I was determined

「高雄さん!」

機械音が鳴り響く現場で二人の声が響いた。名を呼ばれた高雄は作業の手を休め振り向く。そこには北上ミドリと多摩ヒデキが並んで立っていた。一緒に働いていた他のスタッフも自然と作業の手を止め、三人を見る。
高雄は耳をかきながら、ぶっきらぼうに対応した。

「なんだ、坊主達。今日は相手してられないぜ」
「今日は折り入って頼みがあります」
「なんだ?」

高雄が聞くと、二人は息を揃え敬礼をし、声を上げた。

「私を!」
「僕を」
「「現場の最前線に置いてください!」」

勢いよくお辞儀したミドリ。それに続くヒデキ。ミドリは横目でヒデキを見た。小声で「お辞儀の角度が足りないし!」と言うとヒデキの頭を掴み、深くお辞儀させた。
二人の行動に、高雄とスタッフ達はただただあっけにとられるばかりだった。




あれから数時間後、高雄は艦長室へ出向いていた。
自分の目の前にいるのは先日艦長に任命された葛城ミサト大佐と、副艦長である赤木リツコ博士。二人は最後のネルフ脱退者である。高雄はリツコとは何度か話した事があるが、ミサトとは今まで配置されていた地域が違った為、面と向かって話すのがこれが初めてだった。

「オペレーターの席、空いてるだろ?そこに二人ばかりツッコんでくれないか?」

高雄は数枚の書類をミサトの目の前に置いた。そこに書かれているのは「現場の最前線に就きたい」と懇願したミドリとヒデキのデータだった。

「却下します」
「そう固い事いうなって」
「確かに現場の従業員が少なく、猫の手でも借りたいくらいですが経験もない若手をオペレータになんて」
「分かってるよ、だから頼みに来たんじゃないか」
「人選の理由は?」
「……お前さんと一緒だよ」

お前さんと言われたミサトの表情が少し崩れた。しかし直ぐに立ち直った。高雄は少し卑怯かな、と思ったが多分こうでもしなければ陳情は聞きとられないとも思っていた。
ミサトは高雄が差し出した書類を見た。北上ミドリ、多摩ヒデキ。確かに彼らは同じかもしれない、と目を細めた。そして考え、決断を下す。

「……分かりました。現時点を持って多摩ヒデキ二尉、並び北上ミドリ二尉の所属をヴィレ中央作戦室付オペレーターへの配置転換を命令します」
「物わかりの艦長さんで助かったよ」

リツコは眉間に皺を寄せて深いため息をついた。ミサトは椅子に座ったまま、微動しない。その姿を見たリツコは諦め、覚悟を決めた。

「分かりました。ただし条件があります」
「条件?」
「高雄コウジ大尉のヴィレ中央作戦室付オペレーターへの配置、及び二人の教育官の任務です」

その命令に高尾は驚く。今まで最前線に立たずに裏方で活動していた事が、運命に抗わず決めた自分の信念が崩れてしまう、と。

「認めます」

間髪入れず、ミサトはリツコの提案を承認した。リツコは受話器を手に取ると回線を繋ぎ、電話の相手に三人の配置転換への指示を行う。

「ちょっと待て!」
「詳しい任務は後から通達します」

通話を終えたリツコが説明を付け足す。

「元々貴方にはオペレーターの案は出ていました。今は一人でも多くの経験者の力が欲しい。新人教育期間、こちらから臨時で整備長を派遣します。新人教育が終われば整備班への復帰を考えています。なので心配しないでください」
「以上です」

それからの高雄の反論は全て空回りし、会話の発展はなかった。それから少し内部が騒がしくなったので高雄は静かに艦長室から出た。非常に疲れ切っていた。





高雄は現場に戻らずヴンダーのデッキに出て、ため息をついた。
現場には既に通達が言っているだろう。共に働いた奴らの顔を浮かべる。

「出世ですね!」
「おめでとうございます!」
「凄いや!高雄さん!」

純粋な眼差しで俺を称える、何も知らない若い奴らが何を口にするか安易に想像できた。
そうじゃないんだ、俺はオイルの匂いを嗅ぎながら両手を真っ黒にしてチマチマと整備している方がよかった。自然とため息がこぼれた。あれから何度目のため息だろうか。

「女は怖いなぁ……」

デッキの扉が開いた。そこに立っていたのは多摩ヒデキだった。高雄の姿を見つけると申し訳なさそうに近寄った。

「先程通達ありました。ありがとうございます」
「……別に大したことは、ない」

ヒデキは軽いお辞儀をした。高雄は一生懸命気持ちを切り替えようとしていた。代償は大きかったが、彼らの決意が叶ったと思えば、安いものだ、と。

『整備班への復帰を考えています』

新しい副艦長はそう言っていたが、高雄は多分叶わないだろうとは思っている。それくらい、人手が足りないし現場の奴らの経験は足りないと把握している。副艦長は合理的、艦長は加持の話から聞いていたのと全く違く、多く語らず未だ性格がつかめない。二人に対して戸惑いしか感情が持てず、混乱する。

『世界の勝運を託すなら、ちょうどいい奴がいるぜ』

加持の言葉を思い出し、少し恨めしくなってきた。そんな高雄の気持ちを知らず、ヒデキは語る。

「アイツ、凄く気合い入っちゃって大変ですよ」
「だろうな」

オペレーターになりたいと言ったのは元々はミドリの方である。その願いが叶ったのだから気合が入らないわけはない。
基本ミドリはヒデキと違って真面目ではない。常に手鏡を持ち歩き自分へのオシャレをかかさない。若いからこそ良いも悪いも口にする、面倒事が嫌い、基本やる気はない『今どき』を体現した子だ。
しかし、正義感が強い。人並み以上に強い。そして根性が人並み以上にあるのでやると決めたらとことんやる。だからこそ今のミドリはミサト達と違った怖さを持っている。

「一つ聞いていいか?」
「なんでしょう」
「まぁ、北上の気持ちは分かるんだがな……」

高雄は煙草を吸う仕草を見せた。ヒデキが一つ頷くと内ポケットから煙草を取り出し火をつけた。大きく吸いこんで煙を吐く。

「……何でお前もなんだ?お前は分かってる危険に進んで足を踏み入れる人間じゃないだろ?」

高雄と二人の付き合いは数えれば長い。
元々高雄は加持と共にネルフ監察官として働いていた。そして加持の誘いで後にヴィレと名付けられるネルフの反組織に関わる。
そして起こった、ニアサードインパクト。その後の悲劇と災害を乗り越え、高雄は生き残った。人類補完計画、碇ゲンドウの企みを知った高雄はネルフを脱退し、仲間とヴィレを立ち上げ独立した。

その頃だ、彼が二人に出逢ったのは。

出逢った頃のミドリは目が死んでいて生きる希望無くやつれていた。その彼女にずっとついていたのがヒデキだった。

ヒデキは少し返答に困っていた。彼は自分の気持ちを言葉にする時、言葉が進まなくなる時がある。神経質で、真面目で、アクシデントには弱い。決められたルートから外れる事はしない、本来なら目的よりも安全を選ぶ。彼もまた『今どき』の子でもあった。
ミドリとは真逆な性格なんだよな、と高雄は彼の性格を把握している。ゆっくり待つつもりでもう一服すると、ヒデキの答えがまとまったようで、話し出した。

「そうなんですよねぇ……。強いて言えば、ほっとけないから、です」
「ほっとけない、か」
「アイツの事、小さい頃から全部見てきましたから。怒りも、哀しみも。もし、今回の事がアイツにとって過去を振り切れる一歩になるなら助けてやりたいし、見守りたいんです」
「……本当、仲がいいな、お前ら」
「なんだかんだで俺はアイツに救われていますから」

笑ったヒデキと目があった。あの時自分の胸元に及ばなかった少年は、いつの間にか目と目が自然と合う背丈までに成長していた。それに気づいた高雄はなんだか少し胸がくすぐっい気分になった。

「お前も一度決めたらテコでも動かない奴だったな……」
「最善はつくします。よろしくお願いします」

ヒデキは深くお辞儀をした。その姿を見て、高雄は気持ちが切り替える事が出来た、本当に観念した。もう笑う事しかできなかった。

I was determined

I was determined

■ ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 高雄コウジの御話

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-21

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work