×ゲーム
いくらわたしだって、最初から分かっていた。
いや、わたしだから分かったって言うのは、うぬぼれだろうか。
でも、17年、普通に生きてくれば分かるものだと思う。
幼稚園、小学、中学そして高校。わたしの周りで起こる事と、わたしに起こる事。
自分の周りの目と、そして鏡をちゃんと見ていれば、分かることだと思うのだ。
だから、電話を取って話を聞いたその時には、もう分かっていたことだった。
『明日、駅前の銅像の下で、1時に』
見知らぬ男の声が電話の向こうから言った、ありきたりの場所。ありきたりの時間。
いつも人でいっぱいの、待ち合わせ場所。
行くのがそもそも間違いだということも分かっていた。
行けば、そこで自分がどんな惨めな目に合うかも。
いつも着ないような格好で行けば、それこそ惨めなことになるのかが分かっていたから、普通の格好で行ったのは、せめてもの抵抗だったと思う。
それでも朝シャンまでして寝癖を直して行ったのは、せめてものプライドな気がその時はしていたけど、それが何のプライドだったのかは自分でも分からない。
『ごめんなさい』
だから、ぼんやりと銅像のそばの手すりに腰を掛けていたあたしの前で、見知らぬ男が頭を下げたことは、予想の範囲内だった。
範囲内どころか、中でもまだマシなシチュエーションだった。
うん、よかった。
素直に、わたしは笑えた。
うん。
やっぱり、わたしは罰ゲームレベルの女だった。
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そう思ったのは別に皮肉じゃなかったから、彼と一緒にハンバーガー屋に入ったのは誰かへの同情からじゃなかった。
彼が申し訳なさそうに何度も頭を下げるのが、その場に似合わなかったからだ。
彼は何度も頭を下げ、とりあえず注文したアイスコーヒーのお金を払おうとしたが、わたしより少し背が高かったがどう見ても年下にお金を払わせようとは思えなかった。それは間違いなく、でも今さらながらわたしのプライド。
『塾の試験の点数が』
向かいでドリンクにストローを刺したまま、飲みもせずに下を向いている彼から、いきさつを聞き出すのは、特に難しくなかった。
4人の友達で、塾のテスト結果の順番で賭けをした。
想像の範囲内では、いい方のシチュエーションだと思った。少なくとも、その友達たちにいじめられている様子でないのは安心した。
そこでミッションコンプリート条件を聞いたのは、ただもう帰りたかっただけだった。妙な写真と言われたら、そこまでは出来ないと思ったが、彼は小さく首を振った。
友達は遠くから見ていて、彼は話し掛けるだけで良い。
もう一度聞いても彼はそう言い張ったので、多分そうなのだろうと思った。
写真だけは絶対に嫌だ、と念を押したら、彼は勢いよく首を振って、絶対に大丈夫です、と言った。
わたしにはそれが本当かは分からなかった。でも、もうどうでもいい気持ちになった。
『ごめんなさい』
わたしが席を立つと、彼も立ち上がってもう一度頭を下げた。
わたしは挨拶に手でも上げようかと思ったが、そのまま何もせずに店を出た。
ミッション・コンプリート。
とりあえず、空はくすんだ青空だった。
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その彼が交通事故で死んだ。
それを聞いたのは、3日後のことだった。
3時間目の終わり、急に呼び出された教室の外で、1年下のバッチを付けた、聞いたことのない名前の下級生がわたしに頭を下げた。
『昨夜、横断歩道を渡っていて』
雨の中、暴走してきた自家用車に轢かれたと下級生は言った。即死だったと。
それだけ言うと、彼は黙った。
また罰ゲームかと思ったが、彼の青い顔と真っ赤な目に、それを口にする必要はなかった。
なぜ、わたしだったのか。
聞くつもりもなかったのにわたしは聞いた。
下級生はちょっと黙ったが、早口で言った。
友達の一人の姉がわたしと同じクラスで。クラス名簿の名前を、目をつぶって選んだ、と。
気の弱いやつだったから、度胸試しのつもりで、と下級生はうつむいて言った。
『これからお通夜で』
そして、もう一度頭を下げると、廊下を駆けて行った。
その廊下の向こう、教師を先頭にして下級生の列が、階段を降りていった。
わたしは窓の外、暗い空を見上げた。
行く必要もないし、行くつもりもない。
彼のために、そんなことをする気もなかった。
ただ
最後に彼が話をした女性が
わたしじゃありませんように
彼のために、願った。
少しだけ、祈った。
×ゲーム
自分で書いて、自分で泣いてしまう自分は、書くのに向いてないと思います。はい。