とーめいにんげん
透明人間になったら何をする?どう生きる?拙い想像力です。この程度の作品でも結構疲れました。
とーめいにんげん
とーめいにんげん 育田知未
目覚ましのけたたましく鳴る音で眠りから引き起こされる。俺はすぐさま目ざましを止めた。スペシャルにうるさいので、この壁の薄いアパートで鳴らしっぱなしにしていたら俺の明日からのあだ名は騒音おじさん、もとい、騒音おにいさんになってしまう。目覚ましは消したものの俺はなかなか起き上れずにいた。昨日は販促のアルバイトで半日着ぐるみの中に入っていたのでさすがに疲れが残っていたのだ。
「なんか、折角、体育大学に入っても、バイトバイトばっかりじゃあ意味がないな・・・しかも、ヒーロー物ならまだしもどっかのゆるキャラの着ぐるみって、俺が入る必要ってあるんだろうか?」
などと、考えながらうつらうつらした。時間は既に三十分を過ぎている。俺は全く調子の出ない身体に鞭を打って、なんとか起き上った。そして、眠い目をこすりながら洗面台へと向かった。顔を洗い歯磨きをする。眠い時は歯磨きが効果的だ。ゴシゴシと歯茎を擦っていれば多少疲れていても目が覚める。口をすすぎ、もう一度冷たい水で顔を洗う。と、いつもと何か違うことに気付いた。何か変だ。良く見て見る。すると、俺はやっと異様な事態に気がついた。何ということだ!良く見れば俺はパンツ一丁だったのだ。
パンツ一丁。なんということは無いと思うかもしれないがそうじゃない!俺は玄関の姿見の前に立ってみる。おれの居るはずの場所には空中にパンツが浮かんでいるだけなのである。俺はいろいろなポーズを試してみる。体育座り。M字開脚。Y字バランス。・・・どんなポーズを取って見ても、ただ、空中に浮かんでいるパンツの形状が変わるだけなのである。俺は目の錯覚ではないかと鏡に近づいてみたり、夢ではないかと自分のほっぺたをつねってみたりした。しかし、状況は変わらない。俺は透明人間になっていたのである。
透明人間。普通の人ならなるはずもないものだ。何でこんな事態になったのか?昨日あったことを考えて見たが、バイトから帰ってメシを食ってただ寝ただけ。何も特別なことはしていない。
(うーん・・・。)
あまり考えても何も思い浮かばないので俺は考えるのを止めた。それよりも、これからどうするかを考えよう。大体、透明人間になった人は普段出来ないことをやってのけるもんだ。だが、俺の透明人間としてのスペックがどれほどのものか分からない。とりあえず能力を試してみようと思った。今はパンツ一丁だがとっても目立つ真っ赤なガラパンを履いている。これでは外に出ても目立つばかり。おれは迷彩色のブーメランパンツが箪笥の中に仕舞ってあることを思いだしそれに履き換えた。そして、小銭入れと定期券と家の鍵をパンツの中にはさむと外へと出て行った。
とりあえず駅へ行ってみる。そして、駅前で立っている。皆、俺が居るとは気付かないでぶつかって来る。そして、無い筈のものがある、空間があるだけの筈なのに存在する不思議なやわらかく温かい感覚に寒気を覚えてその場を去っていく。
「うーん。透明といっても皆のことをすり抜ける訳ではなさそうだ。これは油断して車道を歩いていたら車に確実に撥ねられるな。気を付けよう。」
俺の特性も多少分かって来たところで電車に乗ってみるか。俺は通学定期として使っているすいかをかざし自動改札機をパスした。俺の後ろのおっさんはちょっと驚いている様子だった。さて、ホームへと上がってみるとラッシュアワーを過ぎているせいかホームはそんなに混雑していなかった。遅出のサラリーマンやパートタイマーらしき女性、俺みたいな学生ぐらいだ。俺が周りを見回しているとそこにちょうど電車がホームに入って来た。一丁乗ってみるか。俺は早速乗ってみた。電車の中はそんなに混んでいないが空席があるという程でもない。皆それぞれ自分の居心地の良さそうなところに、ここはまるで自分の領地であるかのような面をして陣取りをしている。誰も俺の姿には気が付いていない。俺はちょっと疲れたので小太りのおっさんの上に乗っかってみることにした。おっさん最初はなんか良く分からない感じで周りをきょろきょろ見回していたが、そのうち俺の身体の圧迫感で苦しそうな表情になって来た。あんまり刺激するのも可哀そうなので俺はのいてあげることにした。おっさんはしきりに首をかしげ手にしたタオルでゴシゴシと顔を拭っていた。次は何をしようか?オオ!そうだ。俺は特技の体操を活かしてみることにした。吊革を使って吊り輪みたいなことをやってよう。俺は早速誰も掴んでいない吊革に手を通し勢いを付けて撥ねあがった。そして、両足を別の吊革に突っ込んでうつ伏せのような格好になった。まるで蜘蛛が巣を張っているかのさまである。そして、身体をぶらぶらとさせてみた。俺が動くたびに誰もいないのに吊革が軋み『ぎーっ。ぎーっ。』と音を立てる。皆、誰もいないのに吊革が揺れるのを見て唖然としている。その次には決まって目を伏せて見ない様にした。まるで臭い物にふたをするように。そこで、俺はすかしたものを放屁してやった。皆の顔が一瞬歪み、その後何人かがお互いを見まわして睨みつける始末。その後には、お決まりの目を伏せた状態になった。皆同じ。臭い物にはふたをしろだ。などと思いながら俺は宙返りをして見事に『ドン』という音を立てて着地しその場を去って行った。
電車を降りてついたのはEなげ海岸だった。ここは首都圏でも有数の人工海岸で夏の暑い時期には皆海水浴を楽しんでいるはずだった。しかし、今日はもう九月、平日でしかも早い時間なんであまり人出もない。水着の女の子なんな全くおらずおじさんたちが散歩をしている程度だ。誰かにいだずらしようと考えていた俺は拍子抜けだった。
(まあ、日光浴でも楽しむか。)
と俺はいきなり砂浜に横になった。しかし、いくら焼いても暑くならない。やっぱり透明なため全く日光を吸収しないんだと実感した。しばらく寝そべっていると散歩していたおっさんが俺の腹をふんづけて行った。そして、何の挨拶もなく去って行った。俺は頭に来て立ちあがると、靴を脱いで裸足でダッシュ、おっさんの後を追っかけた。俺は走るのは早い方だ。すぐに追いつき後ろから軽く平手で頭をひっぱたいた。おっさんは何が起きたか全く分からず、きょろきょろと辺りを見回していたが、砂浜に残った俺の足跡と俺が歩くたびに足跡が出来るのを見て、怖くなった様子でダッシュで砂浜から逃げて行った。おっさんの慌てる様子を見て、
(してやったり)
と思った俺はこれ以上砂浜にいても仕様がないと思い浜を後にした。
俺はまた電車に乗った。そして、俺はとうとう銀座にまでやって来た。銀座はさすがに人通りがある。そのでおれは中央通りの歩道でいろんなポーズを試してみる。誰も全く注目しないし、電車の中のように振り向いたりもしない。
(つまらん。)
そう思い帰ろうとした時、声を掛けられた。
「あんた、そんなところで何やってんだい。」
突然通りすがりのばあさんに声を掛けられた。俺は誰にも見えないもんだと高を括っていたので度肝を抜かれた。良く見るとそこにいるのは七十歳も過ぎたばあさんだった。
「えっ。おばさん俺が見えるの?」
「いや、全然見えない。でも、あんたがいるのは分かる。それに、そのパンツが中に浮いているのは見えるよ。」
「おばさんすごいねぇ。」
「見くびるんじゃないよ。あたしゃあ、こう見えても銀座のババと言われたちっとは名の知れた占い師なんだからね。あんた、自分は他の人間から見られていないと思って、余裕こいてるんだろうけど、みんなあんたの気配は分かってるんだよ。だが、敢えてそれに触れないようにしているんだ。みんな面倒くさいだけなんだよ。そんなことも分からないのかい!」
ガーーーーン。俺はショックを受けた。皆俺のことが分かっているのに無視していただなんて。そう言えば、透明人間になる前から大学のクラスでも、他愛ないことしかしゃべっていなかった。近所付き合いもほとんどない。きっと今日俺が消えていてもだれも気が付かないんだろう。いや、気にしていないんだろう。
「おばちゃん。俺どうなっちゃうんだろう?」
「このまま行けば、みんなに忘れ去られて何処かで野垂れ死にするのがオチだね。そうなっても誰も気にも止めないだろうけどね。」
「俺見捨てられて死ぬのはまっぴらだ。おばちゃんなんとかなんない?占い師だろ?」
「物を頼むのにもう少し真ともな口は利けないのかね?全く最近の若いもんは・・・ぶつぶつ」
「スミマセン。お姉さま。ババ様。占い師様。・・・」
「そう頼み込まれたら嫌とも言えない。占う位ならしてもいいよ。見料はまあ負けて五千円かね。」
というが早いかそこいらへんの地べたに座り込んで、タロットカードを切りだした。
「あのぅ。持ち合わせが無くて。すいかと小銭しかないんですが・・・」
おばちゃんは集中しているらしく俺の言葉にはもはや耳を貸すどころではない。それにしてもこの年でタロット占いとは。意外や意外。そうこうしているうちにタロットカードが縦や横や斜めの奇妙な模様を描き配置された。おばちゃんは終ると一枚ずつタロットカードをめくりなにやらぶつぶつと呟いている。
「よし。こっから電車に乗って西に行きな。大きな公園であんたに救いの手が差し伸べられる暗示が出てる。こっから西だと代々木公園あたりじゃないか?」
「それだけ?」
「見料は出世払いにしといてやるよ。あんた、心を入れ替えれば結構イイ線行くかもよ。お礼がしたくなったらいつでも銀座○丁目の喫茶店に来な。期待しないで待ってっから。」
と言うとおばちゃんは荷物をまとめてスタコラと去ってしまった。俺は声を掛ける暇もなかった。狐に抓まれたとはこのことだ。
三十分後、おれは代々木公園にいた。どう見てもここには俺を助けてくれそうな人間はいない。ジョギングをしてる人と犬を散歩してる人と乳母車を押している主婦ぐらいだ。とにかく俺は不安だった。公園内を歩き回った。すると、公園の近くに見慣れない大きなテントが張ってある。
(ポリチョイ大サーカス・・・)
どっかで聞いた名前だ。俺は呼ばれている様な気がしてテントの中に入っていった。テントの中にはライオンや熊の檻、大玉などの大道具が置いてあった。そこにある珍しい道具を眺めていると、
「おい、あんた。ここは関係者以外立入禁止だよ。」
呼びとめる声に俺は驚いた。そこには二十代位だろうか。茶色い髪の毛の外国人の青年が立っていた。
「あんた俺が見えるのか?」
「いや、見えない。」
その青年は片言の日本語で続けた。
「でも、誰かいるのは分かる。僕はこのサーカスで目隠しでナイフ投げをしている。だから、人の気配には誰よりも敏感なんだ。でも、なんで君は此処にいるんだ?どうやって此処に入ってこれたんだ?」
その青年は尋ねてきた。
俺はこれまでの経緯を話してみた。その青年は詳しく話を聞いてくれた。そして、自己紹介をはじめた。スースロフという名前でサーカスの曲芸師なのだという。親もこのサーカスで曲芸師をしていたこと、小さい頃からナイフ投げの訓練をしており今では目隠しをしても百発百中であること、世界中を渡り歩いていること、一か所に留まっているのは一カ月程度なこと、ここには先日来たばかりだということなどを話してくれた。少し話をしてから、スースロフは俺をサーカスの団長に紹介してくれるという。俺は付いて行くことにした。少し歩くとプレハブの事務所があった。スースロフはすたすたと事務所の中に入って行く。少し怖かったが俺は後に付いて入って行った。
中には髭を蓄えた中年の男性がいた。スースロフは俺のことを紹介した。彼は団長でフザケンコという名前だそうだ。スースロフは団長に俺から聞いたことのあらましを話してくれた。団長は俺の話を聞いていたが、
「それじゃあお前、うちのサーカスで働く気はないか?」
と誘ってくれた。
「サーカスで働くって何するんです?俺は誰からも見えないんですよ」
「大丈夫だ。ずばり、金粉ショーっていうのはどうだ。どっかのテレビでやってたろう?キャンバスに糊を付けてその上に金粉を掛けると絵になるってやつ。あれを人間がやったら受けるぞう。」
このおっさんやたら日本のテレビに詳しいと俺は内心不思議がりながらも、とにかく他人から見られないという不安にさいなまれていたため、団長の提案を受け入れることにした。誰にも認められなければ俺はこのままでは野垂れ死にだという占い師の言葉が気に掛かっていたのだ。
それから俺は日中日夜サーカスでショーの訓練を受けた。訓練はそんなに難しいものでは無かった。気配を消してステージの中央に進み、そこでピエロから金粉を浴びる。その後、組体操のまねごとをする。というものだった。元々体育大学の俺は筋も良く一週間も掛からずに内容をマスターした。そして、『世界の七不思議・透明人間の金粉ショー』などという訳の分からない演目を付けられて売り出された。演じるまではこんな出し物流行るとは全く思わずにいた俺だったが、演じてみるとこれが予想に反した結果となった。観客の反応は上々であった。噂が噂を呼び、マスコミでもネタが分からないと取り上げられたこともあり、客の入りも毎日満員御礼となった。
サーカスはあっという間に千秋楽となった。観客動員はサーカス始まって以来の大盛況とのことだった。テントの後片付けも一段落しこの町を去り巡業の旅に出る日も近くなった。俺にもサラリーが渡された。団長は最近サーカスの運営も厳しくたいした謝礼を渡せないことを詫びたが俺は全く気にしなかった。今まで生きてきてこんな充実感を味わったことは無かった。なんせ、俺にしか出来ない技で皆に喜ばれ報酬を手にしたのだから。団長からはサーカスに残らないかと誘われた。だが、俺は丁重に断った。理由は俺の身体が半分見えるようになったことということにした。そう、サーカスの公演が終りに近づく頃から少しずつ身体が見えるようになって来たのだ。それでも一緒に行こうとスースロフも誘ってくれたがやっぱり俺は断った。そう、俺はもう一度この町で頑張ってみようと思い始めていたのだ。ちょっとしたきっかけであったかもしれない。ちょっとした努力であったかもしれない。最初は大したことないと思っていたがこのサーカスで頑張ることでひとつの成果を得ることが出来た。今のこと充実感を大事にすればこの町でもまだ生きて行けそうな気がした。そう、サーカスで活躍した俺はいつの間には自信を持っていたのだった。
俺は今日もゆるキャラに入って営業をしている。お客は俺がここに入っていることを知らない。でも、今日の俺の姿は何らかの形できっと子どもたちの脳裏に焼きつくだろう。家族と一緒に出かけたという記憶の付属でもよい、少しでも良い思い出を残してあげたい。そう思い俺は力の限りパフォーマンスをしていた。
とーめいにんげん
どう生きるか。どう生きたいか。ちょっとしたきっかけで人生は変わってくる。皆さんどっかのゆるキャラ想像しません?