それは意外にも静かに 2

春豚

一回目の危機?

「あのさー。来週からツアー始まるんだ」

「知ってるよ」

「ああ、そうか。そうなんだ」

「そりゃね。だいぶ前からホームページに載ってるし」

「あら、チェックしてくれてるの?あたし、嬉しい」
・・・オカマごっこして遊んでる場合じゃないと思うんだけど。

この日は、晃央の自宅の近くでレッスンの仕事があったので、帰り道に寄った。
晃央の自宅は都心のマンションの一室だった。
私の住んでいる安アパートよりも何倍も広くて何倍も高い(だろう)

晃央がお茶をすする音が聞こえる。

秋なのに、少し温かいこんな夜はベランダの窓を開けて外の風を入れて熱いお茶を飲むのが好きだった。
私は広いリビングルームのほぼ中央に横たわる大きめな濃いカーキ色のソファに座っていた。晃央は風に当たりたいと、窓側のソファの淵に軽く腰を下ろしていた。

バンドの公式ホームページには全部で2ヵ月半の日程が出ていた。
北は北海道、南は沖縄まで。
中には数日空いていることもあるようだが、どういう風に彼らがこのツアーの日々を過ごすかは、私にはまだ想像がつかないことだった。

なので、正直少し不安だ。

その間の期間、どのくらいの頻度で会えるのかわからないし、連絡も取れるかわからない。
本人もどういう状態で過ごすのかわからない。もしかしてすごく緊張したまま過ごすのかもしれない。毎日少しずつ疲労がたまるはずだから健康管理もちゃんとしなきゃだろうし・・・私に何かできることはあるんだろうか。私は、彼の為にどうしているべきなんだろうか。


自身も、端くれでは音楽をやる人間として本番というものの色んな要素を知っているつもりだ。舞台の上に立つことが、どんな状況であってもどんなに回数を繰り返してもいつまでも特別なものであることとか・・・。私のような、演奏を“仕事”とすると、舞台に立つことが定期的にある。でも、彼らのようにソングライティングからレコーディング、プロモーションと音楽が生まれる過程からのいわゆる“工程”を全てこなすので、舞台の上に立つのはこのようなツアーの時しかない。音楽家であるのに舞台に立つのが何年に数カ月しかないのは、私の音楽家としてのリズムとしてはありえなく怖いことだと思う。
同じ“音楽で飯を食ってる”人間ではあるが、全く違う仕事の内容なんだなと、つくづく思い知らされた。


「あのさ、やっぱりいつもと違う感じになるのかな?」

「なにが?」

「なんだろう。色々。生活のリズム的なこととか?」

「うーん。そうね。こっち帰るのはだいたい1週間に一回くらいになるのかな。いや、もっと帰れるか。ごめん正直、自分でもあんまりわかってないんだ、毎回」

「そっか。やっぱりしんどいの?」

「んー。いつもと違う時間の使い方になるから最初はやっぱり疲れるけど、そのうち慣れる。で、慣れたら終わる。それの繰り返し。でもすごい楽しいよ」

ええ、きっと楽しいんでしょうよ。2,3年に一回しか会えない全国のファンたちに会いに行って、大きな会場で大きな声で歌って。全国のおいしいもの食べて、メンバーやスタッフと夜が明けるまで一緒に遊んで。
中には女性スタッフだっているでしょうよ。しゃべってるうちに楽しくなっちゃって、地方の人なら、今しかないって考えちゃって。

ねえ。

私はそこにいれないんですよ。
何があっても知る余地はなんですよ。
じゃあ、知らないままにしておいたほうがいいって考えるけど。

違うよ、雌猫みたいにやきもちが焼きたくてこんな話を始めたんじゃないのに。
なんて子供じみたことを考えてるんだ、私は。

熱いお茶をすすって、適当に流れていたテレビを見ていた。
湯呑を持つ右手の人差指はせわしなくその淵を擦っていた

その湯呑がほかの手によって奪われた。

「どうした?」

私は晃央を見た。

「言わなきゃわからないんだって、全部は。少し予想はつくけど。何を考えていたの、今?」

そう言うと、晃央は私の肩に手を回した。
「少しは何の予想がついているの?」

「会えなくて寂しいとか?」

「それも多少は」

「じゃあ、一緒に付いてくる?」

「いやいや、仕事あるし」

「でしょ?」

「いや、待って。なんかこんな話するの嫌だ。かっこ悪い」

「いやいや、何の結論も出てないよね」

驚くほど子供っぽい自分の反応。
晃央がソファの淵から私の座っていたソファ本体部分に場所を変える。

「あのさ、俺のこと考えた?」

「は?」

「俺だって同じこと考えてるんだってこと。ちょっと違うけど。
ライブってさあ、楽しいんだけどさ、舞台に上がる前とか結構怖いんだよね。
演奏間違えないかなとか、声でなくなるんじゃないかなとか。
まあそれは毎回のことだから、しょうがないんだけどね。そこらへんはもう自分でどうにかできるわけ。
でも、その後が問題。
ライブの達成感みたいなもんてほぼ毎回あるんだけど、終わったぞーっていう安堵感。
それを、今まではメンバーとかスタッフと遊んで落ちつけてたんだけど。
これからは、葉子がいるなーって思って、嬉しかったの。
しんどい仕事の後とか、ここでご飯食べたりのんびりするのとかすごい幸せだったのに。 それは一緒に来れないって思いだしたときの、この気持ち。 
要は、俺だってすごい寂しくなるってこと」


「だから、それを埋めるためにさ」


私は、つぶやくような音量で言ってしまった。そんな音量で発言をしてもこの距離では全部相手に聞こえてしまう。


「その疑問、そっくりそのままお返しします」

晃央に睨まれた。


音楽家、歌手、バンドマンとしての彼は自分の仕事の不安は自分でどうにかするんだろう。
というか、自分でどうにかしたいんだろう。
私にだってわかっていた。
自分の仕事のことは、最終的には自分にしかわからないし、解決ができない。私がライブに付いて周って、どこぞのママのような顔をして身の回りの世話をしたって、舞台に上がる時の不安と期待が喧嘩をするあの感情は自分でないと綺麗に折りたためない。


「信じて待ってるしかないのかもね」
「動いているのは自分だけど、待ってるよ」

私はその時すでに彼の胸に顔を埋めていた。

それは意外にも静かに 2

それは意外にも静かに 2

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-22

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