さいごの夕暮キミとキスをした
彼が臥せっていたベッドの掛布団とマットレスの間に、錆の付いた缶があった。彼のぬくもりがまだ残っているような気がした。
迷わず蓋を開いた。そこには、一通の手紙が入っていた。
〈香南実へ〉
彼の字だった。お世辞にも上手いとは言い難い字。
私は、貪るように読んだ。
〈実を言うと、この手紙は3回目の遺書です。
遺書って言ってもそんなに重苦しいモノじゃなくて、遺産(なんてないけど)的なことは親族に丸投げしていいからな。
多分、母親のお兄さんかなんかが、それ系の仕事をしてるから。
だから、この手紙は100%香南実への気持ちです。
今はまだ読む気分じゃなかったら、読まなくていい。むしろ、一生読まなくてもいい。
でも、伝えておきたいから書いておきます。〉
すでに、胸が苦しい。目を背けたくなる。
けど・・・、今やめてしまったら、もう二度と読まない気がする。
ここは病院。失神しても対応してくれる。
そんな覚悟をして続きに目を移す。
〈まず、なんて3通目なのかって言うこと。
1通目は、病院に行く前に書いた。入院して薬とかで治療して、その副作用でペンが持てなくなったら困るから。
2通目は、入院してすぐ。もう治療も効果が僅かしかないって言われて、断った。「なんでって」キミは怒るかな。
自分かってだけれど、苦しんでやりたいことを出来ずに地味に長生きして死んでいくより、
やりたいことやってスパって死にたいって思ったんだ。だから、とりあえず入院して一番やりたいこと。そう手紙を書いた。
で、3通目がコレ。色々やりつくして、もっかい書こうってなんだか思った。
多分、俺の体力的にコレが最後になりそうだから、長文で駄文でも想いのすべてを書こうと思う。
キミと出逢ったのは・・・、いつだっけ?
きっと大学の構内だよね。
なんか気づいたら、隣にいて、好きになってて、愛しくなってた。
今までの恋なんて、霞むくらいキミとの3年間は楽しかった。キミがいない世界は考えられない程に。
キミは楽しかった?あんまり色々してあげられなかったけど。〉
「楽しかったよ。傍にいるだけで楽しかったよぉ。」
答えてみた。彼に安心して欲しくて。
〈俺が病気に気づいたのは、4か月くらい前。だるくて、病院に行ったら・・・。
最初は絶望した。まだしたいことが沢山あったから。
キミともずっと一緒にいたかったから。
でも、どう足搔いても病気は消えてくれないし、どんどん進行していく。
だったら、キミと可能な限り一緒に過ごそうと思った。
でも、そのことは少し後悔してる。
だって一緒にいる間に、もっとキミを知って、好きになってしまった。
でも、それ以上に良かったとも思ってる。
キミとの楽しい思い出を、綺麗な姿を、沢山この眼に焼き付けられたから。
これで、死んでも寂しくないな。
キミは僕が死んだら、悲しむのかな?
泣いちゃったりするのかな?
もしそうなら、泣かないで。「無理だよ。」って言うかな。
でも俺は、葬式で泣かれるよりも笑って「さようなら。」って言ってくれた方が良い。
でも、どうしても無理なら泣いていいよ。その涙を拭ってあげられないのが残念だけど。
とか、勝手に妄想してるけど案外サバっとしてるのかな。
それは、それで、キミらしくていいや。〉
視界がみるみる歪んでいく。
嗚咽が漏れないように、唇をきつく噛んだ。
血が出るかと思うほど、強く。
〈1通目、俺は最後にこう書いた。
「どうか、俺のことは忘れて下さい。キミが幸せなら、俺は十分です。」
でも、2通目にはこう書いた。
「お願い。ずっと俺を好きでいて。」
正反対のことを書いてるよな。
でも、これは正直な気持ち。
俺のことなんて忘れて、新しいスタートを切って欲しい。
もしかしたら、もうすでに切っているのかも・・・。
その反面、好きでいて欲しい。
俺の時間はキミで止まったままだから。
どっちなんだろうな。
そうだな、キミの都合の良いように受け取ってもらって構わない。
キミの自由だ。縛り付けたくはない。
そろそろ、手が限界。疲れた。
書き残したことも、うん、ない。
入院してた間、キミは毎日のように逢いに来てくれた。
嬉しかったよ。
でも、勉強は大丈夫か?単位落とすなよ。
今日も、来てくれたな。いつも通り面会時間ギリギリまで。
もう、明日を迎えられないことが伝わっていたのかな?
疲れたようで、途中寝てたな。寝顔、可愛かった。
夕暮が映るキミの顔。熱を持った頬。艶やかな髪。
濡れた唇。
衝動に任せた。一瞬だったけれど、とても幸福な満ち足りた時間だった。
さいごの夕暮キミとキスをした。
もし、ここまで読んでくれたならありがとう。俺の想い伝わったらいいな。
俺の彼女でいてくれてありがとう。さいごまで一緒にいてくれてありがとう。
愛してくれてありがとう。
本当に本当に香南実を愛してた。
キミがこの先、幸せでありますように。
真田 雄斗 〉
「雄斗っ。」
口を覆う手を涙が濡らした。
大好きだった。愛してた。
「雄斗。」
いるはずのない彼を探した。
逢いたい。抱き着きたい。ねぇ。お願い。逢いたい。
雪が降り始めて、隙間が空いたまどからは恐ろしく冷たい風が入ってきて、
身体は冷え切っていたけれど、唇だけは真夏の日差しのように熱かった。
あなたとのキスが私のさいごのキス。
さいごの夕暮あなたとのキスが人生さいごのキス。
彼と愛しあえたこと、それだけでこれから生きていける。
彼が望んだように、笑っていられる。
彼との記憶があるから、彼の想いがあるから。
「雄斗、バイバイ。大好きだよ。」
固く結んだ唇が自然に動いた。
もうちょっと泣いたら、笑える気がした。
さいごの夕暮キミとキスをした
ここまで読んで、頂きありがとうございます。
思いつきと勢いだけで書いてしまいました。
まだ完結していないお話があるというのに、こんな風にアイディアは湧いてきます。
困りますねぇ、文章におこす力量がないので。
今回もかなりヘンテコになっているかと。
楽しんで頂けたなら幸いです。