夢の中で2

甘い香りに包まれて、体はふあふあ

甘い香りに包まれて、小鳥もうたう

甘い香りに包まれて、そこはもう、

夢のなか。


終電ー終電ー…

アナウンスの声にハッとして席をたつ。
最近はどうもすぐに夢の中へいってしまう。
寝不足なのだろうか。
十分に睡眠は取れていると思うのだが。
都心から少し離れた古い駅で降りる。
さっきまで大勢の人が疲れた顔で歩いていたが、自分の家の近くまで来れば人はまばらだ。田んぼや畑が少し歩けば広がるこの場所は、都会に住むことを嫌がった結果見つけた所だ。
街灯のない細い道を歩く。
ふと上を見れば、星がわずかに光っていた。

くじらは飛んでないか…

ふと思って、すぐに笑ってしまう。
何を考えたんだろう。
くじらは海を泳ぐものだ。
空にいるはずがないのに。
どうやら、自分は相当夢の中の世界が気に入っているらしい。
コンビニへ寄っておでんを買って、煙草に火をつける。
煙が色を薄くしながら消えていくのを見ていると、急に眠気に襲われた。
大きなあくびがでる。今日も疲れた。
帰ったらすぐに寝よう。
そう思った所で、意識が途絶えた。


誰かが呼んでる…?

目を開けると、淡い茶色が見えた。
ぼんやりする視界の中で目を凝らす。
大きな可愛らしい瞳を向けているのは、子どもだった。

アベル!もう、なかなか起きないんだもん

そう言って頬をふくらませた。
この子は誰だ…?
淡い茶色の肩で切りそろえられた髪は、あの女の人と同じように美しかった。
起き上がってみると、どうやら草の中で寝ていたらしい。
色とりどりの花が咲いていて、どこからか小鳥の鳴き声が聞こえる。
上を見れば、くじらが泳いでいた。

あぁ、夢の中か

そう思っていると、子どもに手を引っ張られた。
いつの間に作ったかのか、頭には花の冠がある。
シロツメクサで作られた冠が花冠は、その子によく似合っていた。

アベル早くいこう!花の蜜のケーキ食べるんでしょう?

あぁ、わかったよペソラ。早く帰ろう。

ペソラを肩に座らせて、家へ向かって歩き出す。
きゃっきゃとはしゃぐその子は、とても軽かった。
ちゃんと食べているとは思えないほどだ。
背の高い木々が太陽の光を和らげて、優しい光だけが森を照らしていた。
途中うさぎやシカに会うたび、ペソラは声をかけて笑った。
やがて赤いレンガの家が見えてきた。

おかあさーんっ!

外で洗濯物を干している淡い茶色の髪の人。
振り返ると、柔らかく微笑んで両手を広げた。
しゃがんでペソラを下ろしてやると、ペソラは女の人に向かって走り出した。
そしてそのまま女の人の胸へ飛び込む。
頭を撫でられて、何か話しているようだ。
それは嬉しそうに笑ながら大きく頷くと、こっちを振り返って手招きした。
2人のとこまで行くと、女の人に迎えられる。

おかえりなさい。

ただいま。フレア。

フレアの頬にキスを落とすと、ペソラがずるいと騒ぎ出す。
仕方なくペソラにも同じことをすると、満足そうにしながらも顔を赤らめた。
笑ながら三人で家に入る。
扉が閉まると同時に、身体から何かが抜けていった気がした。



朝はペソラに起こされる。
フレアの作った朝食を三人で食べて、ペソラと森へ木の実や花の蜜を取りに出かける。
昼は色とりどりの花の中で弁当を広げ、夜は温かいスープを飲む。
そしてペソラの寝顔を見て、フレアとベッドに入る。
何か特別なことがあるわけでもないが、この幸せな毎日にある時違和感を覚えた。

アベルって誰だ?
ペソラもフレアも、どうして自分をアベルなんて呼ぶんだろう。
自分は何か大事な事を忘れているのではないか。
その違和感は、一日、また一日と大きくなって頭の中を埋めていった。
その違和感を2人にぶつけようと思ったが、どうしても出来なかった。
ぶつけてしまったら、この幸せな毎日が壊れてしまいそうで…
自分を受け入れてくれるこの自分の居場所がなくなってしまいそうで…
大事な事を思い出すよりも、幸せな毎日を過ごす事が大事だった。

ねぇアベル。最近何を考えてるの?

ある日。
鳥や蝶と遊ぶペソラを見ながら、空を見る。
フレアの鈴のような声が聞こえたが答える気にはならない。
空には変わらずにくじらが泳いでいる。

あぁ、夢の中か

そうふと思った瞬間、自分の中の何かが帰ってきたような感覚に襲われた。
コンビニで買ったおでん。
散らかった部屋。
朝起きたら吸う煙草。
眠気を覚ますための朝のシャワー。
そうだ。ここは夢の中だ。
気づいた瞬間、途端に世界が歪み始めた。
体が大きく揺れて気持ち悪い。
と、フレアに手を掴まれた。
フレアはものすごい顔をして、手を離すまいと手に力を入れる。
あまりの力の強さに意識がはっきりと戻った。
歪みが無くなり、さっきと同じ穏やかさに包まれる。

どうたの?急に倒れそうになって…。どこか悪いのかしら?

心配そうにしながら、フレアはおでこに手をあてる。
息が荒い。
さっきのあの力はなんだ。とても小柄な体からは想像出来ない。
いつの間にかペソラがフレアの隣に来ていた。
今にも泣きそうな顔でこっちを見ている。

夢の中で2

夢の中で2

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-24

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