私の終わりと、始まり
「違うのはカラーリングだけじゃないわ。所詮、零号機と初号機は開発過程のプロとタイプとテストタイプ。けどこの弐号機は違う。これこそ、実験用に作られた世界初の本物のヱヴァンゲリヲンなのよ、正式タイプのね」
これは
『あんたバカァ?』
私の
「フン、だからこそ足手まといは邪魔なの!人類を守るくらい、私一人で充分よ」
記憶?
『何も、何もできなかったなんて…あのバカシンジに負けただなんて…くやしい』
「わたしの世界で唯一の居場所なのに……」
「私が天才だったから、自分の力でパイロットに選ばれたのよ!コネで乗っているあんたたちとは違うの!」
『何よ!私がエヴァに乗れないのがそんなに嬉しい!?』
「ホント、つくづくウルトラバカね!」
あぁ、あの時の、か……
「愚民を助けるのは、エリートの義務ってだけよ」
そっか、これは
「もともとみんなで食事ってのが苦手だし。他人と合わせて、楽しいふりをするのも疲れるし。他人の幸せを見るのが嫌だったし」
走馬灯ってやつなのかな
「あたしはヱヴァに乗れれば、よかったんだし。もともと一人が好きなんだし。なれ合いの友達はいらなかったし。あたしをちゃんと見てくれる人は始めからいないし。成績のトップスコアさえあれば、ネルフで一人でも食べていけるしね」
死んじゃうんだ、私
「でも、最近他人といるのもいいなって、思うこともあったんだ」
…………いや、よ
『いや!そんなの思い出させないで!せっかく忘れてるのに掘り起こさないで!そんなイヤなこと、いらないの!もうやめて、やめてよぉぅ……』
まだ、生きたい
『死ぬのはイヤ。自分が消えてしまうのもイヤ』
私はまだ、死ぬわけにはいかない
『誰も私のことを守ってくれないの』
そうよ、私は、私は……
『一人でやるしかないのよ、アスカ』
『死ぬのはイヤ… 死ぬのはイヤ…死ぬのはイヤ…死ぬのはイヤ…死ぬ のはイヤ…』
『殺してやる、殺してやる、殺してやる殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる』
『ミサトやバカシンジの使ったお湯なんかだれが入るもんか。ミサトやバカシンジの下着を洗った洗濯機なんて誰が使うもんか。ミサトやバカシンジの使ったトイレなんかに誰が座るもんか。ミサトやバカシンジと同じ空気なんて誰が吸うもんか』
誰?
『みんなみんな、大っキライっ!!!』
これは、私じゃない
『こうなったら、何としてもレイやミサトを見返してやるのよ』
これは、誰の記憶?
「戦いは常に無駄なく美しくよ」
あんた、誰よ
『あたし、アスカ。惣流・アスカ・ラングレー。エヴァ弐号機の専属パイロット。仲良くやりましょ』
【そこで私は目が覚めた】
◆
「検体BM‐02、心肺機能は正常です。四肢の麻痺もありません。言語理解、自己認識も認められます」
伊吹マヤの報告に赤木リツコは目を細めた。
「そう、この時期に目を覚ますなんて、これも計画の一つなのかしら」
「?」
「何でもないわ、報告、続けて」
「はい。式な……検体BM‐02の容態は思わしくない箇所がいくつかあります」
「例えば?」
「現在の症状の中で一番深刻なのは記憶の継続性かと思われます。過去の記憶はもちろんなのですが、それ以外にも別の人格の記憶が混ざっているような……」
そう言いながらマヤは資料を差し出した。リツコは受け取り目を通した。検体BM‐02が目覚めてから今までの言葉を筆記でまとめたものだった。聞き取れなかった言葉が多数あったようで曖昧な部分があったが、読んでいけば検体BM‐02が誰かと話しているか内容だった。
「マヤ、一つ確認するわ。この時の検体BM‐02の周りには誰もいなかったのよね?」
「はい。先輩の指示した人物以外の面会は謝絶、研究病棟303号室に隔離しています」
「……使徒との接触の後遺症かしら」
リツコは興味深いデータだわ、と思ったが言葉にしなかった。もし口にすれば隣にいる後輩がまた嫌悪な目をするだろうと思って。リツコは引き出しを開けると奥からカプセルの薬を一つ取り出しマヤに差し出した。
「分かったわ、引き続き観察とその記録を続けて。後、この薬を食後に飲ませてあげて」
「食事の方を未だ受け付けていません。口に入れてもすぐに吐き出す摂食障害の傾向が見られます」
「……無理やり、と言ってもそれも吐き出すでしょうね。分かったわ、まだ大丈夫だと思うから観察だけ怠らないで」
「了解しました」
「あと検体BM‐02について葛城一佐に報告は不要。私の許可が降りるまでこの件は極秘に」
「……はい、分かりました」
マヤは少し哀しい表情をしたが、それを振り払いリツコの目を見て頷くと部屋を出て行った。
ドアが閉まり一人となった時、リツコは自然とため息を一つついていた。ゆっくりと目の前の机を見る。上に置いてあるのは灰皿いっぱいの吸殻、コーヒーメーカーと冷めたコーヒーのカップ、そして白と黒の二匹の猫の置物。猫の置物を眺めながらリツコは呟いた。
「さて、私達はどうなるのかしら。ゼーレ、そして碇司令の計画に私達は存在していなければ……」
リツコは目をしかめ、白い猫の置物を指で弾き、倒した。カタンという音がリツコの耳に届いた。
◆
検体BM‐02 第14回記録 2015年××月××日
食事朝・昼・晩同じものを提供するが、すべて拒否。食事は回収前に壁に投げつけられる。献立内容は別記参照。
点滴も拒否。定期検診中、医者と接触し襲いかかろうとした。すぐさま取り押さえ、精神安定剤を打ち、303号室に隔離。
少しの睡眠後、起床。落ち着きは取り戻したかに見えたが洗面台に向かうと奇声をあげてガラスを拳で割る行動をとる。制止しようとしたが、博士の命令により放置。以後、観察を続ける。
*
アスカが力任せに拳を振り下ろすと鏡が割れた。洗面台に破片が散らばる。式波の右手に破片が刺さり血が流れた。痛みに堪える苦痛はなかった、それよりも違う痛みが彼女の心を支配していた。式波は壁に残る鏡の破片で自分の顔を見た。片目が眼帯で覆われていた。それがとても醜く写っているように見えた。式波は写る自分の姿に届かない筈の言葉をかけた。
「あんた、ほんと、誰よ……」
『だから言ってるじゃない、アスカよ』
睨んで見ていた鏡の自分の顔が笑ったように見えた。目を大きく開き、凝視する。鏡に写る自分は紛れもなく自分。その自分が笑っている。頭の中に声が響いた。誰の声かと言われれば分からない、でも確かに聞いたことがあるはずの声。
式波はノイズのない言葉に『本能的に敵わない』と思いながら、彼女は精一杯反抗の声を荒げる。
「アスカは私よっ!」
『あんたは偽物よ。あぁ、少し違うわね』
「違う?」
式波は気づいた。頭に響くこの声の持ち主が誰かと。
そう、これは、私。
道理で分からなかったはずだ、自分の声なんてものはテープ等を通じて聞こうと思わなけれ自分の本当の声なんで知る事がないのだから。
気づいたのはきっと
『私は貴女のオリジナル、そう、私の残された情報を元に複製された「惣流シリーズ」の一つ』
「嘘よっ!!私は式波っ!式波・アスカ・ラングレーよっ!!私は式波、の、」
彼女の言葉を否定できないから。それが自分の本当の真実だと理解してしまっているから。
いつの間にか式波の生まれた過去の記憶が曖昧なものになっている。
式波の中に存在するものが薄れ、惣流の記憶が色濃く刻まれていく。記憶が歪んでいく、ミサトや今まで関わってきたみんなの言葉の意味が消えていく。
受け入れたくない、自分が今まで経験してきたと思っていたものが本当は埋め込まれた記憶だったものだなんて
「『だから一人で生きるの。生きてみせるの!』」
『誰も私のことを守ってくれないの』
「『死ぬのはイヤ… 死ぬのはイヤ…死ぬのはイヤ…死ぬのはイヤ…死ぬ のはイヤ…』」
『みんなみんな、大っキライっ!!!』
「いや!そんなの思い出させないで!そんなイヤ!」
『昔の私も同じような事を言ったわ。そうね、信じたくないわよね、でもこれが真実なのよ「アスカ」』
「違うっ!違うっ!違うっ!!私は式波!あんたじゃない!」
『……式波って名前が変わっているみたいね。私の存在を否定するかのように…………忌々しいって訳ね』
急に式波の眼帯の下の目が熱くなった。どんどん熱くなり、耐え切れなくなった式波は叫び声をあげて眼帯に手を取ると引きちぎった。
左目の熱さは収まらない、目を抑え、声を上げ、暴れた。
式波がこんな状況になっても誰もやってこない。監視しているくせに見てるだけなんて、やっぱり誰も私を守ってくれないのねとアスカは思いながら叫んだ。
『そうよ、誰も助けてくれないの』
頭の中の自分が話す度に左目が疼く。式波は左目を引きちぎりたかったが、それはできず抑える事しか出来なかった。
『だから今度こそ、自分で掴むの。もう一度ママに逢って今度こそ』
甲高い叫び声、式波は痛みと熱さに耐え切れず左目から手を離した。嗚咽と共に胃液を吐き、そしてまた長く続く叫び声。
終わることのないと思われた叫び声は扉の開く音、そして何人かの足音の乱入で突然と終えることになる。手足を固定され舌を切らないように口を塞がれる寸前、「アスカ」は呟いた。
「褒めてもらうんだ」
束縛される中「アスカ」は光悦に笑っていた。眼帯が取れた左目は緑色に、不気味に光っていた。
私の終わりと、始まり