MY ROOM
久しぶりに部屋に戻ってきた。
鍵穴に鍵を差し込む。ふふふ、しばらく空けておいた間に、誰かがいたずらしたみたい。でも、少し回すと鍵はすぐに開いた。
ただいま! ……って言っても、部屋の中には誰も居ない。
ここは私の聖域、私だけの空間。友達も彼氏も家族も誰も呼んだことがない。だって他人を入れたら調和が乱れてしまうもの。
綺麗に掃除された床、居間に置かれたちょっと洒落たテーブル、壁に貼られたポスター。中に何が置かれていても構わない。この部屋の形が、私の身体から疲れを抜き取ってくれる。世間の汚い気を浄化してくれる。部屋が私を包み込んでくれるの。コアラのお母さんみたいに。
私がこの部屋と出会ったのは4年前。
安くて、そんなに快適じゃなかったけど、私はこの部屋の中に愛を見いだしたの。
ここでは昔、殺人事件があったみたい。でも、そんなことは関係無い。事件があったのは過去の話だし、この部屋には何の罪も無い。私がこの部屋で、新たな歴史を作り出すの。
今の世の中、綺麗で広くて便利な部屋が沢山ある。そういう所に比べたら、ここはすっごく頼りない部屋に見えてしまうかもしれない。私は女の子だから、夜中には誰かが部屋に忍び込んで私を殺すかもしれないわ。
そんなことになったら、またこの部屋が虐められてしまう。だから、ここを守るために、私は色んな準備をしたの。私の命を、そしてこの部屋の未来を守るために。
どんなに良い警報装置があっても、住んでいる人間が油断していれば、そのシステムは何の意味も成さない。大切なのは新しい物や強いシステムじゃない。住人の強い意志なの。
その効果があったのかしら、私は今もこうして生きている。
部屋の名誉も守られているわ。
でも、4年間、私の事情で部屋を留守にしなければならなかったの。
毎日辛かったわ。
仕事をしていても部屋のことが気になるし、出張先の布団は固くて、フカフカのベッドに幾夜も恋いこがれたわ。やっぱり私にはあの部屋しかない。辛かったけど、次々に舞い込んでくる仕事を全てこなして、そして今日、久しぶりに戻ってきたの。
部屋はまだあった。形も前のまま。臭いはちょっと変わっちゃったみたい。
さぁ、ご飯の支度を始めなくちゃ。早くしないと、主人が帰って来る。今日はカレーを作るの。ヘタクソだけど、頑張って野菜を切って……。
この4年間で私の人生も大きく変わったの。出来ないと思っていた主人が出来て、私は今も戸惑っているわ。ふふふ、のろけちゃった。ごめんなさいね。
あ、音がする。
主人が帰ってきたみたい。
きっとびっくりするわ。まさか私が帰ってきてるなんて、思っても見ないでしょうね。面白かったから内緒で帰ってきちゃったの。
何かぶつぶつ言いながら、主人が帰ってきた。そして部屋に入ると、予想通り、私のことを見て驚いた。
おかえりなさい。
私が言うと、主人はただひと言こう言った。
「お前、誰だよ?」
私は、包丁を持ってするすると歩み寄る。
距離が縮まったところで、私は包丁を突き刺した。……この部屋の主人の腹に。
ああ、また殺しちゃった。
また部屋を空けなくっちゃ。でも嫌だわ、もう1度、あんな固い布団で寝なきゃならないなんて。
MY ROOM