それは意外にも静かに 5

春豚

ちょいと暇

MARKSMANの2カ月半におよぶ全国ツアーは、無事に終了した。

ツアーが終わってバンドは10日間のお休みに入った。
2人で旅行でもしようかと晃央から提案があったが、私はバイトや仕事をいつもどおりにいれていた。少し意図的にではあったが。
それで、私達の旅行は次の機会に回すとして、彼は地元にしばらく帰ることにした。
もちろん私は付いていかない。

一週間くらい滞在すると言っていたのに、3,4日程で帰って来た。

「曲ができそう」
、とのこと。

残りのオフの日は、一緒に過ごそうと私はしばらく晃央の自宅に住むことになった。
彼の家からバイトと仕事に行く。それが終われば彼の家に帰る。
同棲だ。
でも今だけ。
ここは、まだ晃央が100パーセントの空間だ。そこに私がお邪魔させていただいてるだけの空間。自分のアパートに比べて部屋の大きさとか家具とか設備とか全てが格上だけど、なんか完璧には落ち着かない。

まあ、いいや。

私もバイトのシフトも、たまにある仕事に合わせて時間帯もバラバラなので、まあまあ不規則な生活だった。
晃央は、たまに休憩がてら外出はしているようだが、基本的にはギターを弾き、歌い、書きという作業をベースにずっと家にいた。
しかし、一緒にいるんだからご飯は絶対に一緒に食べたいと言って、私より早く起きた日は朝食を作って待っていたり、私が夜のシフトのバイトへ行く前にご飯を作ると必ず一緒に食べてくれた。

その日は、一緒におやつを食べていた。仕事の帰り道にイチゴ大福の看板を見て、気が向いたので買ってきた。
「進んでますか、作業は?」
デリケートな話題だと思うとついつい敬語になってしまう。
「お陰様で。実は何曲かできてるんだ。聞きたい?」
イチゴ大福片手にクールに返答してくれたが、画はとてもかわいい。

「それ、いつもならメンバーが先でしょ。いつもどおりにやったほうがいいんじゃない?それに、バンドを通してその曲が完成するなら私はそれを最初に聞きたいな」
なんとなく、そうしたほうがいいと思った。バンドの曲というのは、メンバーのだれかがソングライティングをして、できたものをメンバー全員のセッションでアレンジがなされて仕上がるという工程を踏むのが一般的で、その方法はMARKSMANもデビュー当時から10年以上も取っていた。

だからなんとなく、今までの彼らの曲たちの生まれ方を変えない方がいいんじゃないかと思ったのだ。

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オフが開けて、最初の仕事は雑誌の取材だったらしい。

今は先日できた曲たちの仕上げの作業をしていて、これから新しいアルバムのレコーディングに入るかもしれないとメールに書いてあった。

彼らのオフが終わるとともに私達の期間限定同棲は終了した。
晃央は、もっといればいいのにと言っていたけど。
また前のように時間が合えばいつでも来るからと言っておいた。

制作作業中は、ものすごく不規則な生活になるからあんまり合う時間を見つけるの大変かもしれないとも言っていた。

それならそれでもいいと思った。正確に言えば、それでも大丈夫だと思った。
2人の生活リズムがバラバラなら、無理に一緒にいない方がいいと思った。

一緒にいれないのに一緒にいようとするよりも、一緒にいれるから一緒にいようとした方がいいと思った。

会いたいくて会える時に会えばいい。

話したくて話せる時に話せばいい。


ツアーが終わったころ、彼の自宅近くの公園は桜が満開で綺麗だったのに、
今朝見たニュース番組では、混雑するゴールデンウィークの各交通機関の様子が流れていた。

電話はしても一回でつながることは無い。
だんだん不在着信を残しあうだけになっていた。
メールのレスポンスの時間は、RE:を増すごとに間隔が伸びた。

携帯の画面をチェックする回数だけが増えているんじゃないかと気づいた。

たまにある平日の2連休の過ごし方には頭を悩ませた。
こんな日はほぼ毎回、晃央のうちに行っていたから他の過ごし方が思い出せなかった。
だらだらネットサーフィンをしたり、一日中練習をしたりしてみたけど。

もういい加減、一人で晩御飯を食べるのも飽きたな。

しばらく熱いお茶もいれてないかも。

そろそろ、あの人の誕生日が来るな。


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『毎年親切に誕生日お祝いしてくれてありがとう。元気?もう日本帰ってきたんだよね?もし時間があったら、福岡に遊びにおいでよ。久しぶりに葉子の成長した姿が見たいな』


毎年、お互いの誕生日に内容の薄い連絡を取る程度だった。別に元彼ではないし、気まずいことがあったわけでもないから、この程度の連絡を取り合うのは距離の離れている友人関係なら普通のことなはずなのだが。
本当に毎年忘れることがなかった。色々なSMSを開いたときに表示される友人の誕生日コーナーに注意をしなくても。
そして毎年自分自身の誕生日もこっそりずっと待っていた。彼からのメッセージが来るのを。どんなにありきたりのメッセージでも、こっそりすごく喜んでいた。あの人の中に私はまだ存在してることが嬉しかった。交友関係が信じられないくらい広くって、私の何倍も社交的で、よくわからないけど自分が向上するために仕事もよく変えて。
スポットライトを浴びる仕事をしたいと思っているのは私なのに、彼のほうが何倍もライトなしに輝いていた。

私の“忘れられない”人。

「成長が見たいって。フフ。何様のつもりなんだか」
パソコンを見つめて、ため息をついて、伸ばしていた背を丸めて、首をかしげて、自然と笑顔になる。
5回目。私と彼が出会ってから5回目の彼の誕生日だ。東京で知り合ったのは7月だから、もうその年の誕生日は過ぎていたんだっけな。懐かしいな。

『いつもありがとう、兄様。福岡行ったことないから、本当に行ってみようかな』

数秒後、SNSの着信音がかすかに音を出した
『おいでよ。1,2日位は空けれるから』

福岡に行く飛行機代と宿泊費その他もろもろ。
バイトのシフトを少し増やせないか店長に相談してみよう。
どうせ、時間はたっぷり余ってるんだ。

いいでしょ、ちょっと旧友に会いに行くくらい。


その日、急に晃央から連絡が入った。

『今晩、そっち行っていい?』

自分がドキドキしているのがわかった。でも今晩はバイトが入っていたので、急いで他の子に電話をして代わってほしいとお願いした。運良く彼女はオッケーしてくれた。

少しちらかっていた部屋を掃除した。布団カバーとシーツを新しいものに換えてみた。
冷蔵庫の中を確認して買い物に行った。おいしそうなお団子があったのでそれも買った。
朝に一回入ったけど、もう一回シャワーを浴びた。うっすら化粧をし直した。
手帳を見直してみた。自分は、ここ最近何をしていたのか、それを通して何を思っていたのか考えてみた。
少しお腹が痛くなった。指先の感覚が薄い。
何時に来るのかは聞かなかった。今晩って書いてあったから、まあ10時くらいになるんだろうと思って、それを計算して準備していた。

ひと段落したので、ソファーに座るといつものニュース番組が始まっていた。
チャンネルを回すと、恋愛ドラマを放送していた。
別れたはずの男女が街で偶然に同じパーティーで再会する場面。

人が作った話は美しい。
美しいものを見たくて作ってるんだから、そりゃそうだろう。
でも、実際はこんなもんじゃない。
誰でも知っている。
同じ東京に住んでいたって、恋人同士だって、この3週間偶然に顔を合わせることはなかった。

はなやかな職業の人間と恋をしたら、それはそれは賑やかなものになるのかと思っていたけれど、それは意外にも静かである。

いつも2人だけの小さな空間で、マスコミに追われることも一切なく。
ライバルの美人さんが現れることもなく、やきもちも焼く必要もなく。
派手な喧嘩もしたこともないし、彼のことで感情が爆発することもない。
かと思えば、今度は石のように待ってろと。
別にさ、「君がいない世界なんて終わってる」って歌われるような恋愛がしたいわけじゃないけど。

なんか、感情の起伏が乏しい気がする。

世の中には、もっと楽しいことが溢れているんじゃないかな。

ドラマは、男性が再会した女性に再び好意を抱いたことに気づいて終わった。
設定も進行も全てチープだと思っていたのに、涙を流していた。

ドラマの主題歌が気に入ったので、インターネットで調べている途中で携帯が鳴った。
『あと少しで着く』

作って置いた野菜炒めを電子レンジに入れる。


コンコン

夜遅いのを懸念してか、チャイムをならさずにドアを直接ノックされた。

ドアを開けて、晃央を招き入れる。
夜の冷たい風とともに、いつもの柑橘系の匂いが久しぶりに入ってくる。

「何か食べる?」

「いらない」

食器棚を開ける私の後ろをすっと通り抜けると晃央はソファーの上に座る。

「あ、そう」
お湯を沸かしてお茶を用意して私も奥の小さなリビングに行く。

ソファの前に膝をついて急須からお茶を入れる。

「どうぞ」
と言って、ソファに座りなおして晃央の方を向く。

肩を掴まれて、突然キス。
晃央の目が座ってる。

「疲れてるの?」

問いかけにも答えてもらえずに押し倒される。

「ちょっと、待って。どうしたの?」

一切喋らずに、私の服がどんどん剥がされる。
こんな乱暴な彼を見たことはない。

一通りの行為を終えると、スイッチが切れたかのように寝た。

今回のそれは、異常に強引だった。
彼の顔は、終始無表情で何か大きくて激しい感情を押し隠しているようだった。

こんなの初めて。

驚きの感情を抱いたままセックスをしたのは初めてだった。
それは、久しぶりに会えた喜びとはほど遠いものであった。

その気持ちのままシャワーを浴びて、一人でベッドに入る。

しばらくして彼も追ってベッドに潜り込んでくる。

それから、なかなか寝付けなくて、1時間ごとに目が覚めた。
横に寝ているのは、知っている人のはずなのに、ものすごく違和感があった。
少し、距離を置いた。


何回か、寝て目覚めてを繰り返していたら、横でゴソッと音がする。
晃央が起きた。

トイレを流す音がした。
すぐ後に、近くでカチャカチャとズボンのベルトをいじる音。
スッスッと布が動く音がする。

しばらくして、玄関のドアを閉める音がした。

そのまま、晃央は戻って来なかった。


「つまんねえ」

起き上って、ベッドの上であぐらをかいた。

リビングの電気を付ける。
台所でお湯を沸かす。
パソコンの電源を入れる。
グーグル検索に入れたのは

≪福岡 格安 航空券≫

それは意外にも静かに 5

それは意外にも静かに 5

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-25

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