True Sky Memories page4
会議をしている最中、息抜きがてらに御乃原キリカが作ったICMを試乗することになった生徒会のメンバーたち。和気藹々と操縦を楽しむ最中、黒い獣が姿を現す。True Sky Memoriesの四話目です。
「じゃあ、今年の体育祭はこんな感じで行こうか。来週の月曜日に体育祭実行委員と打ち合わせをしよう。水霞君。各体育祭実行委員への連絡はお願いしてもいいかな?」
「ええ、わかりました。連絡を回しておきます」
「全学年・全クラスによる総勢百二十組による騎馬戦……今年の騎馬戦も盛り上がりそうだわ!」キリカは拳を握りテンション高く叫ぶ。目には炎が見えそうだと陽次は思った。
「しかし、会長。百二十組で騎馬戦って大丈夫ですかね。もはや何がなんだかわからないような」陽次が問いかける。
「ちっちっち。よーくん、わかってないわね。普通騎馬戦なんて多くて二十組の規模でしょう。それが今回は百二十よ!? 六倍楽しいに決まっているわ」
「いや、そういうことじゃなくてですね……」
「はっはっは。まあ、陽次君考えても見たまえ。騎馬戦は日本の戦を再現した競技だろう? 騎馬ってのは二百や三百って数がいるんだ。だったら、百二十ぐらいわけないだろう」
「いや、だからですね……」相変わらず話が通じないことに陽次は頭を抱える。ふと、右肩に誰かが触れる感覚があった。陽次は右に振り向く。
「あの二人は、止められない」陽次にふれたのは水霞だった。彼女は、諦めた顔をしている。なるほど。きっと去年の会議もこんな感じだったのだろう。陽次はそう推測した。しかし、会議を初めた頃はフランスパン早食い競争や、早押しクイズ競争といった体育祭というより芸人大会のような案が飛び交っており、それを思えば控えめな案にまとまった方だ。ちなみに、棒倒しという案も出たが、数年前に十数人の負傷者が出たらしく、それ以来この学校では禁止競技となっているようだ。
「よし、では今日の会議はこれで終わりにする。みんな、忙しい中集まってくれてどうもありがとう」
「うんうん。働き者の後輩を持って、会長は幸せ者ですなぁ」キリカは腕を組み、満足そうにうなずく。
「あぁ、そうだね。そういえば、今朝柊先生から頼まれた仕事があるんだけど、働き者のキリカ君に頼んでもいいかな?」
「すいませんすいません。キリカ、明日、テキサス州のおばあちゃんの二十八回忌があって……」
「二十八回忌なんてありましたっけ?」灯が言う。
「あっ、二十七か」
「突っ込むところはそこじゃないと思うんだ……」陽次が水霞の方を見ると、再び彼女は首を横に振った。
「では! 会議も終わったことだし、ちょっちみんなに手伝ってほしいことがあるのです!」急にキリカが立ち上がる。その顔はとても楽しそうだ。
「ほう。もしかして、昨日熱心に作っていたものかい?」
「そうなんです! 一年ころから毎日コツコツ……夜も寝ずに頑張って、昨日ようやく完成したんです!」
「その代り授業で睡眠を取っていたけどね」
「ああん。すいちゃん、それは言わないで」キリカは慌てて水霞の口を手でふさぐ。
「で、結局何を作ったんですか?」灯が言う。
「ふっふっふ。それは見てからのお楽しみ。今送るね」キリカは自分のターミナルをいじる。すると、陽次のターミナルがアラート音を鳴らした。データが届いたことを告げるものだ。陽次は送られてきたデータを見る。どうやらプログラムファイルのようだ。
「これって……ICM!?」灯が驚きの声をあげる。そして、それは陽次も同じことだった。
――ICM。ナノリアクターを使い、長時間ネットサーフィンをすると使用者は大きな疲労を感じる。また、ネット空間が広すぎて目的の場所へたどり着けないなどの欠点がある。そこで、使用者のネットサーフィンを補助するためのプログラムが開発された。それがImaginary Module。通称IMだ。IMはまるで車や列車のように使用者のデータ通信をより早く、楽に行えるように手助けする。その他にも様々な用途に向けたIMが開発されており、その中でも攻撃を行うために開発されたIMのことをImaginary Combat Moduleと呼ぶ。ICMは平たく言えばネット空間で使用される兵器のことだ。ただの兵器、つまりウイルスとは異なり、使用者自身が兵器をリアルタイムで制御し、様々な攻撃プログラムを思う通りの場所に展開できる。しかも、高度なデータ転送機能や対攻撃プログラムバリアなども組み込まれており、文字通り、ネット空間を破壊する兵器、それがICM。主にネット空間の治安を守るサイバーポリスが使用するが、最近ではエンターテイメントとして、ICMの公式大会というものも開催されている。
「驚いたな。これは」恭平は感嘆の声をあげる。
「ICMってものすごく開発するのが難しいんじゃ……?」
灯の言ったとおり、ICMはあらゆる局面に対応させるため膨大なプログラムを内包している。それらを効率よく機能させるためには高い知識と技量を必要としており、並のプログラマーではまともに作ることすらままならない。
「まあ、すべてを自分で作ったわけでもないんだけどね。知り合いが作ったプログラムを参考にしたり、教わったりして作ったのです」
「けど、ICMって一般人でも作っていいんですか?」陽次が問いかける。
「そこはだいじょうぶだいじょうぶ。キリカぐらいのICMなら特に大きな被害が出るわけでもないし。学校とか街に被害さえ出なきゃ問題なしよ!」
「そういえば、最近では競技としてのICMも作られているな」恭介は大手IMメーカのホームページを呼び出し、全員が見える位置に表示させる。
「あ、本当だ。へぇー、そんなのもあるんですね」
「というわけで、このICMのテストをして欲しいのです」
「が、学校でICMって起動させていいの?」灯は陽次に問いかける。
「いや、それは僕もちょっとわからない……」
「まあ、いいだろう。ハデにやらかなければ見つからないだろうし、作品として提出するとか言えばなんとかなるさ」そう言いながら恭平は上着を脱ぎ、本格的にネットにアクセスする準備をする。
「ぜったい、会長楽しんでるよね」周りに聞こえないよう小声で灯が陽次に囁く。
「あの人は、こういうことが好きだからなぁ」
「ほら、二人とも。せっかくキリカ君が作ってくれたんだから」
「はーい。けど、これってどうやって使うんです?」
「えーと、ここでも使えるんだけど、ここで使うとレイヤー機能でICMも視覚化されちゃうから、生徒会室のサーバにアクセスして、そこで展開して。キリカとすいちゃんは先に行ってるね」
陽次は水霞の方を見る。すでに彼女は目を閉じていた。もうネットにダイブしているのだろう。キリカは水霞のふとももに頭をのせ、ソファーに横たわる。相変わらず仲が良いな、と陽次は思った。
「じゃあ、あたしたちもいこっか」
「うん。りょうかい」
アドレスを生徒会室のサーバに指定。パスワードを入力し、アクセス許可を得る。徐々に視界が色を無くしていく。そしてログインという音声とともに、仮想世界にアクセスする。
「みんな来たようだね」
仮想世界にはすでに陽次を除く全員がいた。ちょうど輪のような形で五人が立っている。
「じゃあ、さっき渡したプログラムを起動して。あとは、プログラムが個人情報を読み取って初期設定をしてくれるから」
陽次はターミナルからキリカのプログラムを指定する。正直、陽次は困惑していた。お粗末な物とはいえ、ICMという兵器を使用することに。それは彼の過去の記憶に関係がある。これをしようすることで誰かを傷つけることになったりしないだろうか。そんな不安がプログラムを起動させるのを止めていた。
「大丈夫か? 陽次君」恭平が声をかける。
「あ、はい。大丈夫です」陽次は大きく息を吸う。そして、意を決し、プログラムを起動させた。「うわぁっ」
次の瞬間、彼は小さな部屋の中にいた。しかし、ただの部屋ではない。陽次は、全身を包み込むような大きな椅子に座っている。目の前には巨大なスクリーンがあり、プログラムが次々に流れていく。手元には左右それぞれに手の大きさほどのレバーがあり、足元には左右に二つづつペダルがある。そう、ここはまるでコックピット。陽次はそう思った。
「おーおー、ICMの構築は成功したみたいだね」どこからかキリカの声が聞こえた。するとスクリーンにキリカの顔が映る。「きょーくんもあーちゃんものもちゃんと動いているね。ここまでは順調順調」
「御乃原さん、これは一体……?」陽次は手もとのレバーを前後に動かす。すると、わずかに振動を感じた
。
「おっと、まだレバーは動かさないで。今初期設定しているから。ここをこうして……できた! さぁ、キリカさん特製ICMの起動だよ」
次の瞬間、スクリーンに映像が映り始めた。それは先ほどの生徒会室のサーバの光景。しかし、何かが違う。そう、高い。自分の視線が高い。
「よー君、スクリーンが正常に動いたら下を向けるー?」
「えっと、下を向くってどうやっ……うわ!?」スクリーンが自動的にスクロールし、足元の映像を表示させる。すると、すると、キリカと水霞の姿が映った。
「おぉ、よーくん初めてなのに上手いねぇ。次は右を向いてごらん。画面はよーくんの首の動きに合わせて変わるから」
「み、右ですか?」陽次は頭の中で念じる。すると、スクリーンの映像がその通りに動いた。そして、陽次の視界にとんでもないものが映った。それを一言で言うならこれしかないだろう。――ロボットだ。
「これが……ICM?」
陽次の目に映ったそれは列車や車、飛行機、戦車、どのような機械とも違う。シルエットだけ見れば人に見えないこともない。しかし、人と呼ぶにはその表面はあまりに角が立っており、その顔はロボットと言うほかにない無機質なデザインをしている。そして何より、深紅のカラーリングが、それをロボットだという印象を強くしている。
「機体のデザインもキリカがやったんだけどね。いやぁ、そっちは専門外だったから苦労したよ」
「いや、十分すごいですよ。しかし、なんでロボットなんです?」
「んー、ICMって具体的にこう、っていう定義はないんだ。使用者が操って仮想現実を攻撃することを目的に開発されたアプリケーションなら全部その定義に当てはまるの。だから、拳銃でもICMに当てはまるのね。けど、色々な機能を追加していくと、どうしてもデータが巨大化しちゃってね。それらをうまく制御できるように開発していったら、そういう形になったわけ。あと、仮想世界だと、どれだけ頭の中でイメージを作れるかっていうのも大事なのね。だから、操縦って形にした方がわかりやすいかなって」
「なるほど……」たしかに、イメージはしやすいと陽次は思った。人の形を模してあるロボットなら、手足を動かすのも変わらない。普段の動作がそのまま操縦につながるなら、これほどイメージしやすいものはないだろう。
「うわぁ、これすごいですね」
深紅の機体から声が聞こえる。どうやらあれに乗っているのは灯のようだ。続いて、奥からもう一機、山吹色をした機体が姿を現した。そっちが恭平なのだろう。
「よーくんもきょーくんも無事起動できたようだね。あぁ、やっぱキリカって天才だわ」キリカは自分で自分を抱きしめ満足そうな顔をする。その頭を水霞がいい子いい子となでた。
「で、これはICMというぐらいなんだから、当然攻撃なんてのもできるのかい?」恭平が問いかける。
「もちのロン! まずは武器の選択。スクリーンの左端にWeponってタブがあるでしょう? そこを目で見ると一覧がでるのね」
陽次は言われたとおり、スクリーンの左、Weponと記されているタブを見る。すると、スクリーンに一覧表が表示された。表の項目には、拳銃、剣、盾の三つが記入されている。
「たはは、ちょっと武器までは作り込めなくて……。ものすごく手抜きでごめんね。同じように使いたい武器を目で見れば、その武器が装備されるから」
銃の項目に目をやると、右手の辺りが光り、データがロードされる。そして、それが終わるとと、ICMの手に拳銃が握られていた。手を動かすイメージをすると、ICMはその通りに動いた。虚空を狙い、銃を構える。灯は剣を、恭平は盾を選択していた。
「へぇ?、すごいですね」灯のICMは剣をブンブンと振り回す。「よしっ。樋渡君、勝負よ!」
「えっ、ええええ!?」
灯のICMが剣を振りかざし、陽次の方を向く。そして、駆けだそうとした瞬間だった。陽次はとっさに手を頭の前に出し、防御する。しかし、一向に何も起きない。恐る恐る手を下してみると、歩くような速さで近づいてくるICMの姿があった。
「あによ、これ。全然進まないじゃない」
「はっはっは。ICMの操縦はそう簡単にできるものじゃないんだよ」キリカが高らかに笑う。「ゆっくり動くなら簡単にできるんだけどね。速く動こうとすると、どうしても慣れが必要なんだ」
「慣れ……ですか?」灯は首をかしげる。
「そそ。今、あーちゃんが走ろうとした時、自分が走る時のイメージで走ろうとしたよね? だから、ICMもその歩幅で動いたわけ。けど、ICMに乗るとその分歩幅が増えるわけだから、それを考えてイメージをしないと、走れないだ」
「つまり、ICMに合わせた動きをイメージしなければならないと」
「そゆこと。まあ、これは慣れだからね。そのうちちゃんとイメージできると思うよ。本当に上手にICMを作る人は、その辺りまで自動でやってくれるようにするらしんだけどね」次の瞬間、キリカと水霞の姿が白く光り、形を変えていく。そして二機のICMが姿を現した。緑色の方がキリカで、水色が水霞だ。「少し練習すれば、これぐらいには動けるわよ。行くわよ、すーちゃん」
キリカのICMは剣を出すと、水霞に向かって斬りかかった。列車や車ほどではないが、それでも先ほどの灯と比べれば格段に速いスピードで迫る。対する水霞は、素早く剣を出すと、キリカに向かって構えを取った。キリカの剣が水霞に降り下ろされる。水霞は頭上で剣を横に寝かせ、それを防ぐ。キンッという金属音が鳴り響いた。キリカはすかさず後ろに距離を取る。その隙を水霞は見逃さなかった。彼女は左手に剣を持ったまま、右手に銃を出す。狙いをキリカにつけ、トリガーを引いた。
「うわぁっ!」
銃弾はキリカの胴に直撃した。しかし、大したダメージはないようだ。
「うーん、やっぱすいちゃんは上手いなぁ」
「そんなことはないよ」
「水霞さん、すごいですね! かっこよかった!」灯は目を輝かせて言う。
「だ、だから、そんなことはないよ」水霞の頬が若干赤くなる。どうやら照れているようだ。
「しかし、本当にすごいものだな。キリカ君は。よくこんなものを作れたね」
「今はまだこんなお粗末なものしか作れないけどね。もっと高性能のICMを作って、いつか公式のICMリーグに出ることが夢なんです! もちろん、パイロットはすーちゃん」
「え、私……?」
「相変わらず仲が良いね。その時は私も応援させてもらうよ」
「あたしも絶対応援します!」
「おぉ、二人ともありがとう。チーム「百合ん百合ん」の名前が出たらよろしくね」
「ちょっと待って、水霞。本当にその名前にする気なの?」
「え、本当も何もこの名前以外考えてないけど?」
「相変わらずだな、キリカ君は……」
「一つ前は、御乃×水でした……」
「うわぁ……」
「ちょっと待って。なんでみんなキリカから離れるの? よーくんはそんなことしないよねっ!?」
「ま、まあ、趣味は人それぞれじゃないですかね?」陽次は一歩後ろに下がる。
「よーくんまで……。ちょっとした冗談なのに、およよ……」キリカは手を顔に当て、泣いたふりをする。あくまでふりだ。
「さて、結構いい時間になったことだし、そろそろ解散しようか」
「放置ですか!? キリカのことは放置なんですか!?」
「そうですね。すでに一八時を回っていますし」
「すいちゃんまで……ひどいよ」
「キリカさん、相変わらずね」灯は陽次に小声で言う。
「仲が良いんだよ」
「仲が良いのは良いことだ。よし、では、そろそろログアウトしようか。あまり長くいると先生に見つかるだろうし」
「そうですね。では、お先に」陽次はログアウトプロセスを起動する。「あれ?」
「どうしたの?」
「いや、ログアウトができなくて……」再びログアウトプロセスを起動するが、反応はない。「ちょっと日野さんも試してもらっていい?」
「いいけど、ログアウトできないってどういうことよ。……あれ、本当だ」
「ふむ、俺もできないな」
「あ、キリカも」
「私も、できません」
この場にいる全員が試したが、結果は同じだった。プロセス自体は起動する。しかし、一向に仮想現実から覚める気配がないのだ。相変わらず、彼らの脳にはサーバの光景が映し出されている。
「どういうことだ……?」陽次が言ったその時だった。突如、前方に黒い球体が現れた。なんだあれは、と思いつつ、陽次はその球体を観察する。大きさは直径二メートルほどだろうか。結構な大きさがある。よくビルの解体工事でクレーンがぶら下げている巨大な鉄球。だいたいあれぐらいの大きさだ。球体の上部にはまるでアンテナのような円柱型の突起物がついている。続いて、もう二つ同じ球体が現れた。三つの球体は列になると、ウネウネと、まるで蛇が移動するような動きで五人に近付いてくる。ある程度近づくと、今度は二つの球体が方向を変え、左右に別れた。そして、陽次たちの周りをぐるぐると回りだす。まるで捕えたかのように。
「な……なに?」灯は陽次の方へ一歩寄る。キリカ、水霞、そして恭平もまた少しづつ陽次の元へ寄る。それに合わせ徐々に包囲を狭めていく球体たち。やがて、これ以上動けないまでに五人の体は密着した。相変わらず球体は陽次たちの周りを回っている。
「こ……こっちに来ないでっ!」灯が叫んだ時だった。球体の突起物が赤く光る。すると、球体のスピードが今までとは比べ物にならないほどに上昇していく。まずい。本能的に陽次はそう感じた。
「すーちゃん!」
「わかってる」
キリカと水霞、二人の姿がICMに変わる。間髪いれず、キリカは銃を呼び出し、球体を狙う。――発射。しかし、球体の移動スピードが速いため、狙いが甘い。銃弾はかする程度にしか当たらなかった。だが、球体は攻撃を受けたことでわずかに動きを鈍らせる。そのタイミングを水霞は見逃さなかった。水霞は剣をマウントすると、キリカの銃弾がかすった球体に斬りかかる。今度は直撃した。断末魔のような高いノイズをあげると、球体のデータは四散し、消えた。
「水霞さん、後ろ!」灯が叫ぶ。残りの球体が水霞に向かって突撃してきた。水霞は盾を呼び出し、突撃を防ぐ。しかし、衝突と同時に盾のデータが四散する。キリカのプログラムでは、一度、二度の攻撃しか防ぐ強度しかなかった。再び、球体は水霞に向かって突撃しようと、狙いを定める。
「そこだ」
銃声が二つ鳴り響く。その直後、残り二つの球体もまた、四散し消えていった。一体何が起こったのか。陽次は球体の反対方向を見る。すると、そこには山吹色のICMが銃を構えていた。恭平だ。彼は見事、球体を撃ち抜いた。
「おおぉ、きょーくんやるねぇ」
「月に一回、ハワイで射撃訓練をしているからな」
「え」恭平を除いたメンバが声をそろえて言う。
「……冗談だ」
「もう、会長。冗談を言っている場合じゃないですよ」そう言うと灯はキリカの方を見る。「けど、助かりましたね。キリカさんのICMがあって」
「まぁ、この程度の相手だったからよかったよ」キリカは右手でポリポリと頭をかく。「多分さっきの球体は自立型のウイルスだね。使用者が操作をしなくても、ウイルスが自動でネットを動き回って破壊行動をする」
「ふむ。しかし、なぜ、ウイルスなんかが学園に入ってきたのだろうな。一応、学園ではウイルス対策はしてあるのだが」
「さっきのログアウトができなかったことと関係あるんでしょうかね」
「そうだ。ログアウト! さっきログアウトできなかったのはウイルスのせいかも」
「いや、無理だったよ。どうやら、ウイルスが原因ってわけではなさそうだ」すでに陽次はログアウトプロセスを起動していた。しかし、相変わらず反応はない。
「一体何が起こってるのよ」
「みんな、これ……」水霞が口を開いた。彼女はウィンドウを表示する。山のような地形、それを取り巻くように配置されている街、そして頂上にある巨大な木、グランデだ。しかし、様子がおかしい。ところどころで煙が上がっている。まさか、グランデにもウイルスが現れたのだろうか。しかし、グランデにはそれなりのウイルス対策、サイバーポリスがいる。簡単にウイルスが入ってくるとは考えずらい。ふと、陽次はグランデのあちこちで何かが動いているのに気がついた。かなり速い。IMだろうか。
「水霞さん、このあたりを拡大してみてください」陽次はポインタで示す。
「ここね。……!?」
拡大した画面を見た瞬間、五人は息をのんだ。それは見覚えのあるフォルム。要所要所のデザインは違うが、それらがなんと呼ばれているかはすぐにわかる。IMCだ。ICMたちは様々な武装を使い、グランデの街を破壊していた。昨日見た街並みも、商店街も、広場も、グランドパークも、彼らに成すすべがなく破壊されていく。ふと、陽次の頭にある言葉が浮かんだ。テロリスト。まさか、昨日ニュースで言っていたことが現実に? その時だった。グランデの光景を映していたウィンドにノイズが走る。そして、代わりに黒いライオンのようなシンボルが現れた。続いて、音声が流れる。
――我らは、黒い獣【ベートノワール】
――現在、ナノリアクターを使用している者たちに告ぐ。
――ただちにその使用を中断し、製作者は内部システムの公開を行え。
――あれは我々人類を破滅へと導くシステムだ。
――繰り返す。すべてのナノリアクターの使用者たちよ。ただちにその使用を中断しろ。
――さもなくば、我々は武力を酷使し、それを強要する。このグランデのように。
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