OUR

卜部俊

 僕は友達がいない。
 クラスメイトはいる。しかし休み時間に話す相手はいない。ただ読書をして過ごしている。
 部活には入っていない。だから特定の人と深く付き合う機会を失っている。
 一緒に帰る相手もいない。
 僕はいつも一人だ。

 日差しが強い。一週間近く続いた雨のせいで、太陽も鬱憤が溜まっていたのだろうか。近くの手すりに触ると火傷しそうになる。こんなに暑いと手すりの上で焼肉ができるんじゃないか。そんな下らないことを考える。
 昇降口を出た僕は日陰を通り道に選びながら学校を出て行く。
 その日の学校も、いつもと変わらないことの繰り返しだった。
 休み時間は読みかけの小説をめくり、話のつまらない先生の授業中に教科書で自習し、そして今一人で学校を後にしている。
 グラウンドから叫び声がいくつも聞こえる。あれはサッカー部だろうか。グラウンドの端を整列して走っている。
普通の高校生だったらああいうものに参加しているのだろうが、僕はそんな気が起きない。あれは体を動かしていないと落ち着かない人間がやるものだ。僕みたいに趣味がインドアの人間には体育の授業だけで充分だ。
 時計を見る。今の時刻は三時半。まだ家に帰るには早すぎる。どこかに寄り道をして帰ろう。
財布の中には昼飯を節約して残った三百円と、前から入っていた小銭がある。ゲーセンに行けば二時間くらいなら遊べるだろう。そうだ、前にハイスコアを出したシューティングゲームがあった。あれにもう一度挑戦してみるのもいいかもしれない。
 これで今日の予定は決まった。ワイシャツが汗で気持ち悪くなる前に屋内に逃げ込もう。そう決めると自然に足は早く動いた。

 僕が行くゲーセンは駅前ビルの地下にある。高校近くの駅前なら普通は人が沢山集まるのだろうが、ここに余り人は来ない。駅の反対側にもゲーセンがあるし、そっちは綺麗で新しいゲームが沢山ある。一方こっちのゲーセンは換気が出来ていない、古いものばかり、店員がいるのかいないのか分からない、といった有様。アメリカ映画に出てくる裏カジノとイメージが重なる。一応こっちのほうが安いのだが、わざわざ古いゲームを汚い場所でやりたがる人間は少ない。だからここは四五人の客が店内の所々にいるのが普通の、店としては寂しい場所となっている。
 しかし僕に限って言えばありがたい環境だった。僕がやりたいのはゲームではなく時間つぶしなのだ。つまり新しいゲームを並んで待つよりも、古くてもつまらなくてもいいから座ってプレイできればいい。それがいつものやり方だった。
 今日も店内に人は少ない。格闘ゲームの台に一人、メダルゲームの所に二人、あと奥のほうの台に一人いるだけだ。
 目的のゲームを探すが、おや、と首を傾げる。前やった場所には違うゲームが入っている。その隣の台を見ると、やはりそこも前と違うゲームが入っていた。
 どうやら配置換えをしたらしい。来るのは先週以来だから週末あたりに入れ替えたのだろう。ひょっとしたら目的のゲームは消されてしまったのかもしれない。
 人が来ないことを前提とした店とはいえ、一応儲けを狙う店だ。全く利用者がいない台は削除されるだろう。
 店内を歩き回りながら探す。格闘ゲーム・アクションゲーム・麻雀と、様々なゲームの前を通り過ぎる。そして店の奥まで来てようやく目的の物を見つけた。だが、そこには先客がいた。
 茶色に染めた髪を少し長めに伸ばし、蔓と縁の太い眼鏡をかけている。少し小柄の男だが、何となく大学生かなと想像した。
 何気なく彼がプレイしている画面を覗きこむ。ゲームのシステムはシンプルだ。左端に自機があり、右から飛んでくる敵機の弾をよけながら打ち落とす。ステージは全部で十面あり、それぞれ最後に出てくるボスを倒すとステージクリアとなる。ただ自機に三回弾が当たるとゲームオーバーだ。スコアは撃墜した敵機の数や拾ったアイテムの数で決まる。
 左上に表示されるスコアを見る。現在六面で四三〇〇〇点。僕のハイスコアは五七〇〇〇点くらいだからまだ遠い。でも彼のプレイには余裕が見て取れる。彼の最終的なスコアが気になったので、後ろで見ていることにした。
 右から弾が流れてくる。彼はそれを巧みなレバー操作でかわし、確実に敵機を撃ち落す。先に進むにつれて流れる弾は多くなるが、彼はしっかりとそれを避けながらプレイを続ける。
 すぐに六面のボスが現れた。大きさは自機の何十倍もあるし、撃ってくる弾の数も多量だ。だが彼はそれすらも簡単に避けている。表情には余裕が見える。唇を結んで前屈みになっていた僕とは雲泥の差だ。
 六面をクリアし、七面に進む。今のスコアは五一〇〇〇点。そろそろ危ないかもしれない。
 彼は百点、二百点と確実にスコアを伸ばしていく。僕のハイスコアとは、もう四〇〇〇点しかない。それを見ているうちに心の中で祈っていた。
(どうか点数が越されませんように……!)
 しかし表示されるスコアの動きは変わらない。
 五三六〇〇
 五四二〇〇
 五五七〇〇
 五六九〇〇
 あっ、と小さく声を上げてしまった。スコアは五八二〇〇点。ついに超えられてしまった。
 僕のトップが終わってしまった。だが彼のプレイは終わらない。まだまだスコアが伸びる。
 五九一〇〇
 六〇三〇〇
 ついに六万点を超えた。
 六一一〇〇
 七面のボスが現れる。僕がやったときは倒せなかった。しかし彼はそれを倒して七面をクリア。僕が見たことのない八面に進む。
 そこから先は余り見る気がしなかった。その場を立ち去ることはしなかったけれども、ゲーム画面から目を逸らしてじっと立っていた。

 七〇八〇〇点。
 これが最終的な彼のスコアだった。ゲームオーバー画面から記録保持者の名前入力に進む。勿論、順位は一位だろう。
 彼がSUGと名前を入力すると、画面はスコア上位の一覧に切り替わる。彼はそれを見ると少し首を傾げ、こちらを一瞥する。それからもう一度スコア一覧を見てからゆっくりと後ろに下がる。その時もこっちに顔を向ける。口の端を吊り上げたその表情はまるでこちらに対しての挑戦にも見える。
 もしかして二位の記録ってお前だったのか? 悪いなハイスコアを取って。記録を越せるものなら越してみろよ。
 そう言っているように感じた。いや、事実心中ではそう言ったのだろう。彼は台を譲ったけれども立ち去らずにいる。こちらの腕前を見ようとしているのだ。
 いいだろう。その挑戦を受けよう。そしてすぐに超えてあんたが見せたのと同じ顔を見せてやる。
 財布から五十円玉を取り出し、台に入れる。ゲームはすぐにスタート画面に切り替わり、僕と彼の勝負が始まる。
 横目で後ろを確認する。よし、まだ彼は立っている。
 見てろ、と胸の中で呟き、スタートボタンを押す。
 僕と彼の勝負が始まった。

 その時の僕はとても調子が良かった。ハイスコアだって夢じゃないと思えたし、実際自分の記録をあっさりと塗り替えてしまった。
 しかし、今の僕の目標はそれではない。目指せ一位。目指せ七〇九〇〇点。
 今のスコアを確認する。六二〇〇〇点。あと八〇〇〇点ほど必要だ。
 まもなく七面のボスに辿り着く。これを倒せば差は四〇〇〇点ほどに縮まるだろう。
 ボスが現れる。僕はレバーを上に下にと動かしながら全ての弾を避けて強敵に立ち向かう。
 倒した。次は八面だ。彼のスコアまでもう少しだ。流石にここまで来ると難しい。レバーを握る手に汗がにじむ。
 弾が飛んでくる。――直前で上に避ける。
 逃げた場所に別の弾が来る。避けられない。――一回撃墜。もう二チャンス。
 今まで避けられたような弾が避けられなくなる。――失敗が響いたか。あと一回。
 スコアを確認。――六九〇〇〇点。もうちょっと。
 一瞬気が緩んでしまった。――三回墜ちた。ゲームオーバー。
 画面中央に最終スコアが表示される。
 七〇五〇〇点。
 大きくため息をついた。僅かに彼のスコアに届かなかった。
 後ろを振り返る。だがそこに彼はいなかった。椅子から立ち上がると、出口に向かう彼の背中が見えた。

 結局その日は彼の記録を超すことが出来なかった。あの後小銭のある限り挑戦を繰り返したけれども、七万点を超えたのは最初の一回だけ。あとは六万点台だった。
 スコア上位十人分のうち、九人分は僕の残した記録S・Yになっている。しかし肝心のトップはSUGの名前から変わらなかった。
 翌日、僕はもう一度挑戦しに行った。
別に競っても仕方ないことなのだが、昨日のことを考えるたびに彼の顔と背中を思い出す。
 その程度か。
 そう言われている気がしてくるのだ。あんな奴に負けた自分が悔しかった。どうしても勝ちたいと思った。
 軍資金は今日の昼飯代だ。今日こそやってやる。
 店内はやはり人が少ない。しかし店の奥、昨日のゲームの台に目をやると、昨日の大学生がまた座っていた。
 これはチャンスだ。彼の目の前で記録を塗り替えてやろう。そうしたらどんな顔を見せるだろうか。
 そう思いながら画面を覗くと、昨日見始めた場所とほぼ同じだった。スコアも大差ない。せっかくだから見てやろうと、彼の後ろに立って腕を組む。
 六面をクリア。僕にもこのくらいは普通だ。
 七面をクリア。この時点で彼は二回自機が撃墜されている。昨日より調子が悪そうだ。
 八面に入る。たった一回弾が当たるだけでゲームオーバーになるが、彼の表情は余裕そのものだった。
 弾を避ける。敵機を撃つ。アイテムを拾う。
 単純な、しかし難しい作業を彼は難なくこなす。スコアを見ると、すでに昨日の彼を抜かしていた。
 八面をクリア。スコアは七六〇〇〇点。とても遠い数字だ。
 彼はその後も技術を見せつけ、七九七〇〇点という昨日に大差をつけた数字を残した。
 ハイスコアから僕の名前が一つ消え、彼の名前が一つ増える。
 彼は立ち上がり、こちらを見て驚いたような顔を見せる。昨日のことを覚えていたのだろうか。
 僕は彼の代わりに台に座り、五十円玉を入れる。今日一回目の挑戦だ。背後にギャラリーもいる。
 ボタンを押してゲームスタート。
 僕と彼の二回戦目だった。

 結果だけを言うと、僕の惨敗だった。
 僕は前の日に自分で作った記録さえも塗り替えることが出来ず、小銭を無駄に消費するだけとなった。
 大学生の彼は僕の一回目の記録を見ただけで立ち去ってしまった。やはりそれは馬鹿にされているような、そんな気分がわいてくる。
 スコアの一覧はSUGが二つ、S・Yが八つとなった。これだけ見れば僕のほうがすごいようにも見えるが、彼はたった二つの記録で金メダルと銀メダルを取ったのだ。何回も挑戦して銅メダルしか取れない僕とは違う。
 だからこそ勝ちたい。僕だって上達しているはずだ。そのうちトップを狙えるだろう。
 そう思って今日もゲーセンにやってきた。店に入ってすぐ奥に視線を飛ばすが、あの大学生の姿は見えない。少し肩透かしを食らったような気分だが、むしろチャンスかもしれない。誰にも邪魔されずにプレイできるのだ。
 台に座り、スタート。
 一回目。五面で終了。なさけない。
 二回目。八面までいけた。でも記録は四位だった。
 三回目。今度は自己最高記録だ。でもSUGよりは下だ。
 そして四回目を始めようとしたとき、後ろから声をかけられた。
「君さ、欲張りすぎなんだよ」
 振り向くとあの大学生が立っていた。驚く僕に構わず彼は言葉を続ける。
「君、流れてきたアイテム全部取ろうとしてるでしょ? そんなことするから弾に当たっちゃうんだよ。コツは安全第一、欲張らない。それでやってみな」
「……は、はい」
 言われたことを反芻しながらプレイを再開。
 五面まで簡単にクリア。ここまではいつも出来る。
 七面に突入。普段よりスコアは低いが、そんなに無理をしないおかげかすんなり進めた。
 八面も終わった。やはりスコアは低いが自機は一回も墜ちていない。
 初めて九面に行く。体験したことのない難しさだったが、欲張らないように進むと意外にいける気がした。
 スコアは七六〇〇〇点。二位につけることが出来た。
 S・Yと名前を入力。スコア一覧の二番手にある自分の名前が誇らしく思える。
「な、コツが分かれば結構いけるだろ?」
 大学生がまた話しかけてきた。
「君ってそこの高校の生徒?」
「はい、そうです」
「今、暇?」
「ええ、まあ……」
「じゃあさ、そこのファミレス行かない?」
「……へ?」
 思わず間の抜けた声を出してしまった。

 昼のファミレスに来るのは、僕にとって珍しい経験だった。僕にとってのファミレスとは家族で来て食事をするところだ。しかし彼は入ってもドリンクバーを二つ注文しただけで、食事をする気は一切無いようだ。
「君って、もしかしてファミレスほとんど行ったこと無い?」
 初めて見る空席だらけの店内を見回していると、彼にそんなことを言われてしまった。
「まあ、あんまり来ませんね」
と、顔を前に向けなおして答える。
「友達とは来ないの?」
「特にいませんから」
「じゃあゲーセンはいつも一人で行くの?」
「そうですね」
「へぇー」
 彼は少し仰け反って体全体で驚きを表現する。
「あっち、駅の向こうのゲーセンとか行かないの? あっちなら知り合いの一人ぐらいいるんじゃない?」
「あそこは混みますから。時間つぶしでわざわざ疲れる場所には行きませんよ」
「……いや、そうじゃなくてさ」
 こめかみに手を当てて考え込んでいる。どうやら全体的にリアクションが大きい人らしい。
「ほら、ゲームやるんだったら友達と楽しく、とか思わない? ゲーセンで会うんだったら似た趣味を持ってる人じゃん。そういう人と話すのって楽しくない?」
「あんまり思いませんね」
「わー……」
 彼は両手を上げてみせる。まるで降参したかのようなポーズだ。
 さっきから彼に責められている気がする。一人でいることを咎めているような口調だが、彼だっていつも一人じゃないか。
「あなたも友達と来ないんですか。楽しいんでしょう?」
 ついついきつい言葉になってしまう。
 まあねえ、と彼は頷く。
「でも昨日とかは違うよ。デートの待ち合わせ場所を駅前にしたけど、ちょっと時間が早すぎたから。それでボーっと突っ立ってるよりは、って」
「それで相手が待ちぼうけですか?」
「――君キッツイこと言うね」
「……すいません」
「いや、こっちこそゴメン」
 彼は頭を下げる。
「でもさ、誰かと遊ぶって楽しいと思うんだ。分かるでしょ、そういうの」
「経験が少ないもんで」
「……君ってさ、学校で友達少ないんじゃない?」
「余計なお世話です」
「図星か。俺には僻んでるようにしか見えないけどね」
「いいじゃないですか別に。自由でしょ」
「そりゃそうなんだけどね」
 腕を組み、考え込んでいる。その隙に新しい飲み物を取ってくる。せっかく注文したんだから飲まないと損だ。
 コップにメロンソーダを入れて戻ってくると、彼は自分の携帯をいじっていた。メールでも打っているのだろうか。せわしなく指先が動いている。
「デートの約束ですか?」
 何となく聞いてみた。カップルがどのくらいの頻度でデートをするのか知らないが、そんな気がしたのだ。
「いや、むしろ逆」
 彼は携帯の画面から視線を外さずに答える。少し待つと彼の携帯が一度震えてメールの着信を知らせる。それに目を通した彼は携帯を閉じ、こちらに向かいなおした。
「明日遊びに行かないか?」

 店に入る前にビニール傘を畳み、置いてあったビニール袋に入れる。いつも行っているゲーセンではこんな気の利いたものは置いていないが、今日の場所は違っていた。
 昨日、例の大学生に誘われたのはこのゲーセンだった。いつも行っている場所ではなく、駅をはさんだ反対側にある場所だ。
 あの時彼は執拗に僕を誘ってきた。僕自身は特に興味が無かったのだが、彼は行こうと何度も繰り返した。最初は断っていたのだが、最後は彼の勢いに押される感じで了承してしまった。
 あの地下の店と比べるとやはり混んでいる。だが雨のせいだろうか、予想していたよりも人の数はずっと少なかった。
 明るい店内を歩きながら目的の人を探す。すぐに見つかった。人が密集している台とは距離のあるところに座っている。近づくと彼はすぐにこちらに気付き、軽く手を振ってきた。
「何やってるんですか?」
 聞きながら画面を見る。シューティングゲームみたいだが、見たことが無いやつだ。
「十年以上前に流行ったやつだよ。俺が初めてやったゲームでさ、結構難しいんだこれが」
 彼は手を休めることなく答える。
 成程、確かに難しそうだ。あのゲームに比べると敵の数が圧倒的に多い。昨日教わった安全第一ができそうにない。
 敵機がどんどんやってくる。撃ち落す以上の数が画面の端から現れる。
「ちょっと、勘弁して、まじやばい、あ、あ、あっ!」
 ゲームオーバー。
 名前入力の一覧に進み、彼はSUGと入力。すぐにスコア一覧が出る。しかしそのトップは彼の名前ではない。OURと書いてある。その点数は六六〇〇〇。一方二位にランクインした彼のスコアはたったの五三〇〇〇点。
 彼は肩をすくめている。
「何回も挑戦したんだけどさ、一回もハイスコアを更新できないんだ」
「誰が出したんです?」
「さあ。ここでバイトしてる友達に聞いたんだけど、このゲーム今でも人気あるらしいんだ。でもいつ残したか分からない記録に、まだ誰も勝てないらしい」
「でもこんなにうまいんだったら常連のような気もしますけどね」
「そう思うだろ? 友達も、その同僚もいつ記録を出したか知らないんだってさ」
「まるで都市伝説みたいですね。『怪奇! 誰かが残した不滅の記録』って感じですか」
「そこまでは言わないけどさ、やっぱり勝ちたいんだよこれに。でも一緒にやってくれる奴がいなくてさ。それで君を誘ったんだ」
「一緒に遊ぶ友達はいないんですか?」
「『これ』はな。シューティング好きな奴って少ないんだよ」
 そう言いながら彼は台に座りなおす。
「一緒にこれのハイスコア目指そうぜ。君だって上手いんだろ?」
「――分かりましたよ」
 ため息混じりに僕は頷いた。

 それから僕たちは毎日のように会っていた。
 僕が学校を終えて店にやってくると、必ず彼はいた。それから三時間ほど、二人で交互にプレイする。片方が同じ場所で失敗したら片方がアドバイスをして先に進めるようにする。
 僕は初めてこのゲームをプレイするから、最初はあまりスコアを伸ばせなかった。それでも彼のアドバイスを受けるうちに徐々に先に進めるようになり、三日ほどで彼と同じ位の得点を出すことが出来るようになった。
 休日は学校が無いから店にも行かなかったが、平日は通うようにしていた。
 最初は優越感を持ちたいだけだった。彼が達成できない目標をクリアできれば、彼よりも上手だとわかる。そのためだけにやっていた。
 だが、動機は徐々に変わっていった。始めて一週間くらい過ぎると、僕の目標は単純にハイスコアを出すことだけになった。大学生の彼や、一位の誰かよりも高い点数を出したいと考えるだけになっていた。
 そしてその考えもやがて変化した。
 僕と彼は何度も何度も失敗した。失敗した後はお互いにその原因を探った。そしてもう一度チャレンジ、別の場所に躓いた。それを一日に何回も繰り返していた。
 プレイ、失敗、相談。
 この繰り返しが僕にとって楽しいものと変わり始めた。
 僕にとって初めての感覚だった。

 その日も同じ店にやってきた。いつもと同じ台に向かい、いつものようにプレイしている彼と合流した。それから二人で相談をしながらゲームを始めた。
 ハイスコアは目の前に迫っていた。僕らが出した記録は六〇三〇〇点。もう少しで夢の数字に届く。
 先に彼がプレイする。スコアが六四〇〇〇点までいくが、そこでゲームオーバー。彼はどうしてもここで躓く。
 次に僕がやる。僕の場合は同じ場所で躓くのではなく、一回一回別の場所で失敗してしまう。ムラがあるということだ。今回はたったの四〇〇〇〇点で終わってしまった。
 もう一度彼が挑戦。さっきと同じだけの点数を出したが、結局同じ場所で失敗。
「むずかしいな、これ」
 彼はお手上げ、といったように大きく伸びをした。
「また同じところで引っかかったね。どうしてそこで失敗するの?」
 僕はいつの間にか敬語を使うのを止めていた。
「三方向から弾撃ちながら敵が来るだろ、あれが避けきれないんだよ」
「上か下の敵を出てきてすぐ倒せばいいんじゃないの? それだったら逃げ場が出来るじゃん」
「それはすぐに思いついたさ。でもその前からいる敵が多すぎて狙えないんだよ」
 立ち上がって席を譲ってくる。次は僕の番ということだ。
「よし、それじゃあ僕が試してみるよ」
 座り、コインを投入。ゲームスタートだ。
 最初は決して難しくない。丁寧に、丁寧に進めれば初心者でもできるだろう。
 だが難易度はスコアが三万点を越えた頃から急に上がる。敵の数は二倍以上に増え、避けなければならない弾は画面の半分近くを埋め尽くすほどにある。
 僕はレバーを細かく動かし、僅かな隙間を縫うようにして自機を生存させる。
 スコアが四万点を越す。さっきよりは調子がいいようだ。
 神経をすり減らしながらも続けると点は五万を越えた。
「いいぞ……いいぞ……」
 後ろで呟いている声が聞こえる。
 ゲームはついにあの場所にやってきた。彼が何回も失敗している場所だ。
 彼は直前の敵に邪魔されると言っていた。だったらそれを先に排除しておけばいい。
 自機を下に寄せる。上のほうはある程度無視しながら、下にいる敵だけを正確に撃ち落していく。そして三機の敵が同時にやってくる。しかし僕は下から出てくる敵の場所に弾をばら撒いてすぐに撃ち落す。それから自機を上に動かして中段、上段の敵を順番に撃墜する。
 後ろから歓声が聞こえる。ついに難所を通過したのだ。
 得点はすでに六六八〇〇点になっていた。

「――やった」
 拳を握って呟いた。ついにハイスコアを更新した。
 その喜びからついレバーから手を放してしまう。あ、と慌てて握りなおすも、流石の難易度。一瞬の手放しでゲームオーバーになってしまう。
 だがハイスコアをたたき出したことは事実だ。
「ついにやったよ!」
 後ろを振り返って叫ぶ。しかしそこにいたのは大学生の彼ではなかった。僕と同じ制服を着た男子、たぶん隣のクラスの人間だ。
「すげーな、お前ってシューティング上手いんだな」
「あ、ああ、まあ……」
 予想外の人物の登場にいささか戸惑う。とりあえず今話したいのは同級生ではない。立ち上がって大学生の彼の姿を探すものの、目の届く範囲には見えなかった。
「なあ、ここにいた大学生っぽい人、どこに行ったか知ってる?」
「俺が来たときには誰もいなかったぞ」
「え?」
 眉をひそめる。彼がいなくなったということだろうか。
「お前さ、いつから見てた?」
「スコアが五万になったくらいかな。……それがどうした?」
 なんでもない、と首を振る。途中から聞こえていた声は同級生に入れ替わっていたようだ。トイレにでも行っているのだろうか。
「おい、名前入れないのか?」
 同級生に促されて画面を見る。そこには六六八〇〇点というスコアが表示され、名前の入力を待っている。
 いつもと同じS・Yという名前を入力しようとして、手が止まった。これは僕が一人で出したスコアではない。S・YとSUGの二人が協力した結果だ。なんと入力しようかしばし悩んだが、すぐに一つの答えを思いついて打ち込んだ。これを見たら彼はさぞ驚くに違いない。
「なあ、お前ってシューティング得意なんだよな。だったらあっちのやろうぜ」
 同級生に袖を引かれ、僕は二人でプレイしたゲームから遠ざかった。

 あれから彼と会うことは無かった。
 店員に友達がいると言っていたから店員に彼のことを聞いてみたが、誰も知っている人はいなかった。
「あの人を初めて見たのは、君が初めて来た日じゃないかな? 君がいる日はだいたいいたと思うけど、それ以外の日はいなかった気がするよ」
「今は来ないんですか?」
「さあねえ。最近ばったり見なくなったね」
 そんな答えが返ってきただけだった。
 最初に会ったゲーセンにも行ってみたが、そこでも彼を見つけることは出来なかった。
 ひょっとしたら幽霊かもしれない。あの日以来話すようになった同級生は冗談めかしてそう言った。そんなはずはない。だって僕らの残した記録は確かにあるんだから。

 ハイスコアが表示される。
 トップには六六八〇〇点という数字と、OURという名前が残っている。
 これは僕たちが出したスコアだ。

 僕には教室で下らない話をする相手も、長期休みに一緒に旅行に出かける相手もいない。
 でも、放課後一緒に遊ぶ友達は出来た。

OUR

 友達がいなくたって、趣味がある。
 趣味があれば、同じ趣味を持つ人間がいるはず。
 同じ趣味を持つ人間同士なら、きっと話が合うはず。
 そこから友達ができることもあるんじゃないかと、それを是非思い出していただければと。

OUR

放課後を孤独に過ごす僕。そんな僕には一つの趣味があった。 シューティングゲーム。 対戦ゲームや音楽ゲームが主流のこの時代、やりたがる人間は少ないものの、僕はそれを好んでいた。 いつものようにゲーセンに行ったとき、大学生らしき一人の男性と出会った。 彼もシューティングゲームを好む人間だった。 人が寄らないゲームで始まる、ささやかな交流。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-21

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著作権法内での利用のみを許可します。

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