ドリームメーカー
この作品は、日頃、疑問に感じている【生きる意味】をテーマにした物語です。
この世に【生】を授かった瞬間から、それを望んでいたという人は誰もいませんし、この世の終わりである【死】に向かって、それを望んでいる人もいないと思います。苦しいことから逃避するための自殺を除いて。。。
人類は何を目的にこの世に現れ、この先、何を目指して行くのでしょうか。
その疑問についての答えは、永遠に出ないとは思いますが、考えていく価値はあると思います。
プロローグ 〜時空操作(ディメンション)〜ジン
特殊部隊アルファは、いつものように、各自持ち場に着いて掃討作戦を実行していた。
「今宵(こよい)は冷えるな。」
輸送部隊により各地から回収されたスマートデバイスを、180cmほどはあろうか、上背のある、細身で、切れ長の目のヒョウマが、いつものように、本部へ高速移動させようとしていた。
彼の能力は光操作(チャネル)で、光速での移動はもちろん、光に反射するものは、全てコントロール出来る。
だが、特殊能力を発動しようと、指を立てたその時、
「この時を待っていたぞ!」
そう叫びながら、155cm程の小柄で、猫背の、片目に黒い眼帯をつけた猿の形相をしたオトコが、ヒョウマが消えるタイミングを待ってましたとばかり、背中に飛び憑(つ)いていた。
「シャドー!?いつの間に!!」
ヒョウマは、能力の発動前だったため、振りほどくことが出来なかった。
そして
「死ね」
オトコはそう、静かに耳元で囁(ささや)き、ヒョウマのノドを一気に掻(か)き切った。
「ぐぉっ!」
・・・この時間、僅(わず)か1秒。
流石のヒョウマも、高速移動する前の【不意打ち】には対処出来ない。
しかし、オトコが捕らえた筈のヒョウマは、なぜか既に手中にいなかった。
「しくじった・・のか・・・?」
失敗?
いや違う。
確実に仕留めたはずだ。
手応えがあった。
ノドを掻き切る手応えが。
だが、一転、一拍してオトコは、異変に気付いた。
首廻りが生暖かい・・。
手でなぞると、その手が赤く染まる。
血?
そう。
・・実は、掻き切ったはずのヒョウマの首ではなく、オトコ自身の首が掻き切られていたのだ。
だが、気づいた時は既に時遅し。
「まさか!!イオ?!。。。」
その言葉を残し、その場に倒れこみ、彼は息絶えた。
この数秒に何が起こったのか。
ヒョウマは瞬時に理解した。
隊長クラスは一様に皆、ヨウコという能力者により、宇宙意識、つまり、潜在意識の下の、更に深い潜在意識で、脳を遠隔操作(テレメス)で共有化されており、いつ、どこにいても隊長達の誰かが身の危険を感じた時は、自分自身の様に、その感覚を感じることになる。
実際、ヒョウマも、初めは、確かに、首を掻き切られていた。
だが、ジンという総隊長の能力【時空操作】により時を止められ、空間へワームホール(他の空間とをつなぐ穴)を作り、そのホール越しに、ヒョウマがオトコに襲わている「停止した光景」を別の能力者に対処させたのだ。
◇
ジンによる対処の経緯(いきさつ)はこうだ。
オトコが、ヒョウマに跨(またが)り、首元にサバイバルナイフを突き刺し、首元からは、まるで、ホースの先を指で抑えた時に出る水の様に、大量の血液が噴出した、まさにその瞬間を一時停止されていた。
そう。
まるでDVDを見る時の停止ボタンを押したかの様に。
その静止したままの二人を他所(よそ)に、更に、もう一方の手でワームホールを作ると、そこに黒い布で顔を覆い、鋭い眼光を僅(わず)かな隙間から覗かせた、リュウという忍びがいた。
リュウは忍び出身で、忍術を得意とする能力者。
こういう緊急事態の対処はリュウにしか出来ないと、ジンは考えていた。
「久しぶりだな、リュウ。唐突で悪いが、今、目の前のワームホールにいる二人の、知らない【オトコ】とヒョウマの立場を入れ替えてくれないか。時間は停止させている。」
「御意(ぎょい)に!」
リュウは、何も聞かず、多くを語らず、了解しましたというそぶりで、手を合わせ、人差指二本を二人に向け、
「斬(ざん)」
と言い、少ししてジンに敬礼し、任務を終えたことを伝える。
リュウの忍術は、他人同士の立場を入れ替える「変わり身の術」も可能な、いわゆる、超忍術(ステルス)。
(決して敵にしてはいけない相手だ。能力の可能性が底しれんからな。。。)
ジンの能力をも凌(しの)ぐかもしれないリュウの底知れない能力に、警戒心を強く持つと同時に、ジンは尊敬の念を込めて、敬礼を返した。
そして、ジンは、その事実を確認して、静止した時を元に戻した。
そののち、形勢は逆転し、オトコの首が切れ、ヒョウマは無傷だった、ということは言うまでもない。
◇
「すみません。総隊長。油断しました。」
ヒョウマは輸送隊隊長であることに責任を感じながら、改めて、ジンの総隊長という存在の大きさを感じていた。
これで、ヒョウマはジンに二度、命を救われたことになる。
「気をつけろ。確かに、我々は無敵艦隊。
だがそれ故、敵も多い。能力に溺れるものは、能力に呑まれる。
常に死と隣り合わせであることも、忘れてはならない。」
ジンも過去に、その能力に溺れ、その能力に呑まれた者の一人であった。
その過去には、敵の情けのおかげで今の命がある。
しかし、そのトラウマは、未だ消えることはなく、正に、その大きな敵に立ち向かうため、この組織を結成したといっても過言ではない。
「相手が今のマウだったら・・・今頃、君の命は無かったかもしれない。今、マウの力は強大になり過ぎた。昔の彼とは違う。
情け容赦なく、躊躇(ちゅうちょ)なく、君を瞬殺していただろう。。」
マウ。
その過去、ジンの能力を以(もっ)てしても、彼の体に触れることなく敗れた、謎の能力「ダークマター」の持ち主。
未だ、その能力の謎が解明出来ておらず、攻撃の突破口すら見出せていない。
ジンは改めて、悔しい思いをした過去を振り返りながら、これから起こるであろう大戦(おおいくさ)に備え、着々と計画を遂行していた。
第1話 夢と現実の狭間〜ジン
「ジンクーン。」
台所から嫁のノリコの声が聞こえてきた。
「ご飯よ〜。」
「ワンワン!ワンワン!」
ノリコに呼応(こおう)しようとしているのか、その隣で一生懸命、体全体をクルクル回しながら甲高く吠えるポメラニアンの愛犬りり。
「ん〜。。。。夢か。。。」
ジンは特殊なアイマスクを外しながら、朝陽(あさひ)を眩(まぶ)しそうに腕で顔を覆う。
「。。。この臨場感は、正に、現実だな。ははは。夢と現実の区別がつかないや。。。」
その商品とは、好きな夢を自由に見れる、いや、むしろ体感出来るというのが正解の装置「ドリームメーカー」。
その名の通り、人々が夢にまで見たアイマスク。
一見、普通の布製のアイマスクにBluetooth(イヤホンの無線)が付属してるだけの簡易なものだが、それを装着した途端、脳はα波を発生し、安らぎに誘(いざな)ってくれる。
そして、眠りに落ちた後、眠っているにも関わらず、起きている時の記憶が残っている。
つまり、起きている状態で夢の世界に入るので、まるで、ゲームやDVDを見る感覚で、夢を選ぶことが可能なので、可能性は無限大。
しかも、夢の中では時間の概念がないため、6時間睡眠であっても、1ヶ月ほどの長い夢を体感することも可能になる。
「でも、これに慣れてしまうと、麻薬の様になるから、現実で生きる意味を見失ってしまうなぁ。」
本来、夢とは、日常の出来事との均衡(バランス)をとるもの。
現実で、辛(つら)い思いや苦しい思いをした場合、夢ではそれを打ち消すほどの、幸せな思いや楽しい思いを見ると言われている。
その反対に、現実で喜びが大きい場合は、夢で怖い思いをすることもある。
その繊細な、聖域とも言える、夢と現実の均衡(バランス)を崩すことを懸念(けねん)して
、ジンは、倫理上、その装置を世に出してよいものか、戸惑いを持ち始めていた。
実際、ジンは何度か使っているうちに、夢の中で、時空を自由に操作出来る総隊長になりきり、まるで世界の中心にいる様な、自分がいないと世界が滅びる様な、そんな感情さえ芽生え、この装置の虜(とりこ)になっていた。
この現象は、いわゆる、脳内麻薬だ。
脳内麻薬とは、パチンコや競馬など、ギャンブルなどで、偶々(たまたま)訪れる、大きな美味しい思いを味わった際に、脳内でエンケファリンやβエンドルフィンなどの麻薬成分が生成され、麻薬中毒者と同様の症状になってしまうことだ。
その昔、過去の偉人たちが犯してきた過ちは、大半、その欲望から生まれていたとも考えられている。
今回の偉大な発明は、人々へ脳内麻薬を振りまく様なものじゃないのか?
ジンは寝起きから、そうこう考えていたが、ふと、現実に戻り、
「うわっ!夢に耽(ふけ)ってる場合かよ!今何時だ!?」
慌てふためき、かけ布団を蹴りながら、目覚まし時計を見て、ベッドから飛び起きた。
「やっべぇ〜。」
そういいながら、1階へバタバタと転げんばかりに降りて行く。
「おはよう。また、なんか、で〜っかい声で寝言言ってたよ〜。」
料理を出しながらノリコが笑顔で言った。
「おはよう。寝言また言ってた?なんて?」
寝ぼけ眼(まなこ)をゴシゴシしながら、パジャマのズボンを脱ぎ、新しいシャツに着替えながら、食卓についた。
「何て言ってたかなぁ。。わかんない。」
最後に出てきたみそ汁が、食欲をそそらせる湯気を立てながら、目の前に並べられる。
「内容は具体的に覚えてないけど、すっげえ強いのよ、俺。だって、時空を操作出来るわけだから。」
いただきまーす、と言うかけ声とともに、ご飯とみそ汁を一気に口へかけこむ。
「時空を操作出来るの。ふーん。」
そう言いながら、ノリコは私は全く興味ありません、という様な素振りで朝の支度をしていた。
「ま。要するに、時間を止めたり、戻したり、空間に穴を開けて、その穴からハワイに行ったり出来るってことよ。」
ジンは口にマヨネーズをつけながら、サラダを頬張り、どや顔で説明する。
「今度、ノリコにも貸してあげるよ。寝るのが楽しくてしかたないと思うよ。」
「私は結構です。寝る時くらいゆっくりしたいし。」
ノリコは首を大きく横に振りながら、食べ終わった食器を洗い始めた。
「でも、ハワイ行けるのかあ。それならちょっと試そっかな。ははは。」
「ほんと、旅行好きだな。。。って、もうこんな時間か!朝はバタバタだな。夢なら、ここで時間を止めれるんだが。」
食事もそこそこに、食卓を立ち、ジンは洗面所へ足を運ぶ。
「妄想ばっかりしてないで、ちゃんと、現実見てよ。最近、夢に没頭しすぎじゃない?」
ノリコはエプロンで手を拭きながら、クローゼットからスーツを取り出す。
歯ブラシを手に取り、ゴシゴシと泡だて、口をすすぎ終えたジンは、
「現実みてるから会社行くんだろ!」と言い放つ。
「あ。今日は雨降るみたいよ。」
ノリコはコロコロを使い、細かなホコリや糸などをとり、スーツの上着を宛(さなが)ら店員の様に、ジンの背中から腕を滑らせる。
「雨か。最悪だな〜。今日に限ってスーツだし。」
普段はシーンズにブーツと言う、ラフな格好での通勤だが、今日は本社で業績発表のプレゼンがあるのだ。
「じゃ。行ってきます。」
そう言いながら、玄関の扉を開けて、いつもの忙(せわ)しい一日が始まろうとしていた。
だが・・
ジンは扉を開けて、その光景に自分の目を疑った!
辺り一面、真っ赤な世界。。
地は割け、溶岩が噴火し、空は赤く染まっている。
「火事?いや、違う。。夢の続きなのか?。。」
そこは、さっきまで夢に出てきた、あのワンシーン…。
放心しきっていたジンを他所(よそ)に、ノリコは笑顔で
「何をボーッとしてるの?気をつけて行ってらっしゃい。」
と、普段と変わらず見送りに顔を出し、パンッと背中を叩いた。
「おいおい!!行ってらっしゃいって。。。外をみてみろよ!。」
ジンは取り乱しを隠せず、玄関の扉を全開にし、ノリコに改めて見てみろ、と言わんばかりに身振りを大きくした。
「なに?もう雨降ってるの?」
そう言いながら、扉の外を覗き込みながら、耳を疑うことを口にする。
「いい天気じゃんか〜!これだったら、傘いらないね。」
「いい天気って。。。冗談言ってる場合か!地面から溶岩出てるし、空だって、青くないだろ?!」
「変な装置の使い過ぎで、頭がおかしくなったんじゃないの?それが現実でしょ?空が青いって、何年前の話してるのよ。」
ノリコはジンを見下した様に、イラっとしながら、首を横に振りながら言った。
本当に妄想から目覚めてないのか?
頭がおかしくなったのか?
ジンは自分の顔面を両の掌(てのひら)でバシ、バシ、と殴打した。
そして、確認をしなければ、と、
靴のまま勢いよくリビングへ駆け込み、一目散にテレビの電源を入れた。
「もう!くつ脱いでー!」
ノリコは怒りを通り越し、半ば呆(あき)れながら、後ろからついてきた。
「。。。。」
やっぱり、おかしい。
妄想でも。夢でもない!
「おはようございます!今日も一日、がんばりましょう、ジンさん!あれ?顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
テレビの向こう側の人が声をかけている。
その光景に恐ろしくなり、全身の力が抜け、手に持ったリモコンを落とした。
NHKの歴史番組だろうか…。
明らかに、画面の向こう側のナレーションがジンに声をかけてきている…。
だが、更にジンを恐怖が襲った。
テレビの画面左上に出ているゴシップ。
それを見て、ジンは本当に自分は気が狂っていると確信した。
「俺、やっぱり、頭がおかしくなってる。。」
そう言いながら、大きく尻もちをつき、全身の震えが止まらず、ただただ、その文字を見続けた。
テレビの画面左上の文字。
そこに記されたゴシック体の文字。
紛(まぎ)れもなく、こう記されていた。
「祝!スカイツリー200周年!」
恐る恐る、台所を振り返った。
卓上カレンダー・・そこに記されていたのは。
【2212年5月12日】
第2話 出会い〜ジンとマウ
ジンが失踪してから、5年が経過した2017年元日。
ジンは突如錯乱状態に陥(おちい)り、忽然(こつぜん)と姿を消し、未だ消息が分かっていない。
ノリコに事情を聞いても、恐怖で慄(おのの)くばかりで、口を噤(つぐ)み、警察も現状把握すら出来ずに、手掛かりなく、捜索を打ち切っていた。
一方、ドリームメーカーの開発はある人物によって粛(しゅく)々と進められていた。
その人物は、ドリームコーポレーションという会社を設立し、ジンの描(ひ)いた設計図を基に、ドリームメーカーの大量生産を本格的に目論(もくろ)んでいる。
オンラインゲームのように他人同士の夢をつなぐ、もう一つの世界、「パラレルワールド」という仮想現実(マトリックス)を作り上げ、自分の思い通りの世界を築き上げるつもりだ。
その人物の名はマウ。
身の丈は170cm程度と、さほど大きくはないが、鍛え上げられた肉体を持ち、目鼻立ちのはっきりした、端正な顔立ちが特徴の30代前半の男性だ。
ジンとの面識は数回程度で、試作品の制作に携わった取引先の技術者だ。
ただ、技術力は超一級で、何よりも記憶力が並外れており、ワールド・メモリー・チャンピオンシップ(世界記憶力選手権)にも入賞し、国内大会では優勝する記憶力の持ち主だ。
◇
十年前。
ジンがある日、打ち合わせにその取引先へ訪れた時のこと
「社長。これだと、引き合い出せないよ。もっとスタイリッシュな外観にしてもらわないと困るよ。」
ジンは、語気を強め、社長にまくし立てていた。
「すみません。あ、そうだ。ちょっと失礼します。今、優秀な技術者を連れて来ますので。」
そう言って、社長は冷や汗をかきながら、部屋を出て、下の事務所へ降りて行った。
「マーくん。ちょっといいかな?」
社長は、マウを社長室に呼び出した。
マウは社長の常任アドバイザーとして、右腕を担っており、その日も、いつものように製品アドバイスをするためだろうと、社長室へ向かった。
しかし、その日はいつもと様子が違う。
社長の焦り様からすると、相手は大物なのか?
その直感は的中した。
社長室に入るなり、その相手は
「初めまして。大日本電気の大林 仁(ジン)です。よろしく。」
(大日本電気って、あの大企業のBJE(Big Japan Electric)のか!?)
マウは少し躊躇(ためら)い、名刺を出しながら
「初めまして。竹中 真羽(マウ)と申します。本日は宜しくお願いします。」
マウがそう言うと、ジンは名刺を受け取ることなく本題に入った。
「このデザインなんだけどね」・・・
マウは、なんて失礼な野郎だ、と心に思いながら、机の上を見た。
次の瞬間、マウは目を疑った。
いや。
衝撃が脳を直撃した、と言った方が正しいか。
電撃、いや、むしろ稲妻が、自分の頭上に直撃したかのような感覚!
まさに、機が舞い降りた瞬間。
神懸かり的偶然。
いや、必然か。
・・・目の前に何気無く置いている設計図。
(これは・・!!)
それは、マウが喉から手が出そうなほど欲しかった設計図。
動揺を見せまいと、平然を装い、細部に渡り、図面を素早く記憶した。
(何ということだ。今、目の前にあるのは・・・!)
そう、それは夢を自在にコントロール出来ると言われている、「ドリームメーカー」の設計図。
のちに、その出会いが、世界を狂わす引き金になろうとは、ジンにとっても、マウにとっても、誰もが知ることのないことだった。
◇
そして、今現在。
発売と同時に「ドリームメーカー」は、みるみる飛ぶ様に売れた。
外観はスタイリッシュなアイマスクで、取り付けて直ぐに眠りに落ちることが出来る。
しかも、驚くことに、眠りに落ちても、寝る前の記憶が残っているため、何とも不思議な感覚なのだ。
本来、寝るときは、現実世界の記憶は全て忘れてしまうため、寝ているときに見る夢は、「別物」扱いだった。
しかし、記憶が残っているが為に、会社のストレスや恋愛の悩みなど、溜(た)まった鬱憤(うっぷん)を晴らすにはうってつけの装置だった。
それだけ無限の可能性があるにも関わらず、庶民でも購入出来るほどのお手頃な価格・・。
これが普及した最大の要因だろう。
体験した人からは、いずれも絶賛の声ばかりで、今や、マスコミを通じて、世界中でそのウワサは広がっている。
「世界中を旅行出来た!」
「超能力者になれた!」
「有名人になれた!」
「どんな欲望も満たせる!」
【無限の可能性】
その「売り文句」通り、世界中が賞賛した。
次第にそれは、世界中の人たちには欠かせない程の電子機器となり、マウはスティーブジョブスや、ビルゲイツに肩を並べる、いや、それ以上に歴史に名を残す発明者となるだろうとまで、マスコミから騒がれている。
地位と富と名声を一気に手にしたマウは、更に、大量生産をすべく、設備投資を惜しみなく行い、世界中の人にその装置が行き渡る様に計画した。
「世界で勝つためには、記憶力を磨くことだ!
[記憶力]という文字をばらして下さい。
言+己・心+意・力、です。
その意味を成すものは、即(すなわ)ち、
[己に問いかけ、心の意思を持つ力]
それを磨くことです。
それが出来れば、仮想現実(マトリックス)をも現実と化せるでしょう。
とは言え、それは普通の人にとって、極めて困難です。
今、みなさんは、その困難な努力をいとも簡単に手に入れてしまえる装置を目の前にしています。
しかも、それらを製作しているのは、我が社「ドリームコーポレーション」です。
ここに勤める皆さんの、その誇りを決して忘れないで欲しい。
そして、それらを全世界70億人に提供するのです。
ストレスのない社会作り。
これこそが、我々の最大の使命なのですから。」
マウは、そうテレビ会議で全社員に熱く鼓舞(こぶ)し、社長としての情熱を社員に伝えた。
だが、それは体裁(ていさい)を整えるだけの表向きで、真の計画を成し遂げるための踏み台であることには、誰も気付いていなかった。
その真の計画、それは、
【ゴッド・オブ・パラレル】
この装置をつけて、夢を見た全ての人間を自分の支配下にし、自らが神となること。
人々にとって、パラレルワールドは凡(あら)ゆる欲望を満たせる場所で、ストレスのない理想の世界となってきており、既に、セカンドライフとして、第二の人生を送る人たちが後を絶たない程だ。
今となっては、それがなければ、生きる意味がないほどに、皆が依存していたのだ。
次第に人々は、マウを天地創造の神のように崇(あが)め始め、厳しい現実社会での「生きる意味」を放棄し始めている。
◇
「闇に支配されたパラレルワールドへようこそ。お前たちは皆、私の化身。このマウこそが真の神。」
そう言いながら、壁一面ガラス張りの超高層最上階で、マウはワインを嗜(たしな)みながら、夜の下界を見下ろし、これから訪れるであろう王国に酔いしれていた。
第3話 遠隔操作(テレメス)〜ヨウコ
ドリームメーカーが爆発的にヒットする一方で、現実世界(リアル)は電磁波に汚染され続けてきた。
社会の全てがデジタル化され、人々が利便性を追求し過ぎた代償が、この「電磁波汚染」という、取り返しのつかない環境汚染を生んでしまっていたのだ。
しかし、そのことは10年前から、科学者たちに「このままでは脳に腫瘍(しゅよう)などが出来るのは時間の問題だ」と常に指摘され続けてきた。
「大日本電気」もまた、10年前から、電磁波汚染に対して警笛を鳴らしており、独自で、電磁波を有効エネルギーに変換する、エネルギー・ハーベスト・オール略して「エネハーオール」を一大プロジェクトとして、研究チームを発足していた。
「大日本電気〜Big Japan Electric]」
通称、BJE。
かつて、ジンが所属していた会社で、ジンもこの研究チームに所属していた。
その研究チームとは、空気中の電磁波をエネルギーにする、「エネハーオール」という新エネルギーを開発した、新エネルギー事業部。
汚染物質を有効物質に替え、半永久的に充電不要の電子機器を使える社会の実現に成功したのだ。
そのチームリーダーの名は、柏木 陽子(ヨウコ)。
しかし、ようやく完成した新エネルギーだったが、ヨウコは、違和感を抱いていた。
これにより、社会がスマートデバイス(スマートフォン、タブレットなど)へ、より一層依存することで、さらなる電磁波が発生するという、負のスパイラルが生まれるのではないか、ということに。
実際、彼女自身、この研究チームに10年間携わり、人並み以上に電磁波を浴び続けていたせいか、少しづつ、体に異変が出始めていたのだ。
◇
事実、世間は、スマートデバイス無しには成り立たないほど、それは生活の一部になりすぎていた。
しかも、そこにエネハーオールが導入され、一層、電磁波から身を休めることはなかった。
家はスマート家電で統一され、お風呂やトイレにさえ、スマートデバイスで動作されるシステムになっていた。
娯楽のテレビは薄型から、メガネ型に代わり、360度どこからでも見れるモノグラムタイプになっていった。
テレビ番組も、視覚・聴覚以外の嗅覚・味覚・触覚を感じれる様に構成されている。
料理番組であれば、おいしい食べ物の匂いや味を楽しむことが出来、旅行番組であれば、温泉につかる感覚や町並みに触れることさえ出来るのだ。
映画も、主人公の視点で撮影され、見ている人が、触ったり、匂ったり、味わったりと、その映画の世界にどっぷり体験出来る4Dになっていた。
移動手段に至っては、乗り物は全て自動操縦の「パワードライブ」という乗り物に変わっていた。
唯一、コンピューターから離れていた時間、睡眠の時でさえ、ドリームメーカーという製品が出てきてからというものの、今となっては、脳は、休む間もなく電磁波を浴び続けていることになる。
空気中が電磁波で飽和されてきたことで、ものすごいスピードで人体は異常な変化をもたらしていたのだ。
◇
その脳に電磁波を浴びることで、人々は、二極化され始めた。
古来から続いた、女と男、その概念の様に。
進化・覚醒した、超人化の【ラスター】。
退化・堕落した、凶悪化の【シャドー】。
【ラスター】は、今まで、脳に眠っていた、潜在能力を大幅に引き出した者たちを指し、
主に、脳を積極的に起動していた人たちに起こる現象で、電磁波が脳を活性化させ、潜在能力を引き出すと言われている。
それに対し、【シャドー】
・・それは、人間としての脳が破壊され、動物の持つ本能でのみ行動する者。
理性はなく、ただ凶暴で破壊的な怪物になるとされている。
主に、今まで、あまり脳を使わず、欲望のまま、自己中心的で世の中を生きてきた人たちに起こる現象で、電磁波が脳の欲望部分を刺激すると言われている。
幸か不幸か、まだ誰もそのことには気づいておらず、前触れもない状態だった。
しかし、いずれ、その前兆は急激に訪れ、みるみる社会は変化していくだろう。
ヨウコは、そう確信していた。
それは、彼女が生まれながらの【ラスター】であり、幼い時から、人の心が読める不思議な能力を持っていたためだ。
そのため、人との接触を極端に嫌ったこともあり、研究者としての道を選んだのだ。
しかし、運命とは皮肉なもので、研究所で10年間、電磁波を浴び続けたがゆえに、その能力は、更に覚醒してしまっていた。
通常の人間であれば、脳を数パーセントしか使わないが、ラスターは、人間の潜在能力を数10%〜100%まで引き出せる。
その潜在能力の最大は、100%・・・実は、更にその上がある。
潜在意識の深層には「宇宙意識」というものがいて、そこは神の聖域ともされており、常に伝説として語り継がれていた。
その伝説が今、扉を開けようとしている。
ラスターからの覚醒、伝説の覚醒。
その名も【イオ】
運命のいたずらか、その特殊能力から避け続けていたヨウコに、その能力、遠隔操作(テレメス)が今、産声を上げる。
第4話 光操作(チャネル)〜ヒョウマ
遠隔催眠(テレメス)の能力に覚醒したヨウコは、宇宙意識で全ての人の脳にアクセス出来る「イオ」に覚醒していた。
相手を覚醒させれば、24時間、365日、そのもの同士で、いつでもどこでも感覚を感じさせる催眠も可能だ。
例えば、ヨウコがAとBにテレメスをかけると、ヨウコを含め、AとBはその時点から、互いの5感を共有出来ることになる。
「私は、、、どうしてしまったのかしら。。。」
自分自身に特異な能力に、相当な違和感を覚えながら過ごしていたある日、消息を絶っていた元パートナー・ジンの感覚がヨウコの脳を刺激した。
◇
<ジン?ジンなの?この感覚は、ジンなのね。>
ヨウコは職場にいた頃のジンをテレメスで感じ、気付けば、咄嗟(とっさ)に脳の中で彼に呼びかけていた。
<ヨウコ?>
ジンであろう人物の声が脳の中でコダマする。
<やっぱりジンね!そうよ。私、ヨウコよ。実は、私も戸惑っているけど、今、あなたの脳に直接話しかけているみたいね。。。>
<・・と言うことは、君は、イオだったのか!?>
ジンは脳に直接話しかけるヨウコが能力者であることを素早く理解した。
<イオ?例の超能力者のこと?私にはよくわからないけど、確かに、とても不思議な感覚だわ。
今までに感じたことのない、、、なんて言うか、自分の脳が、サーバーになったかの様に、いろんな人の脳と繋がっている様な、、、そんな感覚だわ。
事実、こうしてテレパシーの様に会話してることだしね。
それはそうと、ジン。あなたは今、どこにいるの?みんな心配してるわよ。
どことなく、無の空間にいるような・・そんな感じがするけど。。。>
<どうやら、俺は今、夢の世界、パラレルワールドにいるようだ。>
<え!?どういうこと?!あなたが夢の世界にいるの?!これは夢?>
ヨウコは自分が夢を見ているんじゃないかと、ほんの少し疑った。
しかも、今、話している相手は、ついさっきまで行方不明の男性だ。
その男性が、自分は夢の中にいると訴えている。
更に、その相手と脳の中で話をしているではないか。
本当に気が狂ったか、夢を見ているかのいずれかでしかない。
<ドリームメーカーで時空を歪(ゆがめ)過ぎたのが原因かわからないが、とてつもないエネルギーで、夢と現実の時空を入れ替え、閉じ込められたようだよ。>
ジンが話をしていた、そのとき。
「ハーイ!」
突然、身の丈180cm程もある、見ず知らずの男が、ヨウコの目の前にいきなり現れた。
ヨウコは突然の出来事で、驚きから声が出なかった。
次の瞬間、目の前が真っ暗になったかと思うと、その男は、知らぬ間にヨウコの真後ろに立ち、吐息をヨウコにかけた。
「フッ。いい香りがするね〜。」
「あなた!いつの間に・・。」
ヨウコが振り返るよりも早く、前に、横に、後ろに、また前に、ありえない速度でヨウコの周りを回り始める、というよりはむしろ、分身してるようにも見える。
そして、、、。
最後には、消えてしまった。
<ヨウコ!ものすごい恐怖が君から伝わってきているが、何かあったのか!?>
ジンはヨウコの恐怖を自分のことのように感じ、能力を発動しそうになった。
そう、ジン、彼もまた、イオだったのだ!
<今、知らない男性が私の目の前に現れたかと思うと、ものすごいスピードで移動したかと思うと、最後には消えたわ。
まさか。。。イオ?>
「どーこだ?!あはは。俺の姿が見えないだろ〜?透明人間だからな〜。」
透明人間?
震える手を抑える。
「イオなんでしょ?!」
ヨウコは恐怖で震える声を抑えながら、必死で平静を装った。
「なぜそれを知っている?!」
「あなたの能力も分かるわよ。」
ヨウコは恐怖を押し殺し、強(したた)かに相手にカマをかけ、必死で脳への侵入を試みた。
しかし、相手は実在していないかのように、脳が捉えれない。
「君。俺の正体知ってるってこと?」
男性が、一転、動揺した。
その一瞬をヨウコは逃さなかった。
そう、逃さなかったはずだ。。。
「さては、君もイオだな。何を企んでやがる!」
脳にアクセスしようとしているのが、気づかれた!!
一瞬捉えた実体が、次の瞬間、見え無くなり、声だけがヨウコに投げかけられる。
「キサマ!テレメスの能力者だな!俺を操ろうとするとは、許さんぞ!」
<え!?一体、どういうこと?なぜそこまでわかったの?>
次の瞬間、実体がないエネルギー状の物体が、ヨウコを一気に締め上げた!
<殺(や)られる>
息が出来ない。
殺意を感じたヨウコは、咄嗟(とっさ)に
<やめてー!!>
心で、無意識にそう叫んでいた。
すると、気付いた時には、締め付けた物体は体から離れていた。
<信じたくはないが、おそらく、彼は光操作(チャネル)の能力者だ。>
気付くと、ジンが呼びかけてきていた。
<ジン!?私はどうなってしまったの?>
ヨウコは自分が締め上げられたとこから記憶が飛んでいた。
しかも、男性は、ポッカリと空いた空間のその向こう側にジンと一緒に、背中を向けて立っているではないか。
<一体、何が起こったの?>
<今のうちに、遠隔催眠(テレメス)で、この男に「ジンが総隊長で、貴殿はアルファ部隊の一隊長」だと、催眠をかけてくれ。>
<。。。分かった。だけど、なぜ彼がそこにいるの?>
そう言いながらも、さっきから、ヨウコはジンの心にも入ろうと試みていたが、入れず、彼の本心が見えず、今、何が起こったかも理解出来ていない。
<なぜ、心に入れないか?そう考えているね。そんなに強く思われちゃ、心の声だから、嫌でも聞こえてくるよ。>
<あはは。そうね。でも、何が何だかサッパリ。。。>
<実は、俺は、時空操作(ディメンション)の能力者。そのため、脳内コントロールしているから、いくら他人が入ってきても制御出来ないんだ。>
<ディメンションですって!?>
ヨウコは、昔、本で読んだことがあった。
この世の最強とされるカテゴリー、時空操作、ディメンション。
その能力を同僚が身につけて、今、目の前に現れたというのか。
<彼の名はヒョウマ。光操作(チャネル)が能力だが、幸い、このまま味方に出来そうだ。敵に回してはならない一人だな。もっとも、能力者自身がクレバーじゃなくて助かったよ。さ。このまま、部下になるように催眠をかけてくれ。>
ヨウコは思った。
ジンとヒョウマ、この二人だけで世界をどうにでも出来てしまうのではないかと。
これから何が起こるか半信半疑のまま、ヨウコはジンの言うとおりにした。
第5話 衝撃波(インパクト)〜ユウタ
ヨウコが遠隔催眠(テレメス)で探し始めて、僅か数分。
先ず初めに、直ぐに、探していた一人と交信出来た。
だが、その交信は直ぐに断ち切られてしまう。
「え?どういうこと。。私の能力は一方的に心の中に入る催眠なのに。。なぜ打ち消せるの?」
次の瞬間・・・。
<ははは。これが、僕の能力だからさ。>
その声の主は、さっきヨウコが初めに呼びかけた人物だ。
<驚いたよ。この能力は僕だけのものだと思っていたからね。>
<実は私も驚いているわ。世の中に、こんなたくさんイオと呼ばれる人たちがいるだなんて。>
<ところで、君の能力は、テレメスかい。そうやって、みんなに催眠をかけて、自分の手下にしようとしているんだろうけど、それは俺には無理ってもんだよ。>
<・・・>
<ね。今、催眠かけようとしたでしょ。でも、ムダムダ〜。ははは。>
ヨウコは怖くなってきた。
自分の能力が絶対だと思っていたのに、なんと、同じ日に、二度も、催眠にかけれない人物に出会ったからだ。
<と、言うことで。またっねぇ〜。>
<ちょっと待っ・・・>
交信は途切れた。
なぜ読めなかったのか。。。
今の人物の能力は何だったのか・・・。
納得がいかないまま、再度、別の人物にチャレンジした。
次は比較的早くキャッチ出来た。
<なんだ!>
その声の主は、今度は何事だと言わんばかりに怯(おび)えていた。
さっきとは別の人物だ。
ヨウコは今度こそ交信が途切れる前に、テレメスで催眠を掛け、自分の意のままに操る様に持っていこうとした。
<・・・>
<・・・。。わかりました。>
非常に催眠がかかりやすい相手だった。
早速、ジンが察知し、時空操作(ディメンション)でその人物の確保に乗り出す。
ヨウコは、その一部始終を見て、改めて、ジンのパワーの脅威に驚かされた。
◇
先ず、ジンはディメンションで空間に穴を開け、テレメスで催眠にかけた人物を出した。
一見、ただ、映像が空中に投影されているだけだと思っていたものが、実は、こちらの空間とあちらの空間が繋がっていて、一種の距離のないトンネルになっているのだ。
その人物は、ちょうど20歳後半といったところか、まだ、あどけなさが残った、177cmほどある、今風のスポーティーな青年だ。
トンネルが繋がった場所を見る限り、そこは、道場なのか、畳の上で、道着を着た人たちが、組み手の練習をしているところだった。
だが、驚くことに、その練習風景は静止画の様に、そう、まさに一枚の写真の様に、全員が停止していた。
そう、まさに、向こう側の空間だけ、時間が停止していたのだ。
◇
(ジンの能力、、、信じられないわ・・)
ジンに脅威さえ感じた。
(この能力ですら、適(かな)わない相手って、一体・・・)
ヨウコは今すぐ、ここから逃げたい衝動に駆(か)られていた。
ジンは、練習途中の格好のままの青年をこちらの空間に移動させ、
「ヨウコ。今、この道場にいる、いや、彼に関連した全ての人に、テレメスをかけて、彼の存在を記憶から消してくれ。ちょっとの間、彼を借りるんでな。」
ヨウコは、すぐさま、言われた通り、その道場以外にも、親族や友人に至る、関係あるであろう全ての人に、テレメスをかけた。
そして、パラジンは開いた空間のトンネルからその青年を抱え上げ、こちら側へ引き寄せた。
そして、時を動かした。
青年はテレメスにより、「ジンは総隊長」と思い込んでおり、
「あ!総隊長!ここで何をされているのですか?!」
「自分の名を先ずは名乗れ。」
そう言いながら、知るはずもない初めて会うこれからの仲間に、あたかも、無礼者と装い、自己紹介をさせた。
「え?・・あ。はい。自分は、清水 優太(ユウタ)です。」
「よし。ユウタ。いいだろう。では、自分の特技を言ったまえ。」
「どうしたんですか?総隊長。忘れちゃったんですか?」
「ばか者!気を失っていたんだろ?!再確認をしてるんだ。」
「は!私の能力は衝撃波(インパクト)。私の手に触れたものは全て衝撃で爆破します。」
「!・・気体も、か?」
「・・はい。もちろんです!空気であろうと、水であろうと、地面であろうと、私が触れるもの全てに衝撃を与えます。だから、総隊長は私を特攻隊長に任ぜられました。」
「・・・そうだったな。記憶は問題なさそうだ。」
そういいながら、ヨウコの方をちらっと見た。
<こいつはヤバイぞ。しっかりと催眠かけ続けてくれよ>
<・・・わかってるわ>
<ところで、特攻隊長って・・・?>
<その肩書きをつけた方が良さそうだったんで、勝手に植え付けたの。>
「わかった。そこに座っててくれ。」
そう言いながら、ジンはユウタの催眠が切れたら・・と考えただけで恐ろしくなった。
時間を止めるよりも早く飛ばされるかもしれない・・・。
しかし、笑みがこぼれた。
「最強の仲間」が出来たことに。
第6話 物体再生(リボーン)〜ノリコ
ヨウコは更に遠隔催眠(テレメス)を続けた。
その間、今から起こる光景を見せまいと、ユウタは深い眠りにつかせられていた。
初めに見つけた人物には結局、接触(コンタクト)出来ず、三人目も、ユウタの時みたいに、直ぐには見つからなかった。
膠着(こうちゃく)状態が、凡(およ)そ30分経過し・・・。
気持ちが途切れ、ふと、油断しかけたその時、遂に、3人目のイオとコンタクト出来た。
<え!?なに!?>
<・・・>
ヨウコは、今回もまた、交信が繋がると同時に、すぐさま、テレメスにより、ジンが自分の総隊長だという催眠をかけた。
同時にキャッチしたジンも、先ほど同様、時空操作(ディメンション)で、空間にトンネルを開け、その人物を見の前にした。
だが・・。
そこは、男子禁制の場所。。女湯。
当然、こっちの都合でディメンションを使う訳だから、そういうこともあるだろう。
ジンは自分にそう言い聞かせて、次の行動に出ようと試みた。
だが、ジンはそのシチュエーションが耐えれず、一度開けたトンネルを直ぐに塞いでしまったのだ。
ダメだ・・・。
そう言いながら、時を戻した。
(あの状況では、とても行動できるわけがない。時を早めよう。)
実は、ジンは知らない女性にはめっぽう弱く、会話するのもままならない弱点があった。
幸(さいわ)い、ヨウコは仕事上のパートナーだったため、特に問題なく接触出来ていたが・・・。
少し動揺した状態のまま、さっきの情景を薄っすら浮かべ、時を1時間ほど進めた・・。
これくらいか。
再び、トンネルを開けると、浴衣姿の美しい女性が、鏡の前で髪を櫛(くし)で梳(と)かしていた。
だが、ジンはまたも、慌ててトンネルを塞いでしまう。
今度は、・・・鏡・・・。
これはイオにとって、最も脅威となる。
ミラーワールド・・・
今でこそ、鏡は、現実を投影された世界と信じられているが、かつては、影と鏡像こそが真の姿であり、現実世界(リアル)の人間は、ミラーワールドの者達に生かされている、と語り継がれていた。
イオの伝説は、そのミラーワールドから生まれていた。
イオは能力発動時に、鏡を見続けると、ふるさと「ミラーワールド」へ帰る・・・そういう言い伝えがある。
「危うく、ミラーワールドに引き込まれるとこだった・・・。」
ジンは、更に時を進めた。
今度は、いつもくらいの大きい穴ではなく、覗き穴程度の小さいトンネルを開けた。
そして、ヨウコに一層強力なテレメスをかけるように指示を出す。
ジンはその覗き穴から、恐る恐る覗いたその時!
ジンは腰を抜かしそうになりながら、後ろへ大きく仰(の)け反った。
なんと、その女性は、止まった時間のまま、その穴から、こちらを覗いているではないか。
<バカな!時を止めてからトンネルを繋いでいるんだぞ!>
<・・・ジン。彼女の能力はおそらく、外敵から身を守る能力じゃないかしら。>
<外敵から身を守る能力?!>
<だから、初めに女湯だったのも、二度目が鏡の前だったのも、全て彼女の無意識の中で、ジンが嫌う世界を作り出したんじゃないかと思うの。>
<何だって!?だが、確かに、それなら、今までのも説明がつくな。>
<今は強力なパワーで彼女を催眠にかけているから、危険を察知して、その穴の方向に自ずとカラダが向いてたんだと思うの。>
無意識の弱点攻撃による防御。。。
これほどの能力者までいるのか。。。
<それにしても、ヨウコのテレメスなしでは捉えきれない能力だな・・・>
ジンは小さな穴を大きくして、その女性を抱え上げ、こちらの空間へ引き込んだ。
そして、時を再び戻す。
「・・・」
「大丈夫?」
ヨウコが優しく声をかけた。
「ヨウコさん!・・・そ、総隊長!!」
「お、おう。気がついたか。」
ジンは、動揺を見せまいと、その女性の方を見ないように、反対側を見ながら、腕を組んで威風堂々とした姿を示した。
「自分の名前と能力は覚えている?」
ヨウコが女性らしく、優しく質問した。
「はい。私の名前は大林 紀子(ノリコ)。」
「!!!」
ジンは自分の嫁と同姓同名だったことに驚きを隠せないながらも、顔を見れなかった。
「能力は物体再生(リボーン)です。」
<物体再生(リボーン)!!?>
<・・・まさか・・・>
自分が招集依頼をかけておきながら、いざ、彼らを目の前にすると、震えが止まらなかった。
その震えは恐怖からではなく、これから満ち溢れる組織への期待からのものだった。
第7話 無力化(パラリシス)〜コウタロウ
「遂に・・この日が来たか。」
ジンは、漸(ようや)くチームが結成されるこの日を迎え、かつ、これほどの力(パワー)を味方として取り込めることに、心から喜びを噛(か)み締めていた。
「でも、最後の一人が少し変なのよ。」
ヨウコは最後の一人の能力について、怪訝(けげん)な表情を浮かべながら言った。
<他の者に聞かれてはマズイから、コッチで話そう。>
ジンは、さっき仲間になったばかりの二人に会話が聞こえないように、テレメスでの密談を促(うなが)していた。
<変?と、言うと?どう変なんだ?>
<私の遠隔催眠(テレメス)が全く通じないの。>
<何?テレメスは絶対能力なんじゃないのか!?>
<今まで、私もそう思っていたわ。昨日まではね。でも、今日一日で、これが二度目なのよ。>
そう言いながら、ヨウコは、ジンに
「あなたもよね?」
と言わんとばかりに、白い歯を見せながら、ニコッっと口角を上げ、首を擡(もた)げた。
<バ、バカな!>
<少なくとも、私が心に入れなかった、このことは事実ね。>
<と言うことは、それ・・・>
・・・話している途中で、ジンは突如、完全停止した。
「どうしたの?!」
ヨウコは、てっきり、ジンが時空操作(ディメンション)したのかと思った。
しかし、ジンが止まって、自分は動いている・・?
「ジン!?ふざけないでよ!」
いくら叫んでも、ピクリともしない。
ふと後ろを見ると、ユウタも見事に停止している。
まさか!敵!?
敵のディメンション!?
ヨウコは恐れていたことが起きてしまったと感じた。
しかし、ノリコはユウタの横で、耳を塞ぎながら、俯(うつむ)き加減で頭を前に垂れ下げ、何かに怯(おび)えていた。
ノリコは動いていたのだ。
(何者かによる時間停止!?・・でも、私とノリコはどうして動けているのかしら。仮に、もしそうだとしても、ジンはディメンションの能力者だから、ジンに能力が及ぶことはあり得ないし・・。)
ヨウコには何が何だか分からなかった。
辻褄(つじつま)が合わない現象に、ただ、戸惑いを隠せなかった。
唯一分かること。
それは、たった今、ヨウコとノリコ、この女性二人だけが動いるということ・・・。
女性二人だけ・・・。
女性・・・。
そういえば、さっき、ジンは女性に弱く、ノリコの能力に逆らわれていた。
そのジンの能力が発動したのか・・ジンの意思とは別に・・・しかし、ジンはまるで力を奪われたかのように無力・・・。
無力・・・。
ヨウコは直感で悟った。
まさか!
もう一人の能力者って!
「無力化(パラリシス)!!噂には聞いたことがある。光、重力、能力に至るまで、全てを吸収して、相手を無力化にしてしまうという、タブーの能力。」
パチ、パチ、パチ・・・。
背後から手を叩く音。
「ご名答!へー。君、能力もすごいけど、推察力もすごいんだね〜。」
いつの間に!!
その男は、気付いた時には、ヨウコのすぐ背後にいて、両手を叩きながら近づいていた。
<・・・>
ヨウコは油断した相手の隙を見て、テレメスを試みた。
「無駄だよ。俺にはすべての能力を吸収するチカラがあるからね。それは君も分かってるだろ。」
「本当に無力化(パラリシス)の能力者がいたということね。驚きだわ。」
「そういう君の方こそ!相手を遠隔で操作しちゃうんだから、驚きだよ。油断すると、そこにいるお仲間の様に、自分の意思に反して配下にされちゃうところだったからね。ま、僕は彼らの様に単純じゃないんでね。」
「あなたの目的は何なの。」
「おいおい。そんな言い方ないだろ〜。そもそも、君が俺に入って来ようとしたんだぜ。さすがに初めは驚いたぜ。急に別の人格が現れそうになったんだから。」
「でも、あなたは操れなかった。。。その時におかしいと思ったわ。それが出来るのは、時空操作か、能力のテリトリー外にいる時。でも、私のテリトリーは同じ次元なら無限だから、てっきり時空操作(ディメンション)の能力者と思ったわ。」
「ヘェ〜。あれだけの短時間に、いろんなことを考えてたんだね。でも、俺にとって今の君は、取るに足りない、ただの女。たっぷり可愛がってあげるよ。」
そういいながら、じりじりとヨウコに近寄って行く。
<このままではマズイ。。。>
今のヨウコにはなす術がなかった。
しかし、その時だった。
ズンッ!
「なんだ!?」
そう言いながら、その男は、急にカラダが重くなった様に、膝をつき、重りでもつけられたかの様に、バタンと、全身を強く前に打ちつけた。
始めは一瞬、何がどうなってるのか、分からなかった。
でも、この優しい感覚。
さっきジンが恐れてたノリコの謎の雰囲気と同じだ。
そうか!
ノリコの能力!
無力化の反対、物体再生(リボーン)!
「ノリコの能力、物体再生(リボーン)が、自動で発動したんだわ。
彼女は危険を察知した相手に、その人物の弱点となるものを再生するのよ。
無意識にね。だから、あなたはもちろん、ノリコ本人にも発動するタイミングが分からないわ。」
ヨウコは咄嗟(とっさ)に、今、起こったこと、このことを理解するのに、頭脳をフル回転させた。
ヨウコ自身も、今起こっている目の前の事象に驚いていたからだ。
「ぬ。。なに・・。そんなばかな!おれの無力化(パラリシス)はいかなる能力をも無力化するものだぞ・・。タイミングなど無関係!」
「ホコとタテね。あなたがいかなる能力も無意識に無力化出来るなら、彼女はいかなる能力も無意識に物体再生できるのよ。
でも、今のあなたには、私のテレメス、ジンのディメンションと、少し欲をかき過ぎたみたいね。
あまりにも大きい能力を取り込んだために、パラリシス本来の能力、その均衡が崩れたのよ。恐らくはね。」
「し、しかし、この重力の様な感覚。。。これは一体、誰の・・・。」
「あなた自身よ。あなたは、常日頃から重力を無力化しているでしょ。それをノリコにより数倍に再生されたのよ。あなたの一番恐れている弱点、重力をね。」
「くそったれがー!!!!」
男は必死に重力に抗(あらが)うが、抗えば抗うほどに、重力は重みを増していく。
コンクリートの床が徐々に陥没(かんぼつ)していくほどに。
(今しかないわ。)
<・・・>
能力を封じられた彼に、ノリコはテレメスを再発動した。
「ようこそ。最後のイオさん。」
◇
「・・・ん!?何が起こったんだ!」
漸(ようや)く目が覚めたジンは、テレメスでヨウコに一部始終を伝えられる。
「さすがだよ。君が敵でなくて、本当良かった。。。」
ジンは心からそう思った。
これで、最後のメンバーを加え、「アルファ」として、最強組織を結成した。
ジンは喜びを噛(か)み締めつつも、これから起こるであろう厳しい現実を受け入れ、改めて、兜(かぶと)の緒(お)を締めなくては、という気持ちになった。
<ヨウコ、最後の彼の名前は?>
<・・・彼からは名前らしきものは受け取れないわ。>
ジンはその男に近付き、
「体は大丈夫か?」
と、重力の恐怖を引きずったまま、仲間として洗脳された男へ声をかけた。
「・・・はい。総隊長。」
男は違和感を感じながらも、自分にとってジンは絶対的存在とヨウコに洗脳されていたため、その事実を受け入れざるを得なかった。
「自分の名前は答えれるか?」
ジンは、自然の会話から名前を確かめた。
「名前?そのようなものは持ち合わせていません。」
(名前がないだと?!)
彼もまた、この時代の被害者なのかもしれない。と、ジンは感じ、
「今日から君は、コウタロウと名乗れ。いいな。」
「コウタロウ・・・俺が・・・?名前を?」
これにより、より仲間意識を芽生えさせ、洗脳を一層強固なものにしようという、ジンの狙いだ。
「よーし!みんな聞いてくれ。」
ジンは手を叩き、そこにいるメンバーを集めた。
「少しトラブルがあったので、我々アルファとしてのメンバー結束を再度、強固にするために、今一度、部隊の確認を行う。
そういうと、さっき時間を止めて、書いた紙を壁に貼り出しておき、それを指差した。
そこにはこう書かれていた。
ユウタ
特攻隊隊長
特技-衝撃波(インパクト)
コウタロウ
援護隊隊長
特技-無力化(パラリシス)
ノリコ
医療部隊隊長
特技-物体再生(リボーン)
リュウ
情報部隊隊長
特技-忍術(シノビ)
ヒョウマ
輸送部隊隊長
特技-光操作(チャネル)
ヨウコ
交渉部隊隊長
特技-遠隔催眠(テレメス)
ジン
総隊長
特技-時空操作(ディメンション)
以上、総隊長率いる、6隊長によるα(アルファ)を今日(こんにち)より始動することとなる。
第8話 忍術(ステルス)〜リュウ
ドリームメーカーにより、夢世界(パラレルワールド)王国を築き上げたマウは、高層ビルの最上階から世界を見下ろし、
「俺の時代が訪れた。。。だが、、、仮想現実(マトリックス)だけでは何か足りない・・・やはり、この現実世界(リアル)を支配してこそが世界征服なのか・・・。」
そう言いながら、一本100万円は下らないと云(い)われている、ウィスキーシングルモルト山﨑50年ものをバカラグラスに注ぎ、ハーフ-ロックで喉に流し込む。
そして、食道を流れる原液を体の内側で感じながら、クラシック音楽の静かな音色を目を閉じて嗜(たしな)んでいた。
その時、乾いたノック音と同時に
「マウ様。」
と、扉の向こう側から、潤った甲高い声でメイドが呼びかけてきた。
「なんだ。」
至福のひとときを殺伐(さつばつ)とした機械音が水を刺したことで、マウは機嫌を損ねていた。
「夜分遅くお寛(くつろ)ぎのところすみません。。。お客様が来られていますが、いかがいたしましょうか。」
「客人?」
ふと時計に目をやると、既に日付を超えて1時間ほどが経過した深夜1:00。。。
「こんな時間にか?礼儀を弁(わきま)えろ、と伝えておけ。」
「それが・・・。BJEの幹部の方で・・・。緊急要請を出されております・・・。」
「BJE幹部が緊急要請!?」
マウは怪訝(けげん)な表情を浮かべながら、少し考えこみ、数秒ほど経って、羽織りものにサッと腕を通した。
そして、重厚な部屋の扉を開け、メイドの目を覗き込み、軽い目配せで、客人を中へ入れる様に伝えた。
ドリームメーカーの件以降、著作権を巡り、BJEとは確執(かくしつ)があり、ライバル会社となっている。
それほど対立した企業からの緊急要請ともなれば、相当な出来事なのだろうと考え、マウは、客間へ忙(せわ)しく足を運び、
(どれ、BJE幹部とやらの顔を拝見してやろうか。)
そう、心の奥底で躍動していた。
長い廊下を抜けて客間を跨(また)ぐと、既にソファーに腰掛けた、ボディガード風で30歳そこそこの、顔全体を黒い布で覆い、高そうなスーツの上からでもわかるガッチリした体型の男性と、執行役員を彷彿(ほうふつ)とさせ、50歳程度の、恰幅(かっぷく)の良いオーラが凄まじい、端正な顔立ちの男性、この二名が、すっと、ソファーから腰を上げた。
「夜分遅くに大変な御無礼をお赦(ゆる)しください。」
開口一番、役員風の男性から、一礼をしながらのお詫びの挨拶があった。
「夜分は遅く、日付も変わったところで、よほどのご事情かと存じ上げますよ。偶々(たまたま)起きていたものですからね。お話は拝聴(はいちょう)させて頂くつもりですよ。」
マウは「この時間、普通なら訪問を控える時間だぞ」、と皮肉を込めた、含みのある言い方で応えた。
「それでは、早速本題に。」
しかし、今はそんなことで議論してる場合ではない、と言わんばかりに、役員風の男性は鋭い眼光で先を急いだ。
「結論から申し上げます。元当社社員のジンと言う男をご存知ですよね?彼を暗殺して欲しいのです。」
「…暗殺?」
マウは自分の耳を疑った。
「また、なぜ急に?その男性が何をしたと言うんですか。」
かつて、マウが唯一尊敬した頭脳の持ち主である取引先の男ジン、その彼を暗殺しなくてはならない。。。
「実は、彼がドリームメーカーの真の考案者だったことは、私たちも存じ上げております。しかし、その技術が、なぜ、あなたに流出したのか…それをいくら調査しても、コネクションの証拠がないのです。」
マウは、自分も疑われている対象であり、自分の命の危険もすぐ近くにあると感じ、ダークマターを発動しようとしたその時、
「斬(ざん)!」
。。。
「お待ちください。話にはまだ続きがあります。」
ボディーガードらしき男が信じられない早さで、能力を発動しようとしたマウを一際(ひときわ)大きな手で制止した。
(。。。イオか?!今、何が起こった?!俺が暗黒能力者(ダークマター)と分かった上での対応か。。。何をされた!?)
マウは、相手の出方に気付かず、何かをされたのかわからない。
(動けない!?バカな!!)
マウは全て思い通りに出来る能力者だが、「ダーク」と呪文の様な掛け声をしなくてはならない。
(殺される!)
本能が恐怖を感じたのか?
どうしようもない状況になっている自分が、無敵と云われた自分が、ここまで脆(もろ)いとは・・・。
本来、マウは、自分の命に危険を感じることなど、ここ10年程はなかったが、今、明らかに恐怖を感じている。
「危険な男たち」と体が無意識に反応している。
マウは、敗北を認め、話を聞くジェスチャーをすると、金縛りは解け自由に体が動く様になった。
しかし、相手の能力が未知数で、且つ、これだけ容易に術を解くことは考えずらい。
ここは、先ず、相手の話に耳を傾けながら、次の行動とスキを伺おうと、マウは思った。
「わかりました。では、話の続きを伺いましょうか。」
マウは覚悟を決めた様に応えた。
「実は、ジンは夢世界(パラレルワールド)と現実世界(リアル)を入れ替え、隣の彼のような、、、あ、失礼しました。実は、隣にいるのは、私の部下で、リュウと申します。彼の能力は、忍術(ステルス)。全ての事象に忍術を発動させる能力者です。彼の様な、特殊な能力者「イオ」を集め、「アルファ」とかいう組織をつくって、戦争を企(たくら)んでいるようなんです。」
「ほぉ…それは恐ろしいですね。。で、そんな恐ろしい男を私に殺せと言う訳ですか。」
実は、この時、マウは久しぶりに高揚していた。
目の前にイオがいる。
しかも、あろうことか、この幹部は、互助丁寧に、彼の能力まで教えてくれた。
今まで敵なしだったマウにとって、多少なりとも、危険が迫っていたのは事実だが、今は状況が違う。
生きるか、死ぬか、この二択が迫った時こそが、唯一、人間が生きている実感を味わえる時なのだ。
これこそ、生きている醍醐味
「もちろん、破格の報酬は用意させて頂きます。」
「期待してますよ。その報酬とやらを。」
(報酬?そんなもの今の俺には全く興味がない。イオと対峙(たいじ)できること、それこそが生きがいなのだから。)
そう言いながら、マウは快諾し、遅い時間の来訪者達に敬意さえ抱くほどに、喜びが込み上げてきた。
「では、こちらの携帯電話へ次の情報を連絡しますので、お手数ですがお持ちください。」
と、Bluetooth程度の大きさのスマートフォンを渡された。
それをポケットへしまうと、
「すみませんが、常時、耳へ着用願いませんか。」
「耳に?。いや、もう、寝るんだが・・。」
と言いながらも、好奇心から、敢えて耳に装着した。
そして、それを確認すると、男たちは満足気に足早に玄関ホールへと向かい、帰り際に一言、こう言い放った。
「エネハーオール始動。また連絡します。」
マウは相当な違和感を覚えながらも、男たちへ、
「連絡を待っていますよ。」
と伝え、その日の仕事を終えた。
第9話 ダークマター〜マウ
マウが目覚めたのは、既に9時を回った朝だった。
「ん!?あらら。もしや、俺、起きれなかったのか?!。。。痛っ。それにしも、頭が激しく痛いな。昨日のプレミアムウィスキーが効いたのか。」
いつも規則正しく、朝が早い生活を送っており、只の一度も「寝坊」という経験のないマウだが、今朝は、全く目が覚めず、右の手のひらで、おでこのあたりをコツコツとし、頭を一度、大きくブルンと振って、激しい頭痛を振り払おうと、
「ダーク!」
突然、呪文のような文言を唱え、すぐさま手刀を作り、手の甲を上に向け、親指を胸に当てながら、素早く水平に胸へ、その手をぶつけた。
すると、偏頭痛は治まり、頗(すこぶ)る体にエネルギーが漲(みなぎ)ってきた。
これはマウの能力「ダークマター」による効果で、呪文を唱えながら手刀を胸に当てることで発動する。
しかし、その能力・ダークマターは「マウの思い通りの事象が起こる」ということ以外、未だ、詳細は分かっていない。
実際、マウ自身、自分の能力を把握出来ず、測り知れない未知の能力を手にいれてしまったと常日頃感じている。
そのダークマターの「思い通りに出来る」能力をどこから聞きつけたのか、ここ最近、マウに擦り寄る人達が明らかに増えている。
この可能性の溢れる能力に、マウが覚醒したのは数年前のこと。
◇
ジンという研究者が、当時、マウが勤めていた会社の社長のところへ、「ドリームメーカー」という、夢を自由に見れる装置の設計図を持ってきた時のことだ。
マウは技術的なアドバイスをするよう、社長に打ち合わせ室へ呼ばれ、その打ち合わせの際、何気に置いてある机の上の図面に目を奪われた。
普通の人なら全く気に留めもしないその図面。
何と、今までマウが長年一心で研究してきたが、未だ成し得なかった「夢を自由に操作出来る真の回路図」を示したもの。
それが、正に、今、自分の目の前に無造作に横たわっていたのだ。
マウはその回路図から片時も目を離さず、ひたすら凝視し、記憶していた。
彼には生まれつき、神懸かり的な記憶力が
備わっており、机に置いている設計図を全て記憶するには十分な時間があった。
そして、マウは全ての図面のインプットを終えると、始めはそのカラクリを見ただけで鳥肌が立ち、ジンの凄さをただ、感動していただけが、次第に、自分のものにしてみたい、「独占欲」が芽生えている自分に驚いた。
結局、人は利益を手にいれたところで、さらに貪欲に、それ以上の欲望をまた欲する生き物なのだ。
マウの歯車は、その日から少しづつ狂い始めていた。
そして、遂に、歯車の箍(たが)が外れ、「その日」が訪れる。
マウは記憶した図面を元に、装置を装着した脳へ「マウが全知全能の存在」となる指令を伝達するウィルスプログラムを盛り込んだ。
そればかりか、図書の見た目も、一見、原図と遜色ない偽物(レプリカ)に仕上がっており、事前にコトの準備を計画的に進めていた。
そして、ジンの研究室へビジターとして堂々と訪れ、ジンの目を盗み、原図を素早く、レプリカと差し替えたのだ。
その後、マウ独断専行の承認図を元に、誰に気付かれることなく、「マウ仕様」の装置の大量生産が実現出来た。
そして、それを装着した人たちの脳に入り込み、じわじわ脳を浸食していった。
また、夢の中で「自分の思い通りの能力」をもつ超能力者になりきり、まるで神の様になっていた。
更に、物事は重なるもので、思いがけず、ある日、ジンによって、時空を入れ替える強大なパワーによって、夢と現実が入れ替えられる事件が起こる。
その一瞬をマウは逃さなかった。
一気に現実の世界でも、夢で行っている自分の行動を真似てみた。
すると、あろうことか、現実の世界でも思い通りに出来ることに気づき、マウの能力「ダークマター」が生まれた。
それが、今のマウを創った始まりの日だ。
◇
即(すなわ)ち、今のマウを創り上げたのは、紛れもない「ジン」なのだ。
かつてはその才能に尊敬し、マウにとって唯一無二の存在になっていたほどの尊敬する人物。
今のマウを創造した偉大なる人物。
しかし、今、組織の依頼で、彼をこの世から葬り去らなくてはならない。
本来であれば、躊躇する場面なのだろうが、幸か不幸か、今のマウにその感情は持ち合わせていなかった。
第10話 ミラーワールドの使い手〜ミロ
組織の幹部が帰ってから、マウは組織の命令に従うことに躊躇(ためら)いはなかった。
理由は二つ。
一つ目は、組織の能力者(イオ)である忍術(ステルス)を自分のものにしたい。
無敵と思えたダークマターを持つマウにとって、赤子の手を捻(ひね)るほどの弱点があったどころか、忍術(ステルス)と言うからには、まだ、目に見えない技を隠しているはずだ。
ましてや、一緒にいた隣の男のオーラは、その忍術(ステルス)を抑える能力者であることを示しており、謎の能力者(イオ)。
そのため、下手に能力発動させると厄介で、命も落としかねない。
二つ目は、暗殺相手が、尊敬するジンであり、アルファのボスであるということ。
それでありながら、彼は、最も油断ならない、時空操作(ディメンション)を操る能力者(イオ)。
以前に出会った時は、ジンが能力者として成熟していなかったのが功を奏して、いとも簡単に勝利出来た。
しかし、使い方次第では最強に十分なり得る。
しかも、今回はその他に6人のイオが彼を取り巻いているというから驚きだ。
これでは、とてもマウ一人でどうにかなる相手ではない。
世界を征服するには、遅かれ早かれ、必ず、向き合う敵だから、叩くには、完成度の低い今しかチャンスはない。
マウの能力、ダークマターは、他の能力のどれをも凌(しの)ぐ自信はあったが、最も恐れていたのは、能力者同志の協力による攻撃だった。
マウ自身、ダークマターの全容は分かっていないため、成熟されていない。
今わかっているのは、脳が働く限り、体が裂けようと、重い病にかかろうと、金がなくなろうと、愛を失おうと、何でも思い通りになる能力であるということ。
それこそ、リュウの忍術(ステルス)もジンの時空操作(ディメンション)も、イメージさえ出来れば、思い通りに使える。
それゆえ、「アルファの崩壊」という発動をすれば、全てが一瞬で終わる。
しかし、それでは、楽しみがなくなってしまうため、一人ずつ、じっくりと痛めつけたいというのが、マウの本心。
正にマウが「無敵」と呼ばれる一方、弱点でもあった。
そのマウの能力を以てしても、流石に、不意や素早い攻撃にはかなわないと感じていた矢先のことだった。
「今日は、いつにもまして、生きている心地がする。
まだ、強い奴がこの世界にはごまんといるんだな。
これからが楽しみだ。
それにしても、昨日の奴らがくれたこのイヤホン。。。
これは何なんだ?!耳にくっついて取れないが、、。」
そう言いながらも、ダークマターで簡単に取れると思いこんでいただけに、一層、衝撃だった。
「ダーク!」
と念を唱えたあと、意気揚々とそれを外そうとしたが、ビクともしない。
「!?」
マウは心底焦っていた。
「バカな!!俺の絶対的な能力を以てしても、外れない?
まさか!。。。無力化(パラリシス)か?!」
無力化(パラリシス)。
過去に一度耳にしたことがあった。
いかなる能力をも吸収してしまい、能力者を無力化するという、まさに能力者(イオ)泣かせの能力者(イオ)。
ただ、本来、それは能力者によって発動されるもの。
物体にその能力を発動させるなどあり得ない。
ミラーマテリアルを除いて。
まさか!
かつて太古の昔、人類が生まれて間もないころ、誰もが特殊な能力を持っていた。
しかし、触れたものは全て衝撃で吹き飛ばす、衝撃波(インパクト)を持つ能力者(イオ)により、世界は混沌とし始めていた時代があった。
そこに無力化(パラリシス)の能力者(イオ)が現れ、衝撃波(インパクト)を抑えていた。
しかし、インパクトの衝撃は相当なもので、無力化(パラリシス)特有の、「無」にすることが出来ず、無のパラリシスと強大なエネルギーのインパクトがぶつかりあった。
そのぶつかり合った狭間に出来た、強大なエネルギー場とゼロエネルギーの奇跡の中和、、、それが、ミラーワールド。
その世界を閉じ込め、現在では誰もがその物体を手に出来る、いわゆる「鏡」。
その中にある物体がミラーマテリアル。
ミラーマテリアルには能力を無効にしてしまう性質がある。
実在しない、ただの偶像に過ぎないと思っていたが、まさか、今、自分の耳にくっついて取れないでいるのか!?
「・・・そうか!
リュウの隣にいた幹部。」
ジンは組織の強大さを痛感した。
「彼は、ミラーワールドの使い手、「ミロ」だったのか。」
ドリームメーカー