突き抜けた魔導師と閉じこもった魔法使い
小説家になろうさんにも投稿しています。
魔法試験と恋愛事情の続きです。今作も戦闘は少なめなので注意してください。
突き抜けた魔導師との再会
カリスマになるなんて簡単ですよ。人は強い人間に魅かれるものです。強くなればいい。唯それだけです。_せんせい。
ヘリが街の上空を飛行している。乗っているのはヴェルナ―だ。いつものように白いローブを身にまとって窓の外の光景に目をやっていた。そこには多くのビルの街灯を見下ろす月の姿が見える。
「ヴェルナ―様。いよいよですね」
ヘリを運転する執事がヴェルナ―に言った。
「ええ、久しぶりですね。彼に会うのは」
ヴェルナ―の乗ったヘリは街から離れ、空気が乾燥していく。岩と砂ぐらいの風景しかないような砂漠のとある施設にヘリは降り立った。
そこは刑務所だ。魔法が科学的に証明されたことで受けた弊害の一つに犯罪者の魔法の使用があった。この刑務所はそんな魔法使いを閉じ込めるためにある。
「では後ほど」
ヘリを下りたヴェルナ―に執事が言った。
「ええ」
ヘリが空に向かって行く。数分もしないうちにヘリは空中に消えた。
ヴェルナ―はヘリの近くで待ち構えていた刑務所の警備員にIDカードを渡し、辺りを見回した。辺りにも見たことのある人物が多く集まっていた。色々な国の軍事関係者だ。
通常は刑務所から出所する日を外部に知らせる事はしないがここに集まった多くの人間はそれを知っている。それだけ、ここを今日出る人物の影響力が大きいと言う事だ。
そんな面々の中、ヴェルナーは想定外の人物を発見していた、ソフィである。ヴェルナ―はソフィを見つけ、話しかけようと近付くとソフィも近付いてきた。一人の男とともに。
「失礼ですがヴェルナ―さんですか」
男は強烈な違和感を放っていた。何なのかは分からないがヴェルナ―はその男を普通でないと感じていた。しかし、視覚的には男は普通といって間違いはない。金髪で整った顔つきではあるが周りの男たちと同じような黒いスーツの普通の男なのだ。
「はい。そうですがあなたは」
「私はジョン・キングと言う者です。周りを見ると軍事関係者が多いのにヴェルナ―さんは彼の知り合いなんですね」
ジョンはゆっくりとヴェルナ―に語りかける。
「ええ、彼とは同じ師匠の下で魔法を習っていた仲なんですよ」
「ヴェルナ―。あんまりこの男の前で情報をペラペラ話さない方がいいわよ」
途中まで二人の様子を見ていたソフィがヴェルナ―に少し強い口調で言った。
「全く信用ないですね、ソフィさん」
ジョンは残念そうな顔をヴェルナ―に見せる。
「あんたが世界最大の財閥の人間でなければ、もう少し信頼できるわよ」
ソフィは毒を吐くようにそう言い放つ。
「世界最大の財閥と言えばキングですか」
ヴェルナ―は驚いたようにその言葉を口にする。
「はい。そうです。私はその財閥会長の息子の一人です」
「そうなんですか」
キング財閥と言えば陰謀論で名前を聞かないことのない多くの大企業を傘下にする世界で最も多くの金を動かす財閥だ。そして、語られる陰謀論の多くはキング財閥が世界の支配者だと言ったものだ。
「だから変な情報を与えるのは困ったことになるの」
ソフィはそう言うと二人の間に入って会話を遮断した。
「ソフィ、それなら君はどうしてジョンさんと一緒にいるんですか」
ヴェルナ―はもっともな疑問を割って入って来たソフィにぶつける。
「それは私が説明しましょう。彼女は私の護衛をしてもらっているのです」
そういうとジョンは大げさな動作とともに片手でソフィを指し示す。
「護衛ですか」
ヴェルナ―はなるほどと納得した顔でソフィの方を見る。
「こいつは言ってみれば世界で一番命を狙われる人間なのよ。跡継ぎ問題とかでだから退屈しないですむの」
前述したような力を持つキング財閥は分かりやすく強大な組織であり、そのボスともなればその命を狙う者も当然多いわけだ。ソフィは言ってしまえば戦闘狂であり、多くの戦場を歩いていた事もある。
「なるほど」
ヴェルナ―達が談笑していると何人かが刑務所から出てきた。その中に魔導師ジークムントの姿があった。
そこに居る魔導師ジークムントを待っていた者たちはジークムントに何も感じなかった。黒い短髪の男以外の何も。
魔導師は奇人、変人ばかりである。ヴェルナ―、トマス、ソフィはもちろんそれ以外の魔導師も例外などない。それは当然の事だ。魔導師は例外なく普通でいる事ができないような力を持っているからだ。そして、その異常性はなんらかの形で視覚的に理解できる。だが、ジークムントからはそれを感じない、何も。
ジークムントは挨拶をしようとする各国の軍事関係者を無視してヴェルナ―のところに来た。
「久しぶりだな、ヴェルナ―。ここには面倒なものが多い。場所を移動しよう」
それを聞いてヴェルナ―は執事に迎えを呼ぶために携帯を取り出した。
男たちは何も言わない。ここでジークムントの評価を下げるわけにはいかないからだ。ジョンを除いて。
「ジークムントさん。私はジョン・キングと言う者です。できればあなたに私の仕事を手伝っていただきたいのですが」
それは極端で端的に二人の真逆の異常性が対立した瞬間である。強烈な違和感とそれを飲み込むかのような成熟との対立。
「それは無理だ」
そう言うとジークムントはジョンに背を向けた。ジークムントは何の関心もジョンに抱かなかった。それはある種の敗北でもある。
「それではジョンさん、ソフィ。私は失礼します」
「ええ、また会いましょう。ヴェルナ―さん、ジークムントさんも」
「また後でね。ヴェルナ―」
ヴェルナ―とジークムントはヘリの着地点に向かう。
しばらくしてヘリが到着する。
「久しぶりだな、執事」
「お久しぶりです。ジークムント様」
ヴェルナ―とジークムントはヘリに乗り込んだ
ヘリは空に向かって消えていった。
残された者たちも迎えを呼び、自国への報告を始めていた。
「ソフィさん。想定内ですけど、ショックですね。無視は応えます」
ジョンは少しテンションを下げてそう言った。
「嘘を言っても慰めないわよ」
ソフィはそう言うと迎えを呼んだ。
「全く、魔導師の方たちは面白いですね」
そう言ってジョンは空に輝く月に目をやった。
上空、飛行するヘリのなかでヴェルナ―はジークムントに疑問を口にした。
「魔導師になる交換条件、よく満たせましたね」
そもそも、ジークムントが刑務所に閉じ込められた理由はジークムントがマフィアのボスでありながら魔導師になろうと世界連盟に申請した事が関係している。
ジークムントの実力が魔導師である以上、どの国もジークムントが魔導師になることに反論する国は現れない。なぜなら、反論はその国の滅亡と同義語であるからだ。魔導師にはいかなる障壁や策を講じても無力と言い切れる力があるからだ。しかし相手はマフィアのボス、魔導師になんてしたらどうなるか分からない。だからこそ、各国は条件をジークムントに出した。それが2年間刑務所で過ごす事とその期間の間、同じ刑務所の全員が脱獄を防ぐことである。
「ああ、まあな」
その条件は当時の魔法を使う犯罪者の増加が関係している。魔法を使う犯罪者が生まれた事によって、各国はその対処に困っていたのだ。それなら、大きい刑務所を用意してジークムントに看守をやらせればいいと各国は考えたのである。
「脅したんですか」
ヴェルナ―はさも当たり前にジークムントにその言葉をぶつける。
「普通はそう思うか」
「じゃあ、どうやったんです」
ヴェルナ―は驚いた顔でジークムントの方を見る。普通に考えて脅しを用いずに他人を、それも犯罪者を二年もの間管理することは無理に等しい。当たり前だ。当たり前なのだ。
「全員と友達になった」
「・・・・。ははは、本当なんですか」
「こんなつまんねえジョークなんて言わねえよ。あんな狭い空間、俺が魔導師であるっていう優位性、看守は飯を持ってくるだけで注意なんてしない、退屈な日常。これだけ良い条件そろってできないわけがない。まあ、連盟の奴らは拷問でもすると思ってたみたいで俺に死体の処理はしてやるとか言ってきたが」
ジークムントは不満そうに大げさにそう言った。
異常性、それを持って人は魔導師になると言ってもいい。ジークムントの異常性は人に悟られず、人に違和感を与えず、人と歩く力。いってみるならジークムントの異常性はその異常性が一切感じられない事にこそある。一切の人としての強い癖が感じられない。逆にジョンから感じられた違和感は強烈なる個性、自分は只者ではないと相手に理解させるための威嚇。同じ表現を用いれば、ジークムントのそれは相手を取り込む捕食といった具合だ。
「ええと、囚人は千人近くいたと思うのですが」
ヴェルナ―は呆れたようにジークムントの行った行為の異常性を言葉にする。
「流石に同じ奴に何日も構ってたわけじゃない。退屈な奴らどうしの人間関係を良好に管理しただけだ」
人は人間関係を生きている。どんな人間においても人と関わらない生き方など出来ない。そんな人間社会をして当然、人間は関係を作るが誰もが誰もと仲良くはできない。仲良くなろうとすることはできるし誰にでもやれるが仲良くさせる事は運としか言いようが無い。通常はありえないそんな通常を、常識の道を踏みしだくが故の魔導師なのだ。
「それが普通じゃないんですが、私はてっきり前みたいに洗脳でもするのかと」
「洗脳か。あんな能力が無い人間がやる手段つまんねえだろ」
わかってねえとでも言わんばかりにジークムントはオーバーなリアクションで答えた。
「はははは。あなたらしいですね。でも、相手はならず者たちでしょ。いくら相手にするのを慣れていてもよく一人も逃げ出しませんでしたね」
「まあ、何人かには実力行使もしたがあの手の奴らは実力行使してもやるからな。それなら、外に出たくなくさせる方が簡単だからな」
多くの人間にとって本質的に幸せの前提としての人間関係がある。例え劣悪な環境であっても、それ以上の人間関係をその環境で形成出来れば多くの人間はそれに満足するだろう。その考えが正しいなら当然、牢獄という環境でもそれは言える。確かに、確かに成立はするのだ。
「簡単ですか」
「あ、友達少なかったお前には羨ましいか」
「はいはい」
ジークムントはヘリの外の景色を見ると執事に下ろすように指示した。
「ここでですか」
そう言うとヴェルナ―も外の景色に目をやる。
「ああ、あいつらにこれからの話をしてくる」
「マフィアの方たちですか」
「まあな」
ヘリはビルの屋上に止まった。ジークムントは屋上からビルから飛び降りた。ジークムントは当然落ちていくがヘリに残った二人は当たり前のようにそれを見届ける。
「相変わらずですね」
とあるバー、そこには何人ものスーツ姿の男たちが集まっていた。そこにジークムントが現れる。男たちは全員ジークムントの方を向いた。ジークムントが今日出所することはマフィア達は知らなかったがマフィア達の多くがそれを確かに祝福していた。
「出所おめでとうございます、ボス」
ジークムントは部屋の奥の椅子に腰かけた。
「ああ、これで俺は魔導師だ。そして、本題だ。俺はマフィアを辞める」
ジークムントのその言葉を聞いたマフィア達は全員その言葉を理解する時間を必要とした。
「な、何を言ってんですか」
多くのマフィア達が納得がいかないのか声を大きく、撤回を求めた。
「お前らなら大丈夫だろ。今年、何人か魔術師が入ったって聞いたぞ」
ジークムントはマフィア達の言葉を意に介さず、話を続ける。
「そうですが、俺たちはボスあっての」
それでも当然マフィア達はジークムントに撤回を促す。
「心配しなくても名前は貸す。よっぽどのことがあれば手も出す。だがボスは辞めだ」
それでも何の表情の変化も見せずジークムントは言葉を並べていく。
「何でですか」
「飽きたんだよ。色々な組織に属した、ありとあらゆる人間が紡ぐ関係の糸を理解するためにな。だから、この世界の人間の考え方は理解した。それだけだ」
「なんですか、それ」
「言ってんだろ。ボスは止めるが名は貸すと会長にでもしとけ。俺はやりたいことをやってくる。止めるか」
「私たちでは無理です」
「よく分かってるな」
ジークムントはバーから出た。マフィア達は後を追おうとしたがすぐにジークムントは姿を闇に消した。
ジークムントはヘリの待つ屋上に戻って来た。
「待たせた。俺の家に行こう」
「なんかやって来たんですか」
「マフィア辞めてきた」
ジークムントはただただそう言葉を並べた。
「そうですか」
「驚かねえな」
「飽きたんでしょ」
「まあな。あの世界なら面白いものが見れると思ったんだがな。おんなじような人間ばかりだった」
ジークムントは天才だ。そんなことを言ったら、ヴェルナ―、トマス、・・・・・と何人でも思い当たる人間がいるがジークムントは彼らと違うタイプの天才、いや怪物だ。カリスマ、人たらし、表現はいくつかあるがそのどれでもない。ジークムントは研究者だ。人間関係というものを考え、学び、作り、壊す。そう言う生き方をしてそう言うものを学び、人を楽しむそんな魔導師だ。
「では次はどんな組織に」
「それについては家に帰って話すわ」
「では出発いたします」
ヘリは空に消えていった。
ジークムント宅、そこにはロザリンドの姿が会った。ロザリンドの父親がジークムントであるからだ。
「パパ、おかえり」
ロザリンドは目に涙をためてジークムントに抱きついた。
「粋なことするな、ヴェルナ―。お前が連絡したか」
「ええ、おかげでいいものが見れました」
ロザリンドはジークムントを多くの料理がテーブルに置かれた部屋に連れていった。
「パパ。時間が無くてこれしか作れなかったけど」
「は、これを見て喜ばない人間がいたら俺がそいつを始末するさ、ロザリンド」
ジークムントはロザリンドの頭を撫でた。
「さあ、食べよう」
三人は料理を食べ終え、食器を片づけた。
「さて、ヴェルナ―さっきの質問だが」
ジークムントはヴェルナ―にグラスを渡し、それにワインを注いで話した。
「ああ、これからの事ですか」
「俺は刑務所で少し考えてな。俺がしたい事をな。そしたら、思いついたことが面白い奴と話すことだった」
そう言うとジークムントは自分のグラスにワインを注ぎ始めた。
「面白い奴と話すですか」
ヴェルナ―は自分のグラスのワインを泳がせる。
「ああ、俺という人間は人間に興味があると言う事をこの2年間で嫌と言うほど知ったからな」
2年間の間、多くの人間関係の海を泳ぎ切ったジークムントにとって人間関係を見ることには飽きが来ていた。ジークムントが次に興味を持ったのは人間の生き方そのものである。
「人に興味ですか」
「お前が科学に興味を持つのと同じようなもんだ。俺は人を選んだ。だが、お前とは少し違うな。お前が科学を好きなのは興味だが、俺は手段としてだ」
「手段ですか」
ヴェルナ―はそう言って口にワインを含む。
「手段と言っても、利用するってもんじゃない。幸せになるためさ」
「ぷ、はははは」
ヴェルナ―は大きな笑い声を上げるとジークムントの顔をまじまじと見つめた。
「なんだ、お前」
キョトンとした顔でジークムントはヴェルナ―を見る。
「いえ、あなたの口から幸せという言葉が出るとは」
ヴェルナ―は腹を抱えて笑い始めた。
「うっせえ。俺も理解はしているよ。だがな、本来人間は本質的にそれを求めるものだろ」
「まあ、そうですね。なんだかんだいって人はそれを求めて生きていますからね」
「それを手にするために人と話に行こうと思ってな」
ジークムントはそういって口にワインを含んだ。
「なるほど」
「まあ、最初はヴェルナ―、お前からだ。次はロザリンドだ。聞かせてもらおうか。お前らの幸せの法則を」
そういうとジークムントはヴェルナ―とロザリンドに目をやった。
「はいはい」
「分かったよ、パパ」
「そういや、ヴェルナ―から聞いたがロザリンドつき合ってんだって、落ち着いたら相手を紹介しろよ」
「・・・うん、パパ」
ロザリンドは少し考えてそう言った。
シモンと閉じこもった魔法使い
それはシモンがロザリンドと付き合い始めた頃に遡る。あれから二人はいわゆるお付き合いを始めたわけだが。
放課後、二人は授業を終えて一緒に帰っていた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・。良い天気だね」
シモンは堪らず声を上げる。
「そうね」
ロザリンドは自分の指を絡めながら、淡々とそう言った。
もうこんな日が数日ほど続いていた。放課後、とりあえず一緒に帰って沈黙が続き、たまらずシモンが何かを言ってロザリンドがそれに軽く答えるというパターンが固まりつつあった。付き合いだす前とのロザリンドのテンションの違いにシモンは驚いていた。シモンの告白した時のロザリンドはもっとしゃべる印象があったからだ。
こんな現実に嫌気がさしていたのはシモンというより、後をつけていたエミリーとガロアとボクであった。
次の日の放課後。何人かの生徒が教室から出ていく中、ガロアがロザリンドのクラスに入っていった。
「ロザリンドさん、今日シモンのやつ借りてっていいか」
ガロアがエミリーと同じクラスのロザリンドに声を掛けた。
「・・・・ええ、いいわ」
ロザリンドは少し考えた後、そう言った。
「よっしゃ」
ガロアはそう言って急いでシモンのクラスに戻っていった。
「と言うわけで俺んちに集合な」
「どういうわけなんだよ」
シモンはガロアに急かされるまま、ガロアの家(ヴェルナ―宅)に向かった。
ヴェルナ―宅に到着し、いつもの執事とメイド達の挨拶を受けてガロアの部屋についたシモンを待っていたのはエミリーとボクだった。
「ボクにエミリー?」
シモンはまだ状況が飲み込めないようでみんなの様子をうかがっていた。
「まあ、とりあえずそこに座りなさい、シモン」
エミリーはシモンに着席を促す。
「ん、うん」
シモンはそれに従った。
「ではシモン君、あなたのこの数日間のロザリンドさんとやったことを言ってください」
エミリーがシモンの方をしっかりと見てそう言った。
「ん・・・。えっ」
シモンの動揺は広がっていく。
「被告人は証言を」
ガロアが追い打ちをかける。
「え、被告人」
「ここは被告人に変わって検察官の私ガロアが説明いたします。被告人はロザリンドさんと最近、放課後一緒に帰ってますが話した事は天気が良い事と夕陽の綺麗さだけです」
ガロアはそういうとあり得ないなと言いたげな表情でシモンを見る。
「はいはい、死刑ですね」
「はい、死刑です」
それにエミリーとボクも同意する。
「ちょっとせめて弁護させてよ」
ようやく状況が飲み込めたシモンが反撃を開始する。
「では弁護人、ボクさんお願いします」
エミリーがボクの方を向いてそう言った。
「シモンさんは他にも、ロザリンドさんの黒髪をほめたりしていましたよ」
ボクの発言にシモンは恥ずかしそうに赤面した。
「ガロアさん」
「エミリーさん」
ガロアとエミリーは向かい合って互いの名前を言い合う。
「これはセクハラですね」
「セクハラ死刑ですね」
そして二人でシモンを見ながら騒ぎ立てるようにそう言った。
「いや、彼女のいい所ほめて何が悪いんだよ」
「まあ、とりあえず死刑なので話を進めましょうか」
(スルー)
「このままでは二人の仲が正常な恋人同士になるまでに何年かかるか分からない」
「というか、このまま変化ないなんてつまんねえ」
「それが本音でしょ」
シモンは呆れたように声を出す。
「もちろん、しかしこのままでいいとも思ってないでしょ」
「まあ、正直彼女のことで知ってる情報、エミリーの情報だけだから」
「悲しい現状ね。まあ、そこでシモンにはデートをお勧めするわ」
「デートって、まだまともに喋れてもいないのに」
「だからこそよ。このデートを通して共通の話題を作るのよ」
「なるほど」
「そこでガロアとボクと私がプランを考えてみました」
エミリーがそう言い終わるとシモンの周りから拍手が起こる。
「まずは俺からな。ええと俺のプランは無難な映画館だ。会話も必要ないし、終わった後は映画の内容を語り合えばいいからな」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「えっ、あれ」
「ガロア、君の役割分かってる?君はそういうにんげんじゃないだろう。そんな正論いらなかった」
「ガロア、ボクは悲しい」
「ガロア、そういうプランを私との・・・」
「えっ」
「えっ」
「じゃあ、次は私ね。私は単純に公園とかいいと思うんだけどお金だってそんなないんだし」
「確かに無難かもね。でも、そんな会話を前提とするデートコースは」
「弱虫」
「いくじなし」
シモンは女子二人からブーイングのあらしを受ける。
「最後にボクは図書館がいいと思います」
元気よくボクはそう宣言した。
「図書館か好みが分かれそうだけど、彼女には合うかもね」
シモンはそれに賛成する。
「心配しなくても、本人に聞いたから大丈夫」
「・・・・。えっ本人に聞いたの」
結局、その後シモンはロザリンドと図書館デートをする事に。
デート当日、
図書館といっても、MSP内の図書館である。並みの大学レベルの蔵書数を誇るが当然、漫画だったりはない。ロザリンドでなかったら、断られてることうけあいの空間だ。
そんな図書館前にシモンは立っていた。約束の30分前に来て、図書館近くの時計に何度も目をやっていた。
そして、そんなシモンの様子を図書館内から当たり前のように監視するガロア、エミリー、ボク。
「正直、シモン上手くいくと思うか」
「デートの事?」
「いや、この先あの二人が上手くいくかってことだよ」
「うーん・・・。シモンには悪いけど、無理な気が」
「だよな」
二人にはどうしてもシモンとロザリンドが上手くいく未来が見えない。それはなにより自分たちのしている恋愛とシモンとロザリンドのしている恋愛が違いすぎる事が大きい。
「どうして」
そんな二人の様子にボクは素直に疑問を口にした。
「ボクには分からないか。なんか、ロザリンドさんが心を閉ざしてるんだよな」
「それだけならいいんだけどね。シモンもそれを不満に思ってないように見えんのよ」
「ん、そうか。俺は、シモンが恋人はそう言うもんだと思ってるように見えんだけど」
エミリーはシモンとロザリンドの関係を閉じ籠っているロザリンドをシモンが見て見ぬふりをしているように見えていた。だからこそ、他の誰よりも強くシモンにもっとロザリンドと関わるように促していた。
ガロアはシモンとロザリンドの関係を同じく閉じ籠っているロザリンドをシモンが恋愛はそう言うもんだと言う納得をしているように見えていた。だから、ガロアもシモンに考えを変えるように真面目な意見を出したのだ。
「いやいや、そう思うなら指摘しなさいよ」
「こういうのは本人が気づくのが一番だろ」
「そう?」
「でも、予想なんだよね。二人が上手くいかないと思うのって」
「そうよね、確かに予想だし」
「そうだな、でも不安だな」
約束の時間少し前にロザリンドが現れた。いつもと違う私服のロザリンドは黒を中心としたファッションをしていた。
「おはよう」
そう言って、確かにシモンはロザリンドに見惚れていた。
「おはよう。・・・・・」
ロザリンドはシモンの挨拶に答えた後、また自分の指を絡め始めた。
「じゃあ、図書館に入ろうか」
「・・・・。はい」
シモンは図書館の壁に描かれている地図に目をやる。
「どこにいこうか」
「・・・・・・」
ロザリンドは無言で小説のコーナーを指さした。小説と言っても、現代的なものではなく。古典的な小説を中心に置いてあるコーナーだ。
二人はほとんど無言でそのコーナーまで移動する。
二人は本を選んで椅子に座った。シモンはなんとなくロザリンドがテンションを下げているように感じていた。
その様子を遠くで見守っていたガロア、エミリー、ボク。
「おい、明らかな沈黙に入ったぞ」
「うん。ただの沈黙ならまだしもシモンもロザリンドさんもどこか落ち着いてないように見える」
「こりゃ、失敗だな」
「でも、二人とも本には夢中みたいだよ」
不思議そうにボクがエミリーとガロアにそう口にした。
「そうだな、ボク。目の前の恋人を無視してだが」
デート後、シモンはエミリー主導の反省会をしにヴェルナ―宅に来ていた。
「シモン、とりあえず言い訳を聞こうか」
そう言ってエミリーはシモンに正座を指示する。
「ええと、本を読み始めた時にロザリンドさんが少し機嫌悪そうに見えて話しかけ難くなって」
そう言いながらシモンは床に正座した。
「それでずっと無言だったと、本に夢中になったと、そう言う事だな」
今度はガロアが正座しているシモンを見下ろしながら言った。
「そう言う事です。すいません」
「色々反省すべき点はあるが、はっきり言って俺は上手くいくと思っていない」
「!・どうして」
驚いてシモンは立ちあがった。
「余りにもロザリンドさんが心を開いてないからだよ」
「心を?」
「ああ、あんだけ何も自分の事を話さないし、お前のことを聞いてこないってのはな」
残念そうにガロアはシモンにそう言った。
「でも、まだ彼女は緊張してるんじゃ」
「うーん。それでも、多少の反応もないってのはな」
「そうね。少しおかしいわね」
シモンは少し考えてその状況を改めて飲み込んだ。だがどうしていいかなんて分からなかった。恋愛の先輩と言っていいガロアとエミリーはもう上手くはいかないだろうと言うものだった。
シモンはガロア、エミリー、ボクと別れるとただ茫然と考えをめぐらしていた。どうすればいいのかを考えているとそこでシモンは珍しく酔っ払った。ヴェルナ―に出会う。
「やあ、ヴェルナ―君。こんなところでどうしたんですか」
「いえ、少し考え事をしていて」
そういうシモンの顔は何とも言えない表情を見せる。
「何か悩んでいますね、少年」
そういいながらヴェルナ―はにやにやとシモンの顔を見つめる。
「酔ってますね」
「そうです。友と飲んだのですが大変ですね、家族とは。あれほど強い男が・・」
「トマスで・・は無いですね」
「ええ、さて私のことは良いです。少年、教えてはくれませんか。この酔っ払いに酒の肴を。心配せずとも酔ってますから忘れてしましますよ」
「・・・・・。そうですね。お願いします」
二人は近くの公園のベンチまで移動した。ヴェルナ―とシモンはそのベンチに腰掛けた。シモンはヴェルナ―に自分とロザリンドの関係の事で悩んでいる事を話した。
「なるほど。なるほど」
「どう思いました」
「むかつきますね」
「やっぱりロザリンドさんとは上手くいきませんか」
「いえ、ロザリンドさんのことではないです。ガロアとエミリーさんの事ですよ。確かにロザリンドさんの態度はいいとは言えませんが。大切なのはあなたがどうしたいかです、シモン君」
「俺がどうしたいか・・ですか」
「ええ、あなたはそんなロザリンドさんの態度を受け入れますか。それとも今のままでは嫌ですか」
「・・・・。できればもっと仲良くしたいです」
「それなら、彼女と話しあいなさい。相手と向かい合う事無くして、相手を理解することなんてできませんよ」
「!・・話し合いですか」
「ええ、それをせずにロザリンドさんの気持ちを理解することは無理でしょうし、まして話しあわない状況でガロアやエミリーさんのようにロザリンドさんのことを決め付けるのは早計です」
「はい・・そうです。・・・そうですよね」
「ええ」
魔導師と魔法使いの幸福論
話はシモンがロザリンドとデートする何日か前に遡る。
ジークムントの家の客間にヴェルナ―の姿がある。机には何本かのワインとつまみが置かれている。そこにジークムントが現れる。ジークムントはヴェルナ―のグラスにワインを注ぐと椅子に座った。今度はヴェルナ―が立ち上がってジークムントのグラスにワインを注いで椅子に座った。
「早速だがお前の幸せの法則を教えろ」
「ふふふ」
「なんだ」
「いえ、やはりあなたの口から幸せの言葉が出てくるのには違和感が」
「分かってる。自分でもおかしい事を言っているのはな」
そう言うとジークムントは更にヴェルナ―のグラスにワインを注ぐ。
「幸せですか。私は研究を続けられれば幸せなので」
「ああ、そう言うのはいらねえんだ」
「そうですか。幸せですか」
そう言いながらヴェルナ―は自分のグラスの中のワインを転がし口に運んだ。
「ああ」
「それは夢中になれるものがある事じゃないでしょうか」
ヴェルナ―の人生の中心は何時でも何処でも科学であり、それを考えるという行為を中心にヴェルナ―の人生は存在する。それが前提の幸せこそヴェルナ―の幸せであり、それのない人生をヴェルナ―は知らないし、恐らく理解しないだろう。
「夢中になれるものがある事か。お前らしいな」
もちろん、ヴェルナ―がそう言うであろう事は付き合いの長いジークムントは予想していた。しかし、それとここでそれをきちんと聞くことは違う。違うのだ。
「夢中になれるものが無いと退屈ですから、それがあることで人は幸せになるのではないかと」
「理屈は理解できるが俺はそうは思わない」
予想していた展開を飲み込み、ジークムントは楽しんでいた、この時を。人と人のぶつけ合い、飲み込み合う、互いの人生が強く交差するこの時をだ。
「ではジークムントは何を持って幸せと言うのですか」
ヴェルナ―は感情を心にとどめきれず、テンションの上がったジークムントの様子を見てジークムントの感情に更に火薬をぶち込む。
「自分が幸せである事を理解する事だな」
「??・・当たり前では」
「そう言う事じゃない。幸せとは現状に満足し、その現状を維持しようとすることだな」
「つまり、私と真逆の考えと言う事ですか」
「そうなるな。まさか、いきなり反対の意見の奴に話を聞けるとはな」
ジークムントはヴェルナ―のグラスにワインを注ぐ。
ジークムントは喜んでいた。対立する考え持つ人間は彼にしてみれば、真逆の人生を歩いてきた人間を意味していたからだ。最も知りたくて、最も遠いはずの人間が近くにいた。その大いなる歓喜をジークムントはワインとともに体に取り込んだ。
「じゃあ、お前がそれを幸せと定義した理由を聞こうか・・・」
時刻はもうすでに深夜になっていた。ヴェルナ―とジークムントはワインもつまみもすでに食べ終えていた。
「もうこんな時間ですか。そろそろお開きにしましょうか」
ヴェルナ―はそう言うとグラスを片づけ始めた。
「いや、まだだ。どちらかと言うとこっちが本題だからな」
ジークムントはさっきまでの歓喜を中心とした感情を消し去り、静かにそしてそれ以上の感情の乱雑さをもってヴェルナ―に着席を促す。
「?」
ヴェルナ―はキョトンとした顔で再び、席に座った。
「ヴェルナ―、お前から見てロザリンドはどう見える」
「どうと言われても、可愛らしい女性だと思いますが」
「そういうことじゃない。ロザリンドは幸せそうに見えるか」
「・・・」
「遠慮はいらん」
「・・見えないですね。何と言っていいか分からないですが余りにもジークムントに依存しすぎているように感じます」
ヴェルナ―はそれほど多くロザリンドと会う機会があったわけではない。しかし恐らく誰よりも単体としてのロザリンドではなく、ジークムントとロザリンドという組み合わせを知っている。
「そうだよな。俺もそう思っている。あいつはな。小さいころからそうでな」
「小さいころですか。あなたがまだマフィアの幹部をやっていた頃ですか」
ジークムントはマフィアをやっていたが、ロザリンドの幼いころとジークムントの所属していたマフィアのボス争いが一致していたのだ。当然その頃は魔法という概念などなくジークムントも魔法を使えはしたが師の意向から魔法を使わなかったため、ボス争いの早期決着がロザリンドの身を守るためにも必要であった。
「そうだな。まあ、親がマフィアじゃあな」
「友達は作りづらいでしょうね」
「それでも、自分をだせる人間なら一時の友でも作れるんだろうがあいつは内気だったからな」
「ええ、覚えていますよ。彼女と最初に会った時、いつもジークムントの後ろに隠れていましたね」
「そんなこともあったな。・・と思い出話はこれくらいにしてな。俺はあいつが俺に依存し続けるならそれもありかなと思ってたんだよ」
「思っていた?」
「ああ、思っていたんだ。だが、あいつは変ろうとしていた。俺が牢屋に入る事になった日に自分の部屋にこもったあいつがだ」
「彼氏ができた話ですか」
「察しがいいな。友達すらまともに作ったことのないあいつが彼氏だと、俺は冗談と思ったが最近はその彼氏のことで悩んでやがる」
ロザリンドが彼氏を作った事はジークムントにとって何よりの驚きであった。ジークムントにとってロザリンドは何もできない。そんなイメージが強く、強烈な具体性をもってジークムントの中で存在していたからだ。
「好ましい事じゃないですか」
「そうだな。だが俺は彼氏を作ったのは俺のためじゃないかと思ってんだ」
「??」
「分からないか。俺は昔からあいつに人間関係が織りなす物事の楽しさを吹き込んできた。当時はそんなつもりはなかったんだが今にしてみれば人間関係を作れと言っていたようなもんだ」
「??まだよく分かりませんがなんで、ジークムントが興味のある事を話すと・・・。あ」
「そう言う事だよ。あいつは俺に気に入られたいがために初めて人間関係、それも最も複雑な恋愛関係を作ろうとしたんじゃないかと思ってな」
依存、その度合いは人によって違うだろうが人は少なからず依存しているだろう。だが、ロザリンドのような依存は珍しいだろう。自分の生きると言う行為の全てを一人の人間に気に入られる事と同化する。それがロザリンドの生き方であるとジークムントはそう言っているのだ。
「あなたが牢屋に自分から入ったことで自分からの興味が無くなったと思ってと言う事ですか。考えすぎでは」
「そうかもな。だが今のあいつはまだ俺が牢屋に入る前のままだ。俺に依存したままのあいつが俺に気に入られるために彼氏を作ったと言うなら、それはあいつのためにはならないだろ」
「ふふふふ」
「なんだよ」
「いえ、あなたも父親になったんですね」
「あのなあ、俺は最初から父親やってるつもりだが」
「そうですか。少なくても、牢屋に入る前のあなたはそうでなかったように思いましたが」
「うるせえ。あの頃は色々なことに飽きてきてたからな。マフィアのトップになって色々な人の作るものを見つくしたと思ったんだよ。あいつも俺に依存はしていたが大きくなってたし、女と作る関係にも飽きてきてたしな」
「でも、そうではなかった」
「そうだな。まだ『親』をやってなかったんだよ」
「そうですか」
ジークムントは自分とヴェルナ―のグラスを手に取った。
「そろそろお開きにするか」
「?・・何も解決してませんが」
「心配しなくても思いついた」
「そうですか。なんか楽しそうですね」
「そうだな。あいつの勘違いとはいえ、あいつのおかげでまた新しいものが見れそうだからな」
「あなたが『現状を維持する事』を幸せというのは滑稽ですね」
「何か言ったか」
「いえ、おやすみなさい、ジークムント」
「ああ、おやすみ」
突き抜けた魔導師と悩める魔法使い
MSPでは本格的な実戦訓練が始まっていた。実戦訓練と言っても実技として魔法の戦闘を行ったり、戦闘理論を学習していくと言うものである。
以前、シモンとガロアが補習を行った教室でシモン、ガロア、エミリー、ボク、ロザリンド達がヴィヴィアーニの魔法理論の授業を受けていた。
「さあて、皆さん。魔法理論の授業はこれからも全クラス合同で不定期で行います。それはこの授業が講義の形で行われ、受けるも受けないも自由だからです。単位は出ません」
ヴィヴィアーニはガロアの方を見た。
「何で、俺の方を見るんですか。先生」
「いや、君が単位も出ない授業を受けにくるとは思わなかったので」
「正直ですね、先生」
「まあ。冗談はこれくらいにして。もう皆さんは知っていると思いますが、魔法には3種類あります。魔法にのみ影響を与えるもの、魔法以外にのみ影響を与えるもの、両方に影響を与えるものです」
ヴィヴィアーニの説明の通り魔法は大きく分けてその3つの種類がある。どういう事かと言うと魔法にのみ影響を与える魔法は魔法によって作られたドラゴンや悪魔には効くが魔法でできていない人間や建物には何の影響も与えない。他二つも名前の通りの意味を持っている。
「ああ、補習で出たやつですよね」
「その通りです。よく覚えてましたね」
そう言うとヴィヴィアーニは驚いた顔でガロアを見た。
「そんなに驚かないでください」
「実は魔法の戦略も大きく分けて3つにわかれるんですよ」
「3つすか」
「ええ、それがコンビネーション、アタッカー、コントロールです」
「よく分かんないですね」
「まあ、説明しますね。コンビネーションは呪文を上手く組み合わせて、絶対に勝てる状況を作る戦術です。エミリーさんが選考会で使っていたものですね。自分の術をいくつかを組み合わせて絶対的有利を作るものです」
ヴィヴィアーニの説明の通りコンビネーションは呪文の組み合わせで相手が負ける状況をいかに早く作るかと言う戦略で何の邪魔もなければ大きな魔力差でも相手に勝てる戦略だが、その特性上多くの魔法を使用するので魔術師レベルで初めて形になるものだ。
「あれは確かにうざかったな」
「うざくて悪かったわね」
「次にアタッカーです。これはシンプルに小細工を使わず、ほぼ全てを攻撃呪文にしたものです。ガロア君が選考会で使った戦術ですね」
アタッカーは最もシンプルな戦略でそれこそ魔法使いの九割以上はこの戦略だ。しかし、シンプルなだけに強くヴェルナ―がこの戦略を基本にしているように複数相手や特殊な環境での戦いに向いている。
「まあ、シンプルイズベストっていうもんな」
「はいはい」
「最後にコントロール。これはひたすらに相手のいやがる事をして、できた小さな犂を逃さず突き続ける戦略です」
コントロールは3つの戦略の内、最も難しくかつ珍しい戦略で魔術師でもこの戦略を取る者は少ない。他の戦略と違い魔法以外の技能、特に読み合いが重要となる。また、読み合いさえ上手く言った時の勝率は他の戦略とは比較にならない。
「陰湿だな」
「そうね」
「まあ、どの戦略を選ぶのか自由ですがなんとなくではなく。自分の勝率を上げてくれる戦略を選んでください。皆さんのほとんどは故郷で戦闘を経験することになると思います。負けは死を意味します。それを踏まえて考えて下さい」
「はい」
時を同じくして一人の男がMSPの校門の前に姿を現していた。
「おい、急げ。ヴェルナ―さんに連絡を校門の前に魔導師ジークムントが現れたと」
ジークムントが元マフィアだった事は魔法の関係者にとっては多く知られた事実であった。その事実と目の前の現実をMSPの警備員たちは強く認識し、そう対応した。
ジークムントは両手の指を自分の正面で絡めて、それを勢いよく大きく空間ごと振りほどいた。終わりをもって始まり、その始まりを持って終わりを与えるものを呼ぶための空間を作るために。
ジークムントの前にMSPの敷地を覆い隠すほどの魔法陣が出現した。
「死者の降臨(ホードオブザデッド)」
ジークムントが呪文を唱えた後、魔法陣から夥しい数の人が現れた。しかし、その人達はこの世のものともつかない姿であった。なぜなら、彼らはゾンビであったからだ。体は腐敗し辺りにとんでもない匂いが充満していく。そして彼らは生徒達のいるMSPの各教室に向かって前進していく。その姿はまさしくどうしようのない止められない世紀末のようだ。
その後を追う様にジークムントがMSPに向かって行く。
「魔導師ジークムント。あなたは何をやっているか分かっていますか。この学校はただの学校ではない世界の未来を作る生徒の通う学校なんですよ」
MSPに襲いかかるゾンビ達を背景に警備員たちは魔導師ジークムントの正気を疑った。
「ああ、分かってるよ」
「それは世界と喧嘩を売ることと同義ですよ」
MSPは多くの国の投資によって成り立つ学校である。それは言葉を換えればMSPは多くの国にとってそれだけ重要な機関と言う事になるのだ。
「分かってるって言ってるだろ。世界なんて敵でいれるだけ怖くはなんてねえんだよ」
ジークムントはため息をつくようにそう言った。
「くっ、増援を呼べ。我々だけでヴェルナ―さんがくるまで時間を稼ぐぞ」
門にいた警備員はそれぞれ構えた。
「火の大砲(カニュン・デル・ソル)」
「剣山の隆起(ベナルフォカ・ウタン)」
「風の飛礫(リー・シェイフォン)」
「火の大砲」によって地面にジークムントより一回り大きい大砲が現れ、それが大きな蒸気を噴出し大きな火の球をジークムントに向かって吐き出した。
「剣山の隆起」によって地面が盛り上がるとそれは形を掛けて剣山のように鋭くなりジークムントに向かって行く。
「風の飛礫」によって風は集まり見えない塊を作り、ジークムントに向かって飛んでいく。
ジークムントはその連撃をゾンビたちを盾に綺麗によけていく。
「無理だ。魔導師と魔術師の力の大きな違いは魔力の大きさだ。今の攻撃ぐらいなら全て受けても大したダメージにならない。分かるな」
その言葉を最後に僅かな警備員の攻撃もゾンビのどうしようのない数に呑みこまれていった。
「さて、あいつは何処に居るかな」
そんなことがあった後、魔法理論を受けていたシモンたちは急いで教室を出ようとしていた。ゾンビ達のMSP学内侵入が学内放送によって伝えられたからだ。すぐに迅速なヴィヴィアーニの指示で順々に外に向かって行く。
「押さないでください。円滑な移動の方が全体の生存確率を上げます。きちんと冷静に廊下にいる先生の指示に従ってください」
「ロザリンドさん」
シモンは人ごみのなかでロザリンドの姿を探していた。エミリーからロザリンドの父親がジークムントだと聞いていたシモンはジークムントの学校強襲に少なからずロザリンドは動揺していると思ったからだ。
子どもが、友が、恋人がどうしようのないことをすれば人は何らかの反応をするだろう。多くは動揺し、怒りか悲しみかはたまた共感か。シモンもそうした感情を吐き出した彼女の姿を想像していた。
「!ロザリンドさん。・!・・」
シモンは驚いた。せめて、彼女が無表情なら良かった。ロザリンドはいつもと変わらない表情をしていた。
そして、ロザリンドが廊下に出た瞬間、大量のゾンビが廊下に流れ込みロザリンドはシモンの視界から消えた。そのゾンビの波の後をゆっくりとジークムントがシモンの視界に姿を見せた。
ジークムントはゆっくりと教室に入って来た。教室に残っていたのはシモン、ガロア、エミリー、ヴィヴィアーニを含めて数十人。それぞれが一斉にジークムントに構える。
「勝てると思ってるのか」
ジークムントは大量のゾンビを前進させた。その大群に魔法使い達は一斉に呪文を唱える。
「火の玉(サリダ・デル・ソル)」
「光の直槍(レンス・デル・ミレ)」
大きな火の玉や光の槍は確かにゾンビを蹴散らし、ゾンビ達は肉塊に戻っていく。しかし、その肉塊はすぐに形を成してゾンビへと戻っていく。
「皆さん、あのゾンビ達は魔力を源に再生しています。本体であるジークムントを倒さなければ意味はありません」
ヴィヴィアーニの言葉に全員はジークムントを攻撃し始める。
攻撃は数分間に及んだが魔法使いが疲労しただけとなった。
「無駄だ。さてとそろそろいいか」
すでにゾンビによって教室の出入り口は包囲されている。さらにゾンビを使って は魔法使いの一人を誘導し、拘束するとその魔法使いの頭をジークムントは掴むと唱えた。
「昇天(ジー・ぺル・デュクーシオウス)」
その魔法使いはその場に倒れた。魔法使い達は一斉に動揺の声を上げた。
更にジークムントは他の魔法使いをゾンビに捕獲させ、その頭をつかみ唱える。
「昇天(ジー・ぺル・デュクーシオウス)」
同じ作業を淡々とジークムントは行う。行う。行う。
「昇天。(ジー・ぺル・デュクーシオウス)昇天。昇天。昇天。・・」
ジークムントは昇天を喰らった魔法使いをゾンビを使って廊下に移動させた。
「ジークムント。あなたは何を考えて・・」
ヴィヴィアーニが言い終わる前にジークムントはヴィヴィアーニの頭を掴んで唱えた。
「昇天(ジー・ぺル・デュクーシオウス)」
ヴィヴィアーニも廊下に移動されていった。
教室に残っているのはシモン、ガロア、エミリーだけとなった。
「何がしたいんだ、てめえ」
ガロアは堪らず感情を言葉にする。
「どうしてこんなことするんです」
それはエミリーも変わらない。
ガロアとエミリーが声を上げる後ろにいたシモンはゆっくり前に出た。
「ジークムント。あんたはロザリンドさんに何をしたんだ。彼女は、彼女は、こんな状況でもあなたを許そうとしてる」
そう言ってシモンはジークムントを睨みつけた。シモンからみて、いや誰から見たとしてもロザリンドの態度は異常だった。なぜこんな状況を親に作りだされてそれでも一切の感情の発露なく耐えられるのか。シモンにはどう考えてもその原因がジークムントにあるとしか思えなかった。
「こっちを先に選んで正解だったようだ」
シモンのその反応をにやにやとジークムントは笑った。
「何を言ってるんだ、あんたは」
「お前だろ。ロザリンドの彼氏は」
「そうだ」
「ロザリンドに直接話をするつもりだったが、お前の方がいいかと思ってな」
シモンを庇うようにガロアとエミリーが前に出る。
「こいつは危険だ。俺たちが相手をするからシモンは逃げろ」
「そうよ。倒すのは無理でも逃げる犂くらいなら」
「はっはっは。面白い事を言う。時間はあるからな。少し遊んでやろう」
ジークムントはゾンビに手で指示を送る。大量のゾンビが廊下からも流れこんでくる。ゾンビ達は我先にとシモンたちに襲いかかる。
「火の玉(サリダ・デル・ソル)」
「光の直槍(レンス・デル・ミレ)」
火はその勢いそのままにゾンビの一団を燃やし尽くし、光は燃えかすを貫き道を作りだした。
「ほお。言うだけはあるな、だが」
すぐに貫いた道から植物が成長するかのようにゾンビ達は再生し、道をふさぐ。
「ちっ」
すぐにシモンたちは足を止める。
「やるしかないな。俺が犂を作る。お前らはその間にゾンビをどうにかして逃げろ」
「・・・・。分かった」
「でも、ガロア。俺だって」
「お前はボクと一緒なら勝てるかもだが、一人は無理だろ。俺にやらせろよ」
エミリーがシモンの手を取って進み始める。ゾンビ達のいる廊下に向かって。
「連鎖の炎竜(コンストレイン・ソル)」
大きな門が上の階を貫いて現れた。その門に絡まる大量の鎖が門の小さな開閉と共に一本、一本壊れ落ちていく。
そんな光景を目の前にジークムントはやれやれとゆっくりと門で塞がれた先、シモンのいる方に向かって行く。
「なめんなああああああああ」
鎖は全て壊れ、門が開く。門の中から体中に鎖を打ち込まれた龍が姿を表し、龍は教室を弾き飛ばしそうな咆哮と共に炎の濁流を吐き出す。
濁流はジークムントにその大きな口を開けた。
「静寂(ラーン・デル・シュツ―ラ)」
ジークムントを飲み込もうとした炎の濁流はおろか龍も門も鎖も消え去った。そして確かにあったはずのほんの数秒前の門や龍による音はかき消され、その場には静寂だけが残った。その静寂の中をジークムントはただただ前進した。
「まあ、頑張ったな」
ジークムントはそのままガロアの頭をつかむ。ガロアは抵抗する気力すら消え失せていた。
「昇天(ジー・ぺル・デュクーシオウス)」
既に廊下に出て、ゾンビを蹴散らしながら進んでいたシモンとエミリーはガロアがやられた事に気付いたが前を進もうとまだもがいていた。
「シモン。私は先へは行けないわ。シモンは逃げて」
エミリーはジークムントのいる教室に戻っていった。シモンは後を追おうとするがゾンビに防がれ後を追えない。
エミリーは教室を出ようとしたジークムントを見つけ、唱える。
「光の直槍(レンス・デル・ミレ)」
それは確かにジークムントに命中したがジークムントは無傷でエミリーを見る。
「お前の術は大したことは無いな」
「身体強化(オンフォンシ)」
エミリーは一旦、ジークムントとの距離を取りながらゾンビ達との距離を確認する。
「あきらめろ」
ジークムントは手でゾンビにエミリーに攻撃するように合図を送る。ゾンビはそれを確認しエミリーに我先にと襲いかかる。
「反射(リフレクション)。反射。反射。・・・」
エミリーはゾンビがエミリーを捕えようとするたびに『反射』してゾンビを振り払う。
「確かに凄いが何時までもつ」
エミリーはゾンビ達との位置関係を改めて確認すると唱えた。
「光の直槍(レンス・デル・ミレ)」
「同じ事を繰り返すか」
「光の散乱(ディフィジョン・デラ・ルミレ)」
光の槍は枝分かれするかのように散乱していく。
「反射(リフレクション)。反射。反射・・・・・」
枝分かれした光は反射してもう一度一点に集まるジークムントのいる場所に向かって。
「数が増えただけじゃ効かないぞ、女」
「光を剣に(エピー・ドンラ・ルミレ)」
光は剣に形を変えていく。それは確実にジークムントに向かって行く。
「それがお前の切り札か」
エミリーはその言葉に身震いした。
「静寂(ラーン・デル・シュツ―ラ)」
光は再び光に戻っていく。光は確かにジークムントを貫いたがジークムントはなんの感慨も感情の変化もなくエミリーに接近していく。エミリーもどうしようもなくもがくことすらせず頭を掴まれる。
「昇天(ジー・ぺル・デュクーシオウス)」
エミリーはその場に崩れ落ちていった。
その様子を廊下からシモンは目にしていた。ジークムントはそれに気づくとゾンビにシモンを教室に連れてくるように指示をした。シモンは何の抵抗もなくそれに従う様に のいる教室に現れた。
「なんで、こんなことをするんですか」
「話をしたいがそんな気分ではないだろう。時間はあるんだ。お前の気持ちを吐き出すと言い」
「言われなくてもそのつもりだ」
シモンは拳を作るとそれをゆっくりと開いた。
「増大する水滴(ヴァ―サ―トッピロウス・エイネン)」
シモンの開かれた手のひらの上に拳大の水滴が姿を現す。
「なんだそれはなめてるのか」
ジークムントは手でゾンビ達にシモンを襲う様に指示した。
「睡眠波(ツァイツ・フ―・ベット)」
シモンを中心に円形の波が周りを通り過ぎて壁に当たると消えていった。その波を受けたゾンビ達は全員倒れていった。
「なるほど。眠らせたか。確かにゾンビどもは外傷が無ければ再生しないからな」
ジークムントはしっかりとシモンの挙動を視線の中心に置いているが一向にシモンが動き出さない。ジークムントはその様子を何の対処もせずに見ていた。だがすぐに今までの戦いの経験からなぜシモンが何もしないのかに気づく。
「・・・・お前コントロールだろ」
「・・・・・」
シモンはジークムントの言葉に沈黙で答えた。
「時間が欲しいんだろ。さっき、お前が呼びだした奴の姿が見えない。そいつが時間を掛けると強くなる、もしくは特殊な力を持つかそんなところだろ」
「・・・・・」
シモンは沈黙を繰り返す。
「静寂(ラーン・デル・シュツ―ラ)」
「そんな」
シモンは閉じていた口を開いた。シモンは『増大する水滴』が無効化された事に気付いたのだ。
「お前の負けだ」
ジークムントはゆっくりとシモンに近づいていく。ジークムントはシモンの頭をつかもうとするがシモンはそれを振りほどこうとする。
「はあ、面倒は終わりだ。負けたんだ話を聞け」
そう言うとジークムントはゾンビに椅子を持ってこさせてそこに座った。
「え??」
「最初に話があると言ったんだがな。まあいい。ロザリンドの事だ」
「ロザリンドさん?」
「お前はあいつをおかしいと思った事は無いか」
「おかしい・・・?」
「そうか。そこから話すか」
「??」
「お前、名前は」
「シモン」
「そうか、シモン。これは俺の個人的見解だが人間は何も知らない状態で生まれてくる」
「??なんの話しだよ」
「まあ聞け。ここでいう知らないってのは体の動かし方から、知識そして人とのかかわり方もだ。普通は親がそれを教えていくもんだが俺はあいつに何もしなかった。だから、あいつは何も知らないままだ」
「な、何を言ってんだよ。ロザリンドさんは別に・・普通だろ」
「周りとのかかわり方を知らない者にとって居場所のない空間ってのはきついもんだ。そんな中でまともに居るために自分の殻に閉じこもるくらいしかそれを耐えることは難しい」
「き、聞けよ」
「それでも、大抵の人間は外部からのストレスに負け何らかのはけ口を探す。運が良ければそれをきっかけに居場所を作る者もいる。だが、あいつは不幸にも強かった。はけ口さえあいつには必要なかった。このままいけばあいつは間違いなくどうしようのない感情を爆発させるだろう。恐らく、最悪の形でな」
「そんなのあんたの勝手な推論だろ」
「お前はあいつが幸せそうに見えるのか」
「・・・」
「確かにな。他人が幸せかを考えることもそれをどうにかすることもいいとは言えない。だが俺はあいつの親で間違いなくあいつがこうなったのは俺の責任だ」
「そのためにこんな事をしたのか」
「ああ。俺とあいつとの関係性になんらかの大きな刺激を与える必要があったからな。だが、気が変わった。お前にあいつを変えて欲しい」
「お、俺」
「ああ、俺が与えたどんな衝撃もあいつは自分の居場所を守るために耐えようとする。それはお前が見たと言うロザリンドの表情から明らかだ。なら、今の状況であいつを変えられるのはお前だけと言う事になる」
「・・・・・」
「お前に選択肢をやろうと思う。一つは俺の言う事を一切無視して今までと変わらない関係をロザリンドと築く事、まあ上手くいく可能性は低いが。もう一つは俺の言う通りにあいつをお前の手で変えていく事だ」
「いきなり、そんなこと」
「このままだと俺がお前に命令している風になるな。この二つの考えをより分かりやすくしてやる」
「・・・」
「まず、前者だ。これは端的に言ってありのままのあいつを愛することを意味している。今のままでいいとそう言う事だな。そもそも、他人を自分が変えてやるなんて傲慢だとも言える」
「・・なら」
「そして、後者。さっき人を変えることは傲慢だと言ったがそれは弱者のいいわけだ。弱者はそのままでは生きていくことができない奴も多い。それは弱者が優れた知性や金、名声に食糧、環境を持っているかは関係ない。だからこその、弱者を導いてこその、強者だ」
「無茶苦茶じゃ」
「ああ、無茶苦茶だ。確かに同じような言葉を使って人の人生を踏みにじる奴はこの世に腐るほどいる。なら、どうすればいい。簡単だよ。責任だ。そんな屑どもと人を幸せにする人間の違いはな。責任を取れるかだ。自分が変えたもの、その変化がどんなものになろうがその責任が取れるかだ。」
「・・。少し考えさせてくれ」
その頃、ボクやロザリンドは空いていた教室に避難していた。
ゾンビ達によって半強制的に廊下を移動していたロザリンドは先に廊下に出ていたボクの助けで近くの教室に逃れていた。
「大丈夫みたいだね、ゾンビ達はいったみたいだよ」
「ありがとう、あなたは」
「ボクはボクっていうの、よろしく」
「?・・・ボクって名前なのね」
「うん」
ロザリンドは廊下を時々通り過ぎるゾンビ達を隠れながら眺めている。
「怖いの」
「いいえ」
「ねえ、あなたロザリンドさんだよね」
「そうだけど、どうして名前を」
「ボクはシモンの友達だから」
「ああ、シモン君の」
「聞きたいことがあったんだ。付き合うってどういう感じなの」
「今、聞く事」
ボクはロザリンドの顔をじっと見つめる。
「分かったわよ。・・・正直いえば、よく分からない」
「分からない」
「ええ、つき合えば人を好きになるんだと思ってたんだけどどうもそうじゃないみたい」
「ふーん。難しいんだ」
「そうね。難しいのかも」
「・・・・・」
ボクがじっとロザリンドの顔を見る。
「何?」
「顔変わんないね」
「?」
「悲しい顔も嬉しそうな顔もみた事無いなって」
「!・そりゃ、あなたと私はそんな会う機会なかったから」
「遠くから見るときでもだよ」
「・・・・・・・」
ロザリンドはボクに背を向けた。
ここから、これからが彼女の物語。
静寂(ラーン・デル・シュツ―ラ)_発動後二十四時間の間、使用する相手一人につき一つの魔法に対してしか使えない。相手の魔法一つを無効化する。
閉じこもった魔法使いと現実
少し想像してください。理不尽な事故の存在、人間関係を上手く作れるか、人生を幸せに生きれるか。・・・・・・。出来ましたね。怖いでしょう。これは最近気づいた事なんですが人は対処する術が見当もつかないものに恐怖するんです。どうすれば理不尽な事故に遭わないか。どうすれば良好な人間関係が作れるか。どうすれば人生を幸せに生きれるか。分からないでしょう。私も知りません。でも、何かを考え対処する方法は知っているはずです。それが英知を持つと言う事です。学んでください。考えて下さい。そうすればここを卒業するころには怖いものなんて無くなりますよ。_ヴェルナ―が大学入学した際のせんせいの挨拶より。
話は少し前に戻る。ロザリンドはいつものようにMSPに向かっていた。ロザリンドは優等生だ。MSPに入る時点で大抵の生徒は優等生だがロザリンドと言う優等生は単純に世に言う真面目な人と言う意味の優等生だ。
MSPについたロザリンドがすることは本を読むことだ。ロザリンドになんでそんな事をしているかとか聞けば、読書をするのはそれが正しい学生の姿だからと答えるだろう。
真剣にロザリンドは授業を受ける。なんで、そんなに一生懸命に授業を受けるのかと聞かれればロザリンドはそれが学生のあるべき姿だからだと答えるだろう。
そうした問答を聞くことがあったとすれば多くの人はロザリンドさんは真面目なんだねと考えるだろう。今までそれがロザリンドに関わってきたジークムント以外の人のロザリンドという人間に対する評価の全てである。全てなのである。
放課後になるとロザリンドは帰り支度を始めた。そしてすぐに下駄箱に向かう。そこにはいつものようにシモンの姿があった。
「やあ、ロザリンドさん。一緒に帰ろうよ」
そう言うシモンは緊張が伝わってくる。
「うん、シモン君」
二人はゆっくりと外に出た。
「・・・・・・」
「・・・・・・。今日は天気がいいね」
「・・・・そうね」
会話はそこで途切れてしまう。この様子を隠れて見ているガロア達にはそれが良いものには見えないだろう。自分で告白して、関係を続けようとしないロザリンドの姿は好意的に取って異常で、考え方によってはシモンへの嫌がらせにも感じられるだろう。
しかし、しかしロザリンドはその一連のやり取りに何の疑問も持ってはいない。いや厳密にはロザリンドは受け答えをしていると考えるだろう。
シモンはそんなロザリンドに違和感を覚えていた。シモンが告白を受けた時のロザリンドはこんな喋らない子ではなかったと思ったからだ。それが逆にシモンの心にガロア達とは違うロザリンドを見せていた。
二人はしばらく無言で歩いていたが、突然シモンがロザリンドの方を向いて止まった。
「・・・ロザリンドさん。今度の日曜日に図書館行かない」
「・・・・」
「あっ無理なら、別に気にしなくて言ってくれればいいから」
「・・いいよ」
その言葉を聞いて笑顔を見せるシモンをロザリンドは眺めていた。
その出来事は大きな変化だ。ロザリンドにとって誰かと遊ぶと言う経験は無い。自分が生きるのに困らない物事とやるべき事のみをやってきた彼女にとって、自分が作った関係でそう言った最低限以外の経験をすることは。
それでも、ロザリンドはそれを自覚はしていなかった。なぜならロザリンドはシモンとのデートをやるべき事ぐらいにしか思っていなかったからだ。ロザリンドのとって、シモンとの関係を作ろうとしたあの時のみがロザリンドにとっての唯一の例外だからだ。
二人はそのまま、まともな会話もなく分かれ帰った。
ロザリンドが帰るとそこにはジークムントの姿があった。
ヴェルナ―と話をしたジークムントは今度はロザリンドに幸せになる方法を聞くためにロザリンドを待っていたのだ。幾つかのお菓子とお茶の準備をジークムントはし始めた。準備が整うとジークムントは話し始めた。
「早速だが、お茶でも飲みながら幸せについて話そうじゃないか」
「うん。パパ」
「お前にとって幸せとはなんだ」
「それは現状を愛する事だと思う」
「・・なぜそう思ったんだ」
「・・・・」
ロザリンドは答えられない、その理由はジークムントが選んだ考え方だったからだと言う事を。
「お前はもう少し自分で考えてみろ。お前が彼氏を作ったと聞いて、何かを考えたのだと思っていた。でも、そうじゃあない。お前は変っていない。自分の生き方の指針に他人を置くな」
「違う。違うの」
ロザリンドは否定する。否定する。そうしなければ、そうしなければロザリンドはジークムントに対立するから。
「何が違うんだ。考えてみろ。お前の幸せを、お前の生き方を」
「でも、でも」
「怖いんだろ。誰だって、俺だって怖いんだ当たり前だ。魔導師なんてやってる俺でさえ、幸せはこういうもんだと思い安心したいと思っている」
「パパも」
「ああ、考えれば考えるほど新しい考え方に気づく。思考を止めてはいけない。お前も考えてみろ。近いうちにまた聞く事にする。今日はお開きだ」
「・・はい」
「悲しそうな顔はするな。お前のためだ」
「・・はい」
ロザリンドはジークムントとお茶とお菓子を片づけると自室に帰っていった。ジークムントは居間のソファーに座ると机にグラスを置き、そこにワインを注ぎ始めた。
「・・難しいな」
ロザリンドは自分のベットに横になって、ゆっくりと考え始めた。今まで考えることの無かった多くの事をゆっくりと時間軸通りに過去を思い出しながら、その途中でロザリンドは涙を流した。涙を拭うとロザリンドはいつもと同じように全てを忘れて、いつもと同じように眠った。
ロザリンドはシモンと初デートの図書館に向かうために服を選んでいた。
「何にしよう」
ロザリンドは何着かの服を見ていた。どれも雑誌で見たものを適当に揃えただけだった。ロザリンドは知らない、この服をみてシモンが喜んでくれることも、なんでそんなことが起こるのかも。
「これでいいか」
そう言って、ロザリンドは図書館へと向かって行く。待ち合わせ場所にシモンが立っていた。ロザリンドはそれを見て、自分がどうしようもないほど気分が落ち込んでいた事に気付いた。気づいたがロザリンドは気分の落ち込みをどうするわけでもなく、いつものように無視した。
デートの後、ロザリンドはそのまま家に帰って自分の部屋に向かっていた。
「おかえり」
その声に反応は無く、沈黙のみがそれに応える。
ロザリンドは部屋で再び考えた。自分が何で落ち込んでいたのかを原因はすぐに分かった。ジークムントに自分は変ってないと言われたからだと。いつものようにその問題を無視できないのはそれが大きな問題だから、そして考え終えてもまだ落ち込んでいるのはこの問題を解決する術を自分が持っていない事に気付いたからだ。
なぜなら、ロザリンドはその問題を解決する方法を見つけるために何をすればいいか分からないからだ。
ロザリンドは泣いた。夕食ができたことを知らせるジークムントの声を無視して、声を押し殺して、ロザリンドは生まれて初めて心の底から泣くことを経験した。
そして、次の日ジークムントがMSPに向かう。
閉じこもった魔法使いと共に歩く者
廊下を走るシモンの姿が会った。
「ロザリンドさん。ロザリンドさん」
シモンの前のゾンビ達はシモンを避けるように移動していく。
「シモン、シモン」
通り過ぎた教室から微かにボクの声が聞こえてくる。
「ボク、大丈夫」
シモンはそう言うとその教室に入った。シモンはボクの無事を確認すると奥で背を向けているロザリンドを発見した。
「ロザリンドさん。やっと見つけた」
ロザリンドは静かにその場で立ちあがった。
「誰かまだいますか。私は魔導師ソフィ・ジェルマンという魔導師です。心配しなくても声を上げて大丈夫です。声を上げたらすぐにそちらに向かい救助します」
ソフィの声が廊下に響き渡る。ソフィはMSPをジークムントが襲ったという話を聞き急いで救助に来ていた。
「助けて下さい」
シモンがそう声を上げるとソフィは凄い速度でそこに現れた。
「救助に来ました。三人ね。すぐに安全な所まで連れていくから」
「お願いします」
そう言うが早いかシモンたちはソフィに抱え上げられ、とんでもない速さで外についていた。外にはもうすでにかなりの生徒が避難していた。しかし、奇妙なことに誰も怪我もしていなかった。外で治療しようと集まられた医者達は退屈そうにMSPから避難してくる生徒達を眺めていた。
「私は残っている人を救助するわ。じゃあね」
そういって、ソフィはまた学校に向かって行った。
シモンは外で教師たちを中心とした救助チームや避難した学生たちを見て、その場を立ち去ろうとするロザリンドに声を掛ける。
「ロザリンドさん。話があるんだ」
「・・・・分かったわ」
二人はゆっくりとロザリンドがシモンに告白した場所に移動した。
「それで話と言うのは」
ロザリンドは自分の指を絡めながらそう言った。
「俺と戦ってくれないか」
「えっ?どういうこと」
「俺はずっと二人の関係がこのままでいいのかと考えていた。いろんな人に恋愛について色々と教えてもらった。そこで学んだ知識は確かに二人を幸せにするものなのかもしれない。でも、俺にはそうは思えない。誰かに何かを一方的に教えるなんてのは関係じゃない。どれほど違う人間の間にできた関係であっても人は相手と互いを教え合う事を前提にしてしか『関係』は成立しないと思うんだ」
シモンは勢いに任せてそう言い切った。
「??・・・・そうかもね。でもそれと戦うってのは関係あるの」
シモンの言葉はロザリンドからすれば何を言っているか分からないものだ。だがシモンには確かにその言葉を言う必要があり、それをいうことで進む一歩があった。
「俺たちは関係を作る前につき合ってしまった。だから、どんな刺激にしろ俺たちの関係を深めるきっかけが欲しい。だから戦おう」
「無茶苦茶」
シモンの勢いに任せた言葉の応酬にロザリンドは冷静にそれを切り捨てる。
「うん。その通りだ。でもそれで今幸せそうな二人を知ってる」
「そんな根拠で」
「良いんだよ。根拠だの理論だのは俺たち若者は知らないんだよ。恋愛も人との関わり方もそれを知るすべも。なら、無茶苦茶をやればいい。知識のある人はそれを笑うかもしれない。でもやってみなければ分からない。もしかしたら世界で一番仲のいい二人になれるかもしれない。だからお願いだ。俺と戦ってください」
「・・・・はははっははは。馬鹿なのね。馬鹿」
分からない、どうすればいいのか。どうするのが有効なのか。彼女に人は何も教えてくれなかった。しかし、そんなわけの分からない恐怖が蔓延る世界で確かに、確かに生きる術はあるのだ。あったのだ。彼女はそれを手に入れていたのだ。
「!・・。そうだよ。馬鹿なんだ。だから一緒に笑われてくれ」
「いいよ。やろう、戦おう」
「ありがとう」
ロザリンドは絡めていた手を勢いよく振りほどいた。眩き森の美しき妖精を呼びだすための空間を作るために。
「エルフの召喚(アベモン・デルフ)」
シモンは拳を作り、それをゆっくりと開いた。
「増大する水滴(ヴァ―サ―トッピロウス・エイネン)」
MSPのジークムントがいる教室の窓に天使が舞い降りた。ヴェルナ―は窓から教室に入った。教室には机に座って、頬を撫でるジークムントの姿があった。ヴェルナ―は隣の机に座った。
「怒ってるか」
「当然でしょ。いくらなんでもやりすぎですよ」
「どうなるんだ、これ」
そう言ってジークムントは校舎の外を指さした。
「ああ、不問ですよ。魔導師は元々誰かが制裁を加えられる存在でない上、犠牲者も怪我をしたものも擦り傷程度。腕は鈍ってませんね」
「まあな」
ジークムントは再び頬を撫でた。
「何かあったんですか」
「ああ、実はな」
ジークムントはシモンとのやり取りをヴェルナ―に話した。
「・・っていう選択肢を与えてやったんだ」
「酷いことしますね」
「気づくか。まあ、よくある手だ。一方的に情報を与え、急かし、選択肢を与え選ばせる。バカな奴なら『俺ならあの子を変えられる』とか思ってロザリンドに人生を捧げるだろうな」
「その様子だと上手くは行かなかったようですね」
「ああ、あいつは俺の顔面殴った後、『俺はそんな傲慢にはなれない。俺は彼女と共に変わる。今のはこんなトラブル起こしてロザリンドさん脅かした分です』って言って出ていきやがった」
ジークムントはそういいって頬を撫でる。もちろん、ダメージ等ない。ジークムントは魔導師だから。
「ふふふ。見込みがあるでしょ」
ヴェルナ―は嬉しそうにほほ笑んだ。
「気に食わないが大した餓鬼だ。だが危うくもあるな。正しい道を歩き続けるって行為は他人にそれを強制するに等しい行為でもある。そんなあいつの隣に立って居続けるなんて拷問に等しい」
「ええ、そうですね。しかし、正しさは人を導くものでもあります」
「まあな。だがそれは自分が死ぬまで正しく居続けらければならないと言う呪いでもある」
「呪いですか。詩人ですね。しかし大丈夫でしょう、シモン君なら」
「やけにご執心だな」
「それはそうでしょう。シモン君は彼にそっくりですから」
「どういう意味だ」
突然の爆音とともにソフィが教室に入って来た。
「やっと見つけたわ。元凶」
「はっはは。・・さてと投降しますか」
そう言うとジークムントは立ちあがった。
「何。妙に素直ね。というか何でヴェルナ―もいるの」
「いえ、ちょっと世間話を」
「ふ、全く俺たちの世間は退屈しねえな、ヴェルナー」
「全くですね」
「ちょっとどういう事」
「気にすんな。世間話だ」
突き抜けた魔導師と閉じこもった魔法使い