悲しい恋はもうしません

金曜日

 恋は人を美しくし、人の人生を豊かにする素晴らしい事の一つだと私は信じている。
沢山の恋は人を成長させ、最終的に自分の暖かい場所を見つける事が人生の大きな
目標であり、夢の一つだと思っている。

 幸せな恋は、明るい未来を恋人達に想像させ、幸せへと導く。
 一方辛い恋は、出来ればしない方が良い。でも、出会いは突然やって来るもので、仕方ない恋に
流されてしまう事もある。私はずっと前からそれを知っていた。
 
 金曜日、私はスーパーで買い物を済ませ、仕事から帰宅し、
肩から下げた黒い革のショルダーバックから無造作に入れておいた鍵を探した。
そして冷たい鍵をつかみ、分厚い鉄のドアの鍵穴に差し込んだ。

 鍵を開け、丸いドアノブを回すと、
 「キー。」
 12年経過している鉄で出来たクリーム色のドアは耳障りな音をたて、ゆっくりと開いた。
 「今日はどうもドアがいつもより重たい。」
 ドアを開けると、玄関と廊下には段差は無く、私は小さな玄関で靴を脱いだ。
そして、そのまま足早にダイニングのテーブルの上へスーパーの袋を置いて、もう一度、玄関を見渡した。

 何故だろう、嫌な予感がした。時計の針は、午後6:30。

 今日の夕食に私は、クリームシチューを選んだ。私は、特に寒い日はクリームシチューと決めていた。
 12月も後半のクリスマス前の東京周辺は、日中と夜の温度差が激しく、夜になると凍える程で、歩くのも辛く感じだ。 
 その日も私は、「今日はクリームシチューだ」と決めて、駅前のスーパーで人参、じゃが芋などの重たい食材を買って来た。
でも以前から、クリームシチューを作った日には良い事が無かった。
必ず嫌な事があった。私はそう思いながら、過去の事を振り返った。
 あの時も、私は、クリームシチューを準備した。

 当時、私には恋人がいて、一緒に暮らし始めて7か月が経とうとしていた。
 普通の古い鉄筋コンクリート造りの3階建てマンションを二人で見つけて、私、彼そして私の猫と
ひっそりと、一緒に暮らしていた。
 
 日々の暮らしは質素な物で、平日は毎日家で食事の支度をして、テレビドラマを見ながら一緒に食べた。
彼もあまり外食は好きじゃない方で、文句も言わず私の作った食事を食べてくれていた。
 
 私は32歳、離婚歴有り、上場企業のコンピューター関連会社の会社員で、特にこれと言った特徴も無く普通の女性。
 一方彼は、46歳、地元では2代目の地主である。以前は商店街の理事長も務めた人で、所謂地域の中心人物。
今現在、その町の商店街が栄えたのも、当時彼の努力による物だとその商店街でBarをやっているマスターに
聞いていた。このマスターと知り合ったのも、彼とマスターが元々の知り合いで、二人でBarへ行った時に紹介してもらった。
 Barのマスターはとてもユニークな人でコンピューターのマックと、猫と酒を愛する人だ。
 Macの同好会が数回Barで開催されていたが、私はその様子をマスターのWebサイトで見ただけで、
結局参加出来なかったが、今でも一度参加してみたかったと心に残っている。

 私は夕食の支度をする為に、着替えをして、ジーンズのポケットに携帯を滑り込ませた。
 「もしかしたら急な残業かも知れないし、飲み会がある事を忘れていたのかも知れない。」
色々な事を考えながら、夕食の支度をしていたが、ふと時計を見た。
 
 時間は既に午後7時を過ぎていた。電話も掛かって来ない。やはり、嫌な予感がした。

 ご飯のタイマーをセットして、煮詰めていた鍋の火を止めた。そして知り合いのBarの
マスターに電話を掛けてみた。
 いつもならそのBarは午後6時にマスターがやって来て、準備を始め、
7時にはのんびりと,お客を待つとてもこじんまりしたBarだ。
 
 10回程コールをしてみたが、出ない。仕方ないので留守電に又連絡すると
メッセージを残し、携帯をテーブルに置いた。時間は午後8時。
 彼もまだここには戻って来ていない。
 
 何故私はこんなに不安を感じているのだろう。最近の彼には特に変わった事は無かったはず
なのに、どうして突然電話もしないで、帰って来ないのだろうか。
 昨晩も一緒のベッドで眠りについて、今朝も一緒に起きて、仕事へも一緒に出掛けたが、
彼はいつもと同じ様に笑っていた。ただ、最近一緒にベッドで横になっても、
何も会話は無く、数分で彼は寝息を立てていた。

 確かに昨晩もそうだった。
 会話は特に無く、週末の予定もまだ何も決めてはいなかった。
 
 彼が私と住み始める事を決めて、この7か月間、私達はずっと一緒だった。週末も二人でどこかへ出掛け、
時間があれば一緒に過ごした。もちろん一緒に住んでいたので、生活感は少しずつ感じる様になり、
毎日が新鮮という訳では無かったが、私は幸せだったし、彼もこの生活を楽しんでいると思っていた。
 
 もう一度、Barのマスターへ電話を掛けた。午後8時30分、
 「はい、もしもし」
 やっと電話に出てくれた。私は安堵感に包まれ、マスターに全てを話した。
 
 「まだ彼が帰って来ないのだけど、そちらの方に帰って来ていると思う?」
 「あー、それは分からないな。店に来る途中では見てないけど、
どうする?今から店に来る?店にはずっといるから、来て確認してみると良いよ。」
  
 マスターは、いつも私に優しかった。
 私と彼の事情も良く知っていたが、いつも彼に対して、疑問を持っていた。

 「本当に家を捨てるなら、どこか遠く、誰も知らない場所で一緒に始めた方が良いよ。
これでは中途半端でしょ。彼には家族も居て、その家族は直ぐ近くに住んでいるし、
いつでも携帯には連絡出来る環境だし、何かおかしいでしょう。
本当に彼があなたを愛していて、ずっと一緒にやっていくと決めたなら、
誰も知り合いがいない環境で、二人の生活を始めるしか道は無いのだよ。」

 マスターの言葉はいつも私に、何が正しいのかを問いかけていた。
私と彼の関係は、最初から間違っていて、それが分かっていて進むなら、覚悟しなさいと教えてくれた。
 
 私の脳は、その言葉は知っていたが、理解する事を拒んでいた。

 誰も知らない場所、誰にも知られない場所、それはどこだったのだろう。

 「今から家を出るので、お店には9時には着くと思います。今から行きます。」
 「分かった。待っているよ。」
 マスターはそう言うと、電話を切った。私が動揺しているのは100%分かっていて、それでも
優しい言葉を掛けてくれる。優しい人もこの世界には居ると思うと、不安だった私の心も少しだけ落ち着きを取り戻す気がした。 

 私はファックスからA4サイズのコピー用紙を取り出すと、それを二つに折って、それから太いペンでメモを書いた。「直ぐ戻ります。」
 もしも彼が戻って来ても、私が居ない事を心配しない様に、文字を目立つように書くと、
テーブルの上に置いた。
 それから、もう一度履いていたジーンズからスーツに着替えると、無造作に置いていたショルダーバックを肩に掛け、小走りで玄関を出た。
今日はこのドアがやけに重く動きが鈍く感じた。そして鍵をかけ、Barへ向かった。
 
 「これからは、ずっと君と一緒にいるよ。」
 ずっと彼の言葉が私の中で問いかけていた。
 
 7か月前に一緒にアパートを探した。そして引っ越しをして、一緒に家具も買った。週末には大抵外出をして映画を観たり、お酒を飲んだり、
7時頃までは外で遊び、家に帰ればお風呂にも一緒に入り、その後は一緒にパソコンをして地域のニュースや、
行事を検索したり、仕事の話で盛り上がった。彼はいつもウイスキーの水割りを2杯飲んだ。

 私は思っていた、本当に普通の生活をしていたと。そして私は、幸せだった。
 「これからは、ずっとあなたと一緒にいられるね。」
 
 私は、彼との出会いから、今までの事をずっと考えながら、駅に歩いて向かった。
 
 南武線の駅は夜になると妙に暗く冷たい感じがした。長いホームには屋根が半分の位置まで伸びているが、
私は屋根の無い場所に立った。ホームからは駅に併設されている自転車置き場が見えて、誰が倒したのか、
全ての自転車が斜めに将棋倒しになっていた。そして、おそらく下り電車で帰宅して来た人だと思うが、将棋倒しの自転車を直している人がいた。
 
 ホームで電車が来るのを待った。やはり今日は冷える。
 「もうすぐクリスマスだから、冷えて当たり前か。」と、自分に言い聞かせながら、
横に居たカップルを見た。とても楽しそうに見えた。でも、何も問題無いカップルなんて、
この世界にいるのだろうか、きっとみんな色々悩みながら、一緒にいるのだろうなと
思った。

 「川崎行き…10両編成で…」と、駅のアナウンスが流れ、電車がホームに
入って来た。この時間の登り方面は、あまり人も乗っていない。週末で中途半端な時間だ。
 私はほんの少し、乗るのを躊躇った。
 
 何が本当で何が嘘なのだろうか。
 
 午後8時40分、私は電話に乗り込むと、近くの席に座り、大きくため息をついた。
 

木曜日

 僕は数年前から体力作りの為、自転車に乗っていた。友人の勧めもあって今では
アマチュアの競技にもたまに参加をして、楽しんでいた。
 実年齢は46歳になったが、まだまだ若者には負けない、と思っていた。
 仕事は知り合いが開設したインターネットプロバイダの会社へ少し出資をして、
役員になったが、小さい会社の為、雑務も熟さなければならなかった。
 昨今、インターネットが巷ではブームとなり、スピードが遅いモデムからISDN、またはADSLへ
回線が高速化してきて、こちらも仕事であるサポートが結構忙しくなりつつあった。プロバイダとしても
高速回線対応にしなければいけないし、お客様には設定方法を説明する必要があった。日々多忙では
あるが、少し時間が空くと、僕はインターネットで色々なページを見てコメントを残していた。


 彼女を知ったのも、半月程前に、彼女のWebサイトを見つけてからだった。
 ふと彼女のページに目が留まり、日記のページと分かった。
 
 内容は日々の仕事での疑問点や人間関係を面白おかしく表現された日記であった。もちろん彼女が
どこに住んでいるとか、どの会社に勤務しているとか情報は全くなかった。


 何故か僕はそのページを毎日見る様になった。
 そして今日もいつもの様に僕は、彼女の日記のページを訪問した。しかし、彼女の日記には、
「人が信じられない」という内容の文章が掲載されていた。
それはいつもの彼女の様子とは違い、何か悩みを抱えているのは理解出来た。
 その悩みは一体何なのだろう。毎日の様に日記を読んでいた僕としては気になって仕方が無かった。
 僕は、多分彼女よりも人生の先輩であるから、ここは少し相談事でも聞いて元気付けてあげようかと
思った。もちろん、いつも楽しい文章を書く彼女と話をしてみたいと思っていた。
 毎日の日記を読む度に、彼女の事を身近な人に感じて、僕も日記のページを書く様になった。
 
 既に数回、彼女の日記にコメントを残し、僕は、優しく良い感じの人だと思っていた。安心感も湧き、
既に彼女は僕の友達だと思っていた。しかし、今日の日記の内容は、僕には少し腑に落ちなかった。
何故悩みがあるなら相談してくれなかったのだろうと思った。
 
 幾ら考えても、彼女の状況が分からない僕は、直接メールを書いてみる事にした。
 僕は、彼女のWebサイトからメールのリンクをクリックして、メールのソフトを立ち上げた。
そして暫くどんな事を書こうか考えた。
 「今まで楽しい日記をありがとう。毎日読んでいます。ところで今日は少しいつもと違う様子だったので
心配になりメールをしてみました。何か僕で役に立つ事があれば言って下さい。」
 と、メールを打って、送信した。すると10分後に彼女からメールの返信が来た。
 「メール、ありがとうございます。いつも日記を読んでくれてうれしいです。特に人に相談するほどの、心配事とか悩み事は無いのですよ。
たまに、私自身、少し暗くなるだけですので心配しないで下さいね。」
 彼女からのメールには、それ程問題が起きた訳じゃないと書かれていたが、私はまだ彼女の事が気になった。
 早速彼女からのメールに返信をした。
 「特に大きな問題で無くて良かったです。安心しました。何かあれば、いつでも相談してください。」
 「ありがとうございます。」
 彼女からの返信はとても早かった。

 もう少し彼女とメールをしたかったが、僕は、今日が初めてのメールだったので、この位にしておこうと思い、仕事に戻った。
 僕は、仕事に掛かってくる電話を待つ間も、彼女の事を考えていた。明日もメールしてみよう。コメントを書くだけでは、彼女も僕が怪しい人だと思っているに違いない。もう少し話をして、僕の事も分かってもらおう。
 僕の仕事は僕の願いを少しだけ聞いてくれた様だ。今日はとても暇で、問い合わせの電話も掛かって来ない。僕に少しだけ時間を与えてくれた。もう一度彼女のWebサイトを眺めてみた。
 
 何処に住んでいるか、何歳か、独身か、そこには何も書いていなかった。
 「せめて住んでいるエリアくらいは聞いても大丈夫だろう」と、僕は思っていた。今はまだ彼女の事を想像しているだけで何も分からないが、僕は色々想像する事も好きだった。
 ふと、僕の書いている日記のページを見てみた。すると、彼女から今日の日記にコメントが入っていた。
 「お仕事、大変だと思いますが、頑張ってください。夕飯は何ですか?」
 「今日は多分、中華料理だと思います。」
と、コメントに返信をした。今日家を出る時に、妻が「中華にする」と言っていた気がした。
はっきりとは覚えていない。毎日午後5時に仕事が終わると、徒歩で帰宅出来る程、会社は近くにあり、
妻も僕が帰って来る前までには、数点の酒のつまみを作ってくれていた。
 僕は、帰宅すると、直ぐに晩酌をするので、必ずつまみが無いと困るのだ。そんな僕も、いつも妻には少し申し訳ないなという気持ちもあった。

 時計は午後5時になり、他の2名の社員達も帰り支度を始めた。
 「お疲れ様。」
 僕は皆に挨拶をすると、12段ある事務所の階段を下りて商店街に出た。
 「さて、家に帰るか。」
 歩いて5分も掛からずに到着する自宅は、ビルの3階、4階にあった。玄関は3階だ。
このビルは、1階と2階を店舗に貸し出している。僕は一気に3階まで階段を駆け上り、家のドアを開けた。

 「ただいま。」
 「パパ、お帰りなさい。」
 まず、一番下の娘が僕に答えてくれる。僕の家族は妻、長女、長男、そして次女の僕を合わせて5人家族だ。
 「お帰りなさい。もう支度出来ていますから。」
 妻はそう言うと、定番の手作り餃子、春巻き、シュウマイ、そして厚揚げの煮物をテーブルの上に出した。
 「ごめん、何か野菜あるかな。」
 「グリンピースと、サラダだったらあるわよ。」
 妻は冷蔵庫からサラダを取り出した。そして戸棚にあったグリンピースの缶詰を開けて、サラダの上にスプーンで2杯入れた。
 「ありがとう。」
 そして僕はウイスキーの水割りを少し濃いめに作り、ダイニングの椅子に深く座り込むと、テレビを見ながら飲み始めた。
 「パパ、今日は仕事、どうだった?」
 いつも何も聞いて来ない妻が、突然尋ねてきた。
 「何も問題なかったよ。いつもと同じさ。ははは。」
 妻はにっこりとして僕を一瞬見ると、またテレビの方に目をやった。
 そう仕事は何も問題無かったし、特に報告する事は何も無かった。いつもと変わらなかったし、
これからも何も変わらないのだと、僕は自分に言い聞かせていた。
 僕の頭の中には、何も変わらないのだという言葉と、彼女は今、何をしているのだろうかと言う疑問が
交互に現れ、妙な気持ちになった。意味も無く笑ってしまうのはどうしてなのだろうかと、僕は少し普通とは違っていた。
 「やすこ、お前はもう食べたのか?」
 次女に尋ねた。僕は話を逸らしたかった。頼むから誰も今日の事を僕に尋ねるな、そう思っていた。
 「まだ午後5時30分だよ。私はもう直ぐ塾に行くから、パンを1個だけ食べましたよー。」
 娘はまだ小学校4年生で幼さが残っていた。僕は娘が塾へ行く事に大賛成では無かったが、今の時代、誰でも
塾に行っているし仕方ないのだなと思っていた。
 「そうだよな、5時30分から飲んでいるのは、どこかのサラリーマンとパパくらいか。」
 私は娘にそう言うと、2杯目の水割りを作り始めた。

木曜日の夜

 私は、少し空しかった。私は、あれから毎日インターネットをしたり、テトリスをしたりで何も充実していない。

 私は、家族の転勤の為にアメリカに3年程住んでいたが、夫の仕事の都合で又に日本へ戻って来た。
その後、何をしても何故か空しく、考える事は通っていたアメリカの学校の事と、友達の事だった。
 アメリカに住むと決まった時、私は英語が苦手だった。海外の友達もいなかったし、日常で英語を使う事は
全く無く、ごく普通の日本人だった。夫と社内結婚をして8年、まだ子供はいなかった。
 夫は三か月前に海外へ赴任し、新居を探し、仕事に慣れる事に忙しかった。でも私は、日本で引っ越しの手続き、
周囲への挨拶、英語の習得等、短い時間の中で精一杯自分の役割を果たしたつもりだった。

 アメリカへ到着すると夫は空港で待っていたが、特に感動はなかった。ただほっとした。
そして三か月ぶりに一緒に食事をして、これまであった事を夫は話した。本当に良い人なのだ。

 それから私は海外の生活に慣れるため、何をしようかと考えたが、結局1か月ずっと英語のテレビだけを見て、
外出はせず、家に籠った。私がした事は、夫と近所のマーケットに一緒にいって食事の支度と、
朝から日が暮れるまで、庭の雑草をむしり、そこに種を植えた事だけだった。
外の風はさわやかに通り過ぎるが、毎日の日差しは強く、
たまに塀の上には、リスが走り回り、蜂鳥が植えていた花の蜜を好んでやって来た。

これは私の今までの人生の中で初めて外に出なかった一か月間だった。

 「これでは意味が無い」と、私は思い、そこから近所のコミュニティースクールへ入学し、基礎の英語を学んだ。
英語だけの環境は、私にとって初めての事で、今でもその感覚は忘れられないのだ。

 英語を学ぶ生徒は、皆海外からやって来た人達で、自分の国を誇りに思っていた。
それでもアメリカに住まなければいけない事情がそれぞれにあって、お互いい深い話はしなかった。
国の事情が替り、命を守る為に亡命をして来た人達、生きるために仕事を求め国境を超えてきた人達、

 クラスの仲間同士、深い話はしないと言っても、日常の会話や授業の時には何か話をしなければならなかった。
いくら私の発音が人と違っても、恥ずかしいとは言っていられない。私は無理やり英語を話した。
 
 私は、一度だけだが、アフリカから来たクラスメートの男と喧嘩をした事がある。
 「おまえ、自分の意見が無いんだろう。ははは。」
 私は、反論した。意見が無いのでは無く、うまく話せないだけだとその男に言った。
でもそれは、私の話せない理由にはならない。私はクラスに来ている。英語の文章を書いて入学している。
文章をかけるお前が、どうして話せないのだと、普通は思うのだ。
それでも大きな声でやり取りをする二人の声は、教室を静まり返らせた。
 その時、私はその男に、絶対に負けないと思った。私は変な所意地っ張りだ。
そして、「一言多い男は国境を超えてどこにでも存在するのだな」と思った。

 それから、私はその出来事をずっと忘れず、地域のカレッジへ入学をした。
私はいつも、自分の意見を言う事が大事、口に出して言わなければ誰も分かってくれないという事を忘れなかった。

 カレッジでは毎日宿題が出され、先生から、日記と読書感想文を書く様に言われた。
毎日必死で書いた。私は、何枚も何枚も書いた。
 「Cだけは取らない、せめてB」
そう思いながら私は、毎日英語の宿題に追われ、忙しかった。それでも私は、充実していた。

 その生活が全て終了となり、日本に帰国はしたが、やる事が無い。
私は、また一から探さなければならなかった。仕事を探すにも、私は、学生上がりの変な人に見えただろう。
 
 結局私は、本当に何もしたくなかったので、Webサイトを作った。全く変な理由だった。

 自分のWebサイトのコメントをもう一度確認した。彼からのコメントが入っている。
今日、初めてメールのやり取りをしたが、彼は心配してくれたのだろう。申し訳なかったなと思った。
私の生活は、特に楽しい事も無く、毎日がWebの更新とテトリスで過ぎていて、これと言って
本当は書く内容も無いのだ。
 でも、彼は読んでくれコメントをしてくれた。
 
 外は薄暗くなり、もうそろそろ夕食の支度をしなければいけない時間だ。
私は彼が、今日は中華を食べると言っていた事を思い出した。
きっと彼の奥さんは、豪華な食事を作って待っているのだろうと思った。

 私はパソコンの電源を切ると、財布の入った布で出来た緑の手提げを持つと、
近所の大型スーパーへ出かけた。
「今日は確か魚が安かったはず。」
 私のスーパーのちらしを記憶する事は長けていた。

金曜日

 僕は、金曜日が大好きだ。多くのサラリーマン同様、僕の仕事は土曜日と日曜日が休みの週休2日制で、
金曜日に少し仕事を頑張れば、週末の二日間はフリーになれる気がしたからだ。
 朝食は大抵僕が簡単な物を準備して、家族はそれを食べて、子供は学校へ、妻は3か月前から始めた近所の会社の受付のパートへ
出掛ける。僕は食パンをトースターへ2枚分入れて、スイッチを押した。トーストが焼けるまでにコーヒーを準備した。
コーヒーと言っても、コーヒーサーバーに水を足して、粉末のコーヒーの粉を入れて5分程待つだけだった。
子供達は各々好きな飲み物を冷蔵庫から出して、飲むので、コーヒーは私と妻の分で良かった。
 「チーン」
 一回目のトーストが焼けると同時にパンをトースターから取り出し、もう一組トースターへ入れた。
私は自分の分のトーストにマーガリンを少しだけ塗ると、直ぐに頬張った。
 「トントントントン」
寝室へとつながる階段から、子供達が小走りで下りてきた。
 「パパ、もう食パンは焼けてる?」
長女が私にそう言いながら、皿にのっている1枚の少し焦げ目の付いた食パンを手に取ると、
冷蔵庫からイチゴジャムを取り出し、それを食パンに塗り始めた。
 「パパ、このパン、少し焦げてるよ。焼き過ぎだと思う。」
長女は、少し不満そうに焦げ目の付いたパンを食べ始め、冷蔵庫からオレンジジュースのパックを出してコップに注いだ。
 「チーン」
二回目に入れた二枚の食パンが焼けて、トースターの上に飛び出した。
焼けた食パンは、焦げた良い匂いをキッチンに漂よわせた。私も二度目の食パンは一回目よりも少し焦げ過ぎの様な気がしたが、
そのまま皿の上のせた。
 長女は、食パンを食べ終わると、オレンジジュースを一気に飲んだ。そして皿とコップを流しの中にいれて、
 「じゃ、行って来ます。」
 と言うと、玄関へ小走りに向い、置いてあったオレンジ色のパンプスを履いて出て行った。

 「おはよう」
 妻が化粧を終えて、キッチンへやって来たが、ここからは自分で出来るので、
僕は洗面所へ行き、身支度をした。
 そうしているうちに、次女も起きて来て、冷蔵庫からパックの牛乳を取り出すと、それに付いていたストローを差して
飲み、次に焦げてしまった食パンを食べ始めた。妻と次女が何か騒いでいる気配がした。そして、
 「パパ、これ焦げ過ぎ」
 妻が私に聞こえる様に大きな声で食パンに不満を言っていた。
不満があるなら自分でやってくれと私は思った。

 私は朝の家庭サービスを終えてから、毎日職場に向った。
鍵の当番の社員は既に出社しており、彼の机の上にはコンビニのビニールがあった。どうやらそこで買ったおにぎりを食べていた。
 「おはようございます。」
 僕は幾ら役員と言っても、この小さな会社では、挨拶と社員のチームワークは忘れてはならないと思っていた。
相手が挨拶をしなくても率先して自分から声を掛ける、そう決めていた。
 「おは、、、ようございます。」
 おにぎりを手に持ち、まだ食べ終わってない所、彼は私に挨拶を返した。
 「ああ、ごめんごめん。まだ始業前だからゆっくり食べてください。僕は家で朝食を済ませてきたから気にしないで。」
 僕がそう言うと、彼は少し安心したように、小さく「はい」と言って、頷いた。
 
 僕は自分の席に座ると、スケジュール手帳を出してパラパラとめくり、今週の週末の日付のページを確認した。
 「特に何も予定は無いな。」
 自転車ツーリングの予定も無い、母親、そして家族との外出の予定も特に無かったと確認すると、僕は少し考えた。
 「今日は仕事が終わってから、物は試しだ、彼女ともう少しメールでもしてみるか。」
 何故か、私は浮かれていた。結果がどうであれ、彼女は僕の事を嫌いでは無いはずだ。
嫌いだったら、あんなに早く返信メールを送ってくる訳が無い。僕は答えの出ない事をあれこれ考えた。

 

悲しい恋はもうしません

悲しい恋はもうしません

初投稿です。大人同士の恋愛、テーマは不倫。心の葛藤を中心に書いています。日々連載予定です。読んで頂ければうれしいです。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-09-18

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  1. 金曜日
  2. 木曜日
  3. 木曜日の夜
  4. 金曜日