伊右衛門の一日

まだ途中です、気が乗ったら書きます

Prologue#18Z465822猫&朝#82C923416女子中学生

 Prologue#18Z465822猫
 
 炬燵で寝ると風邪を引く、なるほど意味がわかった。
昨晩は哲也と一緒に炬燵でくつろいでいたのだが、哲也は火事にならぬよう、と考えて炬燵をしっかりと切って自分の寝床についたみたいだ。
迷惑な話だ。
私が炬燵で寝ているではないか。多少の寒さでは風邪など引きはしないのだが、今朝の冷えは格別だ。
そういえば先ほどから気になる音がするではないか、窓に細かい砂を投げつけている輩がいるのだろうか。
炬燵の外に出るのは億劫だが、非常にきになるのである。
炬燵の外はまるで冷蔵庫の中のような冷え様だった、それも窓に近づくたびに一度ずつ気温が下がっているような気がする。
窓の外を覗いて合点がいった。あゝなるほど、これは冷える訳だ。
今日は週で二日目だったか、哲也は勤めに会社、美雪は勉めに学校とやらに行く日だったか。
身を翻し炬燵に目をくれるが、あの冷え様では再び寝ることは難しいだろう。
そうだ、美雪の温い布団で寝るとしよう。

 朝#82C923416女子中学生

けたたましいベルのフルオーケストラとともに一日は始まる。私は朝が弱い、前日にいくら早く床に就こうとも、すっきりとした爽やかな目覚めは私には無縁だ。
ひとつ、またひとつベルの音が重なり旋律を奏でる。
五つ目の目覚ましが主旋律に加わろうとしたその時に右手に鈍い痛みが走った。
「痛い痛い、止める! 止めるから! 」
 伊右衞門があんぐりと右手の甲にかぶりついていた。目覚まし時計をすべて止めると、やっと痛みから解放された。
右手の甲にくっきりと歯型が浮かび上がってきた。歯形を付けた張本人は、もう既に私の布団にもぐりこみ二度寝を開始していた。
「痛ぅ、そんなおもいっきり咬むことないじゃん」
恨めし気に布団を睨みつけるとそれに答えるように、キジトラの尻尾がひょろんと布団からはみ出た。
渋々ベッドから這い出たはいいが、この寒さは尋常じゃない。
未だにはっきりしない頭と、ジンジンと痛む右手と、まるでスケートリンクのような床に堪えつつ、雨戸を一気に引き上げると、眩い朝の閃光と一面雪化粧に覆われたファンタスティックな景色が視界に飛び込んできた。
小学生の頃の私だったなら、この光景に歓喜し、他の誰よりも早く足跡を付け、雪を頬張りに行く支度をしたに違いないだろうが。中学二年生の私は雪を頬張りに行く支度をするどころか、このファンタスティックな光景を視界に入れた瞬間に憂鬱がこみ上げてきた。私は大人になってしまったのだろうか。
ファンタスティックな冷気を遮断すべく、窓をぴしゃりと閉め、憂鬱の権化のような制服を纏い、学校に行く支度を始めた。

リビングへ下りると朝食は既にできていた、今日の朝食はトーストとたくあんとみそ汁だ。
お母さんが朝のニュースを見ながら珈琲を啜っていた。
「あら、今日は早いじゃない、雪で遊ぶつもり?」
「嫌だ寒い、伊右衞門が目覚まし止めろって」まだほんのりと痛む右手の甲を見せた。
「ああ、痛そうね」歯形を一瞥すると、私のマグカップに珈琲を注いでテレビに顔を向けた。
『首都圏では大雪が降り――』トーストを頬張りながら、私もテレビに顔を向ける。
『関東の多い所で積雪は――』そういえば去年の今頃も同じようなニュースを耳にした覚えがある。
「お父さん、仕事いったの?」お父さんの席はもう既に食器は片付けられていた。
「もうとっくよ、去年大遅刻して懲りたんじゃない?」一口珈琲を啜って、リビングの壁に掛けてある時計をふっと見て。
「折角早く起きたんだから早く学校に行きなさい、雪が積もっているからいつもの遅刻ギリギリの時間に出ていったら間に合わないじゃない」
「全然遅刻ギリギリじゃないもん」
「いいから早く行きなさい」
トーストをかじってみそ汁で流し込み、たくあんを四切れ一気に口に頬張った。

朝#姉&学校#82C923416女子中学生

朝#姉

「いってきまーす」
ああ、美雪が学校に行く時間か。それにしても今日は美雪も父さんも家出るのはやいなぁ。
「おうおう伊右衞門いらっしゃい、私の部屋に来るなんて珍しいなぁ」この家で唯一の喫煙者である私の部屋にはなかなか来ないのだが、どういう風の吹き回しだろう。
「にゃぁー」と、ひと鳴きしセラミックヒーターの前を陣どり、早速昼寝を始めてしまった。

やあやあ、どうもこんにちは、またはこんばんは、私の境遇について。いや、私は何者なのかが気になるだろう。
察しの良い方々は私が美雪の姉にあたる存在であることはお分かりいただけただろうか。それでは何故唐突に、私が語りかけたかそれについての疑問が浮かんでくるだろう。
理由は単純だ、存在を誇示したかったから。一応、というか私は生きている、確実に存在している、ただの作品上の人物として作者の都合の良いように動くコマではなくね。
では、この物語は一体誰が綴っているのか。それでは私は誰かの作品上の一キャラクターとして誰かに創られた存在としようか。事実そうであるかもしれない。
だがあなた方の生きている世界のあなたという存在もまた、誰かに綴られている作品上の人物である可能性、それを否定できるだろうか。宇宙の果ての果て、宇宙の隅、境目、宇宙の外はどうなっているのか、そんな事をニート歴三年の私は考えることがある。
もしかしたら宇宙の外の世界に私たちと同じ生命体がいて、その生命体があなたたちの物語を綴っていて、その通りにあなたたちが生活しているかもしれない。
要するに私は確かに存在して、生きていて、これを読んでいるあなたに、私が自分の意志を持って語りかけている。
と、いうことで私はこの物語を綴っている者に反抗してみようと思う。
「何もしなければ、面白くないだろう?」
とりあえず私はポケットに煙草とライターをつっこみ、伊右衞門様に配慮すべくベランダに出た。
「さびぃ、さびぃさびぃぃ」
部屋着で雪の降り積もる世界へ降り立つのは愚の骨頂だった。しかし折角重い腰を上げて表に出たのだから、いったん戻って上着を羽織るのもめんどうだ。
煙草をくわえて愛用のライターで火を付けた。全身が寒さで微弱な電流を流されたように震えているが、それに堪え深く深く煙を吸い込んだ。改めてベランダからの景色を眺め、紫煙をゆっくりゆっくり燻らした。
「あまり上品な雪じゃないな」
去年の雪はもっとお淑やか、というか控え目だった。今回の雪はなんだか親の敵を取るような雪、そんな感じ。
火が根元に近付く頃にはすっかり身体の芯まで冷え切っていた。
部屋に入りセラミックファンヒーターの前に鎮座していた伊右衞門を膝に乗せ、芯から冷え切った身体をじっくりと温めなおす。
私が高校三年生だった時の冬、私はセンター試験に向けて必死に勉強していた。
特にこれと言って行きたい大学があったわけでもないし、将来なりたいものがあったわけでもない。
結果は世間一般でここに入れば就職は間違いなくできるであろうと言う大学に、三校ほど内定を頂いた。両親は心から喜んで祝福してくれたし、学校でも初の快挙だったらしく、進路の先生方からも手厚い祝福を受けた。
しかし私はすべての大学を蹴った。理由は自分のやりたいこともはっきりしていないのに大学に行っても仕方がないと考えたからだ。
両親からは酷く怒られたし、生活指導室に連行され進路の先生方に囲まれて再三に説得を受けたが私の意志は揺るがなかった。
浪人一年目、両親をやっとのことで説得し、私はいろんな所を放浪した。それは北海にいってみたり、鹿児島に行ってみたり。台湾やアメリカにも行った。
自分探しの旅、私が何になるべきかを探す旅。結局それは無駄だった、自分が何であるか、それどころか私が何になるべきか、そんなものは微塵も、一欠けらもみつかりやしなかった。ただ両親が私の進学のために貯めていたお金を浪費しただけだった。
浪人二年目、私は我武者羅に本を読み漁った。古典文学であったり、自己啓発書であったり、哲学書であったり、ただひたすらに私は本を読んだ、本を読むことは嫌いではなかった。
知識は増えた、それでもなりたいものはみつからなかった。ここまで来るとさすがに自分の願望のなさに呆れた。
しかしやりたいことはみつかった。本を読みたい、ただそれだけ。
ここまで来るとただのわがままだった。働きたくない、ただ本を読んでいたい。
 浪人二年目の冬頃だっただろうか、ついに両親が痺れを切らし家からの退去命令を勧告された。
では何故今こうしてこの家に暮らせているのか、それは美雪のおかげだ。一晩中説得してくれたらしい、らしいというのは当の本人、私なのだが。
退去命令を勧告された五分後には自室に戻り、ブラウザに「安い アパート」と入力し、呑気に物件を探していたのだ。
出来のいい、可愛い妹のおかげで難はなんとか去ったのだが。私をこの家に置くにあたってふたつの条件を提案された。
ひとつ、掃除洗濯炊事はすべて自分で行う事。ふたつ、生活用品光熱費諸々の経費を支払う事。
因みにそれ以来、美雪と伊右衞門以外の家族とは一切会話は交わしていない。日常生活もなるべく両親とは顔を合わせないようにしている。
さて、セラミックファンヒーターの前に座っただけなんだけどな。どうやらこの物語を綴っている人は、私の記憶を引っかきまわしてるみたいだね。
頭の中でここ三年間の記憶がぐるぐる回ってる。この物語を綴っている者に反抗しようと思っていたんだが、どうやらそれはかなり難しいみたいだ。
私の膝の上に乗っている伊右衞門をそっとおろし、ベッドにもぐりこんだ。
「寝てしまえば、何も綴れないだろう?」
意識が徐々に沈み込む、ゆっくりゆっくりと。そしてテレビがきえるように……

学校#82C923416女子中学生

いつからなのだろうか、他人と関わるのがこれほど面倒にに感じるようになったのは。
「おはよー、みー」
「おっはー、さむいねー」こんな当たり障りのない挨拶すら面倒。
「ねーねー、聞いてよー」
このフレーズに続く会話はより一層めんどっちい。
「えー、どうしたの」って言っとくけど別に聞きたくない。
「昨日さっちーとたっちゃんとみゆとでオールでカラオケだったのねー、そしたらたっちゃんゲロってやがんのー」
「ゲロるってどういうこと、物理的に? それとも浮気相手の事でもゲロったの?」
「えっなになに、みーってもしかしてエスパーなの」
「えっ、物理的にリバース? たっちゃん酒でも入ってたの?」
「ちがうよー、酒も入ってたけどー、みゆの前でたっちゃん浮気相手の自慢話べらべらしやがったの」
「うっわ、たっちゃんさいてー」
「そんでね――」
適当に相槌と同意の意見を混ぜながらそれとなく会話を成立させる。っていうかお前ら未成年じゃん……。
一時間目の始まりを告げる鐘が鳴り、心にぶら下がった二十五グラムの鉛が外れる。
別に今の私に友達なんてものは必要ない。友達ってきっといつか役に立つんだろうな、なんて打算的な考えの所為で日々、心に二十五グラムの鉛を心にぶら下げながら生活している。
友達って役に立つのかな。
恋の相談とか、趣味の話をしたりだとか、可愛いアクセサリを褒めてもらったりだとか。今の私にはこれらのすべてが不要だ。恋の相談とか、そもそも彼氏なんていう六十グラムちょっとする鉛を心にぶら下げるのなんてまっぴらごめんだし。
趣味の話だって、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』だとかルイスキャロルの『鏡の国のアリス』の原文が好きな女子中学生なんてみたこともないし。可愛いアクセサリを褒めてもらっても、べつに嬉しくもない。
けど、そんな二十五グラムくらいの友達もそのうち役に立つような気がするんだ、なんとなくね。
こんなに必要だと思っていないのに、小さな棘みたいにそのうちに役に立つって薬指に刺さってとても鬱陶しい。
一時間目は理科の授業だった。体格のがっしりとした中年の男性教諭が黒板に物凄い勢いで化学式や解説を書き殴っている。
この先生は黒板に向かってひたすら話しかけながら授業を進めるタイプの人だ。
周りを見渡してみると早速、机に突っ伏して惰眠を貪っている人がちらほら。それじゃあ私も、ペンを机の端に添えて机に突っ伏した。先生の声がだんだん遠くなってきて、そして……

昼#65A2131728父&学校#82C923416女子中学生

昼#65A2131728父

「あー、高島くん珈琲をお願いできる?」
窓際族の特権、忙しなく働く人々を横目に珈琲を啜りながら眺める。別に面白かぁないけどね。
今朝は雪の所為で電車は二時間の遅延、雪に足がはまってしまって盛大に転ぶ、などなど散々な目に遭ったが、なんとか会社には遅刻せずに到着した。
勤務歴二十一年、入社したころはバブル真っただ中、何もしていないのに内定が決まっていた。大学は四年間、酒盛りと麻雀の日々だった。
こんなにも適当な人生を送っているにも関わらず、家族を養えていることにたまに疑問になる。人生なんとかなるもんだなぁ。
ところで最近、悩ましき懸案事項がある。それは、今年二十一になる長女が浪人三年目に突入したにもかかわらず、自室に引きこもっているという案件だ。
一昨年の冬に家族会議を開催し、今後の長女の処遇については再三の二女の説得により軽微なものに決定したのだが。
それでも納得がいった訳ではない。だいたい「やりたいことがない」という理由で大学に行かないなどと言う思考回路が理解できない。
やりたいことなど大学で見つければいいではないか、四年間はそのためのものであるのに。
「課長、珈琲入りましたよ」
「あぁ、ありがとう、そこに置いといて」
 極論を言えば、別に大学に行かなくたって構いはしないのだ、就職したりだとか、嫁にいったりだとか。将来、いい暮らしてくれればそれでいいのだが……。
 一口、珈琲を啜った。普段よりも苦く感じたのは、あの給仕がインスタント珈琲の分量を間違えたからではなさそうだ。

 学校#82C923416女子中学生

 騒がしい。
 「みー、おーはよー、お弁当の時間だよー」
視界が徐々に戻って。
「爆睡だったねー、二時間ぶっ続けでおやすみなんて、昨日遅かったの?」
 身体がだるい。ひとまずうんっと伸びをして、こみ上げてきた大きな欠伸をすませた。
「いやぁ、別に遅かったわけじゃないはずなんだけどな」
昨晩はいつも通りに十時に寝た。普段も居眠りはするんだけど、二時間もぶっ続けで居眠りをしたのは中学校生活で初めてのことだった。
「体調悪いんじゃないの、大丈夫?」
「うん、別に大丈夫、ご飯食べよっか」
他愛もない話、くだらない話を聞きながら黙々と箸を進める。今日のお弁当はからあげとハンバーグだ。
「ねーねー、学校終わったらカラオケ行こうよ」
「えー、昨日行ったんじゃないの?」
「そうだけど、なんか歌い足りない、みたいな」
「なにそれー、別にいいよ、ならあそこ行こうよ、ちょっと遠いけどあの新しくできたとこ」
「あぁ、私も一度行ってみたかったんだよねー」
お弁当を平らげて、雑談に興じる。あれ、なんか変だな。いつもは友達との会話なんてむっちゃめんどいだけだったのに、なんか楽しい。
 まぁ、そんな日もあるよね。

 と、言うわけで放課後、新しくできたカラオケに来た。親には友達の携帯を借りて遅くなる事を伝えたので、心おきなくはしゃげる。
「みー、何飲むー」
「ん、ウーロン茶お願い」歌う時にはウーロン茶が一番いい、ジュースだと喉がいがいがしちゃうから。
「あいあいさー」
 友達がインターホンで注文をしている間に、早速喉慣らしのための曲を入れる。
「みー、歌うまいねぇ、高校行ったらバンド組めば? 」
「あっはは、そんなことないよ」喉慣らしの一曲目を気持ちよく歌い切り、友達のあまり上手でない歌を聞きながら、次に何の曲を入れるかデンモクと睨めっこ。
「お待たせしましたー」丁度、曲のサビに差し掛かったところで店員さんが飲み物を運んできた。店員さんって、毎回サビの所を狙って飲み物を運んでくるんだろうか。
「レモンサワーのお客様」友達が控え目に歌いながら、軽く手を振る。
「ウーロンハイのお客様」二人しかいないし別に確認なんかしなくてもいいと思うんだけどな、接客業って大変だな。
 店員が去り、友達が二番目のサビを気持ちよく熱唱し終わった。私も本気を出すべく十八番の曲をデンモクに打ち込んだ。
「なんで店員さんって、いいところで飲み物運んでくるんだろうね」あんまり上手でない歌を披露し終わり、飲み物をグイっと。
「さぁ、実はエスパーだったりして」
「あっはは、ありえるー」
私のお気に入りで十八番の曲。去年の紅白に出た人が歌っていたやつ、ドラマの主題歌にもなってるとかなんとか。歌詞はなんか雪っぽいかんじ。
「すなーおにーなーれないならー、よろこびもかなしみもー」サビに近付くにつれて高ぶるんだよね。友達はさっき来たばっかりの飲み物を速攻で飲みほしたらしく、インターフォンで次のオーダーをしてる。
「よろこびもーかなしみもーむなしい、だーけー」
あー、気持ちよかった。少し喉に負担がかかる曲だけど、歌い終わった後の爽快感はそんじゃそこらの曲では味わえない。
喉を潤すべく、ウーロン茶をグイっと一気にあおった。
なんか、味が違う。喉がぽっかぽかする。
さっき店員さん、ウーロンハイって言ってたような気がする。
「ねぇねぇ、これお酒?」
「あっはは、みーやっと気付いたかー」なんの悪びれる様子もなく言い放った。
「未成年がお酒なんて良くないよ」そもそも、どっからどう見ても中学生なのに店員が年齢確認しないってどういうことなの。
「酒は万病の薬っていうじゃん、それに今日は寒いし雪積もってるし、身体の内側からあったまった方がいいよ」
「えー、んー、まぁちょっとなら大丈夫だよね」お酒なんていつもは断固として突っぱねるのに、今日はなんだか飲んでもいいような気がした。
 「そーだよー、ほらーぐいーっとぐいーっと、みー、次何飲む?」
 「えっと、一緒のでおねがい」
 「ああ、ちなみに飲み放題だから、お金の心配はしなくて大丈夫だよ」何時の間にそんなの付けたんだか、まぁいっか。たまにはハメはずすのも必要だよね。
 
 結局、十二杯くらい飲んでた。
「え、みーちょっと飲みすぎじゃない?」
「だーいじょうぶだよぉー」
「なんか全然大丈夫そうに見えないんですけどー」
 気分はすこぶる快調、ただちょっとだけ世界が周っていた。きっとアルコールで感覚が研ぎ澄まされて、この身体で地球の自転を体感してるんだね。
「ねぇー注文してー」
「もうやめときなってば、お家帰れなくなっちゃうよ」
 全然酔っ払ってないのに、大丈夫なのに、そんなに心配しなくて平気だってば。
「もうそろそろ帰ろっか、そろそろ親も心配するだろうし」
「別に心配してないと思うんだけどなー」
座っていた時は地球はあまり周っていなかったのに、立ったらなんだか周るのが速くなった気がする。
 会計の時に店員さんが心配そうに見てきた。全然大丈夫、だーいじょうぶ、だいじょーぶいっ。
 お外に出たときは、そりゃもうすごかった。
雪がどばーってどばーってね。あっはっは。
「みー、本当に大丈夫?」
「だーいじょうぶだよ、もぅ、さっきからしつこいなぁ」
「だって、まっすぐ歩けてないよ?」
「あるいてまーす、わたしはーまーっすぐあるいてますよー」地球の回転なんぞにまーけるものですかー。
 「んー、私家の方向あっちだから、本当に気をつけて帰ってね」
「わーってるわーってるってばー」
「それじゃあ、また明日ね」
むっちゃ心配性だなぁ、私のお友達はー。
「あいあいーさー、まったあしたねー」
 さてさて、それではお家に帰りますよー。ざっくざくっとー、雪を踏みしめてー、お家に帰りますよー。
 あれー、おっかしいなー、お家こっちのはずなんだけどなー。あれっ友達がいないよ、ひっどーい、置いてかれちゃった。
 その時、目線を何か白いものが横切った。雪にカモフラージュされてとても見えにくいけど、そこには白いうさちゃんがいた。私のことを真っ赤なくりくりしたおめめでじーっと見てる。
「おいでおいでー、たべちゃうぞー」忍び足でそーっとそーっとにじり寄る。
「まずい! まずい! 遅刻だぁ!」うさちゃんは急いで走り去ってしまった。
「うーん、見失っちゃった、穴に落ちるはずだったのになぁ」まぁいっか、ところでなんだかとっても、とっても眠くなって。
あ、ふわふわ綿菓子が降って……

夜#姉

夜#姉

 父が私の部屋のドアを蹴破るようにして入ってきた。悲痛な面持ち、無言。
 「美雪が――」よく聞こえなかった。
いや、私自身がその言葉を聞こえないように、自分の意志で消し去ったのだろう。
 「え、なに?」再び父が口にする。今度はちゃんと聞こえた。その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。頭の中に白いものが注ぎ込まれたように思考が止まった。
 
 沈黙、エンジンの唸り声だけが父の運転する車内に響く。向かう先は病院だ。
病院に到着し、美雪に会った。もう話もできなくなってしまった、冷たい美雪に。
 個室に通され、医者は詳細を口にする。美雪が泥酔状態であったこと、そして極寒の雪中に眠ってしまい、そのまま体温が奪われ死に至ったと。
右から左へ、脳内の鼓膜を刺激する医者の言葉、意味までは汲み取れなかった。
父はこれから諸々の手続きをするために何処かに行ってしまった。母は体調を悪くして一旦家に帰るらしい。美雪のそばにいるのは私だけだ。
 静かに眠る美雪の傍らに、私はふつふつと怒りがこみ上げてきた、他の誰でもない、この物語の綴り手に。

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「やあ、気分はどうかな」
「え、ここは何処ですか」
「何処でもないかな、答えるとすれば、ページ二十八、行三、列八だよ」
「よく意味が分からないんですけど」
「意味が分からなければ分からなくてもいいよ、君の物語は終わったんだ、正しくは僕が終わらせたんだけどね」
「それってどういう事ですか」
「君は死んだっていう事、覚えてるかな、泥酔して雪の中で寝ちゃった事」
「ああ、そういえばそうでしたね」
「なるべく辛い死に方にならないように配慮したんだよ」
「貴方は誰なんですか」
「君の物語を綴っていた著者だよ」
「ちょっと全然意味が分からないです」
「あっはは、そうかい、じゃあもっと簡単に例えるとすれば、僕は神様でここは天国だよ、これで理解できたかな」
「なるほど、わかったような気がします、それで神様は私になんの用ですか、そもそも私は本当に死んだんですか」
「なんとなく君とお話をしたかったから呼んだんだよ、ああ、それじゃあ君の身体があるところを見せてあげよう」
 
二十七ページ七行目、暗唱。
 
「ああ、丁度君のお姉さんもいるね」
「私だ…、お姉ちゃん……」
「これでわかったかな、っとなにか悲しい事があったのかな、涙なんて浮かべて」
「なんで…な、なんで私が死ななくちゃいけないんですかぁ…」
「なんでかなぁ、気まぐれ? 違うなぁ、面白くさせるためかな」
「私が死ぬと……、誰かが面白くなるんですか…」
「まぁ、恐らくね、それは誰かが読んでみなくちゃ分からないかな」
「誰かが…読むってどういう事ですか」
「んーっと、ちょっと説明が難しいな、君はある物語の中のキャラクターだったのね、それでその物語を綴っていたのは僕、それで当然物語なんだから誰かが読むんだ、君が本を読むみたいにね、理解できた? 」
「若干…」
「さっきから君が質問してばっかりで、もう僕は疲れたよ、そろそろ僕が君に質問していいかな」
「なんですか……」
「君は、何かやりたいことがあるのかい」
「別に…、それを探している最中でしたから」
「だらだらと探して見つかるものかな、君もお姉さんみたいになってしまうんじゃないのかい」
「そんな…ならないですよ」
「いいや、なるね」
「何で決めつけるんですか」
「僕は君に何度もチャンスを与えたはずだよ、君の興味の持っていた部活、あれは文芸部だったかな、お友達が君を誘ってくれたでしょう、何で入らなかったんだい」
「家で本を読んでたほうが有意義と感じたからです」
「ふん…あぁそう、で、君のその家で読書する日々っていうのは充実してたの」
「はい、充実していました」
「目的をもって日々を生きている人たちはね、物語を綴っていてとても楽しいんだけどね、君みたいに何の目的もなく、目的を探す努力もせず、そんな人の物語を綴っていてもなんの面白みもないんだよ、きっかけを作ろうにもそれを君はことごとくスルーを決め込む、僕は君の大まかな道筋は綴れるけど、君の意志までは綴れない」
「私の人生なんですから、なんであなたにとやかく言われる筋合いがあるんですか」
「君の人生は僕の綴る物語だ」
「はぁ…、世界中のいろいろな人たちも私みたいに誰かに操られて生きているんですか?」
「操られてる、ね、あながち間違ってはいないけど言葉に出されると気持ちいいものではないね、まぁ例外を除けば君の住んでいる世界の人たちはすべて誰かに操られているよ」
「そうですか…、ところで例外ってなんですか」
「あぁ、極々稀なんだけどね、物語を綴っている人が君たちの世界に入りこんでしまうんだ」
「そんな事ができるんですか」
「まぁ一方通行だけどね、一度世界に入ってしまったら、もうその世界からは出れない、まぁ世界に入り込んでも物語自体は綴れるから、実際に体感しながら物語を綴りたいって人たちが入りこんじゃうんだよね」
 「物語を綴る人が、世界に入りこむとなにかまずいんですか」
「外の世界から物語を綴ってる人の邪魔になるんだよ、なにぶんコンタクトが取れないからね、それで物語の中で好き勝手されちゃうと物語の進行に支障が出ちゃうってことさ」
「なんで物語の世界に入っちゃうんでしょうね」
「そりゃあ、自分で作ったキャラクターを愛してしまったりだとか、そういうパターンが多いと思うよ」
「なんかロマンチックですね」
「そうかね、こちとら迷惑極まりないからやめてほしいよ、さて、こんな話をするはずじゃなかったんだけど」
「えぇっと…これから私はどうなるんでしょう」
「そう、それなんだけどね、君はどうしたい? 生き返ってみるか、やり直してみるか、違う人に生まれ変わることもできるよ」
「えっと、あなたの傍にいてもいいですか」
「おぉっと、そいつは告白かい」
「違いますよ、あなたの近くにいればいろいろな物語が見れそうだから……」
「ふん、まぁ別にいいよ、またレアなケースだよ君は、六人くらいここに呼んだんだけどみんな生き返りたい、だとかやりなおしたいって人が大半だったよ」
「生き返っても、やり直しても、私はどうしょうもないから」
「そうかい」
「はい」

伊右衛門の一日

伊右衛門の一日

宇宙の外がどうなってるか気になりますよね、別に哲学じゃないですけど。 宇宙の外のことを考えていると不思議な気持ちになりますね。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. Prologue#18Z465822猫&朝#82C923416女子中学生
  2. 朝#姉&学校#82C923416女子中学生
  3. 昼#65A2131728父&学校#82C923416女子中学生
  4. 夜#姉
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