誰が為にエンジンは鳴る
1話:”超速のハチロク”
「ニヒヒッ!ここいらは俺らのヤマよ!なぁアニキ!」
「イヒヒッ!ああ!あんなボロいハチロクにこの坂は無理だろうぜーッ!」
「ニヒヒッ!俺達の勝ちだ!ハチロク無敗伝説ここに破れたり!!」
次の瞬間だ。
ゴールを目前にした2台の赤いアルシオーネの間を白い閃光がすり抜けたのは。
白い閃光は真っ直ぐにゴールと称されたラインの上を突っ切って行った。
「ニヒッ!?」
「イヒィーッ!バカな!?あれはハチロクじゃねーッてのか!!」
いや、白い閃光の正体は確かにトヨタの名車、ハチロクことスプリンタートレノだった。
だがそのスピードは本来のそれの限界を確かに超えていた。
ハチロクの姿をしたモンスターはあっという間に見えなくなった。
「ニヒ…なぁ、アニキよ…」
「イヒヒ…何だ…」
「俺達は…ヤツを超えるぞ!」
「イヒヒヒヒ…おうよ…俺らは天下の”アルシオーネ・ブラザーズ”だからな!!」
「ニヒヒ…”超速のハチロク”……こいつァ面白い!!」
20XX年
世界各地で漢はせめぎあっていた。
己とエンジンの限界を超える為に。
漢は中世の騎士のように白馬を操るが如く車を操り、剣を振るうが如く車を振るっていた。
2話:上等だクソガキ
「”アルシオーネ・ブラザーズ”のジローとサブローが負けた!?あの2人、ここらじゃ一番の実力者だぞ!?」
「それがどうも本当らしいぜ。”超速のハチロク”…。案外ホンモノかもな。」
「しかしヤツが黙ってねェだろうな…こりゃあよ…」
「その話、詳しく聞かせて貰おうか。」
そんな風に”アルシオーネ・ブラザーズ”の敗北を聞き付けた者がいた。
「あぁん?何だよクソガキ!テメェにゃ縁のねェ話をしてんだよ!引っ込んでろ!」
「本当に縁のない話かどうか試してみるか?」
真夏だというのに真っ赤な長袖を着た漢はそう言うと中指を立ててみせた。
「テメェ!!上等だクソガキ!ボコボコにしてやらぁ!!」
スキンヘッドのチンピラは顔を真っ赤にしていた。
「勝負はこの町を1週!異論はねェなクソガキ…!」
「『上等だクソガキ』…なんてな。」
「テメェ…なめやがって!!この町に顔を出せねェようにしてやる!この”スキンヘッドのゴウタ”様がな!」
「ほう、お前が”スキンヘッド”か。ウォーミングアップにもなりゃしねぇが訛った体を慣らすには丁度良い…。…責めてハデに行こうぜ!」
「いちいち人をムカつかせやがって!後悔しても知らねェぞ!!」
3話:先手のオリジン
トヨタ オリジン
搭乗者: ”スキンヘッドのゴウタ”
vs
三菱 ディアマンテ
搭乗者:???
ドドルドルドドルドルルブロロロブロロロギャギャギャギャギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥーンッ………!!!!
けたたましく高鳴る2つのエンジンが同時に巨大な咆哮を上げ、2つの車は飢えに満ちたケモノのように走り出す。
「初代ディアマンテ…テメェ、クソガキの癖に珍しいの使ってんじゃねェか!!」
「オリジンもお前ごときには使いこなせない代物だと思うけどな。」
「ケッ……!クソガキが生意気言いやがる…!!」
第一コーナーで2台の車はドリフトし、路面は悲鳴を上げるが如くに火花を生む。
先手を取ったのはゴウタのオリジン。
「あれだけ大口を叩いた割には大したことねェなぁ?あ!?」
「勝負はじっくりやるモンだぜ…?”スキンヘッド”!!」
第一コーナーの後に続く長い直線。
鮮やかに先手を奪い、リードするはオリジン。
だがディアマンテは真っ直ぐに前を向き、オリジンを見逃す気配はない。
「ここまでピッタリついて来るヤツなんてなかなかいねェ…!間違いなくこいつは…できるヤツだ!!」
だが長い直線の中でディアマンテは遅れることは無くともオリジンの先を行くことはなかった。
「だが…それがテメェの限界か!!俺はまだこんなモンじゃねェぜ!?」
オリジンは加速した勢いで第二コーナーを奪っていった。
4話:”疾風のディアマンテ”
オリジンが第三コーナーに差し掛かる時、直線の中間をやっと越えたディアマンテがバックミラーに映るのが見えた。
「少しトバシてこれか…。何てことはねェな、どこの片田舎から出てきたのかは知らねェが少し腕に覚えがあるだけの雑魚か。」
ゴウタはバックミラーに映らなくなったディアマンテを警戒する由もなかった。
第三コーナーから第四直線へ。
今までのどの直線よりも長く、また傾斜が急なことから地獄とも称されるこの長い直線をゴウタは英雄が戦争で手柄を立てて凱旋するかの如く真っ直ぐに走り抜けていた。
「俺の…勝ちだ!」
ゴウタとギャラリーが約束されたかのような勝利を確信したまさにその時だった。
後ろから地響きか怪物の唸り声かと聞き間違えるような、低くも強い音が静かに勢いを強め、こちらに迫って来ていた。
「勝負は第三コーナーから…!油断は命取りだ!」
「そ…そんなバカな話があるか!?あいつは確かに見えなくなったのに…!いや、だが…ゴールは目前!最大速なら…ッ!」
オリジンが最大まで一気にスピードを上げた時、ゴウタの目にはその倍以上のスピードでゴールを突っ切るディアマンテが見えた。
「は………?」
ギャラリーが新星の誕生に沸き立つ頃、その中でただ一人は何かを恐れるように震えていた。
「戻ってきやがった…!”疾風のディアマンテ”が…!」
5話:その男、ライデン
「さて聞かせてもらうぜ。”アルシオーネ・ブラザーズ”がどうやって負けたのかを…」
「チィッ…!」
屈辱感に圧倒されたゴウタの目には燃え広がらんばかりの復讐の炎が宿っていた。
「あの”スキンヘッドのゴウタ”が押されてやがる…」
「”アルシオーネ・ブラザーズ”以外に屈している所なんて初めて見たぜ…」
その異様な光景を目にしたギャラリーは次々とそんなことを口にした。
「一体テメェは何モンだ…!!」
「俺は…ライデンだ。」
もしもこの男が有名なドライバーだったのなら負けることもあり得るかも知れない、ゴウタがそんな僅かな希望を掛けた思いはあえなく玉砕した。
「こんな無名のドライバーに俺が負けるなんてありえねェ……!」
「名前を聞いて満足か…?…”スキンヘッド”。さぁ、”アルシオーネ・ブラザーズ”がどうやって負けたか教えろ。」
ライデンの高圧的な態度はゴウタの憎しみの炎をより激しく燃え上がらせる。
「”アルシオーネ・ブラザーズ”のジローとサブローはかの”超速のハチロク”に負けたと聞く。俺はそれ以上は知らねェ…!」
「!?」
”超速のハチロク”の名を耳にした時ライデンの目の色が変わった。
「ハチロク!?それは本当にハチロクなのか!!」
「フン!”あのパンダトレノ”を見間違えるヤツなんかこの界隈にゃいねェだろ!?」
「ありがとうな”スキンヘッド”!これは紛れもないチャンスだ!」
そう言葉を残すとライデンはディアマンテに乗って走り去ってしまった。
「あのディアマンテの野郎…いつかぶっ潰さねェと俺の気が収まらねェ!!」
”スキンヘッドのゴウタ”は復讐に身を任せオリジンで早々に走り去った。
数時間後、”アルシオーネ・ブラザーズ”のアジトで…
「”大兄貴”!お耳に入れておきたいことが…」
「何だ…?」
葉巻をふかしている大男は舎弟と思わしき男から”スキンヘッド”の敗北を聞いた。
「そいつは面白ぇ話だな…!”超速のハチロク”相手の前座ぐらいにはなるかも知れんぞ…。ジローとサブローを呼べ!」
6話:”大兄貴”のレース
「ニヒヒッ…”大兄貴”、ジロー兄は来れねぇってよ。」
「また雑魚の相手か。困った野郎だぜ。」
「で、話ってのは…?」
この男、”アルシオーネ・ブラザーズ三男 VRのサブロー”。
二つ名の通り愛車はアルシオーネ VR。
この地を支配するカーマフィア、”アルシオーネ・ブラザーズ”の幹部である。
「……………以上だ。」
「以上だ。…って簡単には言うがサーキットと賞品はあんのかよ?参加者だってその規模でやるならかなりの面子を集めなきゃならねーだろ!?」
サブローが”大兄貴”から聞いた物はあまり現実的とは言いがたい物だった。
「サーキットも賞品もある。メンバーもかの”ミツオカ・ファミリー、ガリュー三兄弟”から一人来ることになってる。これだけで大分良いのが来るだろうぜ。」
「さすが”大兄貴”だ…。あの”ミツオカ・ファミリー”に声をかけてやがるとは…」
”ミツオカ・ファミリー”、それは今最も勢いと実力のある日本最強のカーマフィアである。
それは、その幹部が一人出るというだけでそれを越えようと日本各地から車の道に生きる猛者が集まる程である。
「問題はその”ヤツ”をどうやって誘きだすかだが…」
「”大兄貴”、その事だがさっきウチの舎弟が町外れのボロ宿に入るのを見たそうだ。」
「ほう。それはチャンスだな。」
「所で”大兄貴”、今回は何でそんなレースを?」
サブローからの何気ない質問に”大兄貴”は不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「”新兵器”の…試し撃ちだ。」
数時間前、ライデンはとあるボロ宿に来ていた。
「主人、車庫を貸して欲しい。あとソラという男が泊まっているハズだが。」
「へぇダンナ、車庫でございやすね。あとその御人なら2週間も前から泊まっておいででやす。」
「おうライデンさん、遅ぇじゃないッスか。」
ライデンが主人と話をしていると、奥から2メートルは裕にある大男が現れた。
この男はソラと言い、ライデンの旅の付き添いである。
「すまんなソラ。”スキンヘッドのゴウタ”に絡まれてな。何て事はない雑魚だったが…」
ライデンの言い訳を聞いた時ソラは目を丸くした。
「ハァ!?…全くアンタって人は……。あのディアマンテが”稲妻のジン”の愛車、”疾風のディアマンテ”だってバレたらどうする気なんスか!?」
「簡単にはバレないだろう。”稲妻のジン”は伝説だったがもはやそれも過去だ。俺がどれだけハデにやったところでバレるようなモンじゃない…。」
ソラはライデンの警戒心の無さに溜め息を漏らした。
7話:強襲のモヒカン
ブオオオンブオオオン!!パラリラパラリラパラリラ!!
突然エンジンをふかす音と共に特徴的なラッパのような音が宿の中に襲いかかった。
「何か来やがったな。」
「多分ライデンさんが暴れた報復ッスよ。面倒ですがちょっと行ってくるッス。ったく…」
ソラが宿の入り口を開けるとそこではおびただしい数のバイクがエンジンをふかしていた。
「オウオウニーチャン、この宿に泊まってるライデンってヤロー呼んできやがれ!!」
リーダーと思わしき黄色モヒカンの男が出てきたソラにライデンを要求する。
「ライデン?そんな男は知らないしこの宿に泊まってるのは俺だけッスよ。」
「アァン!?なめてんのかテメー!!ツベコベ言わずに呼んでこい!!」
モヒカン男はソラの言葉に耳を貸そうとはしない。
「全くどいつもこいつも面倒な輩ッスね…。どうしても帰らないと言うなら俺が相手になってやっても…良いんスよ?」
「ケンカ上等だテメー!!こちとら”アルシオーネ・ブラザーズ”の切り込み部隊!そんじょそこらのチンピラとは訳が違うんだ!格の違いってモンを叩き込んでやらぁ!!」
ソラは向こうの男が挑発にうまい具合に乗ったせいか思わずニヤリとした。
「主人、車庫から俺の車を出せるようにしてくださいッス。」
「へぇへぇ、ダンナ。今すぐに。」
現場に立ち会っていた主人が車庫の扉を開ける。
車庫に隠されていた車のフロントがその姿を完全に現した瞬間、モヒカン達は絶句するしかなかった。
「どうしたんスか?大口開けて…。まさかあんな大口叩いといて今更辞めるなんか言わないッスよね?俺は是非ともアンタらの”格の違い”を見せて貰いたいッス。」
『リーダー!あれはヤバいって!こんなバイクじゃ天地が引っくり返ったってあんなのに勝てるわきゃねぇ!』
『そんなことは百も承知だバカヤロー…。だがああ言った以上どうやって引き下がんだ…!』
モヒカン側の威勢は完全に消えてしまった。
誰もが困り顔でリーダーに助けを求めるばかりである。
この場に立ち会った誰もがモヒカン共の威勢が失われたことを知っていた。
主人も、ソラも、モヒカン達自身も。
今すぐにレースを行った時の結果も誰しもが簡単に予想できた。
何故なら車庫から出てきたのは
紛れもなく、GT-Rだったからである。
8話:暗雲のレーサー・カーニバル
モヒカンはレースを行った。
だが結果は言うまでもない。
モヒカンの先頭とGT-Rはレースが終わる頃にはコース1周分の差ができていた。
「…帰るぞテメーら!!」
モヒカンのリーダーは罰が悪そうな顔をしてバイクをふかし帰ろうとした。
その時である。
「イヒヒヒ…。待てよ、切り込み部隊。」
ゾクゾクッ…
「ジローのアニキ!こ、これはその…」
「詫びなら要らねーな。そんな安物バイクでGT-Rになんか勝てる訳が無いからな。」
この男、”アルシオーネ・ブラザーズ次男 VXのジロー”。
二つ名の通り愛車はアルシオーネ VX。
”VRのサブロー”と同じく”アルシオーネ・ブラザーズ”の幹部である。
「随分と使い込まれたアルシオーネッスね。”アルシオーネ・ブラザーズ”ッスか…?」
「イヒヒヒ…こいつの良さが分かるか?…お前こそ若ぇのにGT-Rを使いこなすとは大した野郎だぜ。御察しの通り、俺は”アルシオーネ・ブラザーズ”のジローだ。」
ソラはジローのただならないオーラを肌でヒシヒシと感じていた。
「何の用ッスか…?」
「何の用…か。ウチのバカどもが迷惑をかけたな。それと…ここに”ライデン”がいるのは間違いないな…?」
”ライデン”の名を聞いた時にソラの顔が強張ったのをジローは見逃さなかった。
「いや、知ら」
「間違いないんだな…?」
ソラの言葉をジローは遮った。
「表情を見れば分かるぜ。”コレ”を渡してくれ。…そうだ、筋がありそうだからお前にもくれてやる。」
ジローは2通の手紙をソラに渡すと早々とアルシオーネに乗り込み、たくさんのバイクを連れて帰っていった。
ソラはライデンにこの手紙を見せた。
「招待状…だな。『”アルシオーネ・ブラザーズ主催レーサー・カーニバル イチローカップ”。特別ゲストに”ミツオカ・ファミリー”から”ガリュー三兄弟 イソロク”参戦。全ての漢は参加されたし ※豪華賞品あり』…!?…ソラ、お前はどう思う…」
「イマイチ目的が分からないッスね。あの”ディアマンテ”を奪うつもりならさっきそうしてるハズッス。」
ライデンもソラも水面下にある何かの存在には気づいたがそれが何かまでは特定できなかった。
「しかし”ミツオカ・ファミリー”は予想外ッスね。どこにパイプがあるのかは知らないッスが…。」
「あそこの”オジキ”が見に来なきゃ良いんだけどな…。」
誰が為にエンジンは鳴る