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冷戦が終わり、米国主導の世界の中、テロ活動がが世界の脅威に担っている。日本の選択は正しかったのか?

「私も、米国には勝てないと思う。」
東條首相は、政府・大本営部連絡会議において、東郷外相の言葉に相槌をうった。
首相の東條英機陸軍大将は陸軍大臣の折は開戦派の急先鋒であったが、大命降下の後、天皇の非開戦の意思を尊重し、各方面の意見を聞き、武藤軍務局長と客観的に見て米国との戦争に日本の今の国力では無理であると判断していた。一番の決め手であったのは、海軍連合艦隊司令長官山本五十六大将からの意見であった。東條は連絡会議の3日前に海軍の連合艦隊司令長官を横須賀港に停泊中であった連合艦隊旗艦「長門」に隠密裏に武藤軍局長を伴い訪れ対米戦に関して山本に意見を求めていた。山本司令長官から「米国の国力を考えた時、帝国海軍は、米国と互角に戦えるのは1年である。その後は海軍の艦艇は1隻残らず米国の国力によって沈められる」 東條は米国との戦争になれば、海軍手動で海軍の実戦部隊の指揮官たる山本司令長官の意見を尊重した。東條は精神論者ではあったが、片腕の武藤は合理主義者であり首相になってからは合理主義の武藤の意見に耳を傾けていた。東條は山本の意見を聞いた後、煙草に火を付けながら山本に尋ねた「長官、英連邦との戦は、如何でしょうか?」山本は東條らにお茶を勧めながら「英国単独との戦であれば勝算はあります。」「英国は対独戦にかかりきりで極東まで手が回らないのは必然、豪州はまだしも、印度などのアジアの英連邦は英国本国と足並みが揃っているとは言えない。」山本は茶をすすり、お茶請けの饅頭を口にほうばった後、一息ついて「しかし英国との戦争を構えた場合、米国は黙ってないでしょう」「我国へ難癖をつけ英国を救済するため我国との開戦を模索するはずです」山本は東條をさらに睨み「もし英国との開戦を構えるなら、いかに米国を参戦させないか、米国の罠に我国が嵌らないかを深く考え研究することですな」山本は笑いながら「米国と戦っても勝てませんよ」と付け加えた。それまで黙って二人のやり取りを聞いていた武藤が山本に「では、閣下、対米戦となった場合、1年は海軍として勝算があるのですか?」山本はさらに眼光を厳しく武藤に居直り「武藤君一年は戦えるがその後の収束はさらに難しいよ」「ハワイを占領しただけでは米国は屈しないよ」「米国との戦争は帝国の崩壊を意味するものだと考えて欲しい」山本はさらに東條に向き直り「貴殿達が始めた中国との戦は収束が見えない。満州国建国によってさらに国際的な窮地におちている」「我海軍も推し進めた仏印進駐に対して行われた各国の対日禁輸処置で、今の日本はじり貧だ。そんな時戦争なんて、とても無理だ」「三国同盟で得たのは仏印だけであり、それに伴った国家の犠牲はさらに大きかったと自分は思う」山本はさらに付け加え「首相 もう一度、政治・外交努力で今の現状をなんとかして頂きたい」
東條は長門を離れる時、タラップまで見送りに来た山本に「大変、参考になりました。この上は政府としてお上の御意向に沿うようにさらに考えて見ます」山本も「首相 日本の為に頼みます。協力は惜しみません。」「しかし首相 背広姿も似合いますね、どこかの大学教授のようですな」東條も苦笑しながら山本に握手を求め「お忍びですから・・・・」
東條は帰郷の横須賀線の車両で武藤との話の中「山本のような人物は陸軍にはいないな」「戦力を任せられた司令長官が戦をすれば負ける」「なかなか口には出来んことだよ」武藤も「山本のように米国を知る者が陸軍の中央にも必要です。敵を知らないで勝てるわけがありません」「現在の陸軍中央は親独派でしめられています。人事も考えませんと」東條は苦笑しながら「武藤、君、声が大きいよ」
会議において、さらに統帥部を相手に、東條は続けた「日本は米国の国力を考えた時、戦争をして勝利を得るのは、厳しいと考える」「現在の戦は総力戦であるから、とても精神力では勝てない」「統帥部は冷静に判断して頂きたい」
東條の言葉が終わるや、陸軍参謀総長の杉山 元陸軍大将が声を荒げて言い放った「精神論では、とはなにか!皇軍に対しての侮辱ではないか!」「先の日露戦争においても、数十倍も国力に差があるロシアに勝利したではないか」統帥部側は一斉にうなずきおのおの野次を東條に浴びせた。
海軍軍令部総長の永野 修身海軍大将も「石油が無くなってから、いざ戦へと言われても、海軍は動けん」「やるなら今だ!艦隊が動ける今だ」
会議は開戦慎重の政府と統帥部の意見が別れ紛糾し結論の出ぬまま散会となった。
東條は会議終了後、木戸内大臣に面会し、陛下への謁見をお願いした。木戸は東條に「どのような事で陛下にお会いになるのですか」東條は「陛下のお力をお借りしたい」「端的に言うと、お上に統帥部に対しブレーキをかけて頂きたい」木戸は「そのような事に陛下を巻き込んでもらっては困る」「政府と統帥部が決議された事を陛下が承認する。これが暗黙の決まりである」東條は木戸に詰め寄り「今は非常事態です。ずるずると開戦に至ってしまっては、お上の御生み心に反する」「木戸さん非常事態なんです。どうか謁見の手配を・・・」木戸は「そこまでおっしゃるなら手配を取りましょう。しかし、陛下へ無理難題を申し上げることの無いようにお願いする」
東條が陛下への謁見が許されたのはそれから二日後であった。
東條は陛下の前に出ると最敬礼をして陛下が勧める席に着いた。「陛下、私くしは総ての面で研究分析をしましたが、今の我国では対米戦は無理である考える次第です。しかしながら、統帥部は、今、開戦をすれば勝算があると申しております。私くしは、局地戦では勝利しても米国を相手に完全勝利は難しいと考えております。もし米国と戦争すればこの日本は荒土化す事は間違いないと思われます」 東條は集められる現状の国力と米国・英国の国力の現状を説明し最後に、こう申し述べた。「中国との事変・満州国の安定もまだ解決に至ってはおりません」「大陸・太平洋の二正面作戦など今の日本には到底その力を有しておりません」 東條はさらに身を乗り出し「陛下!」「陛下のお力で統帥部を抑えて頂きたく、この東條、御無礼を承知で伏してお願いいたします」「陛下の大命に対し、まことに無責任の極みではありますが、この不肖の東條をお笑いになり、何卒、お力をお貸しください」東條の言葉の最後は嗚咽により言葉にはならなかった。
それまで、天皇陛下は、ただ無表情に東條を見つめていた。陛下はおもむろに立ち上がり東條に歩み寄った。きわめて異例の事である。陛下は嗚咽する東條の肩に手をやり、「朕は今日、卿(けい)が開戦を決める意見を述べにきたと思っていた」「実をもうせば、卿に大命降下した事を心配していた。卿が開戦に突き進むのではないかと案じていた」「しかるにただ今の卿の申しよう」「朕は卿の言や良しと認める」「この上は誠に異例ではあるが朕自ら政府・統帥部に意見を述べることにする」「卿のなお一層の平和への政策が邁進を希望する」 東條はすでに膝を付き号泣し陛下が部屋を辞す時敬礼も出来ない様であった。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-14

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