彼の目

幼い頃、
よく遊びに行っていた仲の良い友人の家には寝たきりの青年がいた。
彼は酸素マスクをつけて、焦点の合わない瞳で天井を見上げていた。

子どもだった私にはその彼の事情や、どうしてそうなったのかなんて全くわからなかったし、憶測することすらできなかった。
だから私は彼の様子を不思議に思ったけど、何となくそういう人なんだろうって納得していた。

人間には色んな種類がある。
皺くちゃのお爺さんとか、腰の曲がったお婆さんとか。その頃の私や友人みたいに小さい子どもとか、お父さんとお母さんみたいな背の高い大人とか
それがきっと彼の場合、人間の種類が「ベッドに寝る大人」なんだろうって。


あれから何十年も経った。
その時仲の良かった友人と会うことは減っていき、彼の姿を見る機会は自然と無くなった。
人は子どもから大人になるにつれて、日々、生きる世界が広がっていく
まだ小学生だった頃、自転車で隣町へ行っただけで大冒険だったあの頃が嘘のように、今の自分は電車やバスを乗り継いで県外、飛行機に乗って国外にまで行けてしまう。
私は、そんな人として当たり前の人生を送っている中で、時折あの部屋のベッドの上に寝たきりでいる彼の姿を思い出すことがある。
彼は今もあの瞳で天井だけを見つめ続けているのだろうか。
窓の外で巡る季節を自身で味わうこと無く、ベッドの中で生き続けているのだろうか。

私は知らない。

彼の目

彼の目

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-09-11

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted