それは意外にも静かに 4

春豚

歴史の時間 その後


15:32発 新潟行 とき 378号
上野駅の新幹線のホームにいた。
晃央のバンドMARKSMANの全国ツアー新潟公演が私のオフと重なったので、ライブには行かないが彼に会いに行くことになった。

ホテル・ニューヨーク新潟。
彼らの新潟滞在中のホテルだ。私はそこのホテルに自分用の部屋を予約して、彼が後でそこに来るということにした。

「俺は何もなければ10時過ぎにはホテルに戻れるから」

私は6時過ぎに新潟駅に到着して、タクシーでホテルに向かう。
新潟は曇りだ。灰色の空の色は、私の静かな興奮を抑えてくれている気がした。
ホテルに着いてチェックインをして部屋に荷物を置いて、窓から外を眺める。
ホテルの最上階から見渡す水の都は見慣れなくて綺麗だけど心地がいいものではない。
地方のホテルなら代金もそれほどかからないから、うんといい部屋を取ればいいという案を出したのは晃央だった。


いつも2人がいれるのは、私の狭いアパートか彼の少し広いマンション。
2人で外を歩くなんてしたことがない。何回かうちのバーに来たことがあったけど、いつも人目を気にしていた。


このホテルの部屋も、”部屋”なので、室内ではある。
しかし、こうして2人で外出をしたことがないなと、ふと気付いた。

1泊分の荷物は本当に小さくて、大きめなトートバック一つで済んだ。
それでも、彼らはツアーをするとこういうトートバックもしくはトランクに移動生活に必要なものも詰めては出してを何回も繰り返している生活をしているのかと思うと、音楽とはまた違う作業があるんだなと思った。

私はホテルに荷物を置いて、少し外を散歩することにした。

部屋の窓から、今彼らが演奏している会場が見えた。
歩いても行ける距離だろうと推測した私は、目的地をそこに捉えて足を進めた。

ここ5年で再開発されたこの広大な土地はこのホテルと彼らの使ってるアリーナなど、いろいろな新しい建物が並んでいた。
歩いている道もまだ使い古していなく、まだ色の薄い歩道だった。

15分くらいのんびり歩いていると、彼らの今日のハコについた。
ハコといっても、もはやそんなレベルではいい表せないくらいの大きな施設だ。

施設を見上げてため息をついた。

ライブを見なくて本当に良かったと思った。
このでっかい建物を見ただけで、晃央がものすごく遠い人に思えてしまうのに。
本人が何万人もの人に声援を送られてるってところ見たら、私はどうなってしまうんだろう。

入り口の付近には何組かの少人数のグループがちょこんと座ったりしていた。
会場から漏れてくるかすかな彼らの演奏の音を聞いていた。
私も、そこに少し座ってみた。
かすかな彼らの音、それを大きく上回る歓声。
頼めばいくらだって私の隣で歌ってくれる。それでも、その分厚い壁の中で行われている、進行していることがとってもうらやましいような、よくわからない感情になってしまった。



東京にだってあるチェーン店で食事を済ませて、帰り道にコンビニでビールを買ってホテルに帰った。

テレビを見ながらのんびりビールを飲んでみた。
丁度、ひとつの番組が終わって次の番組の予告が流れたころだった。
移動をして、ちょっと散歩をしてビールを飲むだけ。
こんないい部屋にいたってやることは一緒なんだ。
何も特別なこともしていない。
別に、特別何か違うことがしたいわけじゃない。何も考えていなかったし。

ただ、晃央に会いたくて来てしまった。

それは、山崎さんが言っていた”おんぶにだっこ”なのかな。
私は彼の邪魔になっていないんだろうか。

どうせなら、ツアーの2ヵ月半の間、彼の自由にしてやるべきだったのかな。

きっとメンバーやスタッフとライブの後も打ち上げとまで行かなくても飲みに行ったりしたいだろうに。

何が彼にとってベストなんだろう。

不安と疑問と推測が私の頭をグルグル走り始めた。
答えが出ない。
また不安になる。

テレビの内容が全く理解できない。私は、テレビを見ていない。
入ってくる映像は、私の不安を掻き立てるくだらないチープな笑顔とけたたましい動きだった。テレビから目線を反らして綺麗な夜空を眺めた。

滅多に座ることのない質の高い生地でできたソファーに片足を折り曲げて座っている。
目線を左手の窓の外に反らしたから、体を右に倒しソファーの淵に少し寄りかからせた。
綺麗だけど変わりばえのない夜空にも飽きて、目をつぶってみた。

ホテルのいつもと違う匂いが際立った。頬に当たるザラザラしたソファーの生地が気になった。じゃあサラサラした生地がいいとかの問題ではない。
自分がこの部屋になじんでないんだ。なじむ必要もないんだけど。

不安、疑問、推測はいつもと違う空間にいる私に異常な不快感を与えていた。

電話が鳴った。晃央だった。

「あー俺だけど。来てるの?」
「え、今、部屋にいるよ」
「いや、どこ?何にも連絡きてないんですけど」

どうせ忙しくて携帯もチェックしないだろうと思って、後で連絡をしようとしていた。

そしたら連絡すること自体、すっかり忘れていた。

「あ、ごめんごめん。えーと、2705です」
「オッケ。今から行くから。ノックしたらドア開けてね」
「はいはい」
「よかった。じゃあ後でね」

来るんだ。本当に来てくれるんだ。



10分もしたかしないくらいして部屋にノックの音が響いた。

チェーンを掛けたまま扉を開いてみる。

「俺ですけど」

低い小さい声。

「おつかれ」

チェーンを外して扉をあける。
いそいそと晃央が入ってきた。柑橘系の香水の良いにおいがした

扉を閉じるとすぐに抱きしめられた。髪の毛が湿っていた。

心臓の鼓動が右肩に伝わる。
それを感じて私もドキドキしてきた。


「やっと会えたね」
「そんなに久しぶりではないと思うんだけどな」
「人によって”久しぶり”を使う時は変わると思うよ」
「はいはい。なんか飲む?」
「いらない」

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++

「本当に良い部屋だね。すごい広いし」
ベットの枕を背もたれにして晃央が改めて部屋を見渡して言った。
「晃央の部屋はどうだったの?」
「うん。綺麗だけど、シングルだからここよりは狭いよ。ソファーとかないし」
「そうなんだ。でも、なんかねー」
「でもなんか?」
「私、来て本当によかったの?」
「え、今このタイミングで聞く?」
「いや、もうはっきり言っていいよ。こういうの困るんだったら私、我慢してあっちで待っていられるし。私はこうして会えるの嬉しいし、楽しいけど。なんかこう、無理があるなら私は嫌だ」
「無理してるの?やっぱりホテル代全部出せばよかったかな」
「違う」

優しすぎるところがあるんだ、この人は。山崎さんが言っていたように。
自分のことより相手のことを考えすぎているんだ。

「だって、こんなのだって。もし誰かに見つかったらどうするの?」
「俺たち隠れてなきゃいけないの?」
「そうでしょ!ファンの大部分は女性だし」

「そうだけど。別に俺、アイドルみたいにみんなの彼氏ではないし。まあ確かに、葉子の言うことも一理あるよ。こういう仕事してたらプライベートは慎重にしないと色々な面倒が起ることは俺も知ってる。だから今日、こうやって賢い作戦を決行したんじゃないの」

「だから、それが無理をしてるって言いたいの。こんな危ないことしてさ」

「そう?俺は結構楽しんでいたけど。もう、葉子は心配性すぎるよ。それに前に話したよね、こういう体力を消耗した仕事した後にこうして一緒にいられるのがすごい嬉しいって。人の話聞いてたの?」

「はい。でも晃央は優しすぎるよ」
「その台詞、そっくりそのままお返しするよ。人の来いって一言で新幹線乗って、自分でホテルの予約までして来て。しかも、なんでホテルでビールなんて飲んでるの。せっかくだから外で飲んでくればよかったのに」

負けた。論破された。


「まあ、葉子がこうやって聞いてくれるだけでもましなのかな。でも、なんか考えすぎじゃないかなと思うんだよね。まあ俺がこんな仕事してるしね、色々想像ふくらましてしまうんだろうけど」

晃央はベッドから降りると落ちていた下着を再び付けて部屋にあるテーブルに近づく。
お湯を沸かして、お茶を入れた。
ソファーに座ってすすり始めた。
暗い部屋でかすかな月や外からの明かりで彼の綺麗な横顔と、薄っぺらい上半身が見える。

「いつでも同じなんだね、夜にお茶飲むの」
仰向けの状態からソファーのある左側に体を返す。

「ちがうよ、これはただのお湯。お茶は今おあずけ中。喉に良くないからね」
「そうなんだ」
「もう寝るの?」
「いや、まだかなー」
私もおもむろにベッドから体を下ろすと、そこにあったバスロープをはおり晃央の隣に座った。
「飲む?ただのお湯だけど」
「うん。いただこうかな」

さっきまでわからなかったけど、ひっきりなしに彼の携帯が光っていた。
彼はそれを確認すると、またテーブルに静かに置く。

「いいの?」
ソファーに座り直す彼に聞く。
「いいの。トランプのお誘いだから」
「タフだねーみんな」
「タフだよね」

すっと私の右肩に彼の頭が乗る。
「そんな格好してたら寒いんじゃない?」
「うん」

彼の呼吸が少し荒くなっている気がした。



晃央は泣いていた。

それは意外にも静かに 4

それは意外にも静かに 4

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted