VISION

VISION

 朝だ。
 今日も空は綺麗で、あちこちに面白い形の雲が浮かんでいる。地上には色とりどりの花々が咲き乱れ、澄んだ水が絶えず流れ続けている。川の中を泳ぐのは、世界中の魚達。彼等は互いに争うこと無く、仲良く泳いでいる。春夏秋冬全ての季節を象徴する植物が生えている。そこに集まるのは綺麗な羽根を持った蝶。ここは、極楽浄土なのだろうか。

 ……いやいや、勿論こんなことは有り得ない。互いに仲良く暮らすなどということは人間が作り出した幻想だ。実際の動物達は、自分達の縄張りを守るために命がけで敵と戦っている。

 今目に見えているものは全て、ただの映像なのだ。

 環境汚染によって、地球は汚い星に変わってしまった。泥のような色の水が川を流れ、空は煙に覆われ、植物は枯れ……。目を覆いたくなるような光景が広がっていた。衰弱して死亡する者も少なくなかった。だが、それとは別に、何処に行っても同じような汚い光景しか広がっていないことを嘆いて死を選ぶ者も後を絶たなかった。

 この事態を知った科学者達は、これ以上の死者を出さないために、あるものを生み出した。それが特殊投影パネル、通称VISIONである。

 地球がこのような姿になる前から既に、映像を投影するパネルは存在していた。では、このVISIONはそれらとどう違うというのだろう。

 まず、このパネルは伸縮自在の特殊な物質から作られている。故にどんな場所にも貼ったりはめたりすることが可能である。また、このパネルはあらゆる災害にも耐えられる設計になっている。地震が来ようが台風が来ようが、はたまた水に浸かろうが火がつこうが、VISIONは永遠にその姿を保ち続ける。そう、これに美しい水や植物の映像をプログラミングし、それを地面や水に貼付ければ、見た目だけは美しかった頃の地球に戻るのだ。

 VISIONは瞬く間に世界中に広がった。初めは景色を変えるために使用されていたが、その用途は徐々に多様化していった。町中は勿論、山の中や海中でも好きな番組が見られるようになり、服の試着が容易になり、そして終いには、生きている者を映し出すことが出来るようになった。動きや言葉はプログラミングされた範囲内に限られるが、それでも人々は満足していた。愛する者と、永遠に一緒にいられるのだから。

 ジョセフだけは、VISIONに“支配”されたこの世界が嫌いだった。映し出されたものの中に命などあるわけがない。この美しい景色だって、捲ってみれば汚い世界が垣間見える。どんなに体裁を取り繕ったところで、現実は全く変わらないのだ。現に今でも疫病で死ぬ者が大勢いるではないか。

 ジョセフの友や家族も次々に死んでいった。愛する妻も、たった1人の息子も、その孫達も、ジョセフを置いて皆死んでしまった。それもこれも、全て環境汚染のせいだ。今もなお、環境汚染が続いている。失われてゆく尊い命がその証拠だ。かく言うジョセフもまた、疫病によって手足が動かなくなってしまった。食事も採ることが出来ず点滴を打ち、それでも身体は衰弱しきって、今では点滴を刺しても栄養が行かなくなってしまった。

 この世界の連中はおかしくなっているのだ。いつか、死にいった家族が、仲間達が、この世界の異常を知らしめてくれる。失われし彼等の命が、偽りの世界に終止符を打つのだ。ジョセフはその時をずっと、ベッドの上で待っているのだ。

 真実の命が、偽りの世界を消してくれる。VISIONが映すもの全てを。水も、植物も、動物も。

 そして、ジョセフも。 

VISION

この時代の、この世界に生きる者達。果たしてその中に、本当に生きている者は何人いるのだろうか。

VISION

あらゆるものが映し出せるようになった時代の物語。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-20

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted