私のお城

ときどき、酷く無気力になることがある。
何もしたくない、けれど何もしないというのは落ち着かない。そういう時は決まって、私は無言の癇癪もどきを起こすのだった。手当たり次第に物を投げ、蹴飛ばす。そして、ぐちゃぐちゃに散らかった室内を見て、妙な安心感と征服感を覚えるのだ。"してやったり"と。
私のこの秘密の儀式、とでも言うべきものは、だいたい家に一人きりのとき、ひっそりと行われる。自分のこの醜い感情や行動を他人に知られるのは耐え難いことだった。私は私の内側を覗かれることを、誰よりも恐れた。だから誰にも心を許したことがない。親も友人も、所詮は"外側"の人間でしかないのだ。私は私の心の中に、秘密のお城を持っている。大きくて歪で、今にも崩れそうになっているそれは、私の自尊心や、外への警戒心の化身とでも言うべき存在である。そこでは私はいつも一人で、もしくはまるで鏡のように私の内面を映し出す、妄想内の理解ある友人達と共に暮らしていた。

ある日、我が城へ新たな訪問者が現れた。
美しい少女だった。私はこれまで生きてきて、彼女ほど美しいものを見たことがなかった。一目で惹きつけられた。まるで恋のようだ、と思った。もっとも私は、誰かに恋をしたことなどなかったが。彼女は、私の思い描くどんな理想よりも美しく、可憐で、それでいて気高かった。彼女に手を伸ばさずにはいられなかった。その美しい白い肌に、どうしても触れてみたかった。今ここで彼女を自分のものにしなかったら、きっと誰かにとられてしまう。そんな気がしたのだ。
私がその、ほんのりと朱に染まった頬に触れると、彼女はうっとりと瞳を閉じた。錦糸のように滑らかな金髪、碧い宝石の如き瞳、陶器の肌……。そして私は何よりも、下を向いた長い睫毛に魅せられた。


私は彼女の手を引いて、城の奥に入って行った。城内の誰も彼も気さくに話しかけてくる。足元に広がる無数のガラクタ。それらを無視し、真っ直ぐに一番奥の部屋に向かう。一心不乱に歩きつつ、彼女の手の冷たさだけに夢中になっていた。
観音開きの扉を開くと、そこには見慣れたピンクと白の調和。フリルとレースで飾られた私の一番愛しい物たち。しかしこれらも、今日からはただの背景にすぎない。猫脚の椅子や机や、五段重ねのシャンデリアは、彼女という最高の芸術を飾るための額縁となるのだ。

私はその部屋の中央に彼女を"配置"した。

私のお城

私のお城

誰にも見せたくない、誰にも触らせたくない。 親にも友人にも教えたことがない、"私"だけのお城。 醜くて美しい、歪んだ楽園。 ある日そこへ、とっても綺麗な女の子がやってきた。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-24

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