True Sky Memories page5
一
それはまさに地獄絵図というのにふさわしかった。本当にこれが現実なのだろうか。グランデの街は戦火に包まれていた。調和と色合いを重視した家屋はそのほとんどが崩壊し、がれきの山と化している。道に植えられた街路樹は松明のように炎の揺らし、破壊された用水路からは水があふれ出し、街を流れる。それはまるでグランデが血を流しているようだった。陽次は目を疑う。これは画面の向こう側の出来事。ドラマか映画で、現実で起きていることではない。しかし、実際にそれがここで起きている。そう、これが……テロ。
「なんなんだよ、これ……」
あまりの光景に、陽次は声を漏らす。気付くと手が震えていた。拳を握り、無理やりそれを抑える。しかし、震えは止まらない。手だけでなく腕自体が、いや、体自体が震えていた。ふと、右腕に温かいものを感じた。
「ごめん。ちょっといいかな」
灯は陽次の肩に手を当て、体重を預ける。彼女の体から震えが感じ取れた。彼女もまたおびえているのだろう。そう思うと、陽次は自分の震えが収まったような気がした。人は不安な時、心細い時こそ、他人を求める。陽次は久しぶりに人のぬくもりというものを感じていた。おかげで、真っ白なっていた頭が少し冷静さを取り戻した。
「キリカ君。脱出経路を探すことはできないか?」恭平はキリカの方を向く。さすがの彼女も普段の明るさを失っており、また、水霞と共に身を寄せ合い、支え合っていた。
「え……あ、うん。ちょっとまって。今探してみるね」そう言うと、キリカはウィンドウを表示させ、現在のネットワーク状況を調べはじめた。様々な数値やグラフが画面に現れ、そして消えていく。陽次たちからすれば一体何をやっているのか分からない。
「わかった。たぶん、これで脱出できる」
「説明を」
「えっと、一つづつ説明していくね。まず、仮想世界はサーバっていうのが情報の管理、背景の描写、五感の再現とかをやっているのね。まあ、仮想世界自体を作っているって考えてくれればいいよ。今回のテロは、このサーバを制圧して、キリカたちユーザからのログアウトを無効にしているみたいなの」
「つまり、そのサーバを取り返せば、ログアウトできると?」
「そゆこと」
「けど、僕たちだけでテロリストからサーバを取り返すことなんできるのか?」陽次が言う。
「取り返すといっても、テロリストをやっつける必要はないの。少しの間だけでもサーバに直接アクセスできれば、ログアウトできるよ」
「少しっていうのはどれぐらい?」
「うーん、一分……ううん。三十秒あればいけると思う」
「三十秒か……」
「別に、わざわざ脱出しなくてもいいんじゃない?」今まで黙っていた水霞が口を開いた。普段から無表情の彼女だが、今は若干陰りがあるように見える。「危険を冒して脱出しなくても、そのうちにサイバーポリスが出動して、彼らを追い払ってくれると思う。それに、いざとなったら強制終了という手もある」
仮想世界において最も大事なのが、ログアウトプロセスである。仮想世界から出る者はそれを行わないと、正しく仮想世界を終了できない。もし、ログアウトプロセスを行わず、強制終了をした場合、人体を流れるナノリアクターは異常を起こし、故障してしまう。故障したナノリアクターは分解され、人体から排出されるが、新しくナノリアクターの数を増やさないと処理速度が低下してしまい、数によってはネットにアクセスできなってしまう。そういう観点から、強制終了は最後の手段とされており、緊急事態の時以外は使わない方が望ましい。
「たしかに、水霞君の言うとおりだな」
「しばらく、このままじっとしているのが良いと思う」
「さすがすいちゃん。冷静だね」
「しかし、けどテロが起こるなんて一体何が起こってるんだか」
「あら、よーくん。テロは世界的に観たら結構な数が起きているんだよ。大きく報道されていないだけで、実際には起きている。この国だけが、そういった戦争行為から無縁の平和な国なんだよ」
「平和な国……か。だから、この国が狙われたのかな?」
「かもしれないな。グランデは世界一アクセス者数の多い仮想世界。サイバーテロの目標としてはこの上ないだろう」
「けど、一つ気がかりなんだよね」キリカは道毛を口に当てる。
「何がかね、キリカ君」
「以前からサイバーテロっていうのはあったけど、それはあんまり驚異じゃなかったの。けど、ICMが開発されてから、より被害の大きなサイバーテロが懸念されるようになったのね。だけど、ICMは設計がが難しくて作れる人が限られているから、誰が作ったかなんてすぐにわかっちゃうの。それって、テロリストとしては結構致命的じゃない?」
「たしかに、特定されるようであれば協力する者も少ないだろうしな」
「うん。けど、現にあの人たちはICMを使っているじゃない。一体、どこから手に入れたんだろうなぁって」
「サイバーポリスからデータを盗んだという可能性はないのか? たとえば、どこかの国の使っているICMと似ているとか」
「うーん、どうだろう。外見は簡単にいじれるから、ぱっと見じゃわからないなぁ」
「何にせよ、ここまで大きな事件だ。すぐに調査がつくさ」
「だといいんですけどね」陽次は灯の背中を軽くさする。手の感触を通して、彼女が徐々に落ち着きを取り戻しているのがわかる。
「おーおー、よーくんとあーちゃん、仲がいいねぇ」
「いや、その、これは……」陽次は慌てて手を離す。
「いいのいいの。おねーさんは二人の仲を応援しているよぉ」
「御乃原さん!」
「陽次君」低い声で恭平が言う。
「は、はい?」
「灯君は良い子だ。君は良い選択をしたよ」
「か、会長……」
「二人ともいい子」
「泉さんまで……からかわないでください。そんなんじゃないですから」
いつの間にか、灯以外の四人は普段の明るさを取り戻していた。いや、違う。普段通りに見えるように振る舞っている。こんな時だからこそ、場を明るくするために無理をしているのだ。会長はまだわかる。しかし、年下の水霞とキリカがそのような気づかいができることに陽次は感動していた。
「まあ、あれよ。もし、テロリストのICMが来ても、キリカさんの特製ICMで退治してやるわ!」キリカが腰に手を当て、自信を持って言いだした時だった。背後から爆発音が聞こえた。その振動はネット空間を通じ、陽次たちの肌に伝わる。本能的に体に緊張が走った。何が起こったのかはわからない。しかし、危険な事態が起こっている。それだけは即座に理解した。陽次は恐る恐る後ろを見る。
「……ICM?」
そこにはおぞましいと呼ぶにふさわしい姿があった。漆黒のフレーム、細い流線型のフォルム、頭部に浮かび上がる赤い眼。こんなICMが存在するのか。キリカが作ったICMと比べると、比較にならないほど印象強く、そして恐ろしい。ふと、その機体の胸元にマークのようなものがあることに気がついた。それは陽次はそのマークを知っている。ついさっき、グランデの惨劇を引き起こした連中からメッセージが発せられたときに見たものと一緒だ。漆黒のライオン。そう――
「ベートノワール……」
テロ組織「ベートノワール」。そのマークが、ICMの胸元に刻まれていた。
「ちっ、ここはどこだ……白河学園。変なところに迷いこんじまったぜ」黒いICMから声が響く。「まあ、ちょうどいい。お前ら、少し手伝ってもらうぜ。なぁに、大したことじゃない。ちょっと俺と一緒に着いてきてほしいだけだ」黒いICMは陽次たちの元へ一歩近づいた。
「何をするつもりだ? 目的はなんだ!?」とっさに恭平が立ち上がり、黒いIMCに対して問いかける。
「何をするだって? テロに決まってるだろう。ただ、ちょっとサイバーポリスのやつらが出てきて、面倒なことになったからな。そこで、お前たちを使おうって思ったわけよ。意味はわかるよな?」
「人質……ということか」
「イエス。物分かりが良いヤツは好きだぜ」また一歩、黒いICMは四人に近付く。
「待て」恭平は右手を前に出し、制止を呼び掛ける。
「あぁん? なんだよ?」
「人質には私がなろう。その代り、この四人は見逃してくれ」
「なっ、会長!? 何を言っているんですか」
「はっはっはっはー、いいねいいねぇ。かっこいいよ。仲間を守るために自分を犠牲にってか。今時、そんなことを言うヤツがいるとはなぁ。日本だねぇ。サムライだねぇ。ヤマト魂だねぇ」
「か、会長……?」
「(陽次君。良く聞け。私が少しの間、ヤツの気を引く。その間に四人を強制終了させるんだ)」恭平は黒いIMCに聞こえないよう、秘匿メッセージを陽次に送る。それに合わせ、陽次も秘匿メッセージを打とうとしたときだった。
「おっと、ちなみに強制終了なんてできると思うなよ? それもこっちで妨害かけてるんだ。逃げようたってそうはいかないぜ」
まさか、と思い、陽次は強制終了を実行する。しかし、相変わらず何も起きない。非常事態に備えての強制終了が妨害される。こんなことがあり得るのだろうか。
「さて。その兄ちゃんの顔を立ててやりたいのも山々なんだが、そうもいかなくてな。そうだな。そこの女三人、来てもらうぜ」
「ま、まて! 人質になら私を!」
「うるせぇなぁ。これ以上ガタガタ言うなら……お前から、いっとくか?」黒いIMCは鳥の鉤爪のようになっている腕を恭平に向ける。いつの間にか、その中央からは銃口が伸びていた。
「や、やめ……」陽次が震えた声を出す。
「死にな」
「やめろおおおおお!」
黒いICMの銃口が鈍く光る。その瞬間、恭平の居た場所は閃光に包まれた。爆煙と爆風、そして轟音が部屋中に広まる。
「あぁ……あ……」
「あん……?」
少しづつ爆煙が収まっていく。すると、その中から何かが見え隠れしだした。あれはなんだと思い、陽次は眼を凝らす。大きさは黒いIMCと同程度。色は……山吹色。
「ほう……ICMとは、おもしれぇ」
爆煙が消えると、そこには恭平のICMの姿があった。彼は盾を構え、黒いICMの攻撃を耐えていた。
「会長!」陽次は立ち上がり、叫ぶ。
「陽次君! いいか、聞け。三人を連れ、ログアウトプロセスを管理しているサーバまで走るんだ。ここは私がなんとかする」
「そ、それってつまり……」陽次はそこで言葉に詰まる。おそらく、いや、絶対にキリカのICMでは、あの黒いICMには勝てない。十秒も持てばいい方だろう。ならば、自分がやることはただ一つ。ギュッと唇を強くかみしめる。血の味が口の中に広がった。
「……会長。ありがとうございます」
陽次はICMを起動させようとする。しかし、満足に動かせるだろうか。陽次は自分に問いかける。いや、やるしかない。意を決し、陽次は起動ボタンに手を伸ばす。しかし、それよりも早く、水霞の蒼いICMが姿を現し、陽次とキリカ、灯を手に乗せる。
「泉さん! 大丈夫なんですか?」
「えぇ、大丈夫。任せて」そう言うと水霞はICMを起動させる。
「まって、すいちゃん。きょーくんが」
「ごめん、キリカ。樋渡さん。キリカを抑えて!」
「わかりました」陽次は右手で灯を、左手でキリカをしっかりとつかむ。「大丈夫です、いってください!」
次の瞬間、ICMは生徒会室のサーバから姿を消した。
「ひゅうー。かっこいいねぇ。生徒会長さん」
「悪いな。あいつらが脱出するまでの時間は稼がせてもらうぞ」
「ほう。その機体で、よく言えたもんだ。いいぜ、見せてみろよ。お前の輝きをよ!」
二
「泉さん、次は右です」
「わかった」
陽次たちは、道中、ウイルスにもベートノワールにも見つからず、順調にこの辺り一帯を管理しているサーバへの道を進んでいた。
「灯さん、あの黒いICMは追ってきてる?」
「いえ、今のところは大丈夫です。会長がうまくやっていてくれてるのかも」
「だといいけど」
「ねぇ……なんで、二人とも平気なの? なんで、きょーくんを置いていったの?」うつむいたままキリカは言う。
「それは……」灯は言葉に詰まる。「……キリカ先輩。あのまま、あそこに残っていたらあたしたち四人も捕まっていた。これが一番良い方法なんです」
「なら、誰かを犠牲にしていいの? 一番良い方法なら、みんなが助かれば、誰か一人を犠牲にしてもいいの?」
「じゃあ、みんな捕まればよかったの!?」
「うん! 誰かを見捨てるぐらいなら、一緒にやられた方がマシ!」
「っ……バカ!」
「キリカ。そこまでにしなさい」水霞が冷たく言い放つ。
「だって……」
「今回は誰が正しいとかじゃない。ただ、灯さんと会長の意見が合った。それだけ」
「…………」
水霞の言葉に納得したのか、キリカは口を閉じた。相変わらず、下を向き、何か思いつめたような様子だ。
「樋渡君はどう思う? あたしが間違っていたと思う……?」灯は陽次を見つめた。陽次の肯定を求めるような、どこかおびえた表情だった。
「いや……わからない」
「……そっか」
「みんな、そろそろ着くわ」
水霞がそう言うと、四人は通路から広い空間へとたどり着いた。空間の中央には巨大なドーム状の建物がある。あれがサーバだ。
「で、どうするんです?」灯が問いかける。
「多分、サーバの中にテロリストの人たちがいて、そこからログアウトプロセスを支配しているんだと思う」水霞が答えた。
「つまり、そいつらを倒さなくちゃいけないのね」
「いえ、そうとも限らない。キリカなら外からアクセスして見つからないようにたどりつけるかもしれない」陽次と水霞、二人の視線がキリカへと集まる。「キリカ、やれる?」
「……ヤダ。きょーちゃん助けに行ってからじゃないとヤダ」
「キリカ、いい加減にして! いい? あたしたちにできるのは、一刻も早くここから脱出して、会長を助けに行くこと。そうでしょう? なんのためにあの人が残ってくれたの?」
「でも、やだよ……誰かを見捨てるなんて……」
誰かを見捨てる……その言葉が陽次の心に問いかける。お前はどうなんだ、樋渡陽次。また、何もしないのか?
「……僕が」陽次が言いかけたその時だった。
「よう、お前ら。もう鬼ごっこは終わりか?」
陽次たちがやってきた方向を見る。そこには黒いICMの姿があった。
「会長はどうしたのよ!」
「あん? あぁ、コイツことか。ほれ、返してやるよ」黒いIMCは陽次たちに向って何かを投げた。何かが壊れるような音を立て、それは地面に落ちる。そこにはもはや残骸と呼ぶにふさわしい何かがあった。恭平のICMだ。
「かっこよかったぜぇ、この男。お前らを守るため必死だったからな。オレとしてもつい楽しくなっちまってよぉ。思うままなぶってやったぜ」心底から楽しそうに黒いICMは言う。「まず、腕をちぎり、胴を裂き、足をもぐ。最後に頭をぐしゃっとな。シロウトが作った割には頑丈だったぜ。そこは褒めてやる」
目の前で崩れ果てた恭平のICM。もはやどこがどの部位だったのかすらわからない。ただ、ところどころから山吹色の部位が見え隠れしている。それが一層、恭平がやられた、という事実を際立たせる。
「ゆるさない……」陽次の隣から声が聞こえる。キリカだ。「ぜったいにゆるさない!」
「キリカ、だめ」
「うるさい、黙れ!」
灯の制止を振り切って、キリカは自分のICMを起動させた。出現と同時に、キリカはブースターをふかし、自分の出せる最高速で黒いIMCに飛びかかる。
「あっはっはっはっはー……おせぇよ」
「っ……!?」
あまりに一瞬の出来事で、陽次は何が起きたのか理解できなかった。ただ、気付いた時には、キリカのICMは、黒いIMCの右手に貫かれていた。背中の部分から爪のようなものが飛び出している。キリカのICMはピクリともしなかった。
「おらおら、もう終わりかぁ? もっとオレを楽しませてくれよ、喜ばせてくれよ」黒いIMCは右手を横に払う。キリカのICMはその方向に投げ飛ばされ、音と共に落下した。
「キ、キリカっ!」水霞はICMのままキリカの元へ寄る。しかし、そこへたどり着く前に、彼女もまた地面に倒れた。よく見ると、胸元付近に風穴が開いている。
「三人目っと」手から伸びている銃口をしまうと、黒いICMは陽次と灯の元へ近づいてきた。「さぁ、どうするお二人さん。残ったのはオマエたちだけだぜぇ?」
「も……もうだめなの……?」かすれるような、涙をふくんだ声で灯が言う。その声を聞いて、陽次は自分に問いかけた。樋渡 陽次、お前は償いたかったんじゃないのか? 昔、お前は親友を見捨て、その父親を殺してしまった。それをまた繰り返すのか。また、何もしないで逃げるのか? 違うだろう。お前は変わりたいのだろう! 陽次はペンダントを握る。熱い何かが手からこみ上げてくるのを感じた。僕は生きている! そう、変わる時があるとすれば――
「それは今だ!」陽次はICMを起動させた。白い機体が姿を現す。勝てるかどうかなんてわからない。ただ、恭平を、キリカを、水霞を、そして灯を見ていると、それでも立ち向かわなくてはいけない気がした。陽次は剣を呼び出し、装備する。
「ほぉ、これだけ仲間がやられたってのにまだ絶望せずに向かってくるか。いいねいいねぇ。それでこそサムライだ!」
「樋渡君、だめ!」灯が叫ぶ。しかし、陽次の耳には届かない。陽次は剣を構えると、踏み込む姿勢を取る。先ほどのキリカの言葉を思い出す。ICMを動かすのは、自分の体を動かす時とは違う。ICMに合った動きをしなくてはだめだ。陽次はイメージする。ICMと自分が一体となった感覚。自分と相手の距離、胴体から腕までの長さ、歩幅。それらが組み合わさった時、陽次は先ほどとは比べ物にならないスピードで飛び出した。黒いICMとの距離が一気にせまる。――いける。そう思い、陽次は剣を振り下ろした。剣は黒いIMCに吸い込まれる。
「えっ……?」
気がつくと、そこに黒いICMの姿はなかった。陽次は自分の目を疑った。たしかに、自分の剣はヤツの体に当たった。たしかにそれを見たのだ。しかし、現実として黒いICMの姿はそこにはない。
「どこだっ!?」
「ここだよ」背後から声がした。そして次の瞬間、自分のICMの胸部から何かが飛び出してきた。ヤツの爪だった。
「いやあああああああああああああ!」
「あっはっはっはっは、どうよ、オレ様のシュバルツシルトは! 期待しただろう。倒したって思っただろう!? だがしかし、オレは生きている。その時のお前らが絶望するサマを見るのが楽しくて楽しくてしょうがないんだよぉ!? あっはっはっは」
「そ……そんな……」
薄れていく意識の中、陽次は黒いIMCの歓喜の声と、灯の叫びの両方を聞いた。結局、何もできなかった。変わりたいと思った。その心に嘘はない。しかし、何もできなかった。そのことが悔しくて悔しくてたまらない。ちくしょう。心の中で叫ぶ。ちくしょう。声にはならない。ちくしょう。三度叫んだ時、陽次の手に何かが触れた。
――力を貸すぜ。陽次?
それは懐かしい声だった。そうか、これは……。陽次はペンダントを再び強く握る。そう、まだ終わりじゃない。ここから始まるんだ!
「頼む。力を貸してくれえええええええええええええええええええ!」陽次の叫びは光となり、たしかに天に届いた。陽次から発した光は部屋の天井まで届くと、そこからどこかへ消えていった。
「な、なんだ、この光は!?」黒いICMはとっさに陽次から距離を取る。
彼から得体のしれない何かを感じ取ったのだ。
「うおおおおおおおおおおお!」
陽次自身、一体今何が起こっているのか理解できていない。ただ、徐々に、自分の奥底から力が沸いてくるような感覚だけはわかった。そして同時に、それがとても懐かしいものだと感じた。子供の頃の記憶がよみがえる。あいつと一緒に、遊んだ時、学校へ行った時、勉強をした時、怒られた時、ご飯を食べた時。様々な記憶が陽次の中を駆け巡る。陽次の大事な、大事な宝物だ。
「くそっ、一体なんだってんだよ」黒いIMCは手のひらから銃口を出し、構える。「厄介なことになる前に……殺す!」
黒いICMから閃光が走る。それは陽次に向かって一直線に向かっていった。しかし、陽次の周りを包む光に触れた瞬間、黒いIMCから放たれたビームは姿を消した。そして同時に、それを放った黒いIMCの右腕も機体から消え去っていた。
「な……っ?」
「お前は……お前だけは絶対に許さない」陽次を包んでいた光が徐々に消えていく。すると、その中から損傷したはずのICMが無傷となって現れた。いや、違う。完全な別の姿へと変わって現れた。外部装甲が多く、巨大だったフレームは、無駄のないスマートなものへと変わっており、起伏のなかった表面はより伝送効率の良い流線型の形へと変貌している。背部からは巨大なスラスターが上、下、横向きに二本づつ伸びており、両手には足の長さほどありそうなライフルが握られている。
「なんだ、なんなんだよ、そのICMは……」
「このICM……? あぁ、教えてやるよ」陽次はライフルを構える。今の陽次はこの機体のあらゆることが手に取るように分かる。「この機体の名はシェプファー。お前の敗北を創造する機体だ!」陽次はトリガーを引く。――ラーゼン。疾走するという意味を持つそのライフルは、発射時と着弾時の時間がほぼ同じという、他の武器とは比べ物にならないほどの弾速を誇る。また、威力も桁違いで、連射も可能という規格外の性能を持つ攻撃プログラムだ。黒いICMは何が起こったのか理解する時間もなく、今度は左腕を失った。
「これで最後だ」陽次が最後のトリガーに手をかけたときだった。「なんだ?」
突如、陽次のICM――シェプファーは陽次のコントロールを受け付けなくなった。操作をイメージしても、その通りに動かない。ラーゼンを構えたままの形で動かなくなってしまった。まずい、と思いながら、陽次は画面からシェプファーのプログラムエラーをチェックする。すると、シェプファーのタスクの中に、覚えのない命令があった。どうやら、これがシェプファーの動きを抑制しているようだ。
「一体何が?」そう呟いた時だった。
「グスタフ。一体何を遊んでいるんです?。命令ははどうしたんですか?」
その声は突然聞こえてきた。しかし、声の発信者の姿は見えない。どうやら、遠隔地からのメッセージのようだ。
「うるせぇ。コウ。この俺に命令するな」
「両腕をやられてそんな口が叩けるなんて、相変わらずですね。とりあえず、その機体の動きは止めました。早く脱出してください」
「はぁっ? 逃げろって言うのか?」
「その通りです。エルスが動きはじめました。これ以上の長居は危険です」
「……わかったよ。というわけだ。そこの白いオマエ。次会った時は覚えていろよ? 今度は容赦なく叩き潰す」グスタフと呼ばれた黒いICMの姿が徐々に薄れていく。ログアウトだ。それと同時に、シェプファーの動きを妨害していたプロセスも消える。
「助かった……のか」二体のICMの姿が消えるたとたん、陽次は安堵の息をつき、シートにもたれかかった。両腕を顔の前に出してみると、ガタガタと震えていた。口では強気のセリフを吐いていたが、心の奥底ではおびえていたのだろう。
「あーあー。こちらネットポリス。そこのICM、返事はできるか?」
「え……は、はい!」突然の通信に創真は返事をする。顔をあげると、サーバの天井から、次々とICMが転送されてきた。グランデ付近を警備しているネットポリスが駆けつけて来たのだ。
「おどろいた……。君が彼らを追い払ったのかね?」
「え、えぇ。まぁ、そうです」
「ふむ……。わかった。とりあえず、色々聞きたいことがある。一緒に来てもらってもいいかな」
「わかりました。けど、その前に、友人を助けてもらってもいいですか?」
「友人……? あぁ、わかった。大至急手配する」
「お願いします」
その後、創真たちはネットポリスに救助され、無事仮想世界からログアウトをした。しかし、この戦いはまだ序章に過ぎないことを彼らは知らなかった。世界の未来と過去をめぐる戦い。その最初を踏み出したにすぎない。
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