それは意外にも静かに 3

春豚

歴史の時間

「おつかれさま。はい、どうぞ」

「ありがとう、マスター」


本来はホールとして働いているバーで、隔週であるライブで演奏をしている。
ちょっと軽いジャズの曲やら、最近流行っている曲のカバーやら何かと気軽な音楽を生演奏で聞けるとあって、週末はもちろん平日でもなかなか人気のある店の企画だった。
フリーランス駆け出しの新米サックス奏者に、なかなか演奏の仕事が来ないので当初ピアノの生演奏だったものに付属してこの企画を付けてくれた。

ライブの後、ギャラの他に毎回マスターのスペシャルカクテルが飲める。
というのは口実で、カクテルの試作品のお披露目会なのだが。


晃央のバンドMARKSMANの全国ツアーは、先週から始まった。
ツアーの都合上、2,3日間が空くこともあるのでこちらに帰ってこれることは多いと思うと、その時に彼の家で待っていれば会うのも楽だということで合い鍵を貰った。いっそのこと、本人の留守中も使っていいと言われた。
でも今のところ、まだ使っていない。使えと言われてから使おうとなぜか決めていた。

あの日、不安だったのが私だけではなかったということが知れたからなのか、なぜかものすごく気が楽になった。


マスターは、私と晃央の関係を知っている唯一の私の知人だ。私達の交際期間もまだそんなに長くないから、友人にも特に話してはいなかった。
でもマスターは深く詮索することなく、ただその事実を受け入れてくれていた。

「そういえば、こないだ見たよテレビで。全国周ってるんだってね」

珍しくマスターが晃央の話を振って来た。

「そうですよー。全国っていっても大きい都市ばっかりみたいですけどね」

「そうかー。でも大変だよね、ああいう職業は」

「みたいですね」



カランカラン

夜の10時を回っていたころだったろうか、また新しいお客さんが来店した。

「いらっしゃいませ」
マスターがいつものように、静かに紳士的に声をかける。

私は店の入り口に背を向けるようにカウンターに座っていたので、客の顔は見えなかった。
しかし、その客の足音は私に近づいてきた。

私のすぐ隣で止まった足音に気付き横を向くと、そこに立っていたのはMARKSMANの音楽プロデューサー、山崎朱太郎だった。

「久しぶり、葉子ちゃん。元気にしてた?」

「山崎さん。お久しぶりです。元気にしてますよ、本当に久しぶりですね。こちらにいらっしゃるの珍しいんじゃないですか」

「いや、そうでもないよ。たまには来てたと思うけど。ねえ、マスター?」

「そうですね、何回かいらしてくださってますね。葉子ちゃんいつもそのときいないから」


私と晃央が出会ったのは、偶然にここのライブでMARKSMANの曲を演奏した私を山崎さんが見つけて彼らのレコーディングに参加させてくれたからだった。
山崎さんがこの店に来たのもすごく偶然だったらしくて、私もその後彼とここで出くわしたことがなかったので、それきりだったと思っていたが、その偶然の来店でマスターのカクテルと店の雰囲気が気に入ったらしい。



「今日はラッキーだな。女性と一緒にお酒が飲めるなんて」
「私でよろしいなら、嬉しいです」


ふと思ったが、晃央は私のことをこういう仕事仲間に話をしているんだろうか。
全く知らない。
だとしたら、気をつけないと。

「正直、最近会いたいなと思ってたよ」

左手を鼻に添えて、笑顔で言われた。

「私、口説かれているんでしょうか?」
なんて色気のない返しなんだ。自分が恥ずかしかった。

彼はあははと笑う。添えていた手を右手に換える。一息置いて、こう言った。



「もしかして、晃央と付き合ってる?」



笑顔が凍った。細めて見ていた目線が反れた。
こういう場合、どう答えればいいのかわからなかった。
肯定していいものか、でも否定もしたくない自分。



「そっか」
さきに山崎さんが答えを出してしまった。

「大丈夫?ツアー行ってるけど」
質問の真意があまりわからなかった。

「仕事ですからね。本人も楽しみにしてましたし」

彼は小さくため息をつくと
「よかった、君からそういう類の台詞が聞けて。同行しなかったの?」

「まあ、日にちが会えば行こうかなとは思ってますけど」

「いつ?」

「いや、まだ決めてませんよ」


「君たち、付き合ってるんだよね?」



なぜか始めにされた質問をもう一回された。そのタイミングがいろんな意味ととらえられたので、イラっとした私は迷いなく
「はい。もう半年以上になりますよ」
と、はっきり言ってしまった。

「半年か・・・」

話の方向性も、彼の言いたいことも言葉を交わしているはずなのに全く伝わってこなかった。

「何年ぶりかな」



「すみません。こういうことはやはり気を付けて行動しないといけないですよね。何か問題があったんでしょうか」

真面目に切り込んだ。
テレビにこそあまりでなくて顔の知名度は低いけれど、相手は芸能人。
気をつけないとどこから変な噂を流されて、バンドなどの印象に悪影響を与えるかわからない。その為にお灸をすえにきてくださったんだと、確信していた。

ツアー中に会いに行くことは、ファンが周りを囲んでいるので危ないからやめておいたほうがいいのだろう。
一緒のホテルに泊まって従業員に見られたら終わりだ。
打ち上げなんてもちろん参加禁止でしょ。いや、もともと参加したいなんて思ってもいなかったけど。

山崎さんは、ビールを一口飲んでそのグラスを見つめていた。
「まあ、そういうプレッシャーは与えたくないんだけどね」

これが、世に出ている大人の話し方なのか。一言の後の間が異常に長く感じる。


「プレッシャーなんて、全く感じていませんよ。私達はただ一緒にいたいだけで。それでも周りに迷惑かけちゃいけないってわかってますし」


「一緒にいたい?」


「はい、ええ。すみません、中学生みたいですね」

「じゃあ、ずっと一緒にいてやってくれよ」
「もちろん」
「よかったー。本当によかった」


彼は、グラスに入っていた残りのビールを一気に飲み干すと。大きなため息をついた。


私は、これからすえていただくであろうお灸に心の中で準備をしていた。
2杯目のビールを手にすると、彼は口を開いた。

「ここにいない奴の話しするの、申し訳ないんだけどさ。あいつさ、こと女性に恵まれてなかったのよ。モテるんだけどね」

「はあ」


私の顔を見ると彼は、続けた。

「デビューのちょっと前に彼女いたんだけど、仕事忙しくなってきたら振られたんだよ。3,4年は一緒にいたんだけどね。インディーズですでに超人気だったし、出たばっかりだから仕事をすごい詰めたんだよね。レコーディングとかライブとか。あいつもすごい勢いで曲書けてたし。でもその水面下で当時の彼女は寂しすぎて他に男つくっちゃってさ。その後、あいつ露骨にへこんでパタンと曲が書けなかったんだよ。正確にいうと、書き始めたんだけど、進まなくなっちゃって。」



MARKSMANの活動が一時期止まっているんじゃないかというくらい停滞した時期があったのは有名な話だ。とにかく新曲もでないし、ライブもしない。新しいものがないから雑誌などのメディアにも出てこない。それでも時々更新されるオフィシャルサイトでは、マネージャーが必死にスタジオにいる4人の写真などを掲載し、活動休止や解散はしていないと訴えていた。きっとその時期のことだったんだろう。そんな背景があったなんて晃央は私に話したことなかった。



「その後さ、あいつ根性でその曲書きあげてさ。またあのバンドの歯車がゆっくり回りはじめたわけ。それからさ、いろんな曲でて、いろんな違うこと例えばどこぞの映画とかドラマの主題歌やったりとか。ツアーとかもどんどんやって、また軌道に乗って来たわけ。そしたら、あいつまた彼女ができたんだよ。俺は一回も会わせてもらえなかったんだけど。それがすごいおんぶにだっこな子だったらしくてさ。話を聞く限り。それであいつ、疲れちゃって、結局振ったんだって。その後も全く何もなくってさ。男同士だと、わざわざそんな話も滅多にしないからさ」


たしかに、私達が知り合った時も長いこと恋愛をしていなかったと軽く言っていたかもしれない。

「なんで、山崎さんがそのこと私に話してくださるんですか?」


「いや、あいつさ。知ってるかもしれないけど、本当に沢山の人の相談とか聞きすぎて、なんか自分がちゃんと見えてないかなと心配してたんだよね。他人の幸せを願って、協力するのもすごく素敵なことなんだけどさ、友人知人の一人として彼にも幸せになってほしいわけよ」

「それって、彼に幸せになってどんどん曲を書いてほしいっていうことですか?」

「いやいや、ソングライティングの力はあいつはもうかなりあると思う。あのスランプはタイミングも悪かったんだよ。だから、言い方考えないと葉子ちゃんにプレッシャー与えちゃうなって、言うの怖かったんだけどやっぱりそうなってしまうよね」

私のするどい質問は山崎さんの発言に恐怖を与えてしまった。

「だから、俺何が言いたかったんだろうね。
まあ、なんかあったらおじさんでよければ話聞くからさ。
こういう職業の人間のことよく知ってるし。何よりあいつのことよく知ってるし。
こういう仕事してると、なにかと不規則で時期によって仕事の内容が全然違うからね。例えば今はツアーでしょっちゅう家を空けるでしょ。レコーディングの時期に入ったら午後から夜中までスタジオに缶詰になることもある。それ以外のプロモーションの時期は、早朝に撮影だったりするし。
あいつ、マメなやつじゃないから君のこと蔑ろにすることもあるかもしれない。でも、理解をしてほしいんだよね。普通の世の中のカップルみたいに恋愛を楽しめないかもしれない覚悟。それでも彼と一緒にいてほしいってこと。最近さ、あいつの顔ときどきすっごいかわいいんだよ。すごくいい笑顔を見せることがあってね。あ、なんかあったんだなーとは思ってたけど。やっと友人に春が来て、その相手が君で、その関係が何かの無知や誤解で壊れるのは僕が望まない。無知や誤解が僕を通して軽減されるなら、なんだって協力するさ」

これまで特に問題がなかったから何にも考えてなかったけど。
事実として、私達の関係は軽々しく友人に公表できるものではない。
そんな環境で何か問題ができたときに、相談できる人間が私にはまだいなかった。

いまだに非常ベルのボタンは押したことはなかったが、救助船の存在が確認できた。

そうだ、救助船は確かに存在していたんだ。


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「おう。お疲れ」
聞きなれた低い声。少し擦れているかな。妙に響いている。

チャポン

水の音がした。その後、すぐガサガサと雑音が入る。

「またお風呂入ってるの?」

「そうそう。今日は、打ち上げとかなくて早く帰ってこれたからさ」

晃央は、精神的にも体力的にも疲労がたまるとすぐに半身浴をする。
ツアーなど、本番が重なるときは緊張と興奮が舞台を降りても冷めずに、頻繁に不眠と睡眠不足に悩まされていたらしい。その解決策として、リラクゼーション効果のある半身浴を勧められて始めてから、ツアーでの大事な習慣にしているらしい。

「今日の本番はどうだった?」
「うん。たのしかったよー。こっち着いてからすぐに食べた駅弁がおいしくてさー」

移動やリハーサルがあるので昼間はできないが、本番が終わった後の深夜の30分程度こうして時間を作って毎日ではないが連絡を取っていた。

電話ではいつも、お互いにその日にあった大きなことから小さなことまで、いろんな話をした。
晃央からの大抵の話題は、現地で食べたものがおいしかったという話と、メンバーやスタッフの面白いハプニングの話だった。

「で、葉子は昨日の本番どうだったの?」

そうだ。私も昨日はバーでライブしてたんだった。と同時に山崎さんの顔を思い出す。

「うん。まあいつもどおり」

「そっか。よかったじゃん」


その日、山崎さんがお店に来たということは話さなかった。

それは意外にも静かに 3

それは意外にも静かに 3

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-22

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