天井

桐灰悠

 また、増えた。もう数えられないくらいだ。天井に出来るシミは重なって、どんどん醜い色になってく。なんで誰も何もしてないのに、シミは増えるんだろう。
(なんだか、潰されそうだ――。)
 この天井を見るといつもそう思う。白すぎる病室と不気味な色をした天井が、奇妙なコントラストを生む。ここに居ると、心が潰れそうになる。窓の外を眺めていても、目を瞑っていても、天井はずっと私の上にある。だから、無意識の内に見てしまう。私はこんなの見たくないのに。ここは何かが変だ。早く身体を治して、元気になって、ここから出たい……。
 相変わらず身体はピクリとも動かせない。声も。何度も、何度も、起き上ろうとするけど、やっぱりどこも動かない。
(こんな事ってある?ある日突然身体の自由が無くなるって。声すら出せなくなるなんて……。あんまりだよね。)
「ねぇ、そう思わない?」って、誰かに言いたかった。幸せに生きてる誰かに――。
やっぱり私って、サイテーかも。
 考えると余計に辛い。こんなの認められるはず無い。私が何をしたって言うの。なんで私だけがこんな目に遭わなきゃならないの。なんで誰も来てくれないの。なんで医者は嘘をつくの。なんでこんなにも、救いが無いの――。
 後ろ向きで、まっ黒で、弱いばっかりの心が私を飲む。

 目が覚めると、真っ白な天井を見ていた。シミ一つ無い、真っ白な天井。いつもとは違う枕に違和感がある。けれど、すぐにそれを除く事が出来ない事を知った。
 身体が動かない。それに、声も出ない。
(え、こんな事って……。)
 急に寂しくなってきた。目が覚めたばっかりなのに。せっかく生きているのに。また、あいつに会えると思ったのに。これじゃあ何も出来ない。誰かと話す事も。文字を書く事も。普通に生活する事さえも。
 誰かが来るのをひたすら待った。ノックの音をただ、待った。それでもここには医者が来ただけだった。夜になって眠くなったから、今日はもう寝る事にした。

 目が覚めると、天井に三つ、シミが出来ていた。昨日は無かったはずなのに。おかしいと思いつつも、私はまたノックの音を待ち続けた。次の日も。その次の日も。でも、いくら待ってもここには誰も来なかった。
 私は、増える天井のシミを数える事しか出来なかった。

 ノックの音がした。すぐにドアは開かれ、一人の男が入ってくる。その人が、私が待っていた人だというのは、なんとなく分かった。幹。私の幼馴染。私の同級生。私の親友。私の好きな人。
 自然と溢れる涙を止める事の出来ない私に、幹が私に近づいてくる。そのまま、何も言わずに私の手を握った。その暖かさで、私の不安は掻き消される。私が幹の手を握れないのに気付いたのか、幹は両手で私の手を包むようにして握る。この時間が、この安らぎが、ずっとずっと、続けばいいのに……。
 叶うはずの無い想いを浮かべる。私の手が幹の手に包まれながら、私はそっと目を閉じる。傍に幹が居る。それだけで、私はこんなにも満たされる。こんなにも安心できる。人間って、愛があるだけで生きる意味があると思えるほど、実は単純な生き物なんじゃないのかな。と、のんきな事を思った。
 せめて、幹に感謝の気持ちを伝えたい。泣き顔を無理やり笑顔にして、精一杯気持ちを伝えようとする。しかし、幹はもうそこには居なかった。
私の手には幹の体温が残っているだけだった。

 それから幹は頻繁にここを訪れるようになった。無口な奴じゃ無かったはずなのに、いつも黙ったまま、私の手を握る。そうしていつも、気が付くと居なくなってる。そんな日々を過ごす中で、私は幹の居ない時間が、前より一層に辛いものとなっていくのを感じた。もっと幹に傍にいてほしい。幹に手を握ってほしい。
 幹に塞がれた傷跡は、幹が居なくなる事で傷になる。かさぶたみたいに。繰り返し出来て、繰り返し剥がれる。傷は治る事無く、ケロイド状になってく。
 天井のシミはまだ増え続ける。私の意思と裏腹に。それは最早「恐怖」そのものに見えた。私は天井を見ないように、「恐怖」と目を合わせないように、より一層注意する事にした。いや――。
 
 もう、気づいていた。

 幹は私の手を握ってくれる。でも、いつも突然居なくなる。天井のシミは増え続けて、私を潰そうとする。医者はもう助からないと言ったきり、ここに来る事は無くなった。それでも私は意識を持っている。こんなの、絶対に変だ。普通じゃない。だから、ここは――。
「ここはもう、現実じゃない。」
 そう認識する事で、出ないはずの声は、あっさりと出てしまった。どうして私がこんな所に居るのか、理由は解らない。多分私は、夢を見ながら死んでしまって、ずっと夢を見続けているだとか、幽霊になりそこねて、天国にも地獄にも行けない哀れな魂だったりするんじゃないかと思う。天井のシミは、私にあるべき「死」を迎えさせるためにあるんじゃないかな。
 確かな事は無い。ここに私が居る理由も、幹の手のぬくもりも、全ては明らかではない。
 ただ一つ、この醜い天井のだけは確かだった。これは「死」や「恐怖」そのものだ。つまり、私が「死」に近い所に居るのは真実だと思えた。

 私はベッドから起き上る。なら、受け入れよう。このまま天井に潰されるなんて、絶対に嫌だ。だから、幹。
「手を握って。」
 幹は私の隣に立って、私の手を握る。今なら私も、幹の手を握る事が出来る。幹と手を繋ぐと、初めて幹と手を繋いだ時の事を思い出した。あの時も、こんな気持ちだったな。懐かしくって、涙が零れる。私たちなら、どこへだって行けるよ。
「たとえ本当の幹じゃないとしても、私の中では、あなたは本当の幹と何も変わらないから。――ありがとう。」
 涙を拭って、私たちは光の中へ消えていった。

天井

この作品は、私の好きな、buzzGさんの「天井」という曲をモチーフに書いたものです。
素晴らしい作品なので、是非聴いてみてください。

ありがとうございました。

天井

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted