B型の上司

B型の上司

僕(時彦)の親友、幼馴染で同僚の恭二。その恭二の眼の上のたんこぶは B型の上司、鷹羽課長だった。
日々、鷹羽課長に振り回される恭二の毎日。そして偶然、鷹羽さんの弱点を知ってしまった僕。

会社員の日々のドタバタをコミカルに描く、ちょっとハートウォーミングな短編です。

あなたの周りにも こういう事って 有りますよね (^o^)


「恭二!」
今朝もいつもの鷹羽課長の声が響く。
「やれやれ、またか。あいつも大変だ。」
僕はそんな独り言を口の中でつぶやいて仕事場に向かった。

 うちの会社は従業員100名程のプレス部品製造会社だ。僕は現場の生産取りまとめ作業者。そして恭二は小学校からの同級生で、この会社の品質管理課。いちおう現場作業者とは一線を隔すエリートということになっている。
もっとも課長の鷹羽氏以下全部で3人の課で、仕事内容と来たら装置のメンテナンスから顧客へのプレゼンテーションまでの何でも屋だ。そして恭二はその3人の中で最年少だから、自然と上司からこき使われることになる。
「どうしてあの製品を1ロット不良にしたんだ! あれの納期は明日だろう?間に合わないじゃないか!」
「でも・・・外径の寸法が規格外れでしたよ。この前もそれでクレームが来たじゃないですか」
「それは解ってるよ。そこを再検査するとか、追加加工するとか出来ないのか!」
いつもの鷹羽課長のパターンだ。
 
 この課長が恭二にとっての悩みの種、目の上のたんこぶというやつだった。クレームが来れば
「なんでそんなモノを出した?」と言うし、翌日には今朝みたいな話をしている。金の話になると材料は節約しろと言うし、品質の話に変わると良いものを作る為には、装置は改良して・・・と、その場その場で話が変わるのだ。
そしてもうひとつの悩みの種が「ナオミ」こいつはわが社が誇る不良生産マシンだ。
うちの会社では装置に女性名のニックネームがついている。昔からの伝統で、いまどきではハラスメントとか差別とか言われそうだが、油まみれの男の職場で、男女比で9割が男なのだからそのまま伝統は受け継がれている。
「ナオミ」は年の頃なら30なかば。生身の女性なら御局様とでも呼ばれそうなところだが、その通り後輩の「リョウコ」「アキナ」より大きな態度をしている。仕事は8割、経費は130%、でも買い換えるほどでもなく、そこそこの仕事はこなしている。
ところが時々ヒステリーを起こすのか、とんでもない事を仕出かしてくれる。恭二の会社での仕事の半分以上はこの「ナオミ」の後始末と言っても良い。

「外径寸法が外れた?どうしてそんな事になるんだ?」
「このあいだ、課長が材料送りのピッチを狭くしろって・・」
「それで?どうして規格外れになるんだ?」
「リョウコとアキナはカッターが大丈夫なんですけど、ナオミは切断面のバリが出るんですよ。だからあれ以上は無理だって言ったでしょう」
「だからって不良になるような事をしたら、材料節約より無駄が出るだろうに!」
「だから私もそう言いましたよ!」
どうやらこのあいだの 経費低減会議で決まった材料節約の話を、鷹羽氏がそのまま実行したらしい。いや、実行したのはいつものように恭二だろう。鷹羽氏は恭二に「こうしろ」と指示を出すだけだ。恭二が何を言っても、「会議で決まったからやれ」で、その結果なにか不具合があると「どうしてそんなことをしたんだ」といういつものパターンだ。

「なあ時彦。いつもの事だけどいやんなったよ」
「今日も朝からやられてたな。どうしたんだ?」
その日の晩、いつもの会社帰りの居酒屋だった。
「ナオミのカッターの切れが悪いのは、現場の人間だったらみんな知ってるだろう。それを材料節約とかで切り代を半分に減らせって言うんだ。」
「でも、リョウコとアキナは出来るんだろう。」
「ああ、あの子達は新型だからな。でもナオミは無理だろう。」 
「去年、不良をさんざん作って、お客から返品くらったのもナオミのだろう?」
「そうだよ。だからあの送り幅の調節したんじゃないか。」
「こまったもんだな、鷹羽さんも」
「そう、なにせB型だからな」
「なに?おまえそういうの信じるの?」
「だって目の前にあんな典型的な例がいるとさ。そうでも思ってなきゃ、やってらんないぜ。」
「それもそうだな」
「おまえはいいよな。製品作って、寸法測って、結果報告だけだもんな。あやしいのはみんな『どうしましょう?』って言われて、ダメって言えば無駄とか納期がとか言われ、出荷すればクレームにおびえて。」
「まあ そう言うなって。こっちだって納期とか数とか責められて大変なんだから。がんばってくれよ、我が社のエリート君」
「仕方ないな。なりたくてなったわけじゃないんだけどさ・・」

 恭二とはいつもそんなやりとりだった。幼馴染で小学校中学校と一緒で、高校はあいつの方が一ランク上の高校だったけど、入社式でまた会った。配属された課が違うけど、同じ会社で同じ年だから、給料もそう変わらない。基本給は恭二の方がちょっと良いけど、生産現場では納期が追い込みになるとかなり残業もあるから、手取りでは同じ位だろう。それを考えると恭二に同情もしたくなる。

「ときどきさ、鷹羽さんに仕返しする夢を見ることがあるんだ。」
「なんだよ?殴り倒したりするのか?」
「いや、鎖でナオミに縛り付けるんだ。そして製品作れ!不良は作るな!材料は無駄にするな!って責めるんだよ。」
「おまえ、それってかなりストレス溜まってない?」
「そりゃ、上司がいいからね」
そういって2人で笑った。

 数日して今度は資材課でなにやら恭二がもめている。どうやらナオミの交換部品の話らしい。
「だからあの型の装置にはそのカッターは付かないんですよ。」
「でも同じ数だけ買ってるのに、このカッターばっかり残るのはおかしいんじゃない?こっちのは2台分なんでしょう?」
「そりゃあカッターの仕組みが違うからですよ。こっちのは3ヶ月毎で良いけど、あっちは毎月交換しなきゃならないんだから」
「だったらもう1台もそういうふうに、替えればいいじゃない」
「そんな事は何年も前から課長に言ってますよ。だけどまだ在庫があるだの、予算がないだの言ってやってくれないんだもの。」
「じゃあ、そういうことをしっかりアピールしてよ。この部品だって馬鹿にならないんだから。それもあなたの仕事のうちでしょう。」
「はいはい。また今度課長に言ってみますよ。」
どうやら購買係の追及を逃れて、部品を手に入れたらしい恭二に声をかけた。
「よう、大変だな。それってナオミのカッターだろう。」
「ああ。またバリが出かかってるからな。交換してやらなきゃ。」
「だいぶやられてたじゃないか?」
「まあな。購買係なんて部品のことなんか何にも判らないのに、在庫の数と値段だけでうるさいこと言うからな。」
「そのうちにトイレットペーパーの数までチェック始めるんじゃないか?」
「あれ、知らないのか?もうやってるんだよ。お前が毎日何メートルペーパーを使うかってことまでチェックされてるんだぜ。」
そう言って恭二は、笑い飛ばしてナオミに向かった。

「ところでさ、品質管理課って3人居るんだよな。お前の先輩の加藤さんってなにやってるんだ?」
「あの人はほとんど自分の机でパソコンに向かってるよ。」
今夜もいつもの居酒屋でビールを前にしている。
「ほんと、お前と鷹羽さんっていいコンビだよな。加藤さんなんて居るのか居ないのか分かんないじゃないか。」
「あの人もね。鷹羽さんのおかげでだいぶ性格が変わったらしいよ。もともとがおとなしい性格だったらしいけど。」
「それはおとなしいじゃなくて、暗いの間違いじゃないか?」
「まあ、そうだけどさ。今じゃ一日中パソコンとにらめっこで、お客に出す品質データとか纏めてるよ。あれでも昔は装置もいじったし、かなり腕も良かったらしいけどね。」
「品質データなんて、そんなに大事なの?製品に付ける保証書なんて誰も気にしてないだろう?」
「あの人にとっては大事なの。そこだけが鷹羽さんに自慢できることなんだから。」
「そうだよな。鷹羽さん、データの纏めとかしそうもないもんな。」
「今じゃ、統計値だのシグマだのって、小難しい事を並べてるよ。」
「そうは言っても、お客が欲しいのは保証書じゃなくてモノだろうに。」
「まあそう言うなよ。誰かがやらなきゃいけないんだから。俺があの仕事をやって、加藤さんに俺がやってるのを代わってもらってもいいんだけど、そんな事はしないだろうな。」
「まあな。お前のやってる事見てると、絶対に代わりたくはないよな。」
「そこまで言うかい?」
「ああ。やれって言われてやったことを、次の日になると文句言われるんだからな。」
「ありがとう。そこまで解かってくれるのはお前だけだよ。」
そう言って恭二は泣き真似をして、それから舌を出した。 

 ナオミは相変わらず月に一度か二度、ヒステリーを起こして不良品を作り続けていたし、その度に恭二は後始末に走り回っていた。鷹羽氏の怒鳴り声も相変わらず社内に響いていた。まるで恭二のための進軍ラッパのようだった。そしてナオミが落ち着くと、鷹羽氏は思いつきであれこれと指示を出し、上手くいったりトラブルを増やしたりが五分五分だった。
おそらく鷹羽氏の思いつきだろう、仕事自体は変わっていないのだが、チェックが増えたりメンテナンスが増えたりもした。確かに不良が出れば、同じことを2度やらないようにチェックするのは当然だ。しかし鷹羽氏はナオミが不良を出すと、リョウコやアキナでも同じトラブルの可能性があると言って、それをやらせようとする。
「なあ。ナオミ以外の装置でここが壊れる事ってあると思うか?」
「まあ絶対に無いとは言えないよな。」
「じゃあ俺は今後1年間壊れない方に、ひと月分の昼飯を賭けるよ。」
「それはずるいよ。だれも賭けに乗らないだろう。」
「どうだい、鷹羽氏に乗らせるってのは?」
「そうそう、あの人B型だって言うから、こういう賭けには乗るかもな。」
「いくらあの人だって、そこまで馬鹿じゃないだろう。」
「じゃあ、なんでこんなチェックやらせるのさ?」
「だから、絶対無いって言えないからだろう。」
「そうだな。俺が宝くじを当ててこの会社を辞める可能性よりは高いかもな。」
そんなことを影で言いながらも、会社からの指示として命令されれば仕事だ。その分、製品の出来高が少なくなっても、やらないわけにはいかない。そして納品数を間に合わせるために残業で生産することになる。


 僕が鷹羽氏と話をする機会が偶然巡って来たのは、会社の忘年会の席だった。全社員揃って週末に温泉旅館で宴会をするのだ。参加者全員でくじ引きで席順を決めるのが恒例だった。80人程の参加者は庶務課の美人の隣
に当って喜ぶおじさんや社長の向かいになってしまって硬くなっている新人などで最初から盛り上がっていた。
そのくじ引きで僕が鷹羽氏の隣を引くと、恭二は僕の方を見て、右手の親指を立ててにやりと笑った。
酒の席ではあるし、酔いも程々にまわってくると、やはり仕事の話や愚痴も出てくる。
「鷹羽さん。なんだかいつも恭二だけ怒鳴られてますね。」
「ああ、私も昔はあんなだったよ。その頃に課長っていうのはもっと厳しい人でな、装置を二人でばらして徹夜したものだよ。」
「でも恭二にしてみれば、無理難題を押し付けられているってみえるんですが。」
「それは無いだろう。私はその時その時の状況で最善と思うことをやってるんだよ。」
「でも、規格外品を出せって言ったり、クレームが来れば『なぜ出した?』って言ったりじゃ、恭二はどうしたらいいのかわかんないですよ。」
「それは、あいつが考えないからだよ。」
「どういう事です?」
「規格外って言っても、実際にお客の処で使えないものと、使えるものとがあるんだよ。お客の機械で実際にはじかれるものならクレームになる。数値だけじゃなくてそういう処も考えて出荷の判断をするんだよ。」
「でもお客だって受け入れの検査もするでしょう?」
「受け入れは抜き取りだろう。10箱の納品で良品を9箱と規格外を一箱出せば、それぞれから1個づつ抜き取って検査して必ず引っかかる。箱の中に1割の確率でギリギリの寸法のものが入っているなら、その隣のものを手に取って寸法を確認してOKになるだろう。あいつはそういう処がまだ甘いんだよ。」
「それって、インチキでしょう? そういう事もしていいんですか?」
「お客だって規格公差を決めるのにギリギリでは決めないんだよ。こちらとの交渉で決まる。向こうの機械が1センチの誤差で動くのに、こちらの製品は2ミリにしろって言ってくる。それは無理だから値段を上げるって
言えば、それなら5ミリでいいって言う。そんなものだよ。」
「そういう事まで考えて出荷してるんですか。」
「ああ。そういうノウハウは、私も何十年もかかって身に付けたんだよ。」
「でも、装置のトラブルは恭二のせいじゃ無いでしょう。とくにナオミはしょっちゅうヒステリーを起こすんだから。」
そう言った時、鷹羽氏の表情が微妙に曇ったような気がした。
「ああ。でも、あいつをお払い箱にするわけにはいかないし、なんとか使っていかないとな。」
「でも、ナオミの不良率は・・・・」
そんな会話の合い間に、鷹羽氏が僕を遮るように声を潜めて言った。
「なあ、大野君。あの装置をニックネームで呼ぶのは、勘弁してくれないか。」
自然と僕の声も、ひそひそ話のレベルにまで落ちる。
「どうしてですか?ナオミっていう名前に何か?」
鷹羽氏はちょっとためらってから、周りの人間に聞かれないように囁いた。
「その名前はな・・・ウチのかみさんの名前なんだよ。家でも会社でもナオミに振り回されているんだから、私の苦労も解かってくれよ。」
なかばジョークのように苦笑いをしながら話す鷹羽氏は、会社で恭二を怒鳴りつけている課長の顔と違って、普通のサラリーマンのおじさんだった。
 その瞬間、僕の中の鷹羽氏のイメージも変わった。確かに会社の立場で指示を出して、無理なことを言う課長なのだけれど、それも役目なんだ。装置を買い換える予算が無いのも、材料の節約指示を出すのも、この人が悪いわけでは無いんだ。きっと家に帰れば、奥さんに愚痴をこぼしたり、尻に敷かれたりする普通のおじさんなんだ。

「大野君。この事は出来ればあんまり人には言わないでくれないか。こんなことを知られると、またみんなに何を言われるか、心配だからな。」
そう僕に囁く鷹羽氏に、冗談のように
「じゃあ、あんまり恭二をいじめないでくださいね。さもないと秘密をばらしますよ。」
と言うと、
「わかった。わかった。約束するよ。」
と、わざと大げさに言って、そのあと二人で大笑いをした。恭二がちょっと離れた席から、不思議そうにこちらを見ていた。

 日曜に降った雪のなごりで、クリスマス間近の街は妙に明るく輝いている。忘年会の週末を過ごし一つ秘密を手に入れた僕は、ニヤニヤしながら週の最初の朝礼に向かった。
「恭二!」
品質管理課の方から、いつもの声が聞こえてくる。
鷹羽課長は今朝も元気だ。

                  了

B型の上司

このストーリーも 中身はもう10年程前の話になります。
いまどきは、社員が全部そろって、温泉旅館で忘年会なんていう話もあまり無いんじゃないかな・・・

鷹羽さんは、ドタバタの原因で支離滅裂な人ですが、本質は悪い人では無いのです。
ただ、自分の仕事の流儀やら、感覚やらが、ちょっと部下の恭二と食い違いが有るだけなのです。

叩き上げの仕事人の流儀とでも言うのでしょうかね。ジェネレーションギャップやら、
当時の商取引の慣例とかの食い違いですね。

こういう人って、どこの会社にも一人や二人は居そうですよね。
(実際にウチの会社にも、このストーリーのモデルになったT課長やその部下のKくんが居ます)

当時は、私もKくんも、課長のやり方に日々苛立って、愚痴をこぼしていましたが、
もう慣れました。(あきらめたのかな (笑))


「マイタウン甲府」というタウン誌が有って、年に一度文芸大賞を載せていたので、それに応募して
佳作になった作品です。挿絵も掲載時のものを使わせて頂きました。
その後、マイタウンも廃刊になってしまったので、(連絡先も判らず)無許可使用ですが、お許しください。

ちょっとでも「居るよね。こういう人。」と思って楽しんで頂ければ、嬉しいです。

B型の上司

僕(時彦)の親友、幼馴染で同僚の恭二の、眼の上のたんこぶは B型の上司 鷹羽課長だった。 日々 鷹羽課長に振り回される恭二の毎日。そして偶然 鷹羽さんの弱点を知ってしまった僕。 会社員の日々のドタバタをコミカルに描く ちょっとハートウォーミングな短編です。 あなたの周りにも こういう人って 居ますすよね (^o^)

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-09-02

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