朝の音楽にまつわる惨事についての覚書
朝礼係予備軍、林美紀。その闘いの記録。その全貌、更新中。
朝、町にかかる音楽。それを決めるのは町長さんなのだけど・・・
カーマカマカマカマカマカマリーディーオーー♪
スピーカーからは、かの有名アーティストの有名な曲が流れている。現代で知っている若者がいるのか。
著者は、確か小学校で朝走るときにかかっていたなあと記憶している。
「なんでこの曲なの?なんで?」
さっきから放送係に向かってぷりぷりと怒っている少女がいる。高校生の林美紀だ。彼女はこの小さな田舎町の朝礼係高校生予備軍なるものに任命され、やる気もあるような無いような、朝早く起きなきゃなのでふて腐れて、毎日真面目に務めている。
「いやあ、町長の趣味だから・・・」
僕は悪くないよ、とのたまっているのは、朝礼係社会人部門代表なる、小林誠さんだ。一応朝礼係の全任務を取り締まる方なので、さんをつける。社会人だし。
「なんでこの曲なのよー。もっと色々あんじゃん、西野カナとか、朝なんだから爽やかにボサノヴァとかさあ・・・私色々考えてたのに」
はーっとため息をついて、なんともレトロポップな朝の空気を吸っては吐いての林美紀。
朝礼係とは、朝丘市朝比奈郡朝比奈町の、この町あげての町おこしイベントで今回発生した、まあいわゆる朝の音楽をかける係のことだ。
林美紀は高校生の若い感性を買ってという名目と、係が一人だけのしかも男では色気がないということで、急遽「予備軍」と銘打ってできた枠に、その日風邪で学校を休んでいたから、という理由で決められてしまった、まあいわゆるお残りさんだ。
小林さんの方は、役所勤めで窓口係だったのだそうだが、やっぱりこちらもお残りさん。何やら書類を作ったりすることはあっても、やることは主に音楽をかけることだ。
「またクラスの奴に文句言われるよ」そう言って、林美紀はまたため息をついた。
AM9:00
3-A組に登校した林美紀は、朝早いせいで貧血ふらふら、目の下に隈もできている。「おつかれー」とクラスメイトに声をかけられ、「おーっす」と力なく返す。
「ねねね、林さん。なんで朝ってあの曲なの?もっと他にないの、曲」
予想した通りの質問をされ、あああっと頭の中で悶絶しながら、林美紀が答える。
「うん、なんかね、町長が決めてるんだって、朝の音楽」
「えー!朝礼係なのに自分で決めらんないの!あれ」
うっそー、ならなくて良かったーという黄色い声が聞こえ、たははっと力なく笑う。若干悔しい。
お昼休み。
「おーい、林ー。職員室に来いってさ。なんか校長が呼んでるとか言ってたぞ」
こそこそっと学級委員兼生徒会長の古嶋健太にそう耳打ちされ、若干照れながらも、「え?うそっなんだろ」と反応する。なにもかくも、朝礼係のことでだろう。町あげての町おこしだから。
林美紀はこそこそと、隠密になったつもりで校長室へ向かう。きっと密命を賜るに違いないのだ。
ガラリっと扉を開けると、担任の玉川先生が、「ああ、林さん!」とその細い柳腰をあげた。校内一、色っぽい先生。
「早く閉めて!早く早く」
玉川亜衣子先生が大急ぎで扉を閉め、「さささ」っと奥の仕切られた一角へと林美紀を誘導する。一旦しきりの前で止まり、こんこんとノックする。
「・・・林さん、参りました」
「・・・通して」
中からこの町で有名な、女校長の声。芯の通った知的すぎるその声は、干からびてもいて、なんだか怖い。
「失礼しまーす」
林美紀が中に入ると、小さなテーブルと、ソファが一対ずつ。窓際の方に座った校長が、「・・・あなたが、林美紀さん?」と声をかけてきた。
ベージュのスカートスーツに、胸元に紫の花。パーマをかけた豊かな髪が美しい、品のある女性。真っ赤な口元がやや怖い気もする。
「はい、林です」ちょっと自信なさげに、返事をする林美紀。
すると、ぴしりっと姿勢を正して、校長はこう切り出した。
「朝礼係予備軍林美紀、校長として、あなたに勅命を下します」
「はっ」
思わず返事した。返事したあとで、「え?」と聞き直す。校長は依然、ぴしりとした姿勢のまま、当然のような顔をして、テーブルに何かを置いた。
おそるおそる見ると、CDが一枚。
なんだか合点がいき、めんどくさいなあと直感する。一応聞いてみた。
「あのう、これは・・・?」
校長はとたんに姿勢を崩し、足を組みながらこう言った。
「あの音楽、古すぎて我慢ならないのよ」
校長は根っからの邦楽派で、しかもミーハーなんだそう。CDには、手書きで「Def Tech」と書いてあった。
その夜のこと。
林美紀は、小林さんにパソコンからメールした。朝礼係専用のURLがあるのだ。
「わが校の校長より密命を預かりました。曲はデフテックです。明日からかけないと私の進路先が著しく変更され人生が軌道修正不可能になるかと思いますがいかが?」
すると小林さん、
「僕も今日、窓口の女の子たちから絶対かけるようにとCDを預かりました。実行しないと僕の職場での立場は絶望的なものとなるでしょう」
そして二人は、決意した。
「「決起のときだ」」
翌朝。
ちゅんちゅんとスズメが鳴く中、静かに音楽は流れだした。はじめは感動的に、静かに、次に盛り上がって、魂の震える音。Def Techの「マラソン」という曲だ。
「おお」という顔で、イケメン風のサラリーマンが空を仰ぎ見た。今日も一日、頑張れそうだ。
「なんだこの曲は!あの歌はどうした!」
その頃町長は、自宅で歯磨き粉を飛ばしながら、急いで役所へ電話した。が、朝も早いので、誰も出ない。朝礼係は末端の末端な仕事なので、放送室へ出向いたこともないから、場所も電話番号も分からない。「くうううう」と歯ブラシを握りながら、壁にかかったマイケル・ジャクソンを見上げる。結婚した当初、その熱の入用に、妻に引かれた己のポップ趣味。歌って踊れる若者だったあの頃。今回朝礼係を作ろうと案が上がった時、自分を非難する連中への非難の証として、終生かけつづけてやろうと心に誓ったわざとの選曲。己の評価を下げるとも知らないで。
一曲目が終わり、次にかかったのは、自分も知っている、絢香の「みんな空の下」だ。
なるほど、朝かけるにふさわしい、心が柔らかくなる音楽である。
町長は、しばし聞き惚れ、聞き終わった後で、その重たい一重瞼を開けた。ぽつりとつぶやく。
「・・・朝礼係予備軍は、朝比奈高校の三年の女子だったな・・・」
重々しくつぶやいた後、歯ブラシを口に戻し、歯磨きを再開した。シャーコ、シャーコ。8時ごろになれば、誰彼問わずいるだろう。シャーコ、シャーコ。
キンコンカンコン・キンコンカンコン♪
朝日奈高校きっての名物、音楽担当の春野香苗先生による駆け足チャイムが鳴り響く。
今朝の学校は林美紀と小林誠さんによる一大決起により、なんとも賑やかに生徒達が笑いさざめいていた。
「林さんやっるー!見直したわ」
「ただのおまけ係じゃなかったんだねー」
ぱしぱしと肩を叩かれ頭を小突かれ、林美紀は「えへへへへ」とだらしなく笑っていた。
今頃小林さんも窓口の女の子達に、もててもてて困っているに違いない。
「よう、はーやーしー。お前なかなかやるなぁ」
群衆を押しのけ現れた小嶋健太にそう言って爽やかスマイルで笑いかけられ、林美紀はさらにだらしなく、「いやぁ、まあね、あはははは」と照れ笑いをしながら頭をかいた。
「でも、やばいよな。町長って過激派じゃん。元左翼だとか聞いたけど」
え、と一瞬固まるが、「まさか音楽変えたくらいでマジになんないでしょー」という野次に、そうだよねーまさかねー、と皆と一緒になって笑う。
と、突然、
「ざーー、ザザァザッ*○・%♪ー‼︎」
と、スピーカーが不吉なノイズをがなり始め、ブツ、ブーーー…、と低音が続く。
と、担任の玉川亜衣子先生の声で、「林さん、林さん、逃げて!」と絶叫が。
静まり返る教室の一同。すると、パン、パン、パパンパンッと何か破裂音が、少しして、ヒューーー、ドパーン!という轟音と共に、校舎が揺れる。
きゃーきゃーと喚く女子一同。
林美紀も例外なく叫んでしゃがみこんだが、その上に誰かが覆いかぶさってきた。
何!誰?と顔を上げると、そこには我が校きっての色男、小崎健太の厚い胸板が…ではなく、いつの間に教室に入ってきたのだろう、体育担当の神崎兵吾のヤンキー髭が、チリっと瞼に触り、林美紀は目を瞬いた。
「林、無事か」
ヤクザなグラサン越しに三白眼を直視して、林美紀は心臓が止まるかと思った。
見れば、小嶋健太は、茶道部部長の藤沢愛花をしっかりとお守りしている。
そりゃないよー、と嘆きそうになったが、ぐっとこらえて神崎先生に問う。
「せ、先生、こりぁ一体?!」
神崎先生は落ちてきた埃を払って舌打ちすると、林美紀の腕を掴み、立ち上がらせた。
「話は後だ。今はここから退避することだけを考えろ」
言うが早いか、林美紀を抱え上げ、お姫様抱っこ…ではなく、米俵背負いをかましてくれた。
「ぎゃぁ!先生、パンツ、パンツが!」
「大丈夫だ、林。今日のお前は毛糸パンツを二重履きしている」
いやだから、そのくまさんを見られたくないんだよぉぉぉー‼︎と林は叫ぶ、心の中で。
だが神崎先生は待ってはくれず、スパァン、と教室の扉を開けると、えっさ、ほいさ、というおっさん走りで退避し始めた。
「林ー、どこ行くんだよー!」と、もう揺れの収まった教室で皆が叫ぶ。
わかんないよー、と林美紀は泣いた。
神崎先生は北校舎の一階から渡り廊下へ出て、そのまま中庭へと駆け込んだ。兎小屋を過ぎ、孔雀のいる檻を抜けて、植物園へと入る。ピーマンを育てているビニールハウスへと入り、息を潜めた。
「神崎先生、そろそろ降ろしてくれませんかね?」
林美紀が呻くと、神崎先生は、ああ、と今気がついたかのように返事をし、ようやく降ろしてくれた。
「は、腹に、鈍痛が…」
林美紀が呻く横で、神崎先生は鋭い目でビニールの隙間から外を覗いている。
ドンドンパチパチいう音はすでに収まったが、依然校舎全体には緊張感が漂っている。
朝の音楽にまつわる惨事についての覚書
楽しんで書きました。一話ずつ閉めていこうかと思いましたが、少しずつ足して書くことにしました。
前書いた分と合わせてお楽しみください。
お目汚しでなければ幸いです。