想印堂
きっと題名がころころ変わります(汗)
プロローグ
俺は、『想い出』を抱えて、ある場所に向かっていた。
「じゃあ、元気でね。私はむこうで頑張るから、斗紀くんはここで頑張って」
そう言って泣きそうな顔でにっこりと笑った彼女。
何も言わずにただ頷いて無表情に彼女を見る俺。
親の転勤が理由で遠いところに引っ越すことになった彼女の見送りにきているのに、言う言葉が何も見つからない。
いや、今回だけじゃない。
大切な時、言葉は必ず喉の奥に引っかかったまま出てこようとしないのだ。
いつもならそんな時、文句も言わずに手を振って離れる彼女も、流石に今回は小さくうなだれた。
「やっぱり、何にも言ってくれないんだね、斗紀くんは…」
そう悲しそうに言った。
「…ごめん」
やっとの思いで口にできた言葉はこれだった。
なんて虚しい響きなのだろうか。
そう思うが、言葉はこれ以上でてきそうになかった。
「謝らないで。最後に見る斗紀くんが謝ってるなんて、なんだか嫌だもの」
彼女はそう言って寂しそうに笑った。
その時、ホームに電車が入ってきた。
彼女のちょうど後ろにドアが来た。
そのドアは彼女に向かって大きく開く。
「それじゃあ斗紀くん…ばいばい……!」
彼女は精一杯の笑顔を俺に向けると電車の中に飛び込んだ。
それから扉が閉まって電車が進んでも、彼女が俺の方を見ることはなかった。
想印堂