛い」
「…!!! 離せ ド変態!!!」
「ですよねぇ~…」
渋々先輩を離すと、
「あっ! ありがとね…///」
「はい?」
「だから!!! ありがと!!! それだけ!!! 私 用事あるから帰る!!! バイバイ 拓真」
そう、言い捨てると台風のように去っていった。
「先輩がいないなら、俺も帰ろ」
美術室の鍵を閉め、家路についた。
第四章 天敵
先輩は、慌ただしくなった。
パンフレットの表紙、壁画、学年のパネル、どんどん舞い込んでくる"依頼"。それを1つも断らず、ただ、
「文化祭までに完成させて下さい!!!」
「そこに置いといて。」
という。全く たまったもんじゃない。まだ 美術展用の絵も完成してないというのに…
はい。私、久坂拓真は、なんの役にも立ててません。自分が無能だということは自分でも痛いほど実感している。絵は 一応5はもらっているから"下手"ではない。しかし、こんなに上手い先輩と比較されると自分がどれほど無能かと思い知らされる。
先輩には
『絵は 上手いも下手もない。ただ、自分がどう描きたいかで決まってくる。だから、拓真の絵は好きだよ?』
と、お墨付きをもらえた。しかし、先輩と居たいから始めた部活なので素直に喜べなかった。現に今も役に立てていない。
「拓真。手 止まってる。」
「すみません。」
迷走に耽っていたら 手が止まっていたらしい。
「無理… しないでね?」
さりげない気づかいに ときめいた。
「先輩こそ…」
言いかけたとき 美術室の扉が開いた。
「美琴!!!」
「誠ちゃん!!!どうしたの?」
"誠ちゃん"と呼ばれた彼は 先輩と同じクラスで幼馴染みである 上條誠治先輩だ。
「久坂君に お客さんだって」
「俺!?」
今の登場の仕方から考えてどう見ても 美琴先輩に用事だと思うんだが… 一人 考えていると
「拓真 いますか?」
聞き覚えのある声にはっとした。
「三春?」
「いた!やっと見つけた!」
そう言って 俺の所に駆け寄り抱き付く三春。
「離れろ!!! てか なんでここに?」
「はーい… 実はね?拓の家に居候することになったから ご挨拶?」
「はぁ!? なんで!?」
「色々あるの!!! 大丈夫!学校は向こうに行くから」
「桜ノ宮女学校? 遠くないか?」
桜ノ宮女学校は 有数の女子高だ。しかも 頭脳明晰 容姿端麗 運動神経抜群の完璧女子が集まる 学校だ。
三春は 運動は少し苦手だか頭はいいし 顔も可愛らしい顔をしている。しかし…性格にかなりの"難"ありだ。
「平気。あそこまで 10分で着くから。」
「案外近かったんだなぁ…」
感心していると
「拓真君? 美琴の様子が変なんだけど?」
誠治先輩が声を震わせ 俺に問いかけた。俺の目線の先にいたのは オーラからして黒い機嫌がかなり悪い先輩がいた。
「せっ… 先輩?」
「全員 出てけ!!!」
大声で一喝入れられてしまった。
「じゃあ… 俺は… 退散するわ!!!」
一目散に逃げ出す 誠治先輩。
「…誠治先輩……」
呆れていると
「ねぇ?拓真?」
「なんだよ 三春…」
物凄く笑顔の三春がいた。
「先輩とお話がしたいから 少し席はずしてて?」
「は? 今 物凄く機嫌悪いけど?」
「誰が機嫌が悪いのかな? 拓真君?」
極上の黒笑みで俺を見る先輩。
「滅相もございません。」
「先輩もこう言ってるんだから 女子同士でお話したいことあるの!男子は出てった 出てった!!!」
三春に背中を押され 美術室を追い出されそうになる。
「先輩!!! 危険になったら 電話してください!」
「危険になんて ならないわよ」
「こいつ…」
「拓は黙るの。 先輩食べちゃってもいいなら別にいいんだけど?」
先輩には聞こえないように 俺に耳打ちする三春。
「なんかしたら お前でもただじゃおかねぇ…」
「拓真が不機嫌になるんで また来ますね? 高野美琴先輩?」
「あぁ。うん…」
「さようなら」
満面の笑みで帰っていった 三春。
俺は先輩の正面に立ち
「あいつには関わらないで下さい」
「え?」
「あいつは!!!」
"先輩 食べちゃってもいいなら別にいいんだけど?"
三春に言われた言葉が俺の頭の中でリピートする。
「いえ… ないです。ただ…あいつと二人っきりにならないで下さいね?」
俺の剣幕にびっくりしたのか
「うっ…うん。」
「時間も惜しいですから 作業しますか。」
「うん。」
嫌な予感は充分にするが ここまで言えば平気だろ。俺の油断に微笑んでいる奴がいるとは知らずに…
「どーせ 拓真は注意したから安心してると思うけど 何年一緒にいると思ってんのよ まだまだあまあまちゃんだね♪」
「色音。」