玲司

玲司

主人公は過去に縛られ苦しめられる。
ある日同じ悩みを抱える青年とネットで知り合う

ネットで会話をし、詩を交換していくうちに
主人公は過去の束縛から解放されるようになっていく

そして彼女は彼に恋をし、成長していく

はじまり。

ふらふらと変わりゆく何かに流されて、
光の届かない場所へきてしまった

これは一種の懐古であり、身体の奥に微かに残る彼への思いを綴ったものである。

書こう、書こうと思ってペンを握っても進まなかった。始まりさえしなかった
ある不安、終われば清算されてしまうのではないか

過去は怖い、しかし失いたくない。
ある種脅迫的な思いに駆られたのである。

しかし
時がすぎて、最近になって飲み込めたことは、過去は棘ではないことだった。
過去は寧ろ先生である。

私は、ふとした瞬間に嫌な事を何遍も何遍も思い出すような、まるで病のようなこれに悩まされていた。

わけの一つに幼い頃に受けた躾の名を借りた暴力がある。
成長しても収まることはなく、心の傷は深くなり、蓄積した

それが、ちょうど中学生の時だった。
わたしは本能なのか、自主なのか分からなかったけれど、自然と逃げ場を求めるようになった。

逃げた先が、空虚と欺瞞に満ちたインターネットの世界であったのだ。

何とも不思議な空間にわたしは存在していた。
そこでは何者にもなれる。

私だのに私でない。
私の知らない私が作り上げられ、生きているのである。

私はそこでオンナになった
あまりに愚かで無知な、硝子のような存在であった

主人として息をし
行き場のない私と、ふらり訪れた客の感情はフューズして
冷たい想像の世界でからだの奥にある思いを遂げるのである。

やがて感覚は麻痺し、私は彼らに事務的に機械的に返答するだけのロボットになった。
その時わたしがどんな眼をしていたかはわからないが、色や熱を失った、まるで死人の様だったのではないかと思う。

こう生きたおよそ三ヶ月は、わたしの生きた道に影として形を残した。
ふとした瞬間、今も思い出すことがあるが、痛みはない。

やがて空気が肌を刺す季節になった。



この頃に、まわりは色々に変化した。
卒業前に突然担任の先生が学校を辞め、わたしの友達関係も軋みを見せはじめた

母の躾は日に日にエスカレートし、毒づくことも増えていったし、わたしもなんだか消えてしまいたいと自虐的になった。
マイナスの力が四方に飛び交っていたのだった。

ある日、そこに彼はやってきた
サイトを立ち上げて、数ヶ月が経っていた。

私より九つも歳上だった。

場所にあわず、うつくしく、やさしいことばを使うひとだった。

彼は盲になりかけたわたしの眼に、麻痺していたわたしの脳やこころに、強烈な光を与えたのだった。

彼は名を玲司といった。

光を普く照らし、うつくしい玉の音を響かせ
それを司るのである。

わたしは光源氏を思い浮かべずにはいられなかった。
彼もまたそうだったのだから。


こんにちは。
自分は、しがない学生ですが…よかったら仲良くしてください

相反する趣味、本とロックを彼は好んでいた
私たちが友達になるまでは、そう時間はいらなかった。

ふみわたし

詩を交換しませんか、

突然の彼の提案に私は思わず途惑った。
時代錯誤の四文字が微かに頭を通り抜けていった。

はるか昔に息をした、男女の想いの逢瀬である
今になって古風な、だけれどどこか魅力的だったのだ

日々の思い
ふとした景色、人、こころを綴る。わたしのことばで。

次に閉じていた目を開けたとき、提案を了解した。


夕闇の帰路に降る冷雨
足音も立てずに肌を濡らしていく
空いた左手を優しく握る
優しいあなたが、いればいいのに


たった四行の拙く短い詩を打ち込み、返事を待った。
程なくすると、

夜道を濡らす雨の向こうに
溶けるように浮かぶ 絵の具のような青
君の手に触れて、あたためられたならと願う
そんな日を夢見て

源氏のような、趣のある詩を綴ることはできないのですが、と
はにかんだようであった。

わたしは一瞬、息を止めずにはいられなかった。
彼の言葉の一つ一つに、微笑ましくなるような、やわらかな輝きと温かさを感じた

そして、即興であるという彼の言葉に、ある種の愛おしさを覚えた。


継ぎ接ぎですから、と
僕の詩はは脆いこころから取り出した、言葉の縫い合わせでしかありませんよ

気がつけば、時計の針は0時を指していた。

あなたの詩には、ストーリーがあって
僕はそれが好きです。

よかったらまた明日、時間があればお話ししましょう
おやすみなさい


窓を開けて入ってきた空気は
冬の匂いと、かすかにタバコの匂いがした。

星もとおくで、弱く輝いていた

ふゆゆききらめく

めづらしく、今年は雪が降った
粉砂糖のようなのが茶けた土に被さっていた。

冬休みに、もうすぐ入ろうとしている
待ち遠しくてたまらないというのは、こういうものだろう

一人の時間がほしい
だけれど、一人きりはいや

十五の私の頭の中は、矛盾していた。

イヤホンから耳へ、心地よい音楽がながれていく

ピアノの旋律が好きだった。
クラシックとか、そういうのも好きだったけれど、

ポップミュージックをピアノでカバーしたのが特に好きだった。


雪焼けした赤い鼻に粉雪が少し降った
すぐ解けて乾いた肌にしみていく

電車に乗って、快速と鈍行で一時間。

家には今日も、誰もいない。

何気ない毎日

優しいということ
好意を持つ人の条件のだいたい上位にある

わたしもそういう人はいいと思う。
わたしは学校の先生が好きだった

純朴で、地味、温和、そして静かでいい人だった。

しかし恋をした、とは言えないかもしれない
ただ単に認めてほしかっただけかもしれない。

わたしというよくわからない存在を。



ここにいる、ということを認知してほしかっただけだった。


こんばんは、今日も寒いね、
風邪など引いていないといいけれど。



最近、夜が更けるのが早くなったと思う
たわいもない話をしていたら、自然とそうなっていった。


猫の話、作った料理、ギターの話、好きなアーティスト

本当に楽しくてたまらなかった
彼とこうして話す時間は

何気ない一瞬だけど、寂しい私にとっては特別なものになった。

告白

どうして君はここにいるの、

ある日突然投げかけられた彼の質問に戸惑った。


それに、弱音や辛さも見せないし、大丈夫?
いやだったら答えなくていいから、と彼は付け加えた。

わたしが答えとして言えることは、ただ寂しくて、
わたしに欠けていた愛とやさしさがほしいということだった


答えてくれてありがとうね、
弱音、きちんと伝えられている?

自問自答してたり、自分を責めたりしていないかな


玲司さんはまるでカウンセラーのようだった。
一つ一つ丁寧に、語りかけてくれる


「僕だって子供だったからさ」

僕だけじゃなく、君のご両親や先生、親戚なんて、君と同じだったんだよ
きっと同じように悩んでいたのに、大人はああしなさい、こうしなさい、って言ってしまう

いろいろな人がいることを忘れないで。
僕は、君の味方です



今考えればありふれた一般論、なんて思う
でもこんな何気ない一言が、すごくうれしかった。


情けないし、迂闊だった
また夜中の十二時になっていた。


わたしはディスプレーの前で泣いてしまった
たくさんの涙を流しながら。


次の日には、なんだか気が軽くなった気がした
昨日、相談に乗ってもらってよかった

泣いて腫れてしまった目を押さえながら、そんなことを考えていた。


人というものは、以外にも脆弱なものだったということ
一度弱さを見せてしまえば、壁が崩れるように

私という存在が壊れていくように思う

危うくそうなるところだった。彼がいなければ
改めて存在の大切さを思い知らされる。

ありがとう、と掲示板に書き込んだ

程なくして返ってきた

どういたしまして、と。

僕の方こそ、正直に話してくれて、ありがとうね
いまだに僕は、自分に正直になれません

さらけ出すという行為が怖い、拒絶されてしまいそうで…なんてね。


心に鍵をかけているんです
その上からさらに鍍金をしたりして

ある意味、君の言う弱い自分を守るために。


いつか、こんな自分を受け入れられるときが来るといいけれど
まだまだ、道は遠いかもしれないね。


ところで、今日は夕日がきれいだったけれど、見た?



残念ですが、見られなかったです
そんなに綺麗なら、見たかったなあ。


そうなんだ、
また明日、見れるといいね。



光は同じように届く
わたしやあなたのところにも

だけどその光が
冷たい影を作ってしまうことには、間違いはなかった。わたしや、あなたにも

あたたかな詩歌


ちょっぴり曇った夜に、星の詩を交換した

でもね、雲の向こうはいつだって晴れてるの。
寒いから家の中で星が降るのを見ていればいいのに

彼の部屋からは、あまり星が見えないそうだ
奇跡を起こすという流星群、

こんな日は、大好きな人に会いたくなるね

同じ空を離れていても見ることができる
冬の透き通った夜空を、瞳に閉じ込めてしまいたい

でも、星を涙にしたくないから
あなたともっといたいなんていう我儘がいえたなら

君に、好きな人っているの?

静かな波は零れた雫のせい
一瞬、彼の言葉で胸の奥が揺らいだ

好きな人は先生だと、なんとなく答えてしまった
それから少しだけ胸が苦しくなった

奇跡、起こるといいね、なんて
優しい言葉が
絆創膏代わりになってくれた気がした。

玲司

ある友人に捧げます。

玲司

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-23

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  1. 2
  2. ふみわたし
  3. ふゆゆききらめく
  4. 何気ない毎日
  5. 告白
  6. あたたかな詩歌