不可色彩
カンバスに乗せる色彩を、『色彩』だという事を忘却しては居ないか。
黄色である。まごうこと無く黄色だ。
私は画家崩れの塗装業だが、こんなにも黄色は無いだろうとおもう。
絵筆を握り、親指にパレット胼胝が出来るほど、人差し指に筆胼胝が出来る程、
カンバスに多量の色彩をのせる作業を繰り返してきた。
イエローオーカーは黄色と言うよりは、泥の色だ。
カドミウムイエローは美しいから好きだった。
べっとりの塗りたくっていく完成図は、脂ぎった白い女であったり、暗澹たる麦畑であったり
突き抜ける大空と飛行機だった。
別段黄色など私には多色の中の1色でしか無かったし、余り主張しない混色する為の
ただの中間管理色である。
だからどうも、この黄色はなんだろうと思いながら、横たわる
私の視界に広がる黄色は何者なのだろうと首を傾げる。
「貴方は黄色に見えるのですか」
ふと、隣から声がしたのでそちらの方に首を動かすと、黄色いマネキンが笑っている。
「私は青色ですよ」
「はあ」
私の返事に、マネキンの反対側から咳払いが聞こえた。
「俺様は赤色だが」
反対側にはぶよぶよの黄色いスライムらしい塊が尊大に言った。
「私は、ピンク」
「ボクは薄水色」
「あたしは緑」
遠くの方で何やら老若男女の声が交錯しているが、私は思う。
お前ら皆黄色いよ。
「私は黒なんですけどね」
頭の上で声がして、顎を逸らしてみてみると、黄色い髑髏がニッカリ笑った。
「皆さんどんな形かさえわからないです。というよりも、黒いものが動いてるようにしか見えないです」
こいつらは一体何なんだ。そしてここはどこだろう。
私は塗装業をしているただの30代だ。給料は薄給で、彼女も居ない。
それがなんでこんな黄色いだけの場所にいる?
重くて動かぬ体を起こして、私は顔を付き出した。
黄色い膜が顔に張り付いてにーんと伸びて私の顔に張り付いてくる。
しかし黄色の伸びた壁の先が薄くなって、その先が見える。
私がいた。私が睨んで私を見ている。
若い私がパレット片手にイエロー―オーカーを握っている。
ああ、俺は、絵だったんだ。
なんだ。地塗りか。
はは。
不可色彩