ARMORED CORE ~国家解体戦争のレイヴン~
その瞬間、砕けたコックピットの破片が私の肉を裂いた。
「ぐふぁぅ…………っっ」
咳とともに赤い血が咽上がってあたりに飛び散る。
敵はたった一機のはずだった。決して気を抜いたわけでもない。しかし、結果はこのザマだ。
仲間は無事なのだろうか。私はまだ生きているのだろうか。そんなことを気にする余裕すらない。死にかけの私の意識を八割がた占めているのは先ほどまで対峙していた相手。企業の新しい戦力。ACと名ばかりの怪物。
自分の武器であるカスタムACの最終調整をしていた私の耳にけたたましい警報が鳴り響いた。
『企業のACを確認! 繰り返す! 企業のACを……』
いつかはこんな日が来るとは思っていた。成長を繰り返す企業を抑圧するための圧政。国家の取った行動に企業が反発するのは容易に予想できたはずなのに。
「今日が、審判の日だ」
私は誰にも聞こえないような小声でそう呟いた。
『レイヴン、』
私が苦い顔をしていると誰かが通信で呼びかけてきた。大方私と一緒に雇われたフリーのレイヴンだろう。
『お前の噂は聞いている。期待させて貰うぞ』
「私は勝手にやる。今までも、これからも」
『無駄口はそれまでにしてください』
突然割り込んできたのは私のような国家軍に属さないフリーのレイヴンに充てられたオペレーターだ。クライアントとの仲介者であり、今作戦のみの私たちの事実上の指揮官でもある。
『皆様。ブリーフィングを開始します。確認された敵機は一。正体は不明ですが、企業の新型ACと予測されます』
『一機? 舐めやがって……』
『あらゆる手段を使って索敵を行いましたがその一機以外機影は確認できません。後続もいないことから単機のようです』
オンラインにされた通信が少しざわめく。
たしかに国家と企業では数的戦力差に圧倒的な開きがあるが、敵地に単機で送り込む馬鹿がどこにいるだろうか。
『もう時間がありません。敵機はまっすぐこちらに向かっています。接敵まであと二分。作戦開始までは一分となります。タイマーを表示、各機ご確認を』
その瞬間、正面右下のサブモニターに少し大きめのタイマーが表示される。
『接敵後、各機所定の位置から作戦を開始してください。一番機は敵機へのファーストコンタクトと相対速度の算出をお願いします』
『御意』
答えたのは雇われた三人の傭兵のなかでも一番の古株だ。今回は国家の規定で決められたランキングの序列によって番号が割り振られている。私に割り振られた番号は二番だった。
モニターのタイマーが、残り時間一分を切った。
『ミッション、開始してください』
オペレーターの声と同時にACに装備された兵装をすべてアクティブに変更。
(腕部兵装、動作確認。完了。背部兵装、動作確認、完了。電磁パルス、異常なし)
これで動ける。最高の状態だ。
人気を失ったビル街の陰に身を隠しながら私はその時を待った。
『一番機、目標確認』
その声に私の緊張は最大まで上がった。
直後に聞こえた炸裂音はBFF社製のスナイパーキャノンだろう。初弾の命中は必至だ。接近する物体が前方から飛んでくる亜音速の弾丸を避けることは不可能に近い。しかし、
『チィッ』
彼の舌打ちが全てを物語っていた。外したのだ。
『おい、ジイさん! まさか外したのか!?』
『違う。避けおった』
その言葉とともに送られてきた相対速度と一つの映像データが私たちを戦慄させた。
『……そのACが壊れていることを祈るぜ?』
『馬鹿を言うな、若造』
『じゃあなんでこのACは真横にズレたんだよ!?』
「一々騒ぐな。気が散る。来たぞ」
私は敵機の死角に回り込むようにビルの影を進んでいく。そしてその姿をみて二度戦慄した。
「これが、AC…………なのか?」
それはたしかにACの形をとっていた。コアを中心としたアセンブルによって構成される人型起動兵器、アーマード・コアの特徴は確かに踏襲されている。ただ、
『なんだあれは……。ACにしては、でか過ぎる』
その大きさは国家が通常配備している各企業純正のACよりも一回り大きいカスタムACよりもさらに大きい。
『データに照合完了しました。敵機はローゼンタール社製ネクストAC、ノブリスオブリージュと判明』
「ネクストAC?」
『企業が開発した新型ACの呼称です。従来機をノーマル、次世代機をネクストと呼ぶようです』
ネクストACと呼ばれるそれはビル街の空中で静止する。その前方では、国家の正規軍一個大隊と一番機が彼を狙う。
唐突に、堕天使のような白い新型が背中の羽のようなパーツを展開させた。その瞬間、
レーザー砲だったらしいそれが正規軍のACを貫き、壊滅させた。
『一撃……? 一個大隊が一撃で……?』
オペレーターがそんなことを漏らす。
『我々に退路はない。一番機、作戦通り仕掛ける!』
再び一番機が背部にマウントされたスナイパーキャノンを放った。
『当たったッ!』
「いや…………!?」
着弾の瞬間、新型ACの周りを緑のスパークが球状に発生したように見えた。あたかも装甲に突き刺さろうとした弾丸をそのスパークが受け止めたように。
「全員仕掛けろ! 奴には単発の攻撃は効かないッ!」
私は皆にそう告げて白いACの間に踊り出た。左手でマシンガンを掃射しながら右背部のマイクロミサイルを連動ミサイルとともに浴びせる。
それと同時に、仲間のレイヴンの攻撃が加わる。
着弾。爆発。その、刹那。
爆煙の中で球状に展開されていた緑の粒子が霧散する。
そこに私は左背部のグレネードキャノンを構え、打ち込む!
「着弾!」
信管ではない炸薬の爆炎が上がった。
直撃したはずだ。私には確かな手ごたえがあった。だが。
(馬鹿な)
黒煙の中で青白いカメラアイが光り、少し焦げ付いた白銀の装甲が姿を現す。その視線は、一人高台から狙撃を行う一番機に向けられていた。
『私を狙うか!』
一番機がスナイパーキャノンを再び構えなおす。彼のプランは、おそらくキャノンの衝撃による敵機の停止。
その時、新型の背部から一際大きな閃光と何かを吸引するような独特の高音が上がる。そしてそのまま、一番機へと一直線に、駆ける!
『速いッ!』
私たちが放つ対AC弾やミサイル弾頭がその影を捉えることはない。
――――――ドゥンッ!
――――――パァンッ!
その二つの音が鳴ったのはほぼ同時。しかし弾速は新型のライフルよりもこちらのほうが勝っている。しかし、
『ホントに避けやがった!』
いきなり白い影が横にズレた。いや、ブーストを吹かした回避運動を取ったのだ。
『回避…………』
それは誰が言ったのだろうか。言い終わる頃には新型の左腕部から形成された金属粒子の刃が一番機を真っ二つに切っていた。
彼に、断末魔を上げる猶予すら与えず。
「オペレーター! 何か情報を!」
『やっています! 皆さんは回避を第一に考えてください!』
言われずともそうしなければこちらが死ぬ。
私はミサイルと連動ミサイルを素早くパージする。計算ではこれで中量級本来の機動力が確保できるはずだ。彼我の速度はそれでも歴然の差があるが、これでいくらかの攻撃は回避できる。
そして私は右腕の状態を確認する。
アクティブになったそれは、私がレイヴンになった頃から使い続けている唯一無二の相棒。
『敵情報を更新! ネクストは新機構プライマルアーマーを装備。コジマ粒子の干渉によって攻撃の威力を減衰させている模様。貫通力の高い武器が有効との情報があります!』
『貫通力? 具体的には?』
『…………狙撃系の武器です』
『だから最初にジイさんを狙いやがったのかッ』
通信機の向こうから盛大な舌打ちが聞こえる。
残ったのは私を含めて二機とも突撃機。相方は両手に速射武器を装備した張り付き型だ。分が悪すぎる。
しかし私の口元は狂ったようにつり上がり、その顔を歪めていた。
「格闘は有効か?」
『は、はい?』
「オペレーター、もう一度聞く。近接武器は有効か?」
『レーザーブレードは分かりませんが、突射ブレードなら……まさか!?』
「私が行く」
モニターに反射した私の顔は、もう私の知っているそれではなかった。
『危険すぎます! コジマ粒子の生物干渉は死に直結します! それも元々高濃度コジマ環境下での活動を想定されていないACにどんな影響があるか予測できません!』
「止めなければならないのだろう。私は依頼を受けた。どんな理由であれ依頼を途中放棄するのは私のプライドが許さない」
この絶望の中で、私はまだ勝てる自信を持っていた。
今まで勝ってきた。その過去が、私に自信を与えていた。
『そういうノリ、嫌いじゃないぜ。三番機、援護する』
「恩に着る」
私は彼を信じ、左手に持ったマシンガンをフルオートで乱射しながらその身を敵前へと投げ出した。グレネードを一瞬構え、二次ロックを待たずに発砲。瞬間にグレネードをパージし、その発砲直前に起動させたOBで発射硬直を消しつつ相手に肉薄する。
『……鬼か、テメェ』
そう私にぼやきつつも彼は私以上にピーキーなセッティングであろう軽量機を私の動きに合わせて私と直角になるような位置取りからしかも絶え間ない弾丸の嵐を注いでいる。
私たちの攻撃は先に見た回避運動でことごとく躱されている。しかしそれでも攻撃の手を休めない。
「当てる……ッ!」
新型の注意が味方のほうに逸れたその一瞬。私は飛翔し、相手の懐へと潜り込む!
『やった!』
突射ブレードの凄まじい衝撃によって私は相手共々硬直。脇腹に突き刺さったそれは白銀の装甲を捲り上げ、火花を散らす。
その瞬間、砕けたコックピットの破片が私の肉を裂いた。
「ぐふぁぅ…………っっ」
咳とともに赤い血が咽上がってあたりに飛び散る。
『イレギュラー……。たかがノーマルが、ノブリスオブリージュに傷を負わせるのか』
敵パイロットの声。呟くようなそれが私に聞こえた。
敵はたった一機のはずだった。決して気を抜いたわけでもない。しかし、結果はこのザマだ。
仲間は無事なのだろうか。私はまだ生きているのだろうか。そんなことを気にする余裕すらない。死にかけの私の意識を八割がた占めているのは先ほどまで対峙していた相手。企業の新しい戦力。ACと名ばかりの怪物。
「私からすれば、貴様らのほうがイレギュラーなのだがな……」
血の気が引いていく。世界が急に色合いを失っていく。
薄れゆく意識の中で、私は隣で散った仲間たちの事を思い出していた。
この後、後に国家解体戦争と呼ばれるこの革命は企業の完全勝利で幕を閉じ、企業の奇襲から僅か一か月という短い期間で企業は解体された。
そして…………。
「……大丈夫?」
「ここ、は……?」
「ここはコロニーアナトリア。あなた、ボロボロのノーマルに乗ってたのよ? 覚えてない?」
「……わからない。何も。ただ、ACが何かは分かる」
「そう。……ねぇ。あなたに、頼みがあるの」
「頼み?」
「そう。私たちはいま危機に瀕している。こんなこと言える義理じゃないけど、あなたしか頼れる人がいないの。ネクストに乗って、傭兵になってくれないかしら」
「ネクスト……」
その響きに私は何かしらの運命を感じた。何かは分からない。ただ、これは運命によって定められていて、この女性の頼みを受け入れるのは必然のような気がしていた。
「分かった。私にはそれ以外にできることがなさそうだ」
「ありがとう。あなた、名前は?」
「……すまない。覚えていないんだ」
「あ、ごめんなさい。じゃあ、私から」
そういって彼女は私に手を差し出す。
「私はフィオナ・イエルネフェルト。可能な限りサポートするわ。……よろしくね」
終
ARMORED CORE ~国家解体戦争のレイヴン~